第17話 小さな町
太陽が傾き、空が金色に染まる頃。
私たちはようやく森を越え、目的地である町の入口へ辿り着いた。
私は歩き疲れ、呼吸が荒くなっていたけど、深呼吸してどうにか整える。
「聖明、大丈夫?」
「みゃ〜ん」
風真が黒猫姿のリリーを抱っこしながら、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「……大丈夫」
風真と話していると、町の入口に立っている警備らしき人物が険しい顔をして声を掛けてきた。
「お前ら。この町に何の用だ」
通常であれば、地方の町にはエクソシストが派遣される。
が、ここまで奥地になると人手不足を理由に、エクソシストを派遣しにくい。
そのため町の私兵が警備していることは少なくない。
この町も例外ではない。
来たとしても巡回しているエクソシストが訪れるぐらいだ。
彼はこの町の私兵による警備だろう。
私は片手に持っていた革製のトランクを一度地面に置き、男性と改めて向き合った。
「失礼。私はエクソシスト所属の魔法医療の医師です。
こちらは私のパートナー」
私が風真を紹介すると、彼はハッとした様子で軽く会釈する。
ここでは分かりやすいように「エクソシスト」と名乗るのが妥当だ。
まあ、組織図的にも間違いなくエクソシストではあるので嘘は付いていない。
「我々は魔法都市より派遣され訪問医療に参りました」
要件を伝えると警備の男は舌打ちをする。
どうやら、ここではよそ者は歓迎されてないらしい。
「あーはい。エクソシストですね。
どうぞ、お入りください。揉め事は起こさないでくださいよ」
……いや、この口振りだと過去にエクソシストと揉め事があったのかもしれない。
ここは円滑に進められるように動くべきだな。
「ありがとうございます!警備さんも毎日大変ですね!」
私が笑顔で話し始めると、風真が凄い形相で私を見ているのが視界の端に映る。
うん……私だって営業スマイルくらいするんだよ、風真。
「今回の訪問では皆様の健康を診させていただきますので、警備さんもお身体に不調がある場合は、気軽におっしゃってくださいね!」
私が彼の手を握り、できる限りの笑顔で少し距離を縮める。
──しっかりとこの赤い目を合わせて。
すると男性の頬がほんのり赤く染まる。
あまり”これ”は使いたくないのだけど、どちらにしても私の意思とは関係なく効果が出るのであれば、上手く使ってやる。
「あ……はい、その、その時は、よろしくお願いします」
よし、これで少しは”利用”できる。
私はついでに町の情報を聞くことにした。
「ところで町で変わったことは何かありませんか?
体調が悪そうな方がいるとか、困っていることがあるとか」
すると彼は少し唸りながら少し考える。
そして、少し声のトーンを落として、小さな声で話す。
「えっとですね……お医者さんであれば診療所に行くと思いますけど、気を付けてください。
あそこの医者は偏屈なおっさんで、若い男は特に嫌いなんですよ。
俺も怪我で仕方なく行ったんですが、直ぐ怒鳴るし、処置は適当だしで最悪なんですよ。
あんたみたいなお兄さんは特に嫌いな類だと思うんで、一応」
うわぁ……町の人よりも厄介そうな相手だな。
私のような訪問医は行った先で医療行為をする際、エクソシストの施設や病院、診療所を借りる。
今回のように小さな町では確実に診療所を借りることになる。
そうでなければ診療できる場所がないからだ。
……無事に借りれるか、そこから問題になりそうだな。
「あ、それと……町外れに一人の女性が住んでるんですけどね。
一年ほど前に来たよそ者なんですが、町の人と全然交流がなくて。
似たような感じで、よそ者が”二人”死んでるんですよ。
その人も交流がなくて。
その割に医者のおっさんも出入りしてるもんだから、全員変な病気持ちなんかじゃないかって噂してるんですよ」
普通の風土病を治療しても治らない。
そういった場合は感染の可能性も危惧し、患者を隔離するのが鉄則だ。
その観点から見て、周辺の集落から患者を引き取り、隔離して治療していた可能性はある。
ここらへんで病院がある町はここだけだし、周辺に小さな集落が存在しているのは資料で確認済みだ。
しかし──死亡者の人数が合わないのが気になる。
単によそ者というのもあって、町の人が把握していない可能性はあるが……とりあえず有益な情報を得られたのは大きいな。
「ありがとうございます!
町の皆さんの安全のためにも、しっかり患者さんも診させていただきますね!」
「は、はい!町の中にどうぞ!」
急に緊張したような声を上げる警備の男。
風真は険しい顔で私を見ているけど、気にせずトランクを拾い上げ、一緒に町の中に入る。
しばらく歩いて中に入っていくと、風真がジト目で睨みながら小声で話し始める。
「……今の何」
「何って……世間では処世術も重要だよ、風真」
「あれ、処世術とかじゃないと思うよ」
「はは……」
少し気まずくなって苦笑して逃げてしまう。
そう言えば……こういう人を籠絡するような行為は、よくないんだったな……。
昔の癖でついやってしまった。
風真の前では気をつけたほうがいいな。
そんな若干の反省をしている中、風真が私の服をキュッと掴んで少し引っ張る。
「風真……?」
「……聖明、町の人の様子……変じゃない?」
風真が怯えるように周辺を警戒している。
私も周りに視線を巡らすと、その理由が分かった。
滅多によそ者が来ない町で、私のような赤い目の男が来たんだ。
興味を持たないほうがおかしいだろう。
案の定、村人はヒソヒソと何かを話しながら、ジロジロと嫌な視線を纏わせてくる。
やはり歓迎はされてないな。
これは警戒心を解くところから始めないと聞き込みさえ危ういな。
「風真、気にしなくていい。
私のような赤い目をした人間なんて早々いない。
堕天使を知らなくとも気味が悪いんだろう。
まぁ悪魔とでも思っているんだろうね」
「そんなこと!」
風真が急に怒り出してしまう。
私は少しだけ慌てて、彼の口元を指でそっと押さえる。
「大丈夫。私は慣れてるから気にしないで」
こんな視線、気にしていたらキリがない。
堕天使が集結している魔法都市でさえ、忌避の視線を浴びせられるんだ。
それに視線に怯えたり、警戒するほうが悪循環だ。
私はワザと噂話している女性たちと視線を合わせ、笑顔を向けてやる。
すると、彼女たちは少し顔を赤らめ視線を逸らす。
こういう時は無駄に整った顔は役に立つ。
母さんとそっくりな──。
小さな罪悪感が胸をズキッと刺した。
何を今更考えているんだろう。
慣れているだろ。
私は──こういう生き方をしてきたじゃないか。
「せ、聖明……?」
何故か、風真が私を見て怯えているようだった。
自身の顔に手を触れて気付く。
──ああ、そうか。
思わず”笑って”いたのか。この癖も直さなきゃな。
こんな──狂気じみた笑顔を。
「おい!いい加減にしろ!」
急に男性の怒鳴り声が響く。
村人も驚いた様子で声の方向へと視線を向ける。
怒鳴り声が聞こえたのは、石造りの家が並ぶ通り。
少しだけ先にある、看板が飾られている建物──診療所の中からだった。
「……風真、行くよ」
「あ、待って……っ」
診療所の中の様子を伺っている村人を掻き分けて、扉を開ける。
「何事──」
「このヤブ医者!!!」
突然、子供の怒鳴り声が響いた。
“医者”という言葉に思わずビクッと反応してしまう。
診療所の中には、白衣を着た男性が年端もいかない男の子の腕を乱暴に掴んでいた。
辺りを見渡すと、争った後なのか薬瓶が散乱している。
そんな中、医師と思われる男性と男の子の二人は怒鳴り合い、喧嘩をしているようだった。
「お前が出した薬!全然効かないじゃないか!」
「どこのクソガキか知らねーが毎日毎日しつこいんだよ!
俺の腕がないみたいなことを吹聴してるんじゃねえ!」
「事実だろ!俺の母ちゃんの病気、治ってないだろ!」
「はあ!?だから!お前はどこの家のガキだよ!?」
あまりに感情的になっている。流石に止めるか。
医師と思われる男性が、男の子の腕を強く引っ張り上げ、空いている拳を振り上げた。
私は透かさず彼の腕を力強く掴み止めた。
「あん!?」
「落ち着いてください!」
「誰だ!お前は!」
彼は私の手を振り解き、子供からも手を離す。
私も少年を背に庇うように立ち、視線を返した。
男性は白髪交じりの茶髪と薄い茶色の目をしており、口元や目元に皺がほんのり出ており、人間で言う三十代前後に見えた。
「……失礼いたしました。
魔法都市より派遣されたエクソシスト所属の魔法医療の医師、聖明・紅と申します。
興奮なされていたようなので、失礼ながら介入させていただきました」
男は私の顔をじっと見つめ驚いたような顔をする。
「お前……堕天使だな」
私は思わずビクッと反応してしまう。
魔法医療医師免許は国家資格ではあるけど、必ずしもエクソシストと言うわけではない。
地方でも医師免許を取得できる場所は複数ある。
特にこんな辺境の地になれば尚更。
そのため、魔法都市の出身者でもなければ堕天使の存在を知るものはいないと踏んでいたのに想定外だ。
堕天使はその数の少なさから、お伽噺の存在と思われていることが多いからだ。
……出方をしくじったな。
そう思った瞬間、案の定と言わんばかりに男は大声で叫ぶように声を上げ始めた。
「闇をお使いになる堕天使様が、この町に何のご用ですかな!?
災厄でも振り撒きに来られたのですかねぇ!」
「──っ」
その声に集まっていた町の人々が不安な声を上げ始める。
「闇を扱う!?それって悪魔なんじゃ……っ」
「やっぱり……あの目、普通じゃないと思っていたのよね」
「おい!町の警備は何をしてるんだ!?」
──クソ!まずい!
このままでは医療活動どころか、風土病の調査すらできなくなる!
「──お前らっ」
町の人々が思い思いに私を侮辱する言葉を吐いたせいか、風真が声を上げてしまう。
私は慌てて彼の口を塞ぎ、押し止めた。
そのまま彼の耳元で小さく囁く。
「風真、駄目だ。今は耐えてくれ」
その様子に男は鼻で笑いながら、私に詰め寄ってくる。
そして──私の顎を突如として掴んできた。
「──っ」
「ここの医者は俺一人で十分だ!
何しに来たか知らねぇがエクソシストのエリート様なんざお呼びじゃねぇ!
お前みたいな堕天使がいると、お前の闇に惹かれて悪魔たちが寄ってきちまうだろ?
まあ、お前が女だった歓迎してやったのにな。
男にしておくには勿体ない面だな、おい!」
嘲るように舌舐めずりしながら言い放つ男。
──なんと醜悪な男だ……っ!
こういう奴とは相性が最悪だ!
私の”魅了効果”が悪い方向に傾きやすい。
その上、こいつは堕天使の生態をそれなりに知っている。
間違いなく堕天使は、悪魔にとって格好の獲物だ。
濃く純度の高い闇を宿す堕天使は、悪魔にとって甘美なご馳走。
堕天使特有の魅了効果は内在する闇から、私の意識とは関係なく漏れ出し、その気配で人々の欲を刺激したり、悪魔たちを引き寄せる。
そのため──結界も浄化作用もない場所に長く滞在すれば、危険を招きかねないのも事実だ。
こいつは、それを知っている。
こいつの性格上、無駄に騒ぎかねない。
──どうする!?
一旦引いて、落ち着いた折に出直すしか……っ!
頭をフル回転させていると、背後で隠れていた男の子に腕を掴まれ、引っ張られる。
「兄ちゃん!こっち!」
彼は私を逃がすように診療所の外へと引っ張り出る。
「っ!」
「せ、聖明!?」
風真も慌てて追いかけてきた。
振り返ると、あの男が嫌な笑みを浮かべて、こちらを見ている。
「もう来ないでくださいね!」
彼は大声で笑い、町の人々も警戒するような視線で私を目で追いやった。
──まったく、前途多難だ。
私たちは少年の誘導もあり、そのまま町の外れまで歩くことになった。




