第35話 エクソシスト南東支部
連れられ一緒に訪れた場所は──エクソシスト南東支部。
僕たちが滞在していた町からは少し離れており、森の中を流れる川に沿って三時間歩き続けた末にやっと姿が見えてきた。
エクソシスト南東支部は少し変わった造りをしている。
森の中にある街を守るように、高く分厚い壁がぐるりと囲んでいるのだが──その壁そのものが、エクソシスト南東支部となっている。
壁の内部は全て繋がっており、エクソシストたちの施設として利用されているようだ。
そして、街への出入り口は二箇所あり、正門と裏門が存在する。
正門と裏門は門がある関係上、建造物としても大きく、主にエクソシストの施設が集中しているらしい。
僕たちは正門からエクソシスト南東支部を訪れ、その壁の中にある施設へと足を踏み入れていた。
施設内の床は石造りで、内装の壁は白で統一されており、少し眩しく感じる。
そんな廊下を歩いていると周りからヒソヒソと声が聞こえ始める。
「おい……あれが噂のカゴノトリだろ……?」
「本当に堕天使っていたんだな……」
「見ろよ……あの赤い目。まるで血みたいじゃない……」
廊下を歩き移動するだけで、ひそひそと何かを囁きながら、冷たい視線を僕たちに向けてくる。
あまりの不愉快さに僕は小声で聖明に声を掛ける。
「聖明……こいつらなんなの?ひそひそと人のことを噂して……っ」
聖明は僕に視線も向けず、いつもよりピリッとした雰囲気で前を向いたまま抑えた声で返す。
「……仕方ない。堕天使は嫌われ者だからね。
あまり隙を見せないように気をつけて。
舐められると、ロクなことがないよ」
その言葉に、僕は思わず背筋を伸ばした。
確かに……シャルルでさえ、最初は聖明に敵意むき出しだった。
ここは──味方の顔をした、敵の巣窟かもしれない。
「──ここだ」
聖明が大きな両開きの扉の前で立ち止まる。
扉の左右には警備と思われるエクソシストが白い軍服姿で佇んでいる。
「闇魔法医療カゴノトリ所属──総指揮官、聖明・紅だ。
エクソシスト本部の要請により参上した。
エクソシスト南東支部の責任者である少将にお目通りを願いたい」
聖明が名乗り出ると、ギョッとした顔をしたかと思うと、青褪めた様子で扉の前にいるエクソシストが敬礼をし、静かに扉を開けた。
あまりに青褪めるものだから、僕は気になり、再び小声で尋ねる。
「聖明……?今の……」
「後で説明する。今は静かにしててほしい」
珍しく聖明が僕の言葉を遮るようにピシッと断りを入れるので少し驚いてしまった。
そんな僕の意識が簡単に逸れるような声と光景が目の前に飛び込んでくる。
「誰だ!?執務室に入って良いと誰が言った!?」
そう怒鳴り睨んでくる白髪混じりの少し小太りな中年男性が部屋の中央奥にある机の席で踏ん反り返って腕を組んでいる。
その男は指に幾つかの金色に輝く指輪をしており、何だか下品な雰囲気だった。
そして、席の左右には彼を守るように立つエクソシストが二名。
彼らは鋭い目でこちらを睨んでいる。
恐らく中央の男が、ここの責任者なんだろうけど……なんだろう。
何かとても嫌な顔つきの人だな。
そして、鼻の下に伸びたちょび髭が妙に印象的で視線がいってしまう……。
「それは失礼した」
聖明が堂々と声を発しながら、ズカズカと中に入っていくので僕は内心慌てながらも彼の後に付いていく。
「私は闇魔法医療科カゴノトリ所属──総指揮官、聖明・紅です。
要請を受け、軍務に当たるべく馳せ参じました」
次の瞬間、ハッとした顔つきになった護衛と思われるエクソシストの二人組はビシッと敬礼する。
しかし──中央の男は態度を変えることなく、嫌な笑みを浮かべた。
「ああ!そう言えばカゴノトリから応援が来ると通達がありましたね!」
ギシッと椅子の音を立てながら立ち上がると、ゆっくりとした足取りで聖明に歩み寄ってくる。
「それにしても、まさか“あの総指揮官殿”が直々に来てくださるとは思いもしませんでしたな。
ほうほう……あの麗しの総指揮官様を直接拝む日が来ようとは……実に興味深いですな」
まるで聖明のことを吟味するように上から下までねっとりとした視線で見てくる。
そんな態度に僕は腹が立って仕方がなかった。
でも、聖明は顔色一つ変えず、黙って聞いている。
「噂では失踪しただの、極秘任務で表舞台から消えたのだの……他にも外では口にできないようなことをしているとか耳にしておりましたが……」
「お前!いい加減に──」
あまりの言い草に僕が声を上げると、聖明が制止するように手をサッと出す。
僕が聖明を見上げると鋭い眼光が一瞬だけ僕を捉えて、直ぐに前を向いた。
「少将。先に名乗ったらどうだ?
私は確かに貴殿たちとは別組織の人間だが、総指揮官としての職位は貴殿より上だ。
少しは態度を改めろ」
やはりいつもとは違う聖明の雰囲気に、僕まで内心冷え込みそうだった。
しかし──目の前の中年男は、そんなことを気にもしない様子でねっとりとした口調のまま話を続ける。
「おやおや!これは失礼しました!
私はエクソシスト南東支部最高責任者、少将ムーア・ビーバーと申します。
以後、お見知りおきを」
「ああ、今回はよろしく頼む」
聖明は冷たい目で、相手を見つめながら淡々と返す。
するとムーアと名乗った男は気持ち悪い笑顔をやめ、小さく舌打ちをする。
うん、凄く嫌なやつだ。
こんなのが民を守るエクソシストなんて幻滅する。
「それでは早速、今回の討滅作戦について話を致しましょう。
ここでは何ですからな。別の部屋へ移動致しましょう」
再びムーアは嫌な笑みを浮かべると聖明を別の部屋へ案内しようとする。
その時だった。
このムーアと言う男はさり気なく聖明のお尻を嫌な手付きで撫でるように触った。
聖明も一瞬だけ身体を小さく震わせ、僕はビックリして思わず「なっ!?」と声を出してしまった。
でも、聖明は僕を見て「何もするな」と言わんばかりに首を小さく左右に振る。
クソ……黙って見てろって言うの!?
僕は怒りをどうにか抑えながら、黙って聖明の後を追うしかなかった。
◆◆◆
執務室の近くにある会議室に案内された。
大きなテーブルの上には周辺の地図と、討滅に関わる資料が並べられている。
僕たちは立ったまま、資料を見ながら話を始める。
「ムーア少将。説明を頼む」
テーブルを挟み向かい合うような形で立っている男に対して聖明が声を掛ける。
すると男は先ほどの護衛の一人を見て言い放つ。
「クズタフ大佐。説明をしてやれ」
「はっ!」
クズタフと呼ばれた男が敬礼すると、前に出て資料を持ちながら説明を始める。
「今回は、近隣で確認された魔物の討滅を予定しております。
田舎の街では珍しく、現在確認されている魔物の数は、おおよそ30から50体。
狼のような姿から、我々は『ダークウルフ』と呼称しています。
ダークウルフは身体が小さめで、個々の力は強くはありませんが、数が揃えば厄介です。
本物の狼のように群れで連携して動くのが特徴です。
そして、やはり魔物ですから当然のように闇を使用します」
聖明は資料を手に取り、口を挟む。
「ダークウルフの具体的な攻撃手段は?」
「はい、基本的には狼と同じように牙や爪で攻撃をしてきます。
違うのは、噛まれると容易に体内へ闇が入り込むことと、爪で闇魔法と思われる斬撃を飛ばしてくることです」
僕も静かに説明を聞いていて、今更ながら気付く。
旅の途中、魔法生物や普通の野生動物は見たことがあるけど、魔物はまだ遭遇したことがなかった。
そのせいもあってか、話を聞いているだけではイマイチ、ピンと来ない。
それでも闇を使うという意味では恐ろしい存在なのだろう。
「では、魔物の闇に対する対策は?」
聖明が淡々と質問をすると大佐は急に黙ってしまう。
すると、ムーアが相変わらずの気持ち悪い笑みを浮かべながら代わるように前に出て話し始める。
「ええ、もちろんございます。
闇に侵食された際の『光のマナ凝縮剤』がね」
「……『抑制剤』がある、ということか。では、それ以外の対策は?」
再び聖明が尋ねるとムーアは大袈裟な手振りを添えながら話し始める。
「おやおや!何をそんなに慎重になっているのです?
貴殿がいるじゃないですか!
それに我々のように闇を扱えぬ普通の天使は対症療法ぐらいしかありませんよ。
本部ではどうかは知りませんが、ここは南東支部と言っても名ばかりで、深い森の中にあるド田舎です。
魔法都市のような入念な準備を求められても困りますな」
そう言い終えると手に持っていた資料を聖明に叩きつけるようにテーブルにぶち撒ける。
本当に厭味ったらしい男だ。
僕は思わず睨んでしまう。
でも、聖明は特に責めることもなく、呆れたように小さく息を吐く。
そして、相変わらず淡々とした口調で言い放った。
「……了解した。
闇の負担は、私が引き受けましょう。ただし──」
その瞬間、聖明は鋭い眼光を向け、ニヤリと笑った。
僕も見たことのない、どこか異質で妖艶な笑みだった。
「それ以外は保証しかねますので、ご了承を」
流石のムーアも何かを感じ取ったのか、ビクッと肩を震わせ、顔色を青褪める。
しかし、聖明は再び何事もなかったかのような今度は柔らかな笑顔を浮かべた。
普段見ている笑顔とは何かが違い──正直、怖い。
「これ以上の説明は結構。
あとは現場を任されている者と話します」
ムーアは気に入らなそうに舌打ちをすると、今度はもう一人の護衛に声を掛ける。
「おい、ダルカス少佐!この総指揮官殿を現場にお連れしろ!」
「はっ!」
ダルカスと呼ばれた男は、前に出て僕たちに一礼する。
その後ろからムーアは紹介するように話し始める。
「今回の現場指揮官だ。
総指揮官殿、精々邪魔にならないようによろしく頼みますよ」
何か企んでいそうな笑みを浮かべるムーアに僕は警戒心しかない。
しかし、聖明はくるりと僕の方に振り返ると、いつものような穏やかな笑顔で「行こうか」と言ってくる。
「う、うん……」
少し怖かったけど聖明の言葉に素直に頷き、睨んできた男を横目に、聖明の後を追った。
そして、会議室前で護衛をしていたエクソシストが扉を閉めたその直後──中から、何かを壁に投げつけるような鈍い音が聞こえた気がした。
……ああ見えて、ムーアとか言う男も腹が立っていたのか。
と今更ながら気付く。
一体、今回の軍務はどうなることなのやら……僕は想像とは違う意味で不安になっていた。




