第18話 町外れの家
私は幼き少年に手を引かれ、町外れにある森の中へと入っていた。
風真は少し不安そうな表情で私の横を歩く。
「聖明……どこまで行くの……?」
「風真、大丈夫。そんな顔しないで」
私は安心させるように微笑むと、不安は解消されないものの、大人しく頷いてくれる。
私の家から出て、人の悪意を目の当たりにするのは初めてだったからね。
怖くなってしまったのかもしれない。
後でフォローしておかなくては。
これが切っ掛けで、人に怯えるようになることは避けたい。
風真には素敵な人と出会って、色んな人と関わって、笑顔でいてほしい。
そんなことを考えながら歩き続けていると少し先に赤色の三角屋根が特徴的な小さな可愛らしい家が見えてきた。
とても手入れされた草花が家を取り囲むように彩られ、風が吹くとサラサラと花が歌うように揺れ、夕陽がその景色をより美しく彩っていた。
近くの木には鳥たちが集まり、枝に止まった何羽かは身体を寄せ合い、チュンチュンと小さな歌を奏でている。
どうやら鳥の巣までありそうで──まるで絵本の中にあるような家だった。
恐らく町の警備が言っていた町外れの家──よそ者と呼ばれている女性の家だろう。
偶然とはいえ、ここに来れたのは好都合だ。
警備の話を聞いても、最後には訪れなければいけない場所だと思っていたからね。
「兄ちゃん!」
私の腕を掴んでいた十歳前後の少年がパッと手を離し、振り返る。
「助けてくれてありがとうな!」
にっと笑う少年。
純粋なその笑顔を見て、私は──少し悲しくなった。
──さぞ、辛かっただろう。
「私も君にお礼を言わなければね。ありがとう、連れ出してくれて」
私が少年に伝えたところで、ガッと肩を掴まれる。
その手は小さく震えていた。
「……聖明っ」
私が振り返ると、戸惑うような顔色の風真が私の顔を見上げた。
彼の肩にはリリーが乗っており、「みゃん」と小さく鳴く。
そして、リリーは少年を見つめた。
──そうか。”リリーには分かる”のか。
私はそっとリリーを肩に抱き上げ、背中を擦る。
ふわふわの毛並みが温かく心地よい。
彼女も応えるようにゴロゴロと喉を鳴らす。
「ねえ、聖明……いったい──」
風真が話し始めたぐらいに家の扉がガチャリと開く。
「……どなた様?」
茶色い髪に緑の瞳。
顔にはヒビのような模様が浮き出た女性が、鶯色のワンピース姿で現れる。
彼女の声はか細く、ゴホゴホと咳込んでいる。
──やはり風土病の患者か。
模様の色濃さから見ても、症状はかなり進行している。
早く治療しなければ、資料の死亡者の様に肌がヒビ割れ、身体が崩れ死んでしまう。
事情を聞くのと、治療を行いたい。
……まあ、あの町医者の患者だろうから、私が勝手に治療をすれば揉め事に発展するのは目に見えているが、人命のほうが優先だ。
いざという時は別の手段もある。
「母ちゃん!」
「あら?レムレス、どこに行ってたの?心配したのよ?」
女性は愛おしそうに少年を抱き締める。
そうか、この子はここの子供だったのか。
私は事情を聞くためにも彼女の傍まで歩み、挨拶をすることにした。
リリーは察したように私の肩に乗るとさらっと尻尾で私の頬を撫でた。
「家の前でお騒がせして申し訳ございません。
私は魔法都市から派遣されたエクソシスト所属の魔法医療の医師、聖明・紅と申します。
横にいる彼は、パートナーの風真です」
風真も困惑しながらも礼儀正しく一礼する。
「あ、えっと、風真です!こんにちは!」
その様子に女性は安堵したのかクスッと笑い、笑顔で応じてくれた。
「まあ!お医者様だったんですね!
遠路遥々、ようこそお越しくださいました。
私はローネ・マルロ。この子はレムレス」
自己紹介をしている間に、少年の目がキラキラ輝き、私を見つめている。
うん、どうしたんだろうか……。
気になりはするけど、今はローネさんのほうが先だ。
私はそっと彼女の手を取り尋ねる。
「失礼ながら、この顔の模様はいつから出ているんですか?
咳の他にどのような症状が出ています?」
ローネさんは、少し戸惑うような顔色を見せる。
その上、彼女と目を合わせると、耳を赤く染め、目を泳がせてしまう。
──しまった。
私の魅了効果が彼女に影響してしまった。
認識阻害の眼鏡でも大した気休めにもならないな……。
今度、魔封じでも追加で付与してみるか。
まあ、意味ないだろうけど……印象は薄らぐはず。
そんなことを内心考えていると、少年が彼女の腰に抱き着いたまま、声を上げる。
「大丈夫だよね!母ちゃん!この人、凄くいい人だよ!
さっきヤブ医者に殴られそうなところを助けてもらったんだ!」
その言葉に驚いた後、彼女は困ったような顔になる。
「レムレス、駄目よ。ラグラ先生を悪く言っては。
町のお医者様なんだから」
その言葉にレムレスは怒ったように声を上げる。
「でも、母ちゃんの病気、全然直してくれないじゃん!
それどころか、あいつ──」
「レムレス」
彼女は窘めるように少し低い声で少年の名前を呼ぶ。
彼は悔しそうな顔で押し黙ってしまった。
「失礼致しました。
えっと……聖明先生、お気遣いありがとうございます。
立ち話も何ですから、よろしければ中にお入りください。
それにそろそろ外も暗くなってしまいますから……」
ローネさんの視線に合わせて、私も空を見上げる。
夕陽は完全に傾き、空は夜空へと変わり始めていた。
「では、お言葉に甘えて」
私が返事をするとニコッと笑う。
やはり顔色も良くない。
「レムレス、私は先に中に入ってお茶を淹れてくるから、ご案内よろしくね」
「うん!」
彼女は笑顔で会釈すると先に家の中に入る。
少年は任された任務に自信満々といった様子でその場に立っているので私は思わずクスッと笑ってしまう。
すると風真が私の袖を引っ張りながら、凄いジト目で睨んでくる。
「……聖明、あんたって人垂らしだったんだな」
「は!?ひと……っ」
あまりに唐突に酷いことを言うものだから、私も思わず驚いて声を詰まらせてしまう。
いや、まあ……魅了効果を敢えて利用することもあるけど、そんなふうに見えてたの!?
何故だろう。
今までは何の疑いもなく、利用できる能力として有効活用してきたけれど、こんなふうに風真に言われるなんて──凄くショックだ。
すると私を見つめていた少年はジーと私を見たかと思うと真顔でこんなことを言い放つ。
「……兄ちゃん。そっちの兄ちゃんの言う通り、無駄に笑顔は振り撒かないほうがいいと思うぞ。
顔面凶器だと思う」
「なっ!?」
まさか、こんな小さな少年にまで言われるなんて!
ヤバい……こんな無垢な少年たちの言葉に動揺を隠しきれないほどの衝撃を受けている。
え?今まで、これで生きてきたよね?
確かに……”彼”には無駄に愛想を振りまくなって怒られてたことはあるけど……。
子供たちに言われるほど、何か品性の欠片もない獣みたいに見えていたの!?
(※聖明は混乱しております)
ショックのあまりに固まっていると、レムレスくんが声を上げる。
「それより、早く入ってよ!寒くなってきただろ?」
彼が扉を開け、中へと招き入れる。
「風真、私たちも中に入ろう」
「う、うん……分かった……」
私たちは彼に案内され、家の中へとお邪魔することにした。




