第27話 不死鳥
静かな森の中、月明かりが反射し泉が美しく照らされている。
私は月明かりを纏うように、泉の上を歩いていた。
「せ……聖明。気を付けてよ……足を滑らせて落ちたりしたら大変だし……その……泉、冷たいし……」
泉の近くでテントを張り、焚き火の傍で視線を逸らしながら風真が言葉を濁しながらそんなことを言う。
風真の近くではリリーが黒猫姿で周囲を警戒するように耳をピンと立てていた。
「心配してくれてありがとう。風真」
話す声はいつもより高い。
今の私は女性姿だった。
本当ならこの姿を見せるのは恥ずかしいし、怖い。
でも──今からすることを考えると、この姿が適しているだろう。
「月明かりの下であれば、少なからず光のマナの恩恵を得られる。
闇魔法を使っても悪魔や魔人、魔物を呼び寄せる力も少しは緩和できるんだ」
私は少し戯けるように風真に伝える。
彼はチラッと私の方を見るけど、顔を赤らめすぐに視線を焚き火に戻してしまう。
風真も私の女性姿は苦手のようだから、少し申し訳なくなる。
でも──この歌を歌うのであれば、女性姿のほうがいいだろう。
元々、女性が歌うことを想定して紡がれた歌なのだから。
私は深呼吸をし、覚えたばかりの曲を口ずさむ。
とても穏やかで優しい曲調。
想いが籠もった歌を大切に、私の思いも込めて紡ぐ。
闇を織り交ぜ、彼女に届くよう意識して歌う。
私が歌っている間、世界は静かになった気がした。
風真もリリーも目を瞑り、静かに聴いてくれている。
風が吹くと森が静かに歌い、泉が小さな水音を立てる。
歌うにつれ、私は理解する。
この歌はきっと大切な人のために作られたものだと。
──とても素敵な歌だ。
私は静かに最後まで歌い終えると、静かに目を閉じる。
そして、再び静かな森の音が辺りを包んだ。
「……聖明、綺麗な歌だね」
風真が唐突にそんなことを言う。
振り返り彼を見ると、優しい笑顔で私を見てくれていた。
私も風真に答えるように笑みを零す。
「そうだね」
私は泉の上を静かに歩き、風真とリリーの下へ戻る。
すると風真は準備してくれていたタオルを手渡してくれる。
「少し濡れてるよ。風邪引く前に拭いてよ」
私は風真からのタオルを受け取る。
小さな気遣いが嬉しくて頬が緩んでしまう。
「ふふ、ありがとう。風真」
風真の横にそっと座ると、濡れた足元をタオルで拭う。
その間、風真は私から再び視線を逸らしたまま話し始める。
「聖明はさ、今回の仕事、納得してるの?
同じ堕天使をカゴノトリに所属させることとか……駄目なら封印することとか……」
風真は納得してなさそうな拗ねたような声だった。
昼間も私のために怒ってくれていたんだ。
納得はできなくとも理屈は話すべきなんだろう。
「……堕天使はカゴノトリに所属することが義務付けられている。
それを拒否すれば封印されることも話したことがあったね」
「……うん」
私は一呼吸置き、焚き火を見つめながら言葉を続けた。
「内容が重複すると思うけど、堕天使は闇を扱えるだけの天使だ。
不老不死という特性があるからこそ毒にも近い闇を自在に操ることができる。
でも、限度はある。
風真も実際に目にしたことがあるように限度を越えれば発作が起きる。
最悪、暴走し周囲の人を巻き込み傷つけ──誰かを殺してしまうことさえある」
風真は緊張した様子で息を呑み、私を見つめた。
私はそのまま、静かに続ける。
「だから、人は堕天使に恐怖した。
だから、生き方を管理することで安全を確保しようとしたんだ。
それでも堕天使たちが条件を受け入れたのは、私たち自身の安全も保証されるからだ。
確かにカゴノトリの仕事は大変だし、理不尽なことも多い。
それでも安全な自由を手に入れられるメリットは大きい」
きっとカゴノトリがなければ私たちは闇を恐れる人々に弾圧されていた。
不老不死という身体も人にとっては魅力的でしかない。
死を恐れる者は、不老不死を手に入れるために堕天使を蹂躙するだろう。
実際に──私はされて(・・・)きた。
「そんなの本当の自由なんかじゃない!
どう見たって脅されてるだけじゃないか!」
風真は立ち上がり怒鳴るように訴える。
──本当に真っ直ぐで優しい子だ。
こうやって想われ、私のために怒ってくれるだけで十分だ。
私はそれだけで十分救われている。
私は今からしようと思っていることを説明することにした。
何もかも黙って全てやり遂げるには心が少し痛い。
「風真。少し面白い話をしてあげる」
「へ?」
私は彼の手を掴み、そっと横に座り直すように促す。
すると、私を見つめてた風真は少しハッとした顔をして、再び赤い顔をしながらも大人しく座ってくれる。
女性姿の私相手は本当に苦手みたいだ。
思わず苦笑してしまう。
「不死鳥っていう魔法生物を知ってるかな?」
「へ?不死鳥?
えっと……確か、死ぬと灰になって、そこから同じ生命が再び生まれる不思議な鳥だよね」
風真は少し不安そうに答える。
「正解!不死鳥は同じ姿と同じ魂で蘇る。
それは──堕天使も同じなんだ」
「え!?」
風真は驚いた声を上げて、綺麗な目を丸くして私を見つめた。
「待って、待って!堕天使って不老不死でしょ!?」
慌てる風真が何だか可愛くて、私はクスッと笑ってしまう。
「基本的にはそうなんだけど、ある条件が揃うと転生するんだ。
不死鳥と同じく、容姿・記憶・魂そのまま。
新たな肉体で生まれ変わる」
私は顔を上げ、夜空を見上げながら言葉を続けた。
「でも、この特性は管理する側からしたら厄介なんだ。
転生先は誰にも予想できない。
要は転生してしまうと居場所が分からなくなる。
闇を恐れる人々からすると悪魔を野放しにするのと同じぐらい危険視していることなんだ」
風真なんと言ったらいいか分からないような表情をしている。
私はそんな彼を横目に静かに話を続けた。
「まあ、そう言っても堕天使の転生自体が例外だ。
転生して居場所を見失うなんてことも滅多にない。
飽くまで危惧する可能性の一つなんだ」
風真は神妙な顔で伺うように私に質問してくる。
「……今までで例外ってどんなのがあったの?」
きっとこれは一緒に過ごしている内に風真が疑問に思うことだ。
先に話しておいたほうが良いんだろう。
私はそう思い、少しだけ覚悟をして話すことにした。
「例外の一つは──私自身だ」
「……え?」
「言ったろ?諸事情があって無性体だって」
私の言葉に、風真は聞いていいのか分からないような気不味そうな顔をする
本当にこの子は顔に何でも出る子だ。
「私の出生が堕天使の中でも特殊なんだ。
私はね……母のお腹の中で一度死にかけている」
「え……?でも、聖明って堕天使で……」
「違うんだ。私は生来であれば普通の天使だったんだ」
風真は驚きのあまりか言葉を失い固まっている。
私は落ちている枝を拾い、焚き火の中を少し整えながら話を続ける。
「私の両親の友人であり、カゴノトリの創設者──クロスロード・ブラッティナイトメアという堕天使がいてね。
彼は自身の魂を差し出してまで、胎児だった私を助けてくれたんだ。
死にかけていた私の魂は壊れかけていて、クロスの魂が融合することで魂が消えずに済んだ」
これは両親や堕天使たちから聞いた話だ。
同時にクロスから託された記憶でもある。
「どうやら私は元々、女性として生を受けたのだけど、クロスが男性だったのもあってか……いざ生まれたら男性にも女性にもなれる無性体という身体になっていた。
その上、堕天使としての特性を全て受け継ぎ、更には堕天使並みの長い生で培ってきたクロスの知識や記憶まで継承している。
こんな規格外の術を使えるのは堕天使の中でもクロスぐらいだろうね」
私は少し笑いながら言った後、自身の胸に手を当て深呼吸をする。
……こんな話をするのはいつ振りだろうか。
「私はクロスロードの魂と知識を継いでるからこそ、カゴノトリの総指揮官としての地位が認められているんだ」
私が三年間も姿を消しても、地位が揺らがない理由はこれだ。
クロスロードという存在は、それだけ堕天使にとって大きな存在だからこそ、私の我が儘もある程度許されているんだ。
「待って、聖明。それって……聖明は本当はカゴノトリ創設者のクロスロードとかいう堕天使ってこと?
性別も本当は女性だったの?
それともクロスロードの生まれ変わりだから男性?
それに、今の聖明は生来の堕天使と同じ特性を持っているの?
もし、もしもだよ?
聖明が……転生するような事態が起きたら……」
風真は少し混乱した様子で言葉を濁しながらも尋ねてくる。
私は彼の問いに首を左右に振った。
「私はクロスロードではないよ。
私は大好きな両親の間に生まれた聖明という個人だ。
それに幸いというべきか……堕天使の特性に関しても、生来の堕天使と変わりない。
転生するようなことがあれば私は私のまま生まれ変わるだろうね。
性別に関しては……もし本来の性別というのがあったら女性なのかもしれない。
でも……私には性別がどちらとか、よく分からないんだ」
思わず嫌なことを思い出し、首を小さく振る。
「ただ……母には女性になれることを隠すように言いつけられていてね。
ほら……私の容姿、こんなんでしょ?
その上、堕天使って無意識に魅了効果を振りまいちゃうから……その……あまりよくないんだ……」
自分で言っていて少し苦しくなる。
私の容姿は母に瓜二つだ。
綺麗で優しくて大好きな母さん。
そんな母さんを否定するような気がして、少し辛い。
私の言葉になにか察したのか、風真は真剣な表情で前を向き、口元を隠しながら少しの間黙った。
変に気を使わせてしまったようで申し訳ない。
私も気不味くて、視線を地面に落とすと風真が静かに話し始めた。
「聖明。他の例外も聞いていい?」
その言葉に少し驚いて顔を上げると風真はニコっと笑っていた。
きっと気を使って話題を変えようとしてくれたんだな。
私は彼の気遣いに応えるように頷く。
「そうだね。他の例外も伝えなくちゃね!」
話が若干逸れていることにも気付き、私は気を取り直すように明るい声で話し始める。
本来の目的をまだ話せていない。
「今のところ確認されている例外はあと二つあってね!
一つ目は──」
刹那、闇の強力な気配を感じ、私は咄嗟に風真を庇うように抱き締め、慌てて結界を張った。
「せ、聖明!?」
次の瞬間、町からも見えるぐらいの大きな水柱が空中に打ち上がり、巨大な木々が激しく揺れるぐらいの衝撃が空気を震わせた。




