第39話 医者が患者になる日
僕たちは診療所に向かうため、夜のコロラータを歩いていた。
聖明が言っていたようにコロラータの夜は賑やかで、飲食店があちこちで開いている。
場所によっては開放的なテラス席もあり、人々が立ったまま賑やかに食事をしたり、お酒を飲んだりしているようだった。
まるでお祭りみたいで、僕は内心ワクワクしていた。
「風真。夜も賑やかで華やかに見えるかもしれないけど一人で出歩かないようにね」
聖明が足を止め、そんなことを言う。
「え、何で?」
確かに僕はまだ子供で、肉体年齢的にも恐らく未成年だから注意してるのかな?
「人口が多く賑わっている街だからこそ、闇に紛れて悪さをする人もいるんだ。
この街はエクソシストが巡回しているから比較的治安は良いけど、それでも注意することに越したことはない。
今後も大きな街に行った際は、気を付けてほしい」
聖明は一瞬暗い表情をして、最後に呟くように話した。
「……悪魔みたいな存在も怖いけど……案外、人のほうが怖かったりするからね」
「あ、うん。分かった。気を付けるね」
最後に言っていた言葉は少しピンとこなかったけど、要はこういう街では犯罪も多いってことなんだろうな。
「さて、この飲食店街を抜けた先に診療所があるみたいだ。
ちゃんと付いてきてね」
「はーい」
僕たちはそのまま足を進める。
すると少し賑やかさが遠ざかり、人通りも少なくなる。
「ここかな」
聖明が足を止め、ある建物を見上げた。
僕も同じように視線を移すと目の前にあるのは、程よく年季の入った木造の建物で、白い漆喰の壁と大きな赤い三角屋根が目を引く。
診療所の周囲には草花が豊かに咲き、街の中でも自然が多く感じられる場所だった。
三階建てで診療所としては結構大きく感じられる。
最上階には特徴的な丸い窓があり、一際目を引いた。
夜の闇に淡い照明が溶け込み、窓から溢れる灯りが幻想的な雰囲気を醸し出している。
聖明は玄関の扉前の階段を登るとコンコンとノックをする。
「ごめんください。
先日、ご連絡させていただいたカゴノトリの医師です。
訪問医療のために参りました」
そう告げると、人がいないのに扉が自然にガチャリと開いた。
聖明は僕に視線を送り微笑むと、そのまま中へ入る。
僕も続いて家の中へ入っていった。
僕は扉をそっと閉めてから診療所内を見渡す。
診療所の中も外同様に自然に満ちていた。
植木鉢には鮮やかな花や草が茂り、更には光るキノコの姿もある。
植物からは、淡い光の粒子が舞っていた。
恐らくマナが豊富なのだろう。
マナが豊富だと植物を始めとする自然は発光したり、淡い光の粒子が舞うと聖明が旅の中で教えてくれたことがある。
自然を生かすように、二階までは吹き抜けで天井からは植物が垂れた幻想的な照明がぶら下がり、玄関の直ぐ右側にある階段は照明を避けるように壁沿いに設置されている。
「すまんのお。わざわざ来てもらってしもうて」
僕が内観に目を奪われていると震えるような嗄れた老人の声が聞こえた。
視線を移すと奥の部屋から一人の老人が杖を突き、現れていた。
目を引くのは、長く伸びた白い眉と髭。
眉に隠れて目は見えず、頭は磨き上げられたように光っている。
声だけでなく手足も小刻みに震えており、白衣を着ていることから、この人がここの医師だと察した。
「夜分に失礼します。
闇魔法医療科カゴノトリ所属、聖明・紅です。
こちらの少年は風真。訳あって臨時でパートナーをしてもらっています」
聖明に紹介されたので、僕は元気な声で挨拶をした。
「こんばんは!お邪魔します!」
すると目の前の老人は愉快そうに仙人のような笑い声を上げる。
「ふぉっふぉっふぉっ!
わざわざ来てもらってすまんね。
立ち話もなんじゃからの。奥で話をしよう。
ついておいで」
僕たちは案内されるまま奥の部屋へ移動した。
入った部屋は診察室のようで、医師の机と椅子、診察台、そしてベッドとソファも完備されていた。
老人は自分の椅子に腰を下ろすと、「ふう」と息を吐く。
「よくいらした。
儂はこの街の診療所を任されておる。
エクソシスト魔法医療省所属、医師シルロ・ガレノア。
齢400ン十歳の天使じゃ。詳しい歳はもう忘れたわい」
「ええっ!? 400歳!?」
驚きのあまり、僕は思わず声を上げてしまった。
天使の寿命はおよそ500歳前後だと、聖明から教わった。
けれど、今まで出会った天使はみんな若く、100歳を越えている人ですら会ったことがないと思う。
それなのに、400歳を超えるご長寿が目の前にいるんだ。
本当に、天使って寿命が長かったんだ……と今更ながらに実感する。
「ふぉっふぉっふぉっ!
今時の天使は平和のためとか言うて、すぐに戦場に出てしまうからのう。
下手したら人間よりも早く死んでしまう者が多い。
儂のような長生きは珍しいんじゃろうて」
シルロ先生は、自慢げに髭を撫でて愉快そうに笑う。
「いえいえ。
魔法都市に行けば二千歳越えの大天使様を拝見することが可能ですよ。
大天使様たちは不老不死ですからね」
聖明がサラリととんでもないことを言うので僕は再び驚いて、勢いよく聖明を見てしまう。
魔法都市には大天使様がいるって知っていたけど、大天使様も不老不死なの!?
いや、でも、そうか。
大天使様って二千年前に起きたとされる天地戦争の時の存在だ。
生きていなければ大天使様なんて存在しているわけないか。
聖明は僕が驚いたのに気付いていたのか苦笑する。
「では、シルロ先生。早速、お話を──」
そう聖明が言いかけた瞬間、先ほどまで椅子にいたシルロ先生が、瞬間移動でもしたかのように一瞬で聖明の前に立ち、顔をガン見していた。
「うわっ!?」
聖明が珍しく驚きの声を上げる。
僕でさえ、そのあまりの早さに思わず息を呑んだ。
「あ、あの……シルロ先生……?」
「おぬし、顔色が悪いのう」
「へっ……?」
次の瞬間──シルロ先生は杖を使って、聖明の足を器用に引っ掛けた。
「なっ!?」
「え、聖明!?」
聖明はバランスを崩し、そのまま背後にあった診察台に尻餅をつくように座らされる。
きょとんと目をぱちくりさせる聖明に、先生は短く詠唱を唱え、腹部に魔法陣を展開した。
それさえも早業で僕が声を上げる暇もなかった。
「どれ……」
「……っあ!いっ、痛っ!?」
聖明は声を上げると驚いた表情で、シルロ先生の腕を反射的に掴む。
「くぅ……っ」
聖明は先生の手を掴んだまま肩を震わせ、苦しげに声を漏らす。
「聖明!?」
慌てて駆け寄ろうとするけど、シルロ先生が空いている手で僕を制するように手をバッと出す。
「安心せい。胃の様子を診てるだけじゃ。
……聖明と言ったかの?おぬし、酷く胃腸が弱っとるな。
酷い胃炎じゃな。それに胃潰瘍もできておる。
それも──もう少しで穴が空くほどになっておる。
これではさぞ普段から痛かったじゃろう」
聖明は複雑そうな表情を浮かべながらも何も言わず、視線を落とした。
そして、シルロ先生の手をそっと離す。
「聖明先生。まずはおぬしの治療が先じゃの」
「は……?」
聖明が、らしくもない間の抜けた声を上げる。
「滞在期間、増やしなされ。とりあえず一週間は入院じゃな。
経過によって最大一ヶ月といったところかの」
僕も想像していなかった言葉に唖然とする。
しかし、それ以上に、聖明が慌てた様子でシルロ先生に抗議し始めた。
「え、いや、待ってください!私は堕天使で……!」
「関係ないのう。
不死だろうが病気にはなる。特にストレスは厄介じゃ。
……おぬし、普段からどれだけの薬を飲んでおる?
儂の目は誤魔化せんぞ」
聖明はビクッと肩を震わせると、バツが悪そうに目を逸らし、口を噤む。
シルロ先生の話を聞いて、聖明がそんなに薬に頼っていたことを初めて知って、内心ショックを受ける。
でも──同時にどこか僕はほっとしていた。
聖明の体調がよくないのは知っていた。
でも、聖明は僕に心配かけまいと、いつも誤魔化してしまう。
僕がいくら言ったところで、聖明は聞いてくれない。
だからこそ、こうして止めてもらえたことに安心したんだ。
「聖明……僕は医療のことは詳しくないけど、確かにずっと調子は悪そうだった。
さっきだって吐いたばかりだし……今日なんていつも以上に顔色が悪い。
半年以上一緒に旅を続けてるけど……聖明がちゃんと休んでいるところ、見たことないよ?」
出会った頃の聖明は、限界まで頑張って倒れるまで眠らず、食事も抜いているような人だった。
旅を始めてからは少しは改善されたけど、決して健康的とは言えない状態だ。
現に胃に穴が空きかけているなんて……やっぱり、しっかり休んでほしい。
「ふむ、風真のほうが余程おぬしのことを見とるようじゃな。
聖明先生。自身の健康を蔑ろにして、患者を診ることなどできんぞ」
「……しかし……」
まだ何か言いたげな聖明に、シルロ先生は大きな溜め息を吐く。
僕もシルロ先生と同じ気持ちだ。
何で聖明はこうも変に頑固なんだ。
「やれやれ、仕方ないのう。では、こう言えば従うかの?」
眉を上げ、ギロリと眉の下から目を光らせると、シルロ先生は静かに聖明に告げた。
「おぬし、カゴノトリの総指揮官でもあったの」
「……へ?あ、はい……」
「今は都市に代理がおるんじゃろう?
其奴に連絡を入れるかの。
確か名は──セレスティーナ・ラファ──」
シルロ先生が言い終える前に、聖明は血の気が引いたような顔で勢いよく立ち上がり、見たこともない速さで土下座した。
「聖明!?」
「すみません!それだけは勘弁してください!
治療を受けます!受けますのでお願いします!」
僕はぽかんと口を開けたまま、固まってしまった。
え……なに?
代理って、聖明の本当のパートナーのことだよね?
確かにいつも言葉を濁しているとは思っていたけど……もしかして、聖明ってパートナーと何があったの?
そんな僕の疑問を遮るかのようにシルロ先生は再び仙人のような笑い声を上げる。
「ふぉっふぉっふぉ!
素直でよろしい。しっかり診察してやるからのう。
診察台に横になりなされ」
「……はい」
聖明は青褪めた顔のまま、大人しく診察台に横になる。
「ほれ、腹を出しなされ」
「……はい」
聖明は着ている軍服の上着を脱ぐ。
中はいつも着ている肩出しの黒のハイネック。
彼はファスナーを下げ、お腹を出しながら、どこか複雑そうな表情で天井を見つめている。
僕も様子を伺うために、そっと近くに寄った。
シルロ先生は先ほどと同じ魔法陣を、聖明のお腹の上に展開する。
「中を調べるからのう。ちと痛いぞ」
「んっ……!!!」
聖明は歯を食いしばり、目元には涙が滲んでいた。
「やはり、しっかり穴が開きかけておる──というか開く寸前じゃの。
もうちっとで吐血しておったぞ」
「げ……っ」
僕は聖明の症状が想像以上に悪いことを知って思わず声を上げる。
そんな僕に気を取られることもなくシルロ先生は聖明に質問をする。
「聖明先生。普段は何の薬を飲んでおる?」
聖明は一瞬、視線を泳がせ、唇を少し噛むと渋々と言った様子で答え始める。
「粘膜保護薬……胃液分泌抑制薬……」
「まだあるじゃろ?」
「……睡眠導入剤、抗うつ薬……鎮痛剤……堕天使用の抑制剤……」
薬の内容に僕は余計に心配になる。
聖明……抗うつ薬まで飲んでたんだ……。
そりゃ、そうか……何度も自殺しようとしてた人だもんな。
僕に対してはいつも笑顔でいるから、ちゃんと気付いてあげられてなかった……。
シルロ先生は呆れたように息を吐くと、少し怒るような口調で話す。
「まったく、典型的なうつ患者じゃの。
おぬし、人の心の病を治している場合ではなかろうて。
念のため、後で薬の成分も見せなさい。
おぬしのようなやつは、強い成分を勝手に調合してそうじゃからのう」
……うん、聖明ならやりかねないな。
そう思いながら彼を見ると、顔を見られたくないのか、腕で顔を隠し、視線を遮った。
「まあ、堕天使は特殊じゃからの。
抗うつ薬ぐらいで、どうこうできるレベルではないのじゃろう。
せめて胃腸だけでも良くなれば、少しは違うはずじゃ。
それと、寝るときは導入剤ではなく、睡眠薬に切り替えるぞ。
よく寝て、身体を休めて、少しずつでもまともな食事を摂ることじゃ」
そう言い終えると、シルロ先生は魔法陣を消し、席に戻るとカルテを書き始めた。
僕は心の中でシルロ先生に感謝をした。
きっと僕では、こうやって聖明を止めることも、治してあげることもできない。
聖明は起き上がり、座ったまま服を整える。
その表情はいつになく暗く、いつもの笑顔もない。
聖明のことだ。
きっと僕に体調のこと、知られたくなかったんだと思う。
でも、僕は知れて良かったと思う。
僕は聖明の前でしゃがみ、彼の顔を覗き込んだ。
その表情はいつになく暗くて、僕の目を見てくれない。
「……聖明、ずっと頑張ってたんだ。
休暇をもらったと思って、ちゃんと休も。
僕にできることがあったら、何でもするからさ」
「……風真」
聖明は泣きそうな顔をして、僕を見てくれた。
聖明はこんなにも弱ってたんだ……。
僕は謝りたくて、口を開きかけた時だった。
「ほう! なんでもするとな!」
「ん!?」
突然、シルロ先生が嬉しそうな声を上げ、僕の腕をがっしり掴んだ。
驚きの目でシルロ先生を見つめるけど、彼ははしゃぐように話し始める。
「薬を調合するにも、ちょうど材料が尽きてのう!
おぬし、幾つか調達してくれぬか?」
「へ? 僕が?」
これまた想定外のお願いに、僕はどうしたものかと考えていると、矢継ぎ早に言う。
「そうそう!風真じゃったな?
聖明先生の治療のためにも協力してくれぬかの?」
その言葉に一瞬にして僕の考えは固まった。
聖明のためになるなら断る理由はない。
「僕でできることなら、頑張ります!」
「おお、良い返事じゃの!ではまずは──アース・ドラゴンの鱗とな……」
──ん?ドラゴン……?今、ドラゴンって言った?
耳から聞こえた単語に脳内処理が追いつかず首を傾げていると聖明が声を荒げる。
「ちょっと待ってください! 風真に何をさせるつもり──」
「おぬしは黙っておれ!」
聖明が立ち上がって、口を挟もうとしたその瞬間──シルロ先生はあろうことか杖で聖明の頭をどついた。
その勢いで診察台に音を立てて倒れ込んだ聖明は、そのまま魂が抜けたように気を失った。
一瞬の出来事で、僕は固まった後に思いっ切り叫んだ。
「ぎゃあああ! 聖明!?」
「ほれ、このメモに聖明先生の入院に必要なもの書いておいたぞ!
材料調達は明日からお願いしたいのう!」
このジジイは呑気な声で話しながら、メモ書きを僕に押し付ける。
流石に怒れた僕は、抗議するように声を上げた。
「何だよ!あんた!
ちょっといい人かと思ってたのに、急に殴るなんてありえないだろ!」
しかし、ジジイはなんてことないような雰囲気で髭を撫でながら飄々と話す。
「こやつのようなやつは、これぐらいがちょうどいいんじゃよ!
このまま聖明先生は入院じゃ。
ほれ、二階の病室に運ぶの手伝うんじゃ!
なんでもするんじゃろ?」
「ああ!もうっ!!!」
確かに聖明を放置するわけにもいかず、僕は不本意ながらも行動に移すことにした。
自分に身体強化を施し、聖明をお姫様抱っこする。
思ったより軽い……?
それに、身体も少し小さくなってるような……?
そこで気付く。
聖明は気を失った拍子に女性になっていた。
僕は慌てて、どうにか隠さないとと思って、変にキョロキョロしてしまう。
すると僕の様子を察したように、シルロ先生が口を開く。
「心配せんでもよい。
聖明先生が無性体であることは知っておる。
まあ、この診療所で入院しておる間は儂が守ってやるからの」
その言葉に、僕はどう受け止めればいいか分からず、口を噤んでしまう。
腕の中にいる聖明が「う……」と小さく声を漏らす。
それを見て、今は考えるのをやめた。
「二階のどこに連れていけばいい?」
「ほれ、こっちじゃ!」
玄関右手の階段を上がり、案内されるまま右奥の部屋へ。
病室は個室らしく、部屋の中にも管理が行き届いた植物が設置されており、空気が澄んでいた。
「この病室を使うといい」
僕は部屋奥の窓際のベッドに聖明をそっと寝かせ、眼鏡を外し、近くの棚の上に置く。
聖明の顔を見ると表情はどこか苦しそうで、胸が痛んだ。
「安心せい。
精神的な部分まではカバーできんが……胃腸はちゃんと治してやるからのう。
治れば今よりは元気になるはずじゃ」
「……うん」
よくよく考えたら、普段から笑顔で元気に振る舞ってばかりで、弱音らしい弱音を吐いていなかった。
たまに甘えるように抱きついてくるけど……それだけだった。
そう思うと胸の奥がきゅっと痛くなる。
僕は……聖明の重荷になっていないだろうか……?
「……それにしてもじゃ」
「うん?」
シルロ先生が自身の髭を撫でながら聖明をじっと見つめる。
「聖明先生の服装、どうなっておるのじゃ?エチエチ過ぎんかの?」
聖明の普段着は、何故か基本的に肩出しの服ばかりだ。
長袖の軍服を着ているから、あまり気付かないけど……。
そう思って聖明を見ると、今は軍服を脱いでおり、しかも女性の姿で……胸のラインが思いっきり出てしまっている。
「うわああああ!?」
僕は慌てて掛け布団を掴み、聖明に掛ける。
「変な目で見るなよ!エロジジイ!」
僕は変に息切れしながら叫ぶ。
「ふぉっふぉっふぉっ!今時の若いもんは破廉恥じゃの!」
「ジジイ……っ」
僕はキッとジジイを睨んだ後に、何だかアホらしくなって溜め息をついた。
その後に聖明の影からリリーを呼び、お願いして宿から聖明が寝泊まりするのに必要な物を取ってきてもらった。
僕が取りに行ってもよかったんだけど、夜は一人で出歩くなって聖明が言ってたし、僕がいない間にエロジジイにセクハラでもされたら堪ったもんじゃない。
しかし──僕の心配は必要なかったようだ。
シルロ先生は黙々と聖明に点滴を施し、聖明が起きた際に薬を飲ませろと僕に指示をする。
シルロ先生は、『ちゃんとした医師なんだな』と、ようやく信用できる気がした。
「点滴に痛み止めもあるからの。
これで少しは胃の痛みも和らぐはずじゃ。
聖明先生が目を覚ましたら、改めて診察するからの。
まあ、朝までは起きない。
風真よ、おぬしも泊まっていけるように毛布を持ってきてやろうかの。
部屋にあるソファであれば転がれるじゃろ」
シルロ先生はそう言って、病室を出ていく。
部屋の中央には、確かに大きめのソファとローテーブルが設置されている。
このソファであれば確かに転がって眠れそうだ。
僕は眠っている聖明に視線を戻す。
聖明の横には黒猫姿のリリーが聖明の頬に鼻をつけて心配そうにしている。
きっと彼女も聖明が心配で仕方ないんだ。
「聖明、ちゃんと休んでよ……?」
眠っているから、僕の言葉が届いているかは分からない。
それでも僕は願うように呟いた。




