第34話 僕が守る
魔法都市から南東に位置する町の宿で、黒髪の彼は机に向かい唸り続けていた。
「聖明、どうしたの?」
書類を片手に頭を抱えている聖明。
眼鏡の奥から赤い瞳を覗かせ、溜め息混じりに答える。
「次の仕事が……軍務なんだ」
「あ〜……」
そう言えば、カゴノトリには医療者としての一面の他に、軍としての務めもあったことを思い出す。
一緒に旅を始めて、はや五ヶ月。
基本的には医師として働く姿ばかり見ていたので、すっかり忘れていた。
「確か……軍務になると、後方支援で闇に侵食されたエクソシストの治療が主になるんだっけ?」
僕は説明を最初に受けた時の記憶をどうにか手繰り寄せる。
すると聖明は一度、木製の椅子から立ち上がり、向きを僕に向けて座り直す。
僕も話を聞くために近くのベッドに座り、聖明と向き合った。
「今一度、説明をしようか。
風真も知っての通り、カゴノトリは軍務も担っている。
エクソシストのみでの討滅が厳しいと判断された場合、私たち堕天使は前線に駆り出され、闇による侵食の治療や、悪魔たちの攻撃を緩和したりすることで支援する」
「うん」
要は聖明の主な軍務は後方支援ってことだな。
聖明は手元の書類に視線を落とし、説明を続ける。
「今回も例に漏れず、後方支援が主な仕事になる。
この町からエクソシスト南東支部が近い。
南東支部は東西南北に点在する大きな支部と違って、小さめの支部になる。
位置的にも森に囲まれた辺境の地で、近くには少し大きな街もあるが、広大な森に阻まれて他の町や魔法都市との交流は薄い。
本部も南東支部からの報告によって、辛うじて現地の状況を把握している状態だ。
そんな場所で近々大量発生した魔物の討滅作戦を計画していると報告を受けた。
エクソシスト本部は、大規模になると思われる討滅作戦に不安を抱いているようだ。
本来であれば本部から人材を派遣するところだが……魔物が急激に増えているのもあり、応援を待つ余裕がないそうだ。
そこで近辺にいた私に白羽の矢が立った。
南東支部のエクソシストを後方支援し、様子を見て来いとのことだ。
これはエクソシスト本部の依頼……というより、エクソシスト諜報部からの直々の依頼だ。
どうも南東支部の動き自体がきな臭いらしい。
要は軍務はおまけで、南東支部の視察をしろって言うことだ。
まったく……私は一応、医者だぞ……。
諜報活動ならエクソシスト内部でやってくれ……」
僕は何も言わず静かに聞いていたけど、最後には愚痴っぽくなってしまった。
余程、気乗りしない仕事なんだろうな。
「聖明。嫌だからそんなに唸ってるの?」
僕の問いに、聖明はゆっくりと顔を上げ、情けない顔で僕を見る。
そして、僕の顔を見たまま唸るものだから、僕も思わずジト目で返してしまう。
「……風真」
「何?」
「………その……外敵から私を守り切れる自信はある?」
「へ?」
あまりにも唐突な言葉に、思考が一瞬止まった。
僕が……聖明を守る?
僕が固まっていると聖明は両手を合わせ、自身の指を持て余すかのように動かしながら話を続ける。
「私が軍務中──つまり後方支援中、自身を守る余裕がない。
これも話したと思うけど、堕天使は闇を扱う影響で無意識に魅了効果を振りまいてしまう。
今こうしている間も私の意識とは関係なく漏れ出ているんだ……。
抑えられれば良いのだけど、私が意識してどうにかできる代物でもないんだ。
この魅了効果は厄介でね……ただでさえ悪魔たちに糧として狙われやすいのに、魅了効果によってより引き寄せてしまう。
前線に出れば格好の的というわけだ」
聖明は、自身の前髪をぐしゃっと掻き上げると、どこか諦めたように微笑んだ。
「通常であれば……パートナーや私直属部隊が私の護衛に当たる。
しかし、今回は彼らを呼び寄せるわけにもいかない。
私のパートナーは代理で魔法都市から動けないし、部隊も今から呼んでも間に合わない。
だからと言って、エクソシストに頼むのも無理だ。
基本的に堕天使を畏怖し、嫌っているどころか憎んでいる人もいるぐらいだ……。
だから……今、私が唯一頼れるのが……」
聖明が相変わらず情けない顔で僕を見つめる。
「つまり、僕しかいないってことだよね?」
聖明に代わるように返答をすると、静かに頷いた。
その内容に僕も思わず小さな溜め息が出る。
聖明は僕の実力を誰よりも知っている。
彼がこれだけ悩むということは──まだ前線に立つには実力不足ということなのだろう。
でも、現状では頼る当てもなく、致し方なく僕に護衛の話を持ちかけている。
聖明の表情は、僕のことを危険に晒したくないという葛藤や不安がそのまま出ているようだった。
「ごめんね……ただでさえ、パートナーという重荷を背負わせているのに、更に無茶振りを言って……。
無理にとは言わない。
一応、影の中からリリーにも支援を頼んでいる。
リリーは防御に特化しているけど、それ以外に不安が残る。
無理して怪我をさせたくもない……。
それは風真にも言えることだ。
だから……無理にとは言わない。
宿で留守番をしてくれてても良い」
僕は最後の言葉にイラッとしてしまった。
「ふざけんな!」
僕はその場で立ち上がり、説教するように叫ぶ。
「それって、聖明が危険な目に遭うってわかってて、見捨てるのと同じじゃないか!
僕の実力が足りないのは分かってる!
でも──守られてるだけの存在でいたくない!
ジャンヌさんの時もそうだ!
一人で何でも解決しようとしないでよ!
それに──仮でも僕は聖明のパートナーなんだ!
絶対に聖明を守るから……そんなこと言わないでよ!」
一気に捲し上げたせいで、呼吸が荒くなる。
僕は高ぶった気持ちを落ち着かせるように、大きく深呼吸をした。
聖明は驚いたように黙り──そして、ふと笑った。
「……ごめん、風真。
私の方こそ失礼なことを言ったね。……改めて言い直すよ」
聖明は少し困ったような顔を浮かべながらも、優しく微笑む。
「風真、私を守ってほしい」
その問いに、僕の答えは決まっている。
「任せてよ!僕が聖明を守るから──だから、しっかり仕事して!」
「……うん。そうだね」
僕は聖明を安心させるために、できる限りの笑みを浮かべて返事をした。
不安がないわけじゃない。
でも、これは僕がやり遂げなきゃいけない仕事なんだ。
「……それじゃあ、準備でき次第、行こうか。エクソシスト南東支部へ」
こうして僕たちは支度を整え、エクソシスト南東支部へ向かうことになった。




