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カゴノトリ ―Another Sky―  作者: 灯夜 雪
第三章 闇を操る者

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第19話 マナの呪い

家の中に入った瞬間、様々な草花の華やかな香りが柔らかく漂った。

入って直ぐの位置にリビングダイニングがあり、窓際や棚の上の他にも天井から吊り下げた花々が家の中を彩っていた。

どれも丁寧に手入れされており、瑞々しく元気なのがよく分かる。

ローネさんは壁際にあるキッチンに立ち、魔導コンロで火を付け、ポットのお湯を沸かしている。

テーブルには可愛らしい黄色やピンクの花柄のティーカップが三人分並んでいる。


目の前で仁王立ちで待ち構えている少年──レムレスくんは、少し自慢げに話し始めた。


「案内と言っても狭い家だからな!

入って直ぐに食卓で奥の扉から廊下に出るんだ!

それで、お風呂とトイレ、寝室があるだけだよ!」


このように小さな町によくあるタイプの作りだろうと予想できた。

二人前後で住む分には問題ない大きさの家だな。


「よろしければ席にお座りください」


ローネさんがニコッと優しく笑うと、ダイニングテーブルへ手を添えるように案内してくれる。


「ありがとうございます。

風真、折角だから甘えさせていただこう」


「うん。えっと、ありがとうございます」


私はダイニングテーブルの横にトランクを置かせてもらい、一番手前の席に座る。

私の右隣には風真が座り、風真の前にはレムレスが静かに座る。

風真が席に座るのを確認すると、早速、話題を振ってみる。


「可愛らしいお花が沢山ですね。

とても丁寧に手入れされている。ローネさんの趣味ですか?」


彼女は、お湯が入ったポットを持ってくると、ハーブが入ったティーポットにそっとお湯を注いでいく。


「はい。昔からお花を育てるのが大好きで、色んな品種改良もしているんです。

今淹れているハーブティーも自家製のハーブを幾つか入れてブレンドしたものになります。

趣味で始めたものでしたが、嬉しいことに少し大きな街のお店でハーブを卸したりもしているんです」


余程、草花が好きなのだろう。

そう語る彼女は実に嬉しそうに華やかに笑う。


ティーポットを蒸らした後、カップに注ぎ入れるハーブティーはとても華やかで優しい香りがした。

彼女はそっと私たちの前にソーサーに乗ったティーカップを出してくれる。


「ありがとうございます」


私は早速、一口飲んでみる。

すると華やかな香りが鼻を抜け、ホッとする。

これは素晴らしい才能だな。

とても美味しいし、リラックス効果があるカモミールがベースに配合されている。


カモミールは私の大好きなハーブティーだ。


「ローネさん、とても美味しいです。

お店に卸している理由がよく分かります」


すると彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、そう言われるととても嬉しいです!」


しかし──彼女は急に激しく咳込んでしまい、顔色が一層悪くなる。

私は慌てて席を立ち、彼女を椅子に座らせた。


「ゴホッ……すみません……」

「お気になさらないでください」


私は彼女の前で膝をつくと、彼女の手を両手でそっと取り、顔を見上げる。


「聖明……先生?」


「ローネさん。

いきなりで不躾ではありますが、診察させていただけませんか?

医師として、パッと見ただけでも重症なのが分かります。

このままでは命に関わる可能性もあります」


私の言葉を聞いて大層驚いた表情を浮かべ、手が震える。


……これは恐らく、ろくな説明を受けていないな。


風土病は基本的には治る病気が多い。

しかし、まともな治療ができなければの話だ。


自然治癒で完治する場合は、住んでいる場所を移る等といった根本的な改善策が必須。

この土地で風土病に掛かっているのであれば治さない限り改善は見込めない。


「で、でも……私には担当医のラグラ先生が……」


彼女の顔色が青褪め、怯えるように唇を震わせる。

……あのヤブ医者……想像以上にろくでもない人物のようだ。


すると、フォローするようにレムレスくんが訴える。


「母ちゃん!あんなヤブ医者より兄ちゃんに診てもらおう!

俺、母ちゃんが死んじゃうのは嫌だよ!」


レムレスくんは涙をいっぱい蓄え、零れそうになったところを自身の袖で拭う。

その痛々しい姿に、ローネさんは息を呑んだ。


「──っ!……分かりました。

聖明先生、お手数ですが……私を診ていただけませんか?」


──よし。これで風土病の現状について分かる。


「はい、是非」


私はできるだけ優しく微笑むと、そのまま説明を開始した。


「ローネさんの病状は土地特有の風土病の可能性があります。

そのため、体内のマナのバランスを解析し、調べる必要があります。

そのため、このまま魔法で体内のマナのバランスを確認させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


「……はい。因みに私は何をしたら……」


震える手を安心させるように、キュッと両手で包み込む。


「このまま手に触れた状態で少しお時間をください。

怖ければ目を瞑っても構いません。

それと──少々、魔法陣の輝きが眩しいかもしれません」


「分かりました。よろしくお願いします」


彼女は深呼吸をすると目をキュッと閉じた。

私はそれを合図にするように意識を集中させ、赤黒い粒子を放つ魔法陣をローネさんの足元から照らすように展開させる。


同時に風真にも見せた投影魔法も私の目前に展開する。

体内のマナのバランスを数値化し、見やすい図面などに変換し、投影を始める。


──やはり土のマナが異常に多い。

しかし、意外なほどにその他は正常だ。


言い方を変えれば、そう難しい風土病ではない。

普通の魔法医療医師であれば治せるレベルだ。


私は思わず舌打ちしそうになる。

あのヤブ医者……こんな初歩的な治療もできず、よく医師免許を取得できたな……っ!


内心では腸が煮えくり返る思いだったが、どうにか怒りを飲み込み、呼吸を整える。


「兄ちゃん!これは何してるの?」


レムレスくんが興味津々といった様子でテーブルに乗り出し、私を見ている。


「……今、ローネさんのマナバランスを調べてるんだ。

もう大体は分かったよ。大丈夫、確実に治せる病気だからね」


私は魔法を停止し、魔法陣を消し去る。

そして、ローネさんの手を離すと、残した投影魔法を手元に浮かべる。


「ローネさん、もう目を開けても大丈夫ですよ。

分かりやすいように資料を作りますので少しお待ちください」


そう伝えると、ローネさんはホッとした様子で目を開ける。

私は風真に視線を移しお願いをする。


「風真。トランクの中に用紙と魔導ペンが入っている。

悪いんだけど、出してもらえるかな?

その後に道具を幾つか出すから、トランクは開けたままで」


「あ、うん!ちょっと待ってて!」


風真は床に置いてあったトランクを手に取り、床で開いて準備をしてくれる。

その間に投影魔法に幾つかの説明を追加するため、映像を指でなぞり、頭の中の文字を投影していく。


「聖明。用紙とペン、置いとくね」

「ありがとう」


風真は私が先程座っていた席に用紙とペンを準備してくれたようだ。


私は席に座り、投影魔法の映像を用紙に転写する。

光と水、土魔法の複合技で用紙にイメージを書き込める魔法だけど、見た目よりも難しく、難易度が高いものだ。


それに気付いた風真が興味津々な表情で用紙に描き込まれていく様子を見守っている。


……良かった。

先程まで少し怯えて元気もなさそうだったからね。


「すげー!魔法ってこんな感じなんだな!」


レムレスくんもテンションが上がった様子で元気に声を上げ、見守っている。

子供二人に囲まれて見られているようで、何だか微笑ましい。


「──よし!完成だ!

ローネさん、お待たせ致しました。

この用紙に記載してあるグラフをご覧ください。

こちらが現在のローネさんのマナバランスになります」


ローネさんは私と向かい合う形で椅子に座り直し、テーブルに置いた資料を一緒に見る。

記載されている円グラフは、わかりやすいぐらい土のマナだけ飛び出ている。


「これは……」


「これは土のマナだけが異常な数値を示している証拠です。

マナというのは肉体を維持するために必要なエネルギーで、食事や呼吸により新しいマナを取り入れ、消費をする。

普段からマナは体内を循環しているんです。

しかし、ローネさんの場合は過剰な量の土のマナが滞留し、体内に残った土のマナが淀み、毒素を出している状態です。


その毒素が悪さをし、体調不良を引き起こしている。

結果として、顔に模様が浮き出てきてしまっている。

これは魔法医療学的な言い方をすると『マナの呪い』と呼ばれるものになります」


これはどの属性でも起きることだ。

人の身体のマナバランスは、生まれつきある程度決まっている。

そのバランスが崩れるほどに他のマナが増えると、体調を崩す原因になる。


今回は土のマナだったと言うだけであって、どの属性でも起きる現象で、放置し過ぎれば死に至る。

だからこそ『呪い』と呼ばれている。


これに関しては闇のマナと原理は同じだ。

ただし、闇の場合は死ぬだけでは済まないからこそ、忌み嫌われている。


「の、呪い……!?」


ローネさんが驚いた声を上げるけど、直ぐに安心できるように話を続ける。


「大丈夫ですよ。

呪いと禍々しい呼び名ですが、適切な治療をすれば治ります。

いつぐらいから出始めていますか?」


ローネさんは少し考えてから返事をしてくれる。


「半年前……だったと思います」


想像以上に長い期間だったため、表情に一瞬出そうになった。

こんなに色濃い模様だ。

長いとは思っていたけど、逆に半年も放置していて生きているのも驚きだ。

色濃く模様が現れた時点で、本来なら早期入院が必要なレベルだ。

治療しなければ一ヶ月も保たないだろう。


言い方を変えれば今すぐにでも治療を始めるべきだ。

それだけ緊急性が高い。


「教えていただきありがとうございます。

ローネさん、正直に申し上げます。

確かに治る病ではありますが、ローネさんの症状は深刻です。

今すぐにでも治療を始める必要があるぐらいです。


この土地は元々、土のマナが豊富な土地です。

その上、ローネさんは園芸をなさっている。

毎日、土に触れることにより、より土のマナが体内に入りやすくなっていたと思われます」


現状を見る限りは、説明通りだと推測できる。

しかし──ローネさんの症状は深刻ではあるけど、私がわざわざ出向いてまで検証するような風土病ではない。

土のマナ以外に要因が考えられないからだ。


ローネさんのマナバランスは土以外は至って正常。

周辺も土のマナが豊富ではあるが、それ以上に変わった点もない。


となれば──原因は人為的な可能性が浮上してくる。


が、その調査は後回しだ。

今は治すことを優先しよう。


「聖明先生、それは……もう園芸ができないという事でしょうか?」


ローネさんは必死な様子で詰め寄るように尋ねてくる。

私はできるだけ笑顔を崩さないようにして返事をする。


「安心してください。

土のマナを吸収しやすい環境を整え直せば問題ありません。

それに薬による体質改善でも緩和可能です」


ローネさんはほっとしたように胸を撫で下ろし、微笑んだ。

私はその様子を見ながら、更に説明を続ける。


「まずは体内に滞留した土属性のマナの流れを良くして、溜まった毒素を体外に排出する必要があります。

治療法としては、毎日お薬を飲んでいただき、排泄物とともに毒素を出していく方法になりますね。

今の病状ですと……二週間ほどで効果が現れ始め、身体も楽になると思います」


「えっ!そんなに早くですか!?」


ローネさんは驚いた声を上げる。


「母ちゃん!やったね!」

「本当に、ありがとうございます……っ!」


彼女は感極まったあまりか涙を流した。

私は持っていたハンカチをポケットから出し、手渡す。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます……っ」


私は彼女が涙を拭う姿を見守りながら、タイミングを見てゆっくりと話を切り出した。


「ローネさん。一つだけお願いがあります」

「はい、何でしょう?」


「お薬は一から調合する必要があります。

できるだけ早く薬を飲んでいただいたほうが良い。

不躾なお願いですが、キッチンをお借りしてもよろしいですか?

一時間ほどあれば、とりあえず二週間分のお薬を準備できるかと思います」


日も落ちているし、女性の家に長居するのもどうかと思うけど、極力今日中から薬を飲んでほしい。

治るといっても酷く病状が進んでおり、身体が衰弱している。

薬を飲んだ上で、治療魔法で免疫力を向上させれば、今よりは身体が楽になるはずだ。


それに──今、町に戻っても宿探しから始めなければいけない。

そもそも宿があるかも怪しい。

だからと言って、あの診療所は貸してもらえる状況とは言い難い。


要は今日は野宿が確定だ。

流石に外で調合するのは少し大変だ。

できれば場所を借りられると大いに助かる。


「この狭いキッチンで宜しければご自由にお使いください!

必要な草花や食料もあればご自由に使っていただいて問題ありません!」


想像以上に快く引き受けてくれるので内心ホッとする。


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて。

それと、もしお食事がまだでしたら、調合ついでに食事も作らせてください」


治癒効果のある料理を食べれば、少しは回復の助けになる。

それに、恐らく食欲も落ちているはず。

少しでも消化の良いものを食べたほうが良い。


「そ、そんな、お料理まで!」


「キッチンをお借りするお礼だとお考えください。

それにローネさんは極力休んだほうが良い。

料理と調合が終わり次第、お呼びしますので、その間ゆっくり休んでください」


少し戸惑うローネさんに、レムレスくんが私の言葉を後押しするように彼女の手を引き、無邪気に話す。


「母ちゃん!甘えて休んじゃおうよ!それに俺、お薬作るところ見たい!」


「ええっ、でも……っ」

「良いから良いから!」


レムレスくんがそのまま戸惑うローネさんを奥の部屋に続くと思われる扉に引っ張っていく。

ナイスアシストだ。


「で、では、お願いします……っ」

「はい、喜んで」


扉が静かにパタンと閉まった。

私は静かに静観していた風真に微笑みながらお願いする。


「風真も手伝ってくれる?」


風真は少し緊張した顔で頷いてくれた。


「……うん。僕も薬の調合するところ見たい」

「もちろん!では、準備を始めようか!」


私がそう返すと、風真は少し安堵した様子で表情を和らげた。

私たちは飲んでいたティーカップたちを片付け、トランクから必要な道具を取り出し、準備を始めた。

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