第21話 医者の資格
「夕食できたよ!」
私は具沢山のスープを混ぜながら、夕食を知らせるように声を上げる。
テーブルに視線を移すと勉強をしている風真と、黒猫姿リリーがテーブルの上でふわふわの尻尾を揺らしている。
「聖明、ありがとう!」
「主、お疲れ様です」
こうやってちょっとした合間に勉強している風真は偉いと思う。
「兄ちゃん!何を作ったの?」
レムレスくんの声に私は今日のメニューを口にする。
「今日は消化に良い具沢山のスープだよ。
薬にも使われる薬草も数種類入っているけど、食べやすいはずだ。
風真にはそれでは足りないだろうから、白パンと香味が効いた鶏肉のソテーだ」
私はメニューを伝えながら、よそった料理をテーブルに並べていく。
「主、私が手伝いを──」
「大丈夫。今日はゆっくりしてて」
リリーが手伝おうと顔を上げたところを制止するように声で言葉を掛ける。
リリーも風真の勉強を見てくれてたんだ。
私なりの小さな労りだ。
「リリーは野菜スープだけで足りるかな?」
「十分です。ありがとうございます」
リリーの前にスープを置くと、彼女はスッと綺麗に背筋を伸ばしてテーブルに座る。
相変わらずの上品さに愛おしくてクスッと笑みが溢れる。
「二人は先に食べててね。
私はローネさんの食事と薬を届けてくるよ」
「あ、うん!了解!」
風真の元気な返事を聞きながら、トレーにスープの入った器と薬、水の入ったコップ、説明に必要な処方箋を手際よく準備する。
すると、私の傍でレムレスくんも元気な声を上げる。
「俺も一緒に行く!母ちゃんの様子見に行く!」
私は静かに頷くと、トレーを手に持ちレムレスくんに案内され、奥の部屋に移動することにした。
「聖明もちゃんと食べてよ?」
風真が背後から釘を刺すように言ってくる。
普段の不摂生のせいで、その言葉はいつもより強めで苦笑してしまう。
「……戻ったら食べるよ」
「なら、よし!」
ニコッと笑う彼の顔を見てから、私は扉を締めた。
「奥の部屋だよ!」
レムレスくんが短い廊下を駆ける。
私はゆっくり後を追い、彼が立っているドアの前に並ぶように立つ。
ここが寝室だろう。
ドアを軽くノックすると、中からか細い声が返ってきた。
「はーい」
「お休みのところ失礼します。
食事と薬ができたので届けに来ました」
「あ!どうぞ!」
慌てたような声が聞こえた後、私はスープや水の入ったコップを零さないように、そっとドアを開けて中に入る。
「お邪魔しますね」
「母ちゃん! 薬できたよ!」
彼女はベッドに座り、読書をしていたようだった。
私はベッド横の棚にトレーを置き、側の椅子に腰掛ける。
「キッチンを使わせていただき、ありがとうございました。
少し時間が掛かってしまいましたが、薬と夕食の準備が整いました。
料理は野菜と薬草中心のスープで胃腸を整える効力があります。
それと薬の種類は多くなってしまいましたが、とりあえず二週間分準備いたしました。
どれも必要な薬になるので、飲むのも大変だと思いますが食後に服用ください。
詳しい内容が記載してある処方箋も準備しましたので、そちらも一度見て頂ければ幸いです」
私はトレーの上に置いてあった処方箋を手に取り、彼女に手渡す。
彼女は処方箋を手に取ると、噛み締めるよう声を漏らす。
「なんとお礼を言ったら……っ」
彼女の目元は潤み、涙が零れそうになっている。
私はポケットからハンカチを出し、彼女の頬にそっと手を添えると、ハンカチで目元を拭う。
「これが私の仕事です。
ローネさん、よくここまで頑張りましたね」
「……あ……」
ローネさんの目からぽろぽろと涙が零れ、ハンカチが濡れていく。
これだけ身体が弱っていたんだ。
ここまで耐えてきた時間は辛かったことだろう。
私はそっと彼女の手を取り、ハンカチを渡すと、彼女は素直に受け取りハンカチで目元を拭う。
その姿を見たレムレスくんは、心配そうにベッドに駆け寄る。
「母ちゃん!どこか痛いの!?」
「違うの。これは……嬉し涙よ。元気になれるって聞いて、安心して……」
愛おしそうにレムレスくんを抱き締めると、そのまま静かに涙を流し続ける。
その姿に私もホッとする。
「……食事もありますので、ゆっくり食べてくださいね」
私はそれだけ伝えると、そっと椅子を離れ、部屋を出る。
今は二人だけの時間を過ごしてほしい。
そう思ったから、静かに風真とリリーがいる部屋に足を進める。
そして──深い溜め息を一つ吐いた。
……ここからが本番だ。
◆◆◆
風真とリリーに囲まれながら夕食を過ごした後、キッチンをそのまま借り、風真と横並びで食器を洗っていた。
私がスポンジで泡を立て、食器を綺麗にしていく。
風真が洗い終えた食器を布巾で丁寧に拭いてくれながら話をしていた。
「聖明、今更なんだけどさ……」
「ん〜?」
「今日の宿、どうしよ」
風真の深刻な訴えに私は苦笑する。
窓から外を見れば、辺りはもう真っ暗。
小さな町だけあって街灯も殆どなく、静寂な闇だけが広がっている。
時計を見ても夜の21時を過ぎており、人によっては就寝時間だ。
あのヤブ医者のせいで町にも戻りにくいし、戻ったとしても宿があるとは限らない。
あったとしても泊まれるかどうか……。
私も悩ましい現実問題に唸っていると風真が言葉を続ける。
「流石に女性だけの家に泊まるのも良くない気がしてさ。
幾ら聖明が、その……女性になれるとしても、気不味いと思うし」
風真はさりげなく、私の性別について気にかけてくれている。
普段はこうやって男性姿だけど、気を抜いてしまうお風呂や眠ってしまう時は無意識で女性になってしまうこともある。
風真も一緒に過ごしている内に流石にそれに気付いているようで、こうやって気遣わせてしまうのは少し申し訳ない。
「……そうだね。まあ、今日も野宿かな……」
「だよね……」
風真も大きな溜め息を吐く。
家を出てから早二週間。
道中、少し大きめの街を出た後は小さな町や村がある程度で、基本的には大自然を歩き続けた日々。
丸一日歩き続けて野宿をする夜も多かった。
野宿するためにある程度の道具は魔法のトランクに詰め込まれてはいるけど、それでも疲労は蓄積される。
まだ旅に慣れていない風真にとって野宿は苦労そのものだろう。
「はは……風真には苦労かけるね」
「いや、野宿は良いんだよ……」
「うん?」
風真が急に吃るような声で返事するから不思議に思って彼を見つめる。
「その……テントだと、密着しちゃうから……」
「へ?」
上手く聞き取れなくて水道を止める。
すると風真が顔を真っ赤にして叫ぶように訴えてくる。
「聖明!女性の時は少しは自覚してほしいって話!」
「……あ……ごめん……」
私もハッとして恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。
眠っている時に無意識に女性になっていたことが何度かある。
きっとそのことを言ってるんだろうな……。
確かに狭いテントの中だと、男の子の風真にとっては気不味くて仕方ないんだろう。
急激に申し訳なくなってションボリしてしまう。
その様子に風真が少し慌てたような表情をする。
「あ、えっと!」
──コンコン。
唐突に玄関の扉を叩く音が響いた。
今、この家の主は休んでいる最中だ。
「あ、僕が出るよ!」
「あ……風真っ」
先程の会話が気不味かったのか、風真が慌てた様子で玄関に駆け寄り、そっと扉を開いた。
「はーい!」
「は?誰だ?お前」
扉の向こうから聞こえた声は──町で騒いでいた男の声だった。
ラグラとかいうヤブ医者か。
「げ!ヤブ医者!」
「はあ!?第一声で喧嘩売ってんのか!?」
……風真、素直過ぎるのもどうかと思うよ。
心の中で小さくツッコミを入れながらも、私も玄関に向かい、風真を庇うように前に立つ。
「なっ!?なんでお前がローネの家にいる!?」
「どうも」
私が挨拶をすると眉間に皺を寄せ、まるで獲物を見るように睨みつけてくる。
私は思わず溜め息が漏れる。
これは一悶着あるな。
であれば、いっそ”終わらせる”か。
「……どっかの医者が役に立たないらしくてね。私が治療してたんだよ」
私とて一応、医者だ。
この男がしてきたことを見過ごすつもりはない。
「若造が……俺の患者を横取りするつもりか!?」
患者を横取り?
この男は何を言っている。
患者は治療する相手であって、成果を取り合うような存在ではない。
いや……違うか。
この男の言う横取りの意味は、もっと単純な意味だ。
「患者にも選ぶ権利がある。それに──」
ああ……腹立たしい。
どこにでも、こういう私利私欲のために生きる馬鹿がいる。
こういうやつのせいで、どれだけの人が傷ついてきたと思っている。
……私がどれだけ苦労してきたと思っているんだ。
私は憎たらしい男の胸倉を掴み上げ、じっとその目を見据えて言い放つ。
「……患者に手を出すクソ野郎が、医者を名乗るな」
私は怒りを抑えきれず闇の気配を周囲に撒き散らし、男を射抜くように睨めつける。
闇の気配に男の瞳の奥に、恐怖の色が滲むのが分かる。
──やはり図星だ。なんていうクズだ。
この男は患者であるローネさんに手を出していた。
ローネさんが怯えた理由が腑に落ちてしまい怒りが余計に込み上げる。
──このまま闇に飲み込んでやろうか。
「聖明!」
風真の声が耳に届き、私はハッと我に返る。
振り返れば風真が不安そうな……怯えた表情で私の服を掴んで見つめていた。
私は少し冷静になり、掴んでいた胸倉を押し退けるように突き放す。
「クソ……気持ち悪い目をしやがって!
あいつは俺のものだ!お前には関係ねぇだろ!!」
「貴様……っ!」
性懲りもなく私に食いかかる男に、私は手が出そうになる。
そんな中、女性の声が部屋に響いた。
「な、何の騒ぎ!?」
奥の部屋から、ローネさんが姿を現してしまった。
……騒ぎ過ぎてしまった。私も何をしているんだ。
反省するより前にローネさんは男の姿を認めるなり、慌てたように私たちの間に入り、私を庇うように叫んだ。
「ラグラ先生!ごめんなさい!
彼は悪くないの!私が……私が頼ってしまっただけなの!」
「……ローネさん」
彼女の震える声。泣きそうな顔。
その姿を目の前に、男は満足げな笑みを浮かべる。
その表情に私は腸煮えくり返りそうだった。
ローネさんは私たちに向けて、必死に訴えるように口を開いた。
「ご、ごめんなさい。聖明先生……私は、大丈夫ですから。
少しだけ、ラグラ先生と……お話してきます。
それまでレムレスを、お願いします……」
彼女の声は震え、自身のスカートを掴む手は震えていた。
どう見ても恐怖を必死に押し殺している様子に心が痛くなる。
「そんなこと……!」
風真が前に出ようとするが、私は手で制した。
「聖明!?」
風真が言いたいことは分かる。
私とて今直ぐにでも掴みかかって殴り飛ばしたい。
でも──それでは解決できない。
「……は!聞き分けはいいみたいだな、堕天使!
じゃあ、行こうか。ローネ」
男はやらしい笑みを浮かべながら、ローネさんの肩を抱き、背中を向ける。
そして、徐々に闇の中へと消えていった。
姿が見えなくなった頃、風真が私の肩を掴んで叫ぶ。
「……聖明、なんで止めたんだよ!」
風真は必死な表情で私を真っ直ぐに見つめていた。
その顔からは、戸惑いと怒りが見て取れた。
私は「ふぅ」と息を漏らし、手元に魔法で通信魔法用の結晶石を生成し、風真に手渡す。
「え!?何!?」
「それは通信魔法用の結晶石だ。
ここから一番近いエクソシストに繋がる。
それで通報してエクソシストを呼び寄せてくれ。
私の名前を出せば問題ない。
私は──少しやることがある」
風真が怯えるようにビクッと震えて、私の肩から手を離すと後退った。
その様子に私は自身の顔に手を触れる。
……いけない。表情に出てしまっていた。
私は慌てていつものように微笑みを作る。
「大丈夫。すぐに戻るよ」
「う、うん。あの、聖明……」
風真は戸惑いながら私に尋ねてくる。
私はできるだけ穏やかな表情で返事をする。
「ん?」
「……聖明、おかしくなってないよね?」
──ああ、やはり怖がらせている。
でも、仕方ない。
今の私は風真から見てもきっと“異様”に映っている。
これに関しては説明することが難しい。
それに──教えるつもりはない、今はまだ。
私は答える代わりに、笑みを零す。
その様子に風真は声も出ず、私を怯えた様子で見るばかりだった。
「リリー」
私が彼女の名を呼ぶと私の影からリリーが人の姿で現れる。
私は笑顔のままリリーにお願いした。
「風真を頼むね」
「承知いたしました。いってらっしゃいませ、主」
私は頷くと二人に背を向け、闇に消えた二人の後を追う。
ああ……本当に“嫌な仕事”だね。
闇夜の中、私は確かに──微笑んでいた。
さあ、仕事の時間だ。




