第25話 町の子守唄
レナの家から近くの町に転移魔法で移動していた。
彼女がいた場所は、魔法都市より東に位置する『巨人の森』と呼ばれる広大な森林地帯だ。
長年の年月を掛け、独自に巨大化した植物が特徴的な森だ。
そして、私と風真が今いる町は森林地帯の中でもレナが住んでいる場所に最も近い町だ。
少し寂れたレンガ造りの家が多く、緑溢れる豊かな町はエクソシストの駐在所もあり、治安的にも安定しており全体的に穏やかな場所だ。
私たちはレナのところに通うために、初日を除く二週間をこの町から毎日、転移魔法を使用して訪れ続けていた。
そして今、同じく転移魔法で町の人通りが少ない裏路地に戻ってきていた。
「相変わらず転移魔法って凄いね!
初日の道のりを毎日行くのかと思ってたから焦ったよ」
風真が感心するような声を上げる。
確かにレナの家までの道のりは大変だった。
木々が巨大なだけあって、地面からは丸太のように太い根が至るところに飛び出しており、地面に落ちている身長ほどの大きさがある葉が更に足を取られる。
危険な魔法生物などはいないようだったけど、とにかく移動だけでも大変な森だ。
正直、体力がない私にとってあの道のりは凶悪過ぎる。
「一度行った場所であれば瞬時に移動可能だからね。
高位魔法の一種で魔力消費量は多いけど、使えると色々と便利な魔法だ。
応用も効くし、風真にも教えてあげるから覚えておくといい」
普通の人であれば転移魔法は一日一人分が限度だろう。
でも、人は魔力を使えば使うほど上限が伸びる。
きっと練習を続ければ風真も何度か使えるようになるだろう。
「やった!ちゃんと教えてよね!約束だよ!」
「うん、わかってるよ」
私は足を止めて、空を見上げる。
少し傾き始めた太陽。
もう少ししたら空は鮮やかな茜色に染まるだろう。
「……今日も、駄目だった」
そんな言葉がぽつりと零れる。
彼女の元に通い始めて既に二週間。
いや……彼女の存在が認識されてから、既に三年以上も経過している。
私は彼女の存在を三年前から知っていた。
カゴノトリの諜報部隊が偶然にも彼女を発見していた。
その報告を聞いた時は自身の耳を疑った。
カゴノトリが創設された当時には、確認されていた堕天使は全員所属していたはずだ。
それにも関わらず、最近になって私たちが知らない堕天使が発見されたんだ。
未だにカゴノトリに所属していない堕天使がいるとは想像もしなかった。
私はレナの存在を知った時、彼女の存在を隠そうと考えた。
もし、自由に生きられるのであれば叶えてあげたい。
許されるのであれば、静かに暮らしていてほしい。
──そう願ったからだ。
しかし、その後に事件が起きた。
瑠璃を失い、私は絶望のあまりに全てを捨てて姿を晦ました。
結果、私が消えた三年間の間に彼女の存在が大天使に気付かれ、エクソシストの諜報部隊によってカゴノトリの勧誘が始まることになる。
しかし──レナは頷くことはなかった。
それどころか闇魔法を使ってまで追い返し続けていた。
「聖明。
今更だけどさ……何で今更、聖明が動いてまでカゴノトリに勧誘しなくちゃいけないの?
今まではエクソシストが勧誘し続けてたんでしょ?」
風真の言葉に私は苦笑してしまう。
私が失踪した後に彼女の存在はエクソシストたちに気付かれてしまった。
堕天使はその力の危険性からカゴノトリに所属することが義務付けられている。
逆らえば危険分子として封印される。
しかし、レナは一年以上もカゴノトリの入団を断りながらも未だに封印されていない。
依頼内容を見て、正直驚いたし、疑問にすら感じた。
あまりにも不自然に放置されていたからだ。
しかし──大天使ミカエルからの勅命だと聞いて、ようやく腑に落ちた。
私がカゴノトリに復帰する上で出された条件は、地方で未解決の闇に関わる問題を解決し、人手が足りない医療現場に赴き、民を救うこと。
そして──その中には堕天使レナ・ローレスを連れ帰ること。
恐らく、レナはわざと放置されていた。
私がいつか魔法都市に帰ると見透かされていたのだろう。
その贖罪として、自ら同族を連れ帰り差し出し忠誠を見せろということだと思う。
私は一度守ろうとしたレナを、今度は私自身のために差し出そうとしている。
でも、そんなことを風真に言えるはずもない。
きっと風真は悲しむし怒ってしまう。
「堕天使の数は少ないからね。
きっと魔法都市も慎重になっているんだよ。
それに、今回は同族である私が赴くことで進展を期待したんじゃないかな?」
我ながら苦しい嘘だと思う。
風真は腑に落ちなさそうな表情を浮かべながらも「ふーん」と、とりあえず納得したような声を上げる。
その様子に内心、ホッとする。
しかし、風真は続けざまに質問をしてくる。
「聖明はどうするつもりなの?
聖明が連れ帰るのを失敗したら、封印しなくちゃいけないんでしょ?」
風真は暗い顔を見せると心配するような口振りだ。
私は風真の表情を見て、少しでも安心させるように頭を撫でる。
でも、風真の言葉は止まらなかった。
「このままだと聖明があの子を封印することになるんだろ!?」
風真が私の手を掴んで叫ぶように言う。
まるで自身のことのように感情を剥き出しで訴えてくる。
「何でだよ!何で聖明にそんなことさせようとするんだよ!」
その言葉から、風真の気持ちが痛いぐらい伝わった。
風真は私と彼女を案じて怒ってくれているんだ。
何て優しい子なんだろう。
真剣な眼差しで私を見上げる彼に私はクスッと笑みを零してしまう。
風真には悪いけど、そんな彼の気持ちが嬉しかったんだ。
「あ!なんで笑ってんだよ!人が真剣に──」
「わかってるよ。それを回避するために、私は来たんだ」
三年前のやり残したこと。
それを今度こそ終わらせなければいけない。
今度こそ彼女を守ろう。
そのためには彼女が頑なに巨人の森に居続けている理由を知る必要がある。
彼女の言葉が脳裏を過る。
『私にはここに留まる理由がある』
使命を背負ったような、真っ直ぐな目。
揺らぐことのない、その力強い瞳は、きっと諦めてはくれない。
無理にでも心の中を暴くべきだっただろうか。
しかし、堕天使は基本的に精神干渉に対する抵抗力が強い。
「堕天使相手でなければ心が読みやすかったんだけどな……」
「へ!?心を読む!?」
風真が驚きと疑念の顔で私を見つめる。
ポロっと零れてしまった言葉にハッとして口元を手で隠す。
風真からの視線がなんだか痛い。
「……聖明、もしかしてとは思うけど……」
「な、何かな?」
私は堕天使の中でも人の心を読むことに長けた堕天使だ。
人の闇を伝い、深層心理に潜ることすら可能だ。
でも──こんなこと言えない!
風真にバレたら「そんな事するな!」て怒られそうだ!
下手したら軽蔑されちゃう……っ!
「聖明って人の心が読め──」
言いかけた言葉にビクッと肩が震えたと同時ぐらいに赤ん坊が大きな声で泣き叫ぶ。
驚いて視線を向けると、母親だと思われる女性が赤ん坊を愛しそうに抱きあやすように身体を揺らしている。
そして──その女性は穏やかな声で赤ん坊に子守唄を歌い始めた。
とても、とても優しい歌声。
聞き覚えのある曲に私はハッとした。
──この歌は。




