第24話 森に住む堕天使
遠い遠い、遥か昔。
あれは何百年前の出来事だっただろうか。
詩人と出会い、小さな約束をした。
それは本当に細やかな約束。
──私は待ち続けている。
約束が果たされる、その日まで。
それが永遠の命を持つ私ができる唯一のことだと信じて。
しかし──ここ最近、邪魔者が現れている。
「綺麗な歌だね」
私は長年歌い続けている曲を口ずさんでいると、木々の揺らめきに紛れるように不快な声が耳に届く。
視線を向ければ、案の定、不愉快な男が私と同じ赤い瞳を細ませ微笑んでいた。
「こんにちは、レナ・ローレス。
闇魔法医療科カゴノトリ所属、聖明・紅です。
今日もあなたをスカウトしに参りました」
胡散臭い笑顔を浮かべ、男とは思えぬ整った顔立ちに、風に靡く長い後ろ髪。
眼鏡越しでも隠しきれない妖艶な笑みは、余計に目を引く。
そんな姿で佇む彼は、同じ堕天使ながらも腹の底が見えぬ雰囲気が心底、癇に触る。
その背後には、銀髪に瑠璃色の瞳をした綺麗な少年もおまけでついてきている。
少年も昨日と同じように軽く会釈をする。
「こんにちはー風真です」
私は思わず深い溜め息を吐いた。
この二人組は毎日飽きもせず、街から離れた深い森の中にわざわざ訪問してくる。
この森は普通の森とは違い巨大な木々ばかりが立ち並び、巨人の森とまで呼ばれるぐらいに全てが大きな森。
森の中を歩けば人の背丈を越える大きなキノコが自生し、葉っぱ一枚とっても人より大きい。
私の家も巨大な大木を刳り抜き高い位置に作られている。
今こうして話している場所も家の前の庭──大木の幹に当たる。
幹と言ってもあまりに太い幹は広く、畑さえ作れてしまう広さだ。
現に私の家の前には幹を刳り抜き、土を運び入れ、畑を育てている。
そんな事が出来てしまうぐらい巨大な自然に囲まれた森は、普通の人であれば寄り付かない。
理由は単純。
単に歩き難く、普通の人が生きるのには適していない森だからだ。
全てが大きなだけあって、枝が折れ落ちるだけでも人からしたら危険そのもの。
この森で言う枝は普通の木の丸太のようなものだから頭上にでも落ちれば死んでしまうだろう。
要は毎日通うには不向きであり、そうそう来れないような場所だということだ。
それにも関わらず、平然と、当然のようにこいつらは現れる。
わざわざ人と関わらないように大木の上に住んでいる意味がない。
「レナ、その曲は歌詞がないの?
いつもメロディーだけだよね?」
ヘラっと笑い声を掛けてくる堕天使の男。
私の静かな日常を邪魔され、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「帰れ!あんたには関係ないでしょ!」
毎日毎日、本当に鬱陶しい!
「少しは仲良くしようよ。
私も魔法都市以外で堕天使に会うのは初めてなんだ」
彼は実に嬉しそうな笑顔を浮かべ、私の前に体操座りして私を見上げる。
その顔はまるで子犬のように甘えるような表情で背筋がゾワッとした。
「うっさい!キモい!」
「え!?酷い!!!」
ショックを受けたように涙目になる彼。
しかし、それでも無駄にキラキラとした顔に見えるこの男は無性に私の神経を逆撫でする。
私はこの男は嫌いだ!
「おい!銀髪!この男のパートナーだろ!さっさと連れて帰れ!」
私は少年にビシッと指を差し訴える。
しかし、少年は気怠そうな返事をする。
「と言われてもなぁ……聖明の誑しスキルでも駄目な相手がいるんだね」
「風真!?何、その誑しスキルって!?」
「いや、聖明って誰でも誑し込む才能があるのかと」
目の前でギャーギャーと騒ぎ始める二人組。
私は頭を抱え、深く溜め息を吐く。
まったく……やっとエクソシストが来なくなったと思ったら、入れ替わるようにこいつらが現れた。
エクソシスト同様にこいつらは同じ主張をしてくる。
──魔法都市に移動し、カゴノトリに所属しろ、と。
冗談じゃない。
カゴノトリなどに所属すれば今の自由がなくなってしまう。
しかし、黒髪の男はよりによって私と同じ堕天使だ。
堕天使同士で争うのは不毛だということも理解している。
それに──この男の闇の保有量は私の比ではない。
こんな恐ろしい相手と完全に敵対するには分が悪い。
冷静な頭では現状を理解できている。
でも、私はエクソシストやこの男の言いなりになるつもりはない!
「痛い目に遭いたくなければ早く帰って!容赦はしないわよ!」
この地を離れるわけにはいかない。
約束を守るために。
すると黒髪の男は小さく息を吐くと少し呆れた顔で訴える。
「そう言ってエクソシストを半殺しにしたでしょ。
ただでさえここに辿り着けるエクソシストが少ないのに……そんなんだから、私が派遣されたんですよ?」
彼の言葉に私も「うっ」と声を詰まらせてしまう。
間違いなくエクソシストが鬱陶し過ぎて闇魔法で毎回撃退して追い返していた。
一度、闇魔法で脅してやれば大抵の奴は怯えてすぐに逃げる。
「聖明、その話初耳なんだけど!?」
「あれ、風真に言ってなかったっけ?」
……この二人組も半殺しにすれば帰ってくれるかしら。
「諦めればよかったのよ。
そうすれば私が手を出すこともなかった」
私は腕を組み、ふいっと顔を振って威嚇するように話す。
残念ながら、この男には闇魔法の脅しは効かないだろう。
本当に放っておいてほしい。
私はただ、ひっそり暮らしているだけなのだから。
すると男は私の心を見透かすような目で見つめてくる。
居心地が悪い……!
「レナ……私とて本当であれば君の好きに生きてほしいと願っている。
でも──現実は難しい。
君も知っているはずだ。他の者は堕天使を恐れる。
闇を扱う私たちは、他者からしたら悪魔とそう変わりない。
理解できない存在は畏怖の対象だ。
管理できないとなれば尚更だ。
闇を操れない人からしたら私たちはただの危険分子だ。
カゴノトリに所属すれば、君の望む生活には戻れない。
でも、少なからず大天使の加護の下で、ある程度の自由と人権が保障される。
でも──逆らえば、死ねない私たちは封印という処罰が下される。
それは……私も同様だ」
男の表情が急に暗くなった。
きっと彼も思うところはあるのだろう。
私とて長く生きているから、ある程度は知っている。
闇魔法医療科カゴノトリ──堕天使が所属する医療機関。
闇を使い人々を癒すのが目的とされているけど実質は、堕天使を管理するための体のいい牢獄だ。
目に届くところに置き、管理するための場所。
堕天使(鳥)を閉じ込める組織(籠)。
──皮肉過ぎる名前に虫酸が走る。
私は男の胸元の服をガシッと掴み、顔を引き寄せた。
「わ!?」
「……私にはここに留まる理由がある。誰にも邪魔はさせない」
互いの赤い瞳が交差する。
彼もまた、私から一切視線を逸らさない。
闇を通じ、瞳の奥にある感情が見える。
だから、余計に腹が立つ!
懇願するような真っ直ぐな感情が、本当に嫌だ!
私の感情を汲み取るように彼は私の手を両手で包むとそっと離れる。
「……わかりました」
男は胡散臭い笑みを見せる。
少し憂いを帯びた悲しそうな微笑みだ。
「今日は帰ります。
明日こそはあなたを口説けるよう、台詞を考えてきますね」
分かっている。
この男は私が封印されるのを阻止したいだけだ。
でも──その気持ちに応えられない。
私はどうしても守りたい約束があるから。
「……風真、行こう」
「……うん」
二人は背を向けると、一瞬にしてその場から姿を消す。
……二度と来ないでほしい。
これ以上、私の決心を惑わさないでほしい。
私はこの深い森で、静かに待ち続けたい。
空を見上げると、いつもと変わらぬ青い空が広がっている。
風が吹き木々が揺れ、葉がサラサラと音を響かせる。
約束は──いつ果たされるんだろうか。
お願い……約束だけは、守らせてほしい。




