第40話 初めてのお使い
微かに鳥の囀りが聞こえ、僕は薄っすらと瞼を開ける。
「あ……れ……?」
見慣れない景色に寝惚けていた僕は間抜けな声を漏らす。
暫くぼんやりと周囲を見渡し、昨晩のことを思い出す。
そう言えば聖明が入院することになって、僕は宿に帰らず診療所で泊まったんだった。
病室にある大きなソファに横になっていた僕の身体には薄手の毛布が掛けられていた。
僕はソファに座り直し、背筋を伸ばす。
「……風真?」
ベッドの方から布の擦れる音と共に、女性姿の時の聖明の声が小さく響く。
視線をやるとベッドが見えないように備え付けのカーテンが引かれており、シルエットを見るにリリーらしき人物が聖明の着替えを手伝っているように見える。
「あ、聖明、リリー、おはよ」
「おはようございます。風真様」
先に返答をくれたのはリリーだった。
暫くするとカーテンが開けられ、聖明の姿が見える。
「……風真、おはよう」
そう挨拶をしてくれる聖明だけど、いつもの微笑みはなかった。
それに僕は違和感を覚える。
「あれ?聖明、今……男性姿……だよね?」
パジャマ姿というのもあるけど……昨晩とは違い胸の膨らみはない。
ただ、普段の男性姿に比べると体のラインが全体的に細く、何より声が高い。
その上、眼鏡を外しているせいか、いつもより顔が幼く見えて余計に女性のように見える。
「あ……無性体の姿を見せたのって初めてだっけ……」
聖明は戸惑うような顔で自身の胸に手を添える。
「え?無性体って男性にも女性にもなれるってことじゃなかったっけ?」
そう口にしながら、僕自身も疑問に思って首を捻る。
そう言えば両性の種族は珍しくないけど、無性体は珍しいみたいなこと言っていたことがある気がする。
無性体ってなんだっけ?
「えっとね……無性体というのは、男性でも女性でもない姿なんだ。
男性特有の喉仏も無くなるし、同様に女性特有の胸もない。
何より、どちらの性の生殖器もない。
筋肉量も男性より少なく、女性よりは多い。
要は中間みたいな性別だ。
この性別は本当に珍しくて、私以外には大天使様しか見たことないかな」
聖明の説明を聞き、納得するのと同時に大天使様も無性体なのかと学びを得る。
「教えてくれてありがとう。
本当に中間って感じなんだね。
でも、どうして無性体になったの?」
男性姿になるなら分かる。
普段から他者の目を気にして女性姿になるのを避けているからだ。
まあ、僕にはそれなりに心を許してくれているのか、夜眠る時等の気を抜いた時は女性姿になることが増えたと思う。
「えっと……私の感覚的な問題なのだけど、不思議と女性姿のほうが楽なんだ。
男性姿だと少し気を張っていると言うか。
多分だけど……出生に関わっているかとは思う」
「そう言えばクロスが融合しなかったら本来は女性だって言ってたもんね」
そういう意味では生来の性別に引っ張られているのかもしれない。
「私の体は段階を踏んで変化するんだけど、女性から男性に、男性から女性になる時には、必ず一度無性体を経由するんだ。
無性体は特徴がないからあまり風真は気付くことはなかったと思う。
それでね……流石に今回は入院するから気を抜こうと思ったんだけど、女性姿のままいるのは気が引けるし、服的にもサイズや下着が困る……女性物を持ち歩いていないからね。
だからと言って男性姿だと不思議と気が抜けない気がして……だから、中間取って無性体。
男性よりは少し身体が小さくなるけど、女性よりは男性に近いから服的にもどうにかって感じ」
聖明は困ったような笑顔を見せる。
要は聖明なりに寛げる身体を選んだ結果、ということだ。
聖明は自身で楽になれる手段を考えていると思うと、ちゃんと治療と向き合おうとしている気がして安心した。
「主、服なら買ってきますよ?」
「あ、いや……あまり他者に女性姿は見せたくないから……」
聖明がリリーから珍しく視線を逸らし、複雑そうな表情を浮かべる。
そして僕もリリーの姿を改めて目視し、一瞬固まった。
「……リリー。何でナース服なの……?」
僕は思わず問う。
リリーはいつもの黒いスカート姿ではなく、黒色のナース服を身に纏っていた。
しかも、いつもと違い身体のラインが強調されるような装いに僕も戸惑う。
「ふぉっふぉっふぉっ!ピチピチの女性のナース服はええのう!」
唐突に響くジジイの声にバッと振り返る。
そこには白衣姿のシルロ先生が病室の扉を開けて入ってきていた。
もしかして唆したのはこいつか!?
「リリーになんて格好させてんだよ!」
そう訴えると飄々とした様子で自身の髭を撫でながら笑う。
「聖明先生を看病したいと言うのでな!
折角ならと思ってお願いしたんじゃよ」
やっぱり犯人はこいつか!
僕は思わずリリーに視線を向ける。
するとリリーは何故か自信満々といった様子で答える。
「……主が喜ぶかもしれないじゃないですか」
凄まじく真剣な顔で言うリリー。
それとは対照的に、聖明の表情筋は明らかに死にかけている。
「リリー!聖明の顔、もう限界だから!気付いて!」
「ふぉっふぉっふぉっ!
元気じゃのう。それより風真。おぬしはお使いの時間じゃ!」
シルロ先生にがっちり肩を掴まれ、そのまま引き摺られ始める。
「は!?ちょっと待って!」
「あ……風真……」
一瞬、聖明が不安そうに僕を見ていたけど、結局その声を最後まで聞くこともできず、部屋を出されてしまった。
このジジイ……見た目に反して凄い力だ。
手足は細いのに、一階まであっという間に連れてこられた。
「でな、薬に必要な素材なんじゃがな」
「もう!何!?」
「まずはアース・ドラゴンの鱗!これは必須じゃの!」
昨晩言っていたドラゴンは聞き違いではなかったようだ。
僕は聖明に教えてもらった知識をどうにか捻り出す。
──アース・ドラゴン。
四足歩行で、環境に合わせて甲羅の色が変わる魔法生物。
温厚な性格だけど、敵と見なしたら容赦なく襲ってくる。
甲羅は魔法・物理攻撃の双方に極めて高い耐性を持ち、余程の高出力でなければ傷すらつけられない。
イメージとしては大きな亀に近いという。
鱗というなら、顔や足の部分だろう。
大きさは5メートル前後と言っていた気がする。
「いきなり大物すぎない……?」
「次はの……」
「まだあるの!?」
当然のように続けるジジイに頭を抱えそうになる。
一個目で既に頭が痛い。
「まだまだあるぞい。
マンドラゴラ、ピクシーの鱗粉、アオアシキノコに、トレントの根っこ……」
次々に挙げられる素材の内容に僕は慌てる。
「ちょっと待って!?
なんで全部、魔法生物系なんだよ!!」
本当に驚くほど魔法生物だらけ。
どれも採取に苦労するものばかり。
聖明が旅の途中、時々採っていたから方法は知っているけど……一人でやったことはない。
「この街の北に『精霊の森』という場所があってのう。
マナが豊富で魔法生物も育ちやすい。
そこの素材は効果も高く、薬に使うには最適なんじゃ。
ほれ、儂も医者じゃからのう。
もうすぐ患者も押しかけてくる。
採取に行ける暇があまりないのじゃよ。
おぬしが行ってくれると、薬がより多く作れるしの。
なにより──聖明先生の治療効果が、断然上がる」
「~~っ!!」
……聖明の名前を出されると、弱い。
聖明が元気になってくれるなら、やれることはやってあげたい。
それに経験ゼロというわけではないし……やるしかないか。
「……わかったよ!採ってこればいいんだろ!」
「ふぉっふぉっふぉっ!
助かるのお!ほれ、これが必要な素材リストじゃ!」
シルロ先生が昨晩とは別途書き直したと思われるメモを差し出す。
僕はそれを引っ手繰るように受け取ると、念を押す。
「僕がいない間、聖明のこと見ててよね!
それとセクハラは厳禁だよ!」
「ふぉっふぉっふぉっ!
こう見えても医者だからの!患者に手を出すほど落ちぶれておらんわ!さっさと行ってこい!」
僕は絶妙にジジイに怒りながらズカズカと玄関へ向かう。
「……風真」
階段の上から、聖明の声が聞こえた。
見上げるとパジャマ姿にカーディガンを羽織った聖明が、不安そうな表情で佇んでいる。
いつになく頼りなく見える。
──待っててね。僕が薬の素材取ってくるから。
そう心に決め、僕は聖明を安心させるように思いっきり笑った。
「聖明!ゆっくり休んで待ってて!
きっと面白い話、いっぱい持って帰るから!」
聖明は一瞬、目を丸くして固まったけど、すぐにいつもの穏やかな笑顔を見せてくれた。
「うん、待ってるね」
その言葉を背に、僕は診療所を後にした。
──さあ、頑張りますか!




