第20話 魔法薬の調合
薬を調合すべく、私はダイニングテーブルの上に必要な道具や素材を並べ、準備を始めていた。
様々な瓶に入った薬草や魔石、魔法生物の素材。
硬い生薬や薬草をすり潰して粉末にするための薬研や、魔法陣が刻まれた調合用の鋳鉄製の小振りの釜など、使用する道具を並べていく。
「調合って色んな道具を使うんだね」
準備を手伝ってくれている風真は、私が渡したメモ書きを見ながら並べた道具をチェックしてくれている。
「私が調合する薬は魔法薬学に該当するんだ。
一般的な薬師の調合とは少し異なって、魔法を使用するから、用途や効能に合わせて様々な素材や道具を使うんだよ。
さて、風真も少し手伝ってね」
私が少し屈んで風真の顔を覗き込むと少し頬を赤らめ、頷いてくれる。
「僕ができることなら頑張るよ!」
「ふふ、ありがと」
風真の元気な返答に私も頬が緩む。
風真には私が指示した素材を薬研で粉末状にしてもらったり、素材を煮込む際に混ぜてもらったりと簡単な作業をお願いする。
簡単と言っても地味で大変な作業だ。
手伝ってもらえるだけで効率が良くなって大いに助かる。
私は風真が真面目に手伝っている様子を横目に、風真が準備してくれた煮込んだ薬液をスプーンで掬い上げ、魔法陣が刻まれている木製の板の上に垂らし入れる。
すると板の上でドロっとした薬液が一瞬、宙に留まり、丸っこい結晶になって板の上に転がる。
その様子に私の横で椅子の上に登って見ていたレムレスくんが興味津々といった様子で目を輝かせて質問を投げかけてくる。
「これがお薬なの?」
「うん、そうだよ。
一口で飲み込めるサイズに固めたお薬だよ。
小さいけど身体のマナの循環を助ける働きのある大切な薬の一つ。
他にも幾つか作っていくよ」
その言葉に風真が少しだけ不可解そうな表情を見せるので、私は苦笑して返す。
「風真、その粉末はそれぐらいで大丈夫だよ。ありがとう」
「あ、うん!分かった!因みにこれは何のお薬なの?」
風真もどうやら薬学に興味を持ってくれたらしく、気になることは都度聞いてくれる。
もしかしたら将来は魔法医師や魔法薬師になるかもしれないね。
そんなことを想いながら、風真の質問にも丁寧に答えていく。
二人に色々教えながら調合をしていたため、まるで授業のような雰囲気になっていた。
私は”学生に教えていた時”を思い出し、少し懐かしくなってしまう。
「──よし、これで全部完成だ!」
「「おお〜!!」」
二人は感心した様子で私の左右で声を上げる。
あまりに素直な反応に私はクスッと笑ってしまう。
楽しい授業のような時間はあっという間に終わってしまった。
少しばかり名残惜しく感じてしまった。
テーブルの上にはローネさん用に調合された薬が瓶や紙に包まれ並んでいる。
液体の薬瓶が一本、結晶化した薬が三瓶、粉末の薬が二種類。
症状の重さもあり、どうしても薬の種類は多めだけど、どれも欠かすことのできない大事な薬だった。
「薬の種類が多いから注意書きを書こうと思う。
風真。悪いのだけど、その間に道具をトランクに片付けてくれないかな?」
「任せて!汚れた道具は綺麗に洗ってしまうね」
「うん、ありがとう」
私は席に座り、前もってテーブルに出していた紙に、使い慣れた羽根ペンを取り出し、薬品ごとの内容と服用のタイミング、服用量を丁寧に記していく。
書き込んでいると、テーブルの下から顔を出して、私の顔を覗き込んでくるレムレスくん。
気付いて微笑むと、彼もにっこりと微笑み返してくれる。
「兄ちゃんって凄い先生なんだな!あのヤブ医者とは大違いだ!」
「……ラグラ先生は、ローネさんを治してくれなかったの?」
私は疑念を抱いていた。
魔法医療医師であれば、マナバランスの乱れくらいは分かるはずだ。
にも拘らず、ローネさんは半年も患っていたという。
正直、あと少し遅ければ手遅れだった可能性が高い。
顔に浮かび上がった模様は、身体が内側から蝕まれている証拠。
このまま進行すれば体内で淀み蓄積されたマナが結晶化し、体全身が岩が割れるようにヒビ割れて死に至っていた。
こんな危険な症状になるまで放置していたのは故意な気がしてならない。
「……あいつ、態度は最悪だけど町の人の病気はちゃんと治してるんだ。
でも、母ちゃんの病気だけは治してくれなかった。
薬は出してくれてるけど、全然治らないんだよ」
──町の住人は治っている、か。
「そのお医者の薬、まだ残ってたりするかな?」
「あるよ! こっち!」
レムレスくんが風真が道具を洗っている洗面台の横の棚を指差す。
「風真。横、ごめんね」
「え?あ、うん」
風真の横に移動し、断りを入れてから棚をそっと開ける。
そこには紙袋が一つ。
「これだよ!」
レムレスくんの声に反応するように袋を取り出し、中を見ると確かに紙包みに入った粉薬と薬と思われる小さな結晶が入った小瓶が三種類入っている。
そして、薬の内容が記された処方箋が一枚。
私は薬と処方箋を手に取り、確認する。
「……うん、確かに処方箋も一緒に残ってるね」
「聖明、それ……薬?」
風真が道具を洗い終わったのか、タオルで手を拭いながら尋ねてくる。
「ああ……ラグラという医師の処方した薬みたいだね」
処方箋を見る限り、特におかしなところはない。
敢えて言うなら、ローネさんには効力がやや弱い程度。
完治しなくても、悪化はしないはずの内容だった。
私は思わず唸ってしまう。
「……変な成分でも入ってるの?」
風真の言葉に私は煮え切らない返答をする。
「処方箋だけでは何とも言えないね……調べるか……」
私はそのまま紙袋を片手に席に戻り、薬をテーブルに広げる。
無詠唱で魔法陣を展開し、赤黒い光が薬を囲むようにほんのり輝き始める。
「聖明。その魔法は?」
「解析魔法の一種。
様々な属性の魔法を組み合わせて発動する高度魔法の一つだよ。
この魔法が使えれば、見た目では分かりにくい薬の成分を解析することができる。
まあ、解析できても、知識が足りず成分の内容が分からなければ意味をなさないんだけどね」
「便利そうで、そうでもないね……」
風真がうんざりしたような表情を浮かべるから、つい笑ってしまう。
「ま、魔法薬学師や医師を目指すのであれば覚えておいて損はない魔法の一種だ。
知識が足りないのであれば、知識を記した専用の魔導書を準備して紐付けてやればいい。
解析魔法と同時に使用すれば、半自動的に魔導書が成分の内容を教えてくれる。
それに──資格を持っていても解析魔法を駆使できる人材は少ないから重宝されるよ」
実際、薬の成分を調べる解析魔法は、魔導書と一緒に使用することが一般的だ。
私は面倒だから魔導書を使用していないだけで、私でもわからない場合は魔導書を取り出すこともある。
まあ、そんなことは早々ないけどね。
解析内容を、投影魔法で手元に表示させる。
その内容を何の気無しで読み始め、私は固まってしまう。
「……何だ……これは」
私が思わず零した言葉に風真が首を傾げる。
しかし、私は自身の口元を覆うように右手を当てて黙ってしまった。
こんな内容、言えるわけがない。
処方箋に書かれたものと、薬の内容が異なっている。
本来の薬に加え、別の薬が混入されている。
特に結晶化された三種類の薬が、処方とは明らかに違う成分だ。
──この成分は避妊薬と堕胎薬だ。
その薬の内容が意味することに私は声を出せずにいた。
「聖明?」
「兄ちゃん?」
二人の声は聞こえているけど、私の頭の中は疑問と最悪の想像でいっぱいだった。
どうして、こんな薬が処方されている?
しかも、本来必要な薬の代わりに避妊薬と堕胎薬?
……これでは治るはずがない。
それどころか、体の負担ばかり掛かって徐々に衰弱してしまう。
「聖明!」
風真の少し強めの声にハッとし、我に返る。
「あ、ごめんね。ちょっと考えごとしちゃって」
「いや、何があったんだよ……」
風真が心配そうな顔をする横でレムレスくんが暗い表情をしている。
きっと彼は何かを察して伝えたかったのだろう。
「……ちゃんと分かったよ」
その言葉にレムレスくんが少し情けない顔で頷く。
風真は不可解そうな顔で首を傾げて私を見つめているから、安心させるように立ち上がって彼の頭を撫でる。
「うわ!何?」
「ふふ、風真は本当に顔によく出るなって思って」
「よくわかんないよ!」
風真が恥ずかしそうに喚くから、可愛くて余計に撫でてしまう。
その様子に傍にいたレムレスくんはニカッと笑い、腕を頭の後ろで組んで見上げていた。
「もー!聖明!やめてよね!」
「はは、ごめんごめん!つい、可愛くて」
「あんまり嬉しくないよ!」
賑やかな笑い声が家の中に響く。
……風真は知らなくていい。
まだこの子には人の業の深さや、後ろ暗い現実を知ってほしくない。
私は少し怒る風真を宥めながらも、薬の内容をさりげなく誤魔化し、話題を変える。
これはただのエゴだと知っていながらも、私は笑顔で隠す。
若干の罪悪感が、私の胸を刺した気がした。




