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カゴノトリ ―Another Sky―  作者: 灯夜 雪
第三章 闇を操る者

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第16話 街道

小さな町の少し外れに、草花に囲まれた一件の赤い屋根の小さな家。

玄関周辺や窓に小さく色鮮やかな花々が咲き誇り、風に揺られ、花々がゆっくり舞うように揺れる。


「今日もたくさんお水を上げるからね」


一人の女性が如雨露じょうろを片手に小さな鼻歌を奏でる。

如雨露じょうろからは水が降り注ぎ、温かな春の陽射しが反射し、小さな虹を作った。


女性は白い指で、可愛く咲き誇る黄色の花を撫でた。

その顔は穏やかで、とても優しかった。


「母ちゃん!」


少年の元気な声が響き渡る。

女性が振り返ると、少年が無邪気に笑顔で女性に抱き着いた。


「私の大事な大事な愛しい子」


女性は嬉しそうにキュッと少年を優しく抱き締める。

少年は小さな手で女性に抱き着いたまま、顔を上げてニッと笑う。


そんな少年を愛おしそうに見つめ、女性はサラサラの髪を撫でる。

二人を祝福するかのように、柔らかな風がふわっと吹き、花びらが周辺を舞う。


──こんな穏やかな時間が永遠に続けばいいのに。


女性は心の中で願った。

しかし、そんな願いを裏切るように、一つの影が忍び寄る。


女性の視線の先には、ニヤリと口角を上げ不敵に笑う一人の『悪魔』。


一瞬にして表情が固まる女性。

少年を抱き締める彼女の手は、小さく震えていた。


──今日も、私の地獄が始まる。



◆◆◆



大きく開けた視界に、一本の細い街道。

周辺には木々もなく、道を囲むように草原が広がっている。


そんな街道に黒い服を身に纏った二人の人影。

彼らは何かを話しながら、ゆっくりとした足取りで歩いていた。


「ここを真っ直ぐでいいんだよね?」


銀髪の少年が少し長めの横髪を揺らしながら、視線の先を指さして尋ねる。

私は少し乱れていた呼吸を整えてから返答をする。


「ああ、まだ少し掛かるけど、真っすぐで間違いないはずだよ」


風が吹けば草原の草がサラサラと音を立てる。

同時に自身の黒い横髪もなびいた。


──私たちは旅をしている。


三年前──私は大切な妹である瑠璃を失い、絶望の果てに皆の前から姿を消した。

現実に耐え切れず、密かに死ぬために。


だけど、それは許されなかった。


私は不老不死の堕天使だ。

どれだけ傷付けても死ぬことは叶わず、狂うこともできず、地獄のような時間だけが流れていった。


そんなある日、瑠璃の魂を半分宿した少年──風真と出会った。


悪魔へと転化した瑠璃。

そして──人工天使という悪魔に作られた少年。

半分に分かれた二つの魂は不安定で、このままではやがて消えてしまう。


二度と大切な人を失うのはごめんだ。


私は再び現実と向き合う覚悟をした。

二人を助けるために。


しかし──助ける手段が分からない。

助ける方法を調べるにも個人では限度がある。

今のままでは、あまりにも情報が足りない。


そこで私は決意をした。

闇魔法医療科カゴノトリの総指揮官として再びその地位に戻ることに。


復帰が叶えば、様々な情報を得られるようになる。

悪魔の動向も探ることができる。

消えてしまった瑠璃の行方も探れるかもしれない。


しかし、消えていた三年はあまりに長い。


友人を頼り、大天使に復帰を志願した。

意外にもすんなり許可は下りた──が、何のお咎めもないことはなかった。


復帰の条件としてとある勅命が下された。


『エクソシストでは対処できない任務を果たせ』


私は闇魔法医療科カゴノトリの所属の総指揮官にして──医師だ。


軍人として──闇に纏わる不可解な事件や、地方のエクソシストの応援を任された。


医師として──主な依頼とは別に、地方を巡り、医療が届いていない民の治療に当たるよう仰せつかっている。


私は大天使の勅命の元に、臨時のパートナーである風真を引き連れて、旅を始めた。


今度こそ大切な人を守るために。


そして、今──向かっているのは魔法都市より北東に位置する小さな町。

魔法都市からは遥か遠く、山を越えて更に草原と森を越えた先が今回の目的地。


「それにしても最初の依頼から遠い場所だね」


風真が辺りを見渡しながら、少しうんざりした様子でぼやく。


「これでも一番近い場所の依頼から選んでいるんだ。

もっと遠い場所や、行きにくい場所も沢山ある。

まあ、不幸中の幸いは、殆どが緊急性は低いけど未解決な案件ということだ」


緊急性が高い案件であれば、魔法都市のエクソシストもしくは、カゴノトリが直接派遣されているはずだ。

私が巡るのは、そういった緊急性がなく、だからと言って放置できるほどの内容ではないが、手が足りず結果的に放置してしまっている──という面倒な案件ばかりだ。


「いやいや!どこが不幸中の幸いなの!?

未解決ってどう考えても厄介事しかなさそうじゃん!」


風真のツッコミスキルは今日も鰻登うなぎのぼりだ。

私と過ごしているうちに、どんどん鋭くなっている気がするよ。


「そりゃ……闇に関わりある可能性が高い案件しかないからね。

普通のエクソシストでは対処が難しいからこそ私に白羽の矢が立っているわけだからね。


寧ろこういう機会でもなければ地方まで手が届いていないのが現状なんだ。

面倒ではあるけど、そこに住まう人からしたら深刻だ。

私への罰という意味合いもあるんだから甘んじて受け入れるよ。


それに──私が言っている不幸中の幸いは位置的な話」


「うん?」


風真が首を傾げて不可解そうな顔をしている。

本当に表情豊かな子だな。


「魔法都市に戻るまで請け負っている仕事は緊急性がない分、巡る順番は私に一存されている。

要は効率よく順番に訪問することが可能だ。

これが順番指定の仕事であれば、広大な土地を行ったり来たりで大忙し。

依頼量も多いし……下手したら何年も掛かるよ」


「げ!それは嫌だ!」

「でしょ?」


とはいえ、案件数が多い。

効率的に巡っても一年は掛かりそうだ。


その間に風真を助ける方法を見つけられれば良いのだが……そうでなければ魔法都市に戻ってから更に情報収集をすることになる。


正直、不安しかない。

今はこうやって元気に動き回っている彼だけど、魂の領域は私でさえ分からないことが多い。

いつ消えてしまうか想像ができない。


急に眼の前で死んでしまうかもしれないし、もしかしたら想像以上に長く生きるかもしれない。


先がわからない不安はあるけど、それは決して口にしない。

きっと聞いたら不安になるのは風真の方だから。


今はそんな不安と恐怖に蓋をして、やれる事から着実に進めていくしかない。


「因みに今回の依頼ってどんなの?」


私は少し悩んでから足を止めた。

風真も臨時とはいえパートナーだ。

今のうちに説明しておくか。


私は右手に持っていた革製のトランクを地面に置き、両手を前にかざす。

そして、光魔法と闇魔法を複合させた魔法を展開。

空中に依頼内容の詳細が記されたデータを投影した。


「わ!何、この魔法!」


「はは、便利でしょ?

これはオリジナルの投影魔法の一種だ。

普通であれば魔導機構っていう魔法と機械を融合した機器で、こういったデータ映像を閲覧するんだけど、私の場合は闇魔法が使えるから、機器がなくても似たようなことができるんだ」


「凄い!」


風真は興味津々といった様子で目を輝かせているから、私も可笑しくなってクスッと笑ってしまう。


「今回の依頼は小さな町で起きている不可解な風土病の調査だ。

報告書にある写真を見てごらん。

風土病に掛かって死亡したとされる患者の肌には、陶器ヒビが入ったような刻印が浮き出ている。

箇所によっては、本物の陶器や岩のようにヒビが入ったところから崩れてしまっている」


「うわ……マジか。というか、こんな資料を僕が見ていいの!?」


風真は青褪めた顔で訴えてくる。

寧ろ私のパートナーなのだから慣れてもらわないと困る。


「風真。一応、言っておくけど確かに私が無理に頼んで臨時のパートナーになってもらっているけど、君の役割も立派な仕事だ。

しっかりとお給料も出るから、責任感持って頑張ってね」


私は風真の鼻に人差し指をちょんと触れると、気まずそうな顔で私を見上げる。

まったく、可愛い子だな。


「そ、そっか。僕も一応、お仕事してるってことになるんだね。

うん……分かった!頑張るね!」


素直で元気いっぱい。

瑠璃とそこら辺はそっくりだ。

でも、風真は風真でちゃんとした男の子だなって思う。


「さて、続きの説明をしよう。

このように身体に刻印として浮き出る時は大抵、マナが影響している」


「えっと、自然界に溢れているエネルギーがマナで、僕たちが活動するためにもマナは必要。

マナは魔力の源にもなるエネルギーだよね」


三ヶ月程で本当によく学んだと感心する。

何も知らなかった風真が成長していく姿は私も見ていて嬉しかった。


「その通り。

こうやって呼吸しているだけでもマナは体内に入って、私たちの力となっている。


それだけじゃない。

マナが多い土地は自然に恵まれ、場合によってはマナが変質し、魔力の塊である魔石を生み出すこともある。

逆にマナが少ない土地だと、エネルギー不足で土地が痩せ、生物が住むには適さない場所になってしまう。


今回の場合、そんなマナが悪さをしてしまっている事例だと判断している。

理由があって過去にエクソシストが訪れた時に土のマナが通常より豊富だと報告が上がっているんだ」


「ん?マナが豊富って良いことじゃないの?」


風真は中々に良い質問をしてくれる。

好奇心旺盛だからこそだろう。


「基本的には良いことなんだけどね。

でもね、過剰過ぎるマナは良いとは限らないんだ。


例えば水のマナが豊富な土地があったとする。

水のマナがあまりに多い為、ずっと雨が続いてしまう。

そうすると太陽の光が届かず、作物が育たなくなるどころか、腐ってしまう。


それだけじゃない。

住んでいる人は暮らしている内に、知らず知らず水のマナを過剰に摂取してしまう。

そうすると体内のマナバランスが崩れ、体調が悪くなる。

人の体内にあるマナは、量が多ければいいというものではなくバランスが大事だからね。


更にマナを体内に摂取し続けると、今度は刻印として身体に浮き出る。

これが所謂、風土病の正体だ。


原理としては、闇の刻印が浮き出るのと同じだ。

適性がないマナを体内に入れることで拒絶反応が起きてしまうんだ。


ただし、風土病の場合は少し複雑でね。

一つの属性のマナだけが悪さをしているとは限らないんだ。

複合して体内で悪さをしていることも多い。

そのため、闇の刻印のように決まった形をしていない」


「闇の刻印って不思議と薔薇の茨みたいだもんね」


風真が思い出したように話す。


「そうだね。

それに比べて写真は陶器がひび割れたような刻印だ。

土のマナだとは思うけど、普通の風土病程度であれば薬で対処可能だ。


書類では村には魔法医療医師が在中しているはず。

それなのに完治せず、死亡届が既に五名にも及んでいる。

その上、死亡した全員が女性だ。

あまりに不自然だ。


普通の対処では死亡してしまう『何か』があると考えたほうがいい。


そして……こういう場合は関わっていることが多い。

そのせいで普通のエクソシストは怖がって後回しにするから放置案件になりがちなんだ」


私は昔を思い出して溜め息が出てしまう。

まったく闇一つでエクソシストは過剰に怯えて、ろくに仕事をしない。


まったく……これだからエクソシストは。


私が内心で悪態を吐いている傍ら、風真は小さなメモ帳を取り出して、魔導ペンで話の内容を書き留めていた。

その必死な様子が可愛いくて仕方ない。


「みゃん」


私の影からぴょんと飛び出てきた使い魔のリリーが、黒猫姿で私の肩に乗る。

私は彼女を撫でながら風真を少し待った。


「要は今から行く村は土のマナが豊富で、それ以外にも何か注意しなきゃいけないものがある!てことだね」


私は左手で空中の映像を切り替える。


「その他の注意事項も伝えるね。


私たちがいるこの国は、大天使が統治する『魔法都市国家』だ。

大地は神が作った土地という理念の元、国にも、国の首都にもあたる魔法都市には名称はない。


とはいえ、あまりに広大な土地で地方になればなる程、国という概念すらない場所も多い。

その上、魔法都市国家全域で見れば天使と人間が多い国だ。


天使はともかく、人間しかいない排他的な土地は魔法の概念すらないこともある。

天使の血が混じっていない純粋な人間は魔法を使えないからね。


今から行く村は、そこまでではないけど、魔法を使える存在自体を嫌っている節がある。

だから、魔法の使用は極力控えてほしい。


村の人は闇魔法医療なんて分からないし、カゴノトリという組織さえ知らない。

村の人から見たら今回の私は『訪問医療しに来たエクソシストの医師』ということになる。


現地の医師の協力の元、村人の体調を診察して原因究明をする必要があるから相手が怯えるようなことや、騒ぎを起こすことは厳禁。

そうなってしまえば医療行為をすること自体が難しくなる」


何度も経験した、理解できない存在を拒む視線を思い出す。


「人は──未知のものに恐怖する。

恐怖は時として人を凶暴にさせ、他者を簡単に傷付ける。

怖いのは病気よりも人の心だ」


私は空中で展開していた魔法を消し去り、風真に向き直る。


「風真。決して無理はしないように」


風真は真剣に受け止めてくれたのか息を呑み、真面目な顔で頷いた。


「分かった、気を付けるよ」

「うん、いい子だ」


彼の素直な言葉に思わず頬が緩む。

この様子ならきっと大丈夫だろう。


「それにしても……さっきの資料で地図見たけど、まだ遠くに見える森を抜けないといけないんだよね?

夕方までには到着できそう?

無理なら途中で野宿する準備しないと……」


私は自身の腕時計を見る。

今はちょうど昼時。


恐らく夕方少し手前で到着できるとは思うけど……あまりに長い道のりにうんざりしそうだ。

到着できなければ、風真が言うように今日も野宿だ。


人が少ない土地では移動手段も限られるし、家屋さえない。

家を出てから、既に幾つかの町で訪問医療をして移動を続けているけど、町と町の間が遠過ぎて野宿も当たり前になっていた。


できれば今日ぐらいは屋根のある場所で休みたい。

そんな希望を胸に私は返事する。


「うん、きっとそのぐらいには着けるよ……」


するとジトーとした目で風真が見つめてくる。


「というか、聖明って体力ないよね。

ここに来るまでも息上がってたし……」


「うっ、気にしてるからあまり言わないで……っ」


早朝から何時間も歩き続けて、正直疲れていた。

そんなことを言うのも恥ずかしかったので、バレないようにしていたつもりだったけど、どうやら無意味だったようだ。


リリーのふわふわサラサラの尻尾が私の頬を撫でる。


「主。お昼時ですし、一度休憩なさっては?」

「……うん、そうしようか」


ちょっぴり悲しい気分。


そんな様子に風真とリリーが楽しそうに笑う。

私たちは冗談を交わしつつ、トランクから荷物を出して昼食の準備を始めた。


食べ終えたら、また頑張って歩こう。

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