第37話 総指揮官の裁定
エクソシスト南東支部内の薄暗い廊下で、男たちの怒りと戸惑いに満ちた声が、足音と共に響く。
「堕天使に弱みを握られただと!?」
そう声を荒げたのはムーア少将だった。
ダルカス少佐は軽症を負ったのか、大袈裟に腕に包帯を巻き、情けない顔で訴えている様子だった。
「申し訳ございません……」
「この馬鹿が!クソ!本部に出られたら厄介だ!」
ムーア少将は怒りを露わにし、声を荒げながら言葉を続ける。
「だから私は、最初からカゴノトリなどという胡散臭い組織に頼るべきではないと言ったのだ!」
ダルカス少佐と反対側を歩いていたクズタフ大佐が慌てたような声で訴える。
「少将!これから如何致しましょうか!?」
するとムーア少将は足を止めて、自身のちょび髭を指で撫でながら、ニヤリと笑みを浮かべる。
「 ……奴は一人だったな。
まあ、小僧も一緒にいた気がするが、そっちは大したことないだろう。
所詮、信用なき堕天使だ。
幾ら総指揮官殿とは言え、闇で暴走したことにしてしまえば封印したとしても疑われることもないだろう」
思いがけぬ指示にクズタフ大佐の表情が一瞬だけ曇るが──すぐにニヤリと口角を上げ、頷く。
「なるほど!流石は少将!
何なら暴走した堕天使を封印したとなれば、逆に手柄として評価されますね。
口封じもでき一石二鳥ではないですか」
クズタフ大佐の言葉に機嫌を良くしたムーア少将もまた、ニヤニヤと笑い始める。
「ははは!あの堕天使を甚振るのも楽しそうだからな!
封印する際に、少々、痛い目見てもらっても致し方ないだろう。
何、あの顔なら少しは楽しめるだろう」
その言葉にダルカス少佐はビクッと身体を震わせ、視線を逸らす。
少佐とは打って変わり、クズタフ大佐も同意するようにねっとりとした笑みを浮かべ、二人は愉快そうに笑い合った。
そして、続けるようにクズタフ大佐は正帽を被り直しながら提案する。
「──それでは私がまず、あの化け物を誘導し、魔力制御装置で捕獲します」
「うむ、結構。幾ら堕天使でも魔力制御装置を付けられれば身動き一つできなくなるだろう。
流石は我が右腕!頼もしい限りだよ、クズタフ大佐」
そう言いながら、三人は執務室の前に到着すると、クズタフ大佐とダルカス少佐が両開きの扉を開ける。
「──まったく……悪巧みくらい、こっそりやれないのか?」
暗がりの執務室から男性の声が響き、彼らは身構える。
「なっ!?何でお前がいる!堕天使!」
そう叫んだのはムーア少将だった。
彼らの視線の先には、暗がりの中で赤い瞳を仄かに輝かせる男がいた。
その背後には一緒にいた銀髪の少年の姿もあった。
「貴様!誰が勝手に立ち入っていいと──」
「エクソシスト本部からの通達を届けに来た」
ムーア少将の声を掻き消すように端的に言葉を放つ堕天使。
彼はゆっくりと机から脚を下ろし、姿勢を正すと、続けざまに淡々と告げる。
「お前たちはエクソシストの規約を無視し、パートナー制度を蔑ろにした。
パートナー制度とは、互いを守り合い、戦闘時においての生存率を高めることを目的としている。
それ以外にも大切な役割がある。
国家公務員の一員として、互いに不正がないか監視し合うためでもある。
お前たちは制度を無視したどころか、互いの監視さえせず、愚かにも不祥事にまで手を出しているじゃないか」
彼は書類の束を手に持つと、ムーア少将の前に叩きつけるように床に書類をぶち撒ける。
「街の住民からの不正な税の取り立ての証拠だ」
「なっ!?」
ムーア少将は一気に青褪め、床に広がった不祥事の証拠に目を泳がせる。
「まあ、これに関しては私が調べたんじゃない。
エクソシスト諜報部から渡された資料だ。
要は──私が来る前から本部には不祥事がバレていた、ということだ。
私は飽くまで魔物の討滅と、ついでに南東支部の在り方をこの目で見て報告しろとだけ指示を受けている。
ま、結果は先程言ったように最低限の制度さえ蔑ろにしているお粗末な支部と報告は上げておいた。
パートナー制度すら碌に適用されておらず、軍としての練度も最底辺。
隊長は無能で、現場の指示も碌にできず……それどころか混乱を招き、多くの負傷者を出す始末。
まったく──そんな愚か者に民を任せられるわけないだろ」
その言葉に、ムーア少将が堪らず怒鳴り返す。
「堕天使如きが!説教を垂れるな!
地方の現状も知らぬ若造が!偉そうに!
クズタフ大佐!ダルカス少佐!こいつを捕らえろ!」
「「はっ!」」
号令と共にダルカス少佐が雷を纏った剣を抜き、椅子に座る聖明へ一気に距離を詰める。
「そう言えばずっと思ってたけど──大佐と少佐の名前、クズとカスってピッタリだよね!」
呑気な口調で聖明が笑った瞬間、ダルカス少佐の剣は床に落ち、ガランと鈍い音を立てる。
「なっ……!?」
剣を蹴り落としたのは、後方に控えていたはずの風真だった。
身体強化と風魔法をまとわせた回転蹴りが、ダルカス少佐の腹に炸裂する。
吹き飛んだ先にいたクズタフ大佐も巻き込まれ、廊下の壁まで吹き飛び、激しく叩きつけられる。
壁にヒビを入れながら、二人はそのまま床へ転がった。
「……おお……上手くいった!」
「風真!かっこいい!」
聖明が嬉しそうに拍手するのを見て、風真は赤面しながら背筋を伸ばす。
大佐の下敷きになったダルカス少佐は打ち所が悪かったのか、そのまま伸びているが、まだ意識があったクズタフ大佐は唇を噛みながら立ち上がる。
「このガキが……っ!ただで済むと思うなよ!」
「それは、こっちの台詞だ!」
風真は身体強化を展開し、一瞬にして大佐との距離を詰めると華麗な足捌きで、躊躇なく顔面を膝で蹴り上げ、気絶させる。
「この男女が!」
ムーア少将がそう叫ぶと、聖明に手を伸ばす。
それにハッとした風真が振り返り叫んだ。
「聖明!」
しかし、その手は聖明に触れる寸前で動きを止められる。
「な……っ」
ムーア少将の足元には普通の影とは違う、至極色 (※1)に輝く影が蠢き、彼は身体が動かせないようで、手を伸ばしたポーズで固まっている。
※1 極めて黒に近い、暗く深い赤紫色のこと。
すると至極色の影から女性姿のリリーが現れ、聖明の横に歩み寄ると、スカートの裾を左右に摘み広げ優雅に一礼する。
「主、動きを封じておきました。
約束通り、ボコボコに致しますか?」
聖明は妖艶な笑顔を浮かべながら首を左右に振る。
「その前にちゃんと私から言わなきゃいけないことがある。
だから──少し待っててね、リリー」
「承知致しました」
二人は穏やかに笑顔を交わすと、リリーは一歩引いて聖明の背後に控える。
聖明は身動きが取れないムーア少将に妖艶な笑みを浮かべると口を開いた。
「まったく……少将という地位にいながらもなんて浅はかな考えで動いているんだ?
エクソシストであれば堕天使保護法を知らないはずないだろ?
堕天使は、その絶対数の少なさから過剰なまでの法律で守られている。
特に有名なのが、『堕天使を故意に傷つけた者は処罰対象となる』という法だ。
しかも、その采配は被害を受けた堕天使に委ねられる。
それが例え──死罪であっても有効だ」
身体を拘束されたまま、ムーア少将は大声で叫び散らす。
「ふざけるな!お前など、封印してしまえば済む話だ!」
その返答に呆れたように聖明は息を吐く。
そして、次の瞬間──床から伸びた赤黒い闇の茨が彼の足を貫いた。
「ぐあああああっ!!」
ムーア少将は苦痛に絶叫し、床に倒れた。
どうやらリリーが拘束を解いたらしい。
彼は足を抱え、血を撒き散らしながら叫び続ける。
「悲しい事にエクソシストも人手不足だ。
だから──今日はこれで勘弁してやろう。
私も君如きの命を奪ったところで、何も嬉しくないからね。
君たちの正式な処遇は近日中に本部から届く。
南東支部には新たな責任者と複数の佐官が配属される。
君たちは降格の上に、手を染めてきた不祥事についてそれ相応の実刑が待っているだろう」
そう告げると聖明は席を立ち、彼の横に立つ。
そして、わざとらしく思い出したかのように笑顔で話を続けた。
「あ、そうそう!
単に実刑判決が下るだけじゃ、罪状の割に面白くない結果になりそうだったからね!
私が直々に推薦状を書いてあげたよ!
──ケルベロス監獄の刑務官にね」
「な、何だと!?ふざけるな!
あ、あそこは、入ったら二度と出れない島流しの職場だぞ!?
そんなところ……!」
青褪めつつも怒鳴り散らすムーア少将。
しかし、聖明は赤い瞳に眼光を宿らせ、暗がりの中で笑う。
「だから言ったろ?人手不足だって。
あの監獄には狂った悪魔教徒も多くいるからね。
簡単に刑務官が死んで困るんだよ。
まあ、君みたいな人材のほうが案外しぶとく生き残ってくれるからありがたいんだ。
──精々、拾った命を大切にするんだね」
ムーア少将は息を呑み、諦めたような顔で床を見つめる。
そして、宣告した本人は元気な笑顔で風真に声を掛けた。
「風真、報告は終わったよ!」
「う、うん」
風真が返事をすると、今度はくるりと後ろを振り返りリリーを見つめる。
「リリー、後は好きにしていいよ。殺さない程度にね」
「承知致しました」
リリーは優雅に再び一礼をする。
その姿を確認すると聖明は風真を連れ、執務室の扉を閉めた。
その後──断末魔の叫びが執務室から支部全体に響く勢いで轟いたという。
◆◆◆
僕たちはあの後、街に留まるのも居心地が悪かったので、聖明の転移魔法で以前泊まっていた街の宿に戻っていた。
偶然にも借りていた部屋と同じ角部屋が空いていたので、今日はそこに滞在する予定だ。
聖明は部屋に入るなり、ベッドに倒れ込むようにして、ぐったりと伸びている。
少し唸っている様子に、僕はベッドの端に座り声を掛けた。
「……聖明、お疲れ様」
「んー……」
彼の影から、黒猫の姿をしたリリーがひょっこりと現れ、聖明の頬をペロリと舐める。
「はは!リリー!くすぐったいよ!」
そうリリーと戯れる彼は、いつもの聖明だ。
その姿に、僕はほっと胸を撫で下ろす。
エクソシスト南東支部にいた間、聖明はずっと気を張っていた。
時には圧倒的な力で捻じ伏せ、時には冷徹さすら滲ませる姿を見せていた。
その凛とした立ち姿は、確かに強くて……でも、どこか怖くもあった。
今回の任務だけでも、聖明は一人で多くを背負っているのが分かった。
闇魔法の代償に苦しみながらも、医師として──総指揮官として責務も果たし、戦場に立つ。
実力もあって、誰よりも強いけれど──その分、心も身体も脆い。
隙を見せれば狙われ、闇魔法の反動で倒れてしまうことだってある。
それでも、聖明は歩き続けている。
僕は──聖明のような強さはあるだろうか。
戦う力も、支える知識も、足りないものだらけだ。
それでも、今の僕にできる精一杯の力で、聖明の隣に立っていたいと思った。
「風真」
はっとして顔を上げると、聖明がこちらを見ていた。
ベッドに転がっていた聖明は余程気を抜いたのか女性姿になっており、リリーを撫でながら穏やかに微笑んでいる。
「ありがとう。風真やリリーがいてくれたから、頑張れた」
その言葉に胸がいっぱいになる。
本当は泣きそうになった。でも、涙は堪えた。
代わりに小さく首を振って、できる限りの笑顔を返す。
「……聖明は案外、泣き虫だからな!心配で一人になんてできないよ!」
聖明は一瞬驚いたように目を丸くするけど、すぐに目を細め微笑んでくれた。
僕はまだ未熟で、やれることも限られていて、頼りないかもしれない。
けれど、今はそれでもいい。
聖明が僕の支えになってくれたみたいに、僕がいることで笑顔になってくれたら、それでいい。
僕はこの先も、聖明と一緒に歩いていきたい。
迷っても、不安になっても──同じ空の下で笑い合えるなら、それだけで十分だ。
僕の命がこの先どうなるかは、まだ分からない。
それでも今は、精一杯この人と生きていこう。
僕は窓の外を見る。
広がる夕焼けが、まるで僕の心の熱を映し出しているようだった。
きっと──この想いは、明日に繋がると信じて。




