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カゴノトリ ―Another Sky―  作者: 灯夜 雪
第三章 闇を操る者

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第23話 真実は闇の中

「ローネさん。経過は順調ですよ」


私はハッとする。

気が付けば、町の診療所で赤い瞳の先生の診察を受けていた。


微かに香る薬品の匂い。

開いた窓から爽やかな風が流れ込み、木漏れ日を透かした白いカーテンが、ふわりと揺れる。


その柔らかな光に照らされながら、赤い瞳を宿した先生は穏やかな表情でカルテに記入をしていく。

彼の長い後ろ髪が、微かに風になびき揺れ動く。

白い白衣によく映える綺麗な漆黒の色だ。


「あれ……?」


何か大切なことを忘れているような気がする。


「どうかなさいましたか?」


とても優しく微笑む、聖明先生。

彼は……私の風土病を治療してくれている先生。


先生の献身的な治療もあり、体調は少しずつ回復の兆しを見せている。

本当に感謝している。


けれど……どうしてだろう。

彼が微笑むたび、ノイズが走るように、どこか違う笑顔が脳裏を過る気がする。


「そういえば、ローネさん。

私はそろそろ他の地域へ移るんです。

でも、安心してください。

ここには新たに別の医師が派遣されます。

その先生は私と違って、長期で滞在なさる方ですから。

引き継ぎもしっかりしますので、安心して頼ってくださいね」


「あ、はい……」


彼は再び優しく微笑むと、複数の薬が入った紙袋をそっと手渡してくれた。

どこかで見たことのあるような紙袋。

どこか懐かしい気がする。


「処方箋通り、飲み続けてくださいね。

ローネさん、よく頑張りましたね」


──その言葉を聞いた瞬間、どうしようもなく涙が溢れてきた。


先生は何も言わず、慰めるように私の背中をそっと擦ってくれる。


胸にぽっかりと穴が空いたような感覚。

何かを……大切な何かを、失ったような気がする。


けれど同時に、不思議と心の奥から温かいものが芽生えてくる。

それは何かに守られているような……包まれているような、優しい感情だった。


「あ、そうそう。頂いたお花、とても綺麗なお花ですね」


彼が唐突にそんなことを話す。

聖明先生の机の上には、紫色の花──コランバインが飾られていた。


そう言えば……綺麗に育ったのが嬉しくて、先生にプレゼントしたんだっけ……?


「知っていますか?

この花の花言葉は「愚か」という意味合いもあるんですけど、それ以外にも素敵な言葉が隠されているんですよ。

勝利や決意、必ず手に入れると言った強い決断力の表れがあるんです。

きっと健康になりたいと願ったローネさんの強い意志が宿っているんですね」


聖明先生の言葉に私は胸が熱くなる。


そう言えば──そうだった!

私、早く元気になってお花をもっと育てたいって思っていたんだ。

風土病って聞いた時は、もう園芸ができないかと思って悲しんでいたけど、先生が「治る」って言ってくれて、頑張ろうって思えたの。


「.……先生、私、きっと元気になりますね!」


聖明先生は、ニッコリと微笑み返してくれた。


私は先生に深くお辞儀をして、少し古びた診療所の扉を開いた。

外から差し込む太陽の光。


──眩しい。


早く治して、元気になろう。

元気になったら、大好きな園芸をしよう。

たくさんの花を庭に植えよう。

春になったら、きっと色とりどりの綺麗な花が咲く。


折角だから町の人にも相談してみよう。

この町に似合う花をたくさん植えてみたい。


私はそんな未来を想像しながら、静かに前へと踏み出した。



◆◆◆



「……聖明」


診療所でカルテを棚に戻していると怯えるような声で、風真が私を呼ぶ。


「どうしたの?風真」


私はいつもと変わらない穏やかな表情で白衣を少し直してから席に座り、応じた。

席に座ると影から黒猫姿のリリーが現れ、私の膝の上に乗ってくれる。

慣れた手付きで彼女の喉を指で撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしている。

私はその毛並みに指を滑らせ、その手触りの良さに気持ちが安らぐ。


「今回の件、本当に“風土病の調査”だったの?」


風真の問いかけは、どこか探るような響きを帯びている。

流石に疑問を抱いているね。


「僕が通報したエクソシストが来て……あのヤブ医者は消えた」


あの夜、エクソシストではなくカゴノトリが現場に駆けつけていた。


風真に手渡した通信魔法用の結晶石は、部下に繋がる直通回線だ。

要は私が動かせる人材を前もって手配しておいた。

そして、私が動く諜報活動であれば管轄はカゴノトリだ。

下手にエクソシストに介入されると面倒というもの。


私は表情に出さず、変わらない穏やかな顔で息を吐くように平然と嘘をついた。


「……私としたことが、あの男を逃してしまってね。

今は、エクソシストに後始末を頼んでるよ」


あの男はこの世にはもう居ない。

それどころか、町の人々の記憶からも消えている。


カゴノトリが国の暗部とまで言われる所以がこれだ。

人の記憶を書き換えることができる闇魔法を行使可能だからだ。


エクソシストの諜報部隊でも別の方法で可能ではある。

が、闇魔法と比べると精度が劣る。


今回は小さな町ということもあり町全体の認識を書き換えた。


元々、この町には医者は存在していなかった。

私のような訪問医療をする医師しか訪れなかった。


私が訪れたことで、エクソシストに正式に医師の派遣を要請。

仮にもカゴノトリ総指揮官である私の要請だ。

エクソシストも断ることができず、人材派遣は受理されている。

明日にはまともな医師と看護師が町に訪れる予定だ。


「でも、それだけじゃない。

ローネさんはあの日のこと、何も覚えてなかった。

僕や聖明に出会った時のことも、あのヤブ医者のことも……。

記憶から全部消えてた……」


風真は訴えるように更に続けた。

余程、今回のことが怖かったのか風真の表情は硬いままだ。


「私が駆けつけた時にはローネさんは襲われてたんだ。

あまりのショックで記憶を失ってしまった。

……風真の言う通り、家で止めておけばよかったね」


──風真はまだ知らなくていい。

いや、違うな。できれば知らないでほしい。


「……聖明。

あの日は、聖明もローネさんも様子がおかしかった。

いったい誰に向かって話してたの?

ローネさんは初めて会った時、誰かを紹介してた……ねえ、あれは何だったの?」


私は静かに微笑んだ。


「秘密だよ」


闇魔法医療科──カゴノトリ。


闇を操り、人々を癒す堕天使の集団。

そして──平和のために闇に潜み、闇を引き受ける国の諜報部隊でもある。


必要があれば、私たちは命を奪う。

それは、普通の人々にはできない闇の仕事。


──ああ、また闇に戻ってきた。

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