第38話 新たな街と小さな異変
大きな川沿いに広がる、豊かな自然と色とりどりの街並みが特徴的な街──コロラータ。
ここは魔法都市より南に位置し、海から魔法都市へと続く大きな川の中腹にある街らしい。
川が広いせいか運河が整っており、運河の街とも呼ばれているらしい。
この街は、今まで訪れた場所の中では一番大きい。
綺麗に整えられたレンガの道は、夜になると踏んだ箇所が光り、足元を優しく照らしてくれる。
顔を上げれば柱や梁などの木骨を露出させ、その間を漆喰やレンガで埋めた家が目を引く。
街周辺にある森は遠目からでも不思議な色をしており、青味がかった白い木々が神秘的な雰囲気を漂わせている。
そんな見るだけでワクワクしそうな街に到着したのは日が暮れた頃だった。
ずっと野宿続きだったのもあり、道中の商店街で夕食の食材だけ手早く買い、川沿いの大きな宿を取っていた。
五階建ての鮮やかな青色の宿。
その一番上の角部屋。
今回の滞在は長いらしく、過ごしやすいようにとキッチン付きの良い部屋を聖明が手配してくれた。
「はい!お待たせ!」
「やった!オムライスだ!」
聖明が丁寧に作ってくれたオムライス。
具沢山のチキンライスにふわふわの卵とケチャップが掛かっている。
僕は正直、結構食べる方で──聖明はそんな僕のために大皿に大盛りのオムライスを作ってくれていた。
他にも彩りの良いサラダと具沢山のスープが並んでいる。
聖明が作るオムライスは特に大好物なのもあって、美味しそうな料理を前に自然と感謝の気持ちが湧いた。
「聖明、ありがとう!」
「どういたしまして」
聖明はニコっと笑いながら、向かいの席に座る。
彼は僕と違って食が細く、今日も小さな器にサラダとスープだけ。
今日も沢山歩いたし、それだけで体力が持つのかと心配になる。
「……聖明。
あまり言いたくないけど、もっとしっかり食べようよ。
不死だからって疲れないわけじゃないし、風邪も引くんだろ?
しっかり食べたほうが健康的だよ」
堕天使は不死とはいえ、痛みも怪我もある。
致命傷の治りが早いだけで、基本的には僕とそう変わらない。
以前よりは少し食べるようになったけど……ただでさえ色白なのに、最近はさらに血の気が薄く、血色が良いとは言い難い。
聖明は僕の気持ちに気付いて苦笑しつつも、どうしたものかと悩んだように言葉を濁す。
「んー……そうだね。わかってはいるんだけど……」
苦笑する聖明に、僕はオムライスを掬い、彼の前にスプーンを突き出した。
「聖明。一口でもいいから食べて。ほら、あ〜ん。」
「え」
「ほら、口開けて」
戸惑いながらも聖明は口を開け、パクっと食べる。
「よしっ!いただきます!」
聖明が飲み込んだのを確認してから、僕は自分の食事に取りかかる。
勢いよくスプーンで大きめの一口を掬い、大きな口でパクリと放り込む。
ふわとろのタマゴがチキンライスに絡んで、とても美味しい。
「聖明、美味しいよ!」
ふと顔を上げて感想を述べる。
しかし──聖明は口元を押さえて青褪めていた。
想定外の状況に僕は慌てる。
「せ、聖明?」
聖明はガタッと音を立て無言で勢いよく立ち上がると、トイレに駆け込んだ。
「……っ、ごほ……うっ」
まさかのトイレからの嘔吐音。
僕は慌てて駆け寄り、トイレで蹲っている聖明の背中を擦る。
「聖明、大丈夫!?どうしちゃったの!?風邪!?」
すると、聖明の影から黒猫の姿をしたリリーが現れる。
そして、耳を垂らしながら僕を見上げて話し始めた。
「……恐らく、長年あまり食べていなかったせいです。
脂っこいものを受け付けなくなっているのかもしれません。
普段もスープや野菜ばかりでしたから」
言われてハッとする。
確かにこれまでの旅でも、聖明が食べていたのはサラダやスープばかりで、パンを少し齧る程度だった。
他にコーヒーを飲んでいる姿しか見たことがない。
それを考えると、もっと気にかけて食べるように言うべきだったと心底後悔してしまう。
少しでも食べてくれていたことで、すっかり安心してしまっていた。
「……ぅ、ごめ……食事中に。油の匂いが、何か来ちゃって……」
「僕の方こそごめん!無理に食べさせたから……」
僕が背中を擦っている間に、リリーは女性の姿に変わり、キッチンへと入っていく。
「主、水を。胃液で喉が荒れてしまいます」
「……うん、ありがと……」
聖明は水の入ったコップを受け取ると、口を濯ぎ、喉を潤す。
そして、空になったコップをリリーは受け取り、代わりにタオルを手渡す。
聖明はタオルを受け取ると口元を拭い、トイレを流す。
僕はそんな聖明を支えるように立たせた。
「ごめん、風真。少し横になりたい……」
「分かった」
ふらふらな足取りの聖明を部屋のベッドに座らせる。
すると眼鏡を外しベッド横の棚に置くと、顔色の悪いまま倒れ込んで、枕に顔を埋めた。
そして、籠もった声で聖明が言う。
「二人は食事、続けてて……」
「……分かった。ご飯、食べてくるね」
僕は席に戻るも、心配で落ち着かない。
それに気付いたのか、リリーが聖明の代わりに席につき、サラダとスープを食べ始める。
「スープ、美味しいですね」
優しく微笑む彼女に、少しだけ心が和らぐ。
きっと気を使って一緒に食べてくれてるんだ。
本来であればリリーは食事を必要としないみたいだし……何だか申し訳ない。
僕は気を取り直して一緒に食事を始めることにした。
リリーが美味しいと言ったスープも一口食べる。
「……うん!野菜いっぱいで美味しいね!」
するとリリーが柔らかく笑ってくれる。
「次は私が作ってみましょう。
ウィンナーやベーコンを入れても良いかもしれませんね」
「それも美味しそうだね!リリーが作る時は僕も手伝うよ!」
「ありがとうございます」
そのやりとりを、ベッドで横になった聖明が微笑みながら見守っているのが横目に映った。
だから、僕は聖明に言ってみる。
「聖明!オムライスの作り方、今度教えて!僕も作ってみたい!」
すると驚いたように目を丸くした後に、優しく微笑んでくれた。
「……うん。一緒に作ろうね」
「やった!」
その夜──聖明は結局、食事ができなかった。
仕方がないけど心配だ。
僕は聖明とは対照的に食事を綺麗に平らげ、リリーと一緒に食器を洗い、片付けも済ませる。
その後、食後の飲み物!ということで、リリーがカモミールのハーブティーを淹れてくれた。
蜂蜜入りのほんのり甘いハーブティー。
僕は初めて飲むお茶だ。
リリーは聖明の分も淹れてくれたらしく、目を閉じていた聖明に声を掛ける。
「主。カモミールを淹れてみました。
確か、以前に蜂蜜入りのが好きと話されていましたよね?
よろしければお飲みください」
その言葉に反応するように、聖明は薄っすら目を開ける。
そのままむくっと起き上がり、ベッドの端に座り直す。
リリーはそんな彼にカモミールの入ったマグカップをそっと手渡す。
「ありがとう、リリー。私の好み、覚えてたんだね」
「ええ、主のことですから」
そんな二人の穏やかなやり取りに、僕の心もふわっと温かくなる。
聖明がハーブティーを飲んで幸せそうに微笑む姿を見て、僕も同じお茶を口にする。
ほんのり甘くて、香りが心地よい。
そう言えば……聖明が何かを好きとか言うのを聞いたことがなかった。
聖明は蜂蜜入りのカモミールが好きなんだ。
そんなことを考えていると、聖明に名前を呼ばれる。
「風真」
聖明がマグカップを片手に、僕の前の席に座る。
しっかり歩いているところを見ると、先ほどよりは良さそうだ。
リリーは黒猫姿に戻り、聖明の肩にちょこんと乗ると甘えるように頬擦りをしている。
聖明はそんなリリーを撫でながら話し始めた。
「……次の仕事の話をしてもいいかな?」
聖明の顔色はまだ優れない。
それでも仕事の話をしようとする聖明に、僕は少しムッとする。
「話はいいけど……いつから?
僕としては聖明に休んでほしいんだけど。
ついさっき吐いたばっかりだし、それに街に来たばかりで全然休めてないじゃん」
コロラータに到着するまで五日間は野宿をしていた。
旅の中で野宿には慣れ、体力がある僕はそこまでダメージはない。
何なら楽しむ余裕があるほどだ。
それに比べて、聖明は案外繊細だ。
元々、体力もないし、歩き疲れて夜は倒れるように寝ることが増えた。
元々ほとんど眠らなかったことを考えれば、眠るようになっただけ健康的なのかもしれない。
でも、歩き疲れて倒れるように眠っているだけで、どう考えても疲労が抜けているようには見えない。
それに──眠っても度々、悪夢に魘されているのを知っている。
きっと昔の夢を見ているんだと思う。
時折、譫言のように謝り続け、泣いていることさえある。
こればかりは……僕にはどうしようもない。
その上、今日なんて吐いてしまったんだ。
どうせ長めに滞在するのであれば、一度身体を休めてほしい。
あまり無理をしてほしくない。
「……うん、気持ちは嬉しいんだけどね。
先んじてこの街の診療所に、今日挨拶をしに行くと連絡を入れていたんだ。
だから、もう少ししたら行かないといけないんだ。
昼間に行くと診療の邪魔になるから夜のうちにと思ってね。
それに──闇魔法医療を使える医師は堕天使くらいしかいない。
カゴノトリが定期的に地方へ赴いて、訪問医療も行っていることは知っているね。
いつもなら魔法都市から派遣されるけど、今私が地方を巡っているからその役目は私が一手に担っている。
そんな私が休んでしまえば、闇に苦しんでいる人々が苦しみ続けてしまう」
まったく……聖明って変なところで真面目なんだよな。
僕は思わず溜め息が出る。
「今日行かなきゃなのか……」
思った以上に早いスケジュールに不安が募る。
聖明はハーブティーを一口飲み、ほっとしたように小さく息を零す。
「安心して。今日は本当に挨拶だけだから。
後は、この街での診察の打ち合わせかな。
前もって私に診てほしい患者を紹介してくれるみたいなんだ。
カルテを見ながらそれぞれの患者の症状を確認したり、施設の案内をしてもらったり……そんな感じかな」
「因みに滞在期間は?」
僕は聖明が休める期間も必要だと思い、聞いてみる。
「えっと、患者の症状にもよるけど二週間から四週間前後かな。
普段であれば一ヶ月近くも同じ場所に留まると悪魔を呼び寄せかねないけど、この街は大きいだけあって、悪魔の侵入を防ぐ結界が張り巡らされている。
魔法都市ほどは強固ではないけど、ある程度は安心だ」
呑気に笑顔で語る聖明。
要はこの街であればゆっくり聖明を休ませることができる。
今日の挨拶について行って、打ち合わせに口を挟もう。
そこで聖明が休む期間も設けて、無理にでも休ませないと。
「分かった。でも、挨拶に行く時は僕もついて行くからね。
一応、僕だってパートナーなんだし、ちゃんと傍にいるからね」
「ふふ、分かったよ」
人の気も知らず微笑む聖明。
聖明って案外頑固なんだよな……。
前もって休めと言ったところで絶対に休まない。
他者の目があるところで約束をさせれば、変に律儀な聖明だから約束を守るだろう。
それを狙って承諾させてやる。
「よし!カモミール飲み終えたら行こうか!
この街は割と夜でも店が開いているらしいから、きっと歩くだけでも楽しいよ!」
「うん」
元気に話す聖明だけど、顔色は悪いまま。
まったく……どうなることやら。




