第31話 守る理由
憎いはずの魔女が、何故か泣いている。
俺には関係ないことのはずなのに……何故だろう。
やけに胸がざわつく。
『大切な人を守るためだろ!』
目の前で俺を睨む堕天使の言葉が、妙に心に突き刺さる。
当然のことを言われているだけなのに何故、こんなにも身に覚えのない罪悪感が湧き出てくるんだ?
俺は──紅が言うように、大切な人のために、守るためにエクソシストになった。
そんなの当たり前じゃないか。
そう──あの日からずっと、それだけは変わらない。
まるで思考が闇に潜るように、懐かしい過去が脳裏を過る。
◆◆◆
俺は物心ついた時には両親に捨てられ、孤児院に引き取られていた。
正直、記憶にすらない両親を恨んだりしたことはない。
捨てられたのには色んな理由があったのだろう。
それよりも最悪だったのは──孤児院は悪魔教徒の隠れ蓑だったことだ。
魔法都市より離れた山奥の田舎に存在した孤児院。
エクソシストも滅多に訪れない場所だった。
そんな辺鄙な場所だ。
悪魔教徒が潜むにはうってつけだった。
俺は他の孤児たちと同様、奴隷のような扱いを受けていた。
まともなご飯なんてない。
寝床もタオルケットがあれば良い方。
俺たちの部屋は小さく冷たい鉄製の牢獄。
逆らえないように魔力制御装置を首に付けられ、黒装束を身に着けた大人たちの言いなりになっていた。
幼い頃は毎日、畑作業と孤児院の掃除。
毎日変わり映えのしない日々の中、俺と同じ歳の孤児がたまに消える。
消えることすら気にすることもない。
それが当然だったから。
しかし──自身の身に不幸が振り注いだ時、そうも言っていられなかった。
ある日、孤児院の地下に連れて行かれた。
大人たちが気持ち悪い笑みを浮かべながら「お前は選ばれた」と言う。
何のことかと思いながら連れて行かれた先には──血塗れの祭壇があった。
非現実的な光景に、最初は何が起きているのかわからなかった。
でも……祭壇に転がっていた死体を見て、気付いてしまった。
あいつは……俺と一緒に畑仕事をしてたやつだ。
その瞬間、俺は叫んでいた。
この時、初めて自身の人生を呪った。
「シャルル。お前は幸運だ。
我々と共に、悪魔様に仕えることができるんだ。
頑張れば待遇はもっと良くなる。
お前は可愛いからね。十分に励むんだよ。
さもないと──あそこの肉片と同じ末路を迎えることになる」
そう囁かれた瞬間、自身が置かれている現状を理解した。
従わなければ殺される。
それからは地獄のような日々だった。
信徒に求められるがまま、何でもした。
あいつらが喜ぶのであれば何でもした。
どんな侮辱的なことでも、罪深きことでも──そう……何でもした。
そんなことをしている内に俺の身体には赤黒く茨のような模様が浮き出るようになった。
その模様は肌の下で蠢いて酷く痛い。
しかし──信徒たちはそれを見て興奮したように喜んだ。
「おお!悪魔様の加護だ!
シャルル、お前は素晴らしい信徒だ!お前は悪魔様に認められたのだ!」
何を言っているのか分からなかった。
でも、笑っていればあいつらは満足そうに笑う。
……もう限界だった。
そう感じた時、俺の背後で何かが囁いた。
『憎いだろ?苦しいだろ?お前にはその権利がある。
本能のまま──こいつらを蹂躙してみせろ』
そこからの意識は曖昧だった。
まるで誰かに体を乗っ取られたように身体が勝手に動き、奴らを蹂躙し、苦痛と快楽に歪む顔を見ながら、俺の手が殺していく。
もう現実なのか夢なのか分からなかった。
全てに絶望している中、誰かの声が響いた。
「もう──大丈夫だ」
気付けば俺は……誰かに抱き締められていた。
その人は、涙を流しながら自分のことのように辛そうな声で言った。
「もう悪魔に操らせやしない!すまない!遅くなってすまない!」
何で謝るんだろう。
この人は全然関係ないはずなのに。
「俺……死にたくない……死にたくないよ……っ」
こんなにも穢れ切ったのに、こんなにも血に染まっているのに、生きることだけは諦められなかった。
怖かった、死ぬのが怖かった。
「──分かった。君を守ろう。
そして、君が一人でも生き抜けるように、君を鍛えよう。
安心しろ。誰も君を殺させはしない。
──よく今まで頑張ったな」
誰かも知らないのに、何故か信じることができた。
それだけの力強さを感じた。
この瞬間、俺はこの人に付いていこうと思ったんだ。
この血に塗れた手でも、罪を償うことができるのであれば努力しよう。
そして──全てを与えてくれたあなたに報いるためにも、この命が尽きるまで、『彼女』を守りたいと思ったんだ。
「君の名前はなんて言うの?」
「……シャルル」
「では、一緒にエクソシストに来い!私には君が必要だ!」
彼女の笑顔を見た瞬間、世界が一気に色付いた。
気付けば俺は彼女の温かな手を取っていた。
そして、決意をした。
この笑顔を守れるようになりたいと、心から願った。
俺の大切な人、俺が守りたい人──ジャンヌ。
何で──こんな大切なことを忘れていたのだろう。
次の瞬間、左目に激痛が走った。
あまりの激痛に耐えきれず、その場に膝をつく。
意識が急激に霞む。
「シャルル!?」
遠くで──ジャンヌが叫ぶ声が聞こえた気がした。




