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カゴノトリ ―Another Sky―  作者: 灯夜 雪
第三章 闇を操る者

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第26話 泉の天使


──全てが大きな深い森の中。

透き通るように美しい泉で、一人の少女が水浴びをしていた。


光に透かされた髪は、くすんだ水色のような色合いで、泉の水を思わせる透明感を帯びている。


少女は澄んだ歌声を奏で始める。

とても綺麗で、とても優しい歌声。


歌詞なきメロディーが周辺を静かに包み込む。

そんな完成された空間に、パキッと枝の折れる音が響いた。


少女はハッとして音がした方角に視線を向ける。

すると、そこには惚けた表情で佇む青年が一人。


彼は少女に見入っていた。

まるで現実のものとは思えない彼女の姿に見惚れていた。


「……綺麗だ」


青年は思わず声を漏らした。

そして、自身の声が耳に響くことでハッとする。


二人の瞳に互いの姿が映った。

少女の瞳は、熟れたリンゴのように鮮やかな赤色だった。


「へ……」


少女の小さな声に、現実に引き戻される。

青年は見惚れていたとはいえ、女性の水浴びを覗き見ていることに気付き一気に青褪めた。


次の瞬間──


「きゃあああああ!?」

「うわああああああ!?」


驚いた少女と青年が同時に叫んだ。

その大きな叫び声の近くにいた鳥たちも驚き、慌てるように羽ばたき逃げる。


「ご、ごめん!!!覗くつもりはなかったんだ!!!」


青年は慌てて木の陰に隠れ、視線を逸らす。

彼の顔は耳まで真っ赤だった。


「つい……綺麗な歌声が聞こえたから……っ!」


青年は高鳴る心臓を抑え込むように胸に手を当てながら、早口で言葉を続ける。


その様子に少女は冷静さを取り戻し、少し呆れたように溜め息を吐いた。

彼女は青年が隠れている木に視線を送る。

彼はそんな視線にも気付かず、必死に言葉を紡ぐ。


「いきなりで、その、失礼だと思う!で、でも……ひとつだけ、お願いがあります!」


覗きをした挙句、お願いまでし始める図々しさ。

とても無礼な青年に少女は警戒の色を強めつつも一応、最後まで耳を傾ける。

しかし、次の瞬間──彼の口から出た言葉に少女の予想は裏切られることになった。



「今の曲……もう一度聴かせてくれないかな?」



──私は驚いた。


こんな人が寄り付かないような深く全てが大きな森の中に人がいることも驚いたけど、それ以上に私の歌に興味を持つ人間がいることに驚いた。


彼は申し訳なさそうに木の陰からチラッと顔を覗かせ、返答を待っている。

その情けない顔を見て、私は思わず笑ってしまった。

何て図々しく、情けない人なんだろうと。


──これは遠い昔の思い出。


彼が「聴きたい」と言ってくれた大切な曲を口ずさむ。

その度に私は彼との日々を思い出す。


もう三百年ほど経過しただろうか。

どれだけ年月が経とうとも彼との思い出は色褪せることがない。


あなたとの少し間抜けで、少し衝撃的な出会い。

少し恥ずかしそうに話すあなたの声。

毎日のように見せてくれた穏やかで優しい微笑み。


私はずっと待っているの。

あなたとの約束が果たされる日を。

私が唯一心を揺らしたあの日々を胸に抱く。


「……フィルソン」


彼の名を呼ぶだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。

願いが叶うのなら──もう一度、あなたと──。


私の歌声が夕日と共に闇夜に溶けていく。

爽やかだった風がひんやりと冷え始め、私の心さえも冷やしていくようだった。


そう……もう三百年も経っている。

ずっと私は独りだった。


彼がいなくなってから私はずっと独り……思い出だけでここまで生きてきた。


本当は分かっている。

もう……約束は果たされることはないと。


「……馬鹿」


もう届かない相手に小さく声を漏らす。


ふと昼間訪れていた同族の顔を思い出す。

私が断るたびに悲しそうな目をする男。


きっと、彼についていけば他の同族と出会うことができる。

ある程度の自由を失っても、今よりは淋しくはないのだろう。


きっと……いっそ、楽になる。

同族に囲まれて、思い出なんて忘れて、笑顔で日々を過ごす。


そんな日常を思い描き、私は苦笑してしまう。


「……潮時なのかもね」


私はその場でしゃがみ込み、泣きそうになる。

気付けば夕日は完全に沈み、森には暗闇だけが広がっていた。

虚しく風が吹き、草木がさわっと音を立てる。


──その時だった。


私の闇に干渉するように微かに歌声が頭に響き渡る。

私は驚き、慌てて立ち上がった。


聞き覚えのない女性の歌声。

でも──闇の気配は昼間の男のものだった。


しかも──私の大切な歌を歌っている。


「……何で、歌詞を知っているの……!?」


一瞬にして私の中から苛立ちと怒りが込み上げた。


私の大切な曲に勝手に触れて、勝手に歌詞を付けるなんて!

まるで私の思い出を丸ごと穢されているようだ!


──絶対に許さない!


私は自身の闇を森周辺に張り巡らせ始めた。

誰かは知らないけど、絶対にその命をもって償わせてやる。

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