第14話 僕なりの覚悟
──とある早朝。
外の雪は溶け、徐々に自然が芽吹く季節に変わる頃。
銀髪の少年は一人、洗面台の前で顔を洗っていた。
「スッキリした」
早いもので聖明に助けられてから二ヶ月が経過した。
毎日、学問と魔法の勉強の日々。
聖明とリリーの支えもあり、僕は自分のことに集中することができた。
学問に関してはまだまだ未熟で分からないことが多いけど、魔法の実力だけは年相応の水準まで引き上げることができた。
年相応、と言っても僕は人工天使で、意識を持ったのも二ヶ月前なので、実際はゼロ歳児みたいなもの。
見た目の年齢──十六歳前後に見合った魔法を身につけた、ということだ。
聖明曰く、僕は覚えも早ければ、飲み込みも早かったらしく、ここまで成長したことに驚いていた。
助かることに、どうやら地頭は良いみたいだ。
今では日常生活はもちろんのこと、魔法による戦闘訓練までできるようになった。
中等部の学問範囲では、魔法の基礎を応用し、属性の複合による新しい魔法を学んだ。
そして現在は高等部の学問に入り、適性属性をより伸ばす訓練や、魔法を用いた戦闘についても教わっている。
どうやら、この世界は思ったより物騒らしく、結界がない小さな町や街道では、悪魔をはじめとする悪しき者や、凶暴な魔法生物に出くわすことも少なくないらしい。
そのため、身を守るためにも戦えるように学ぶのが普通なんだとか。
「よし!今日も頑張ろう!」
戦闘と聞いた時は驚いたけど、瑠璃の一件を思い出しても、いざという時、戦える力は必要だと思った。
きっと戦う力も誰かを守る力になると思うから。
僕が脱衣所を出てリビングへ向かうと、聖明の険しい声が聞こえてきた。
「おい、それは流石に限度があるだろ……!」
聖明の声と共に微かに他者の声がする。
恐らく通信魔法で通話中だ。
僕はリビングの入り口で少し身を隠して様子を見ることにする。
「く……っ、確かに……私が悪かったのは認める……しかし、この仕事量に加えて、地方に出ろとは……パートナーの問題も……」
聖明は後ろを向いているため、表情は見えない。
しかし、ダイニングテーブルに手を置き、書類の山を拒むような雰囲気で話を続けている。
未だにどういった仕事をしているのかよくわかっていない。
ただ知っているのは三年前に失踪していたこと。
それに伴い仕事復帰するために旧友を頼っていること。
恐らく大量の書類仕事は復帰に必要なことなんだと思う。
「分かった!分かっている!
……頼む、彼にだけはまだ伝えないでくれ……ああ、それは私がどうにかする。
頼む、後少しだけ、少しでいい。
時間をくれ……すまない、無理を言う」
何だか声を掛けづらい。
声色からして結構深刻な内容な気がしてならない。
聖明が通話を終えると、空中に浮かんでいた結晶のような魔力の塊が、細かな粒子となって消えていく。
そして、不意に振り返るものだから目が合ってしまった。
「あ」
「……風真」
一瞬、気まずい空気が流れる。
でも、聖明はすぐにいつもの穏やかな顔でニコっと微笑んだ。
「おはよう。今日もよく眠れたかな?」
「う、うん。おはよう、聖明。
いつも通りバッチリ寝たよ。聖明も少しは寝たらどう?」
僕の言葉に聖明の肩が少し震えた。
聖明が倒れてから、僕も少し口うるさくなった。
だって、家のそこら辺で倒れているなんて心臓に悪い。
そのお陰か、軽食ではあるけどスープぐらいは口にするようになったし、普通に寝なかったとしても、疲れたら少しは仮眠をしてくれるようになった。
まったく、僕のことになると驚くほど面倒見が良いのに、自身のことになると全然駄目で、一緒に生活していて心配になってしまう。
「昨晩は少し寝たから安心して……」
逃げるように苦笑して誤魔化そうとする聖明。
……駄目な大人って感じだ。
「で、どうしたのさ……朝から声荒げてさ」
僕は少し気になったので聞いてみる。
仕事の愚痴ぐらいであれば、僕だって聞いてあげたい。
書類仕事とはいえ、毎日凄い量の書類と格闘しているのを知っている。
きっと大変だろうし、悩みもあるかもしれない。
聖明は少し悩むように小さく唸ると、少し困ったような顔で笑った。
「……いい機会だ。風真、真面目な話がある。
少しいいかな?」
真面目な話と言われて少し警戒してしまう。
聖明の仕事と関わりがあることだろうか。
「とりあえず座ろうか」
「うん」
僕は促されるまま、リビングの暖炉近くにあるソファに座った。
聖明は僕の横に腰を掛けると、自身の指を絡めながら、少し言い難そうな様子で話し始める。
「……以前に、私は闇魔法医療の医者だと伝えたね」
「うん」
「……闇魔法医療科は少し特殊でね。
闇を操れる天使──私のような堕天使を中心に構成されているんだ。
堕天使は闇を操れる分、畏怖され嫌われる。
そんな存在を野放しにしないためにも、一箇所に集めた組織とも言える」
聖明の言葉に胸がざわついた。
野放しにしないって……その言い方は、まるで強制的に縛られてるみたいじゃないか。
「闇魔法医療科の組織名は──カゴノトリ。
皮肉めいた名前だ……堕天使はカゴノトリに所属しなければ敵勢力と判断され、封印処分の対象になる」
「何だよそれ!」
僕は声を荒げていた。
だって、堕天使というだけで生き方を決められているようなものじゃないか!
「……風真、怒ってくれてありがとう。
でもね、悪い話ばかりでもないんだ。
私たち堕天使は絶対数が異常に少ない。
闇を操る力を人々のために使うことを条件に、堕天使保護法という、過剰とも言えるほど手厚い法律で守られている。
堕天使は不老不死だから、その生態を調べたい者や、力を利用しようとする者も多い。
そうした者たちから私たちを守るための法律だ」
その言葉に納得がいかなくても、今は飲み込むしかなかった。
「要は……利害の一致で受け入れてるっていうこと?」
「ああ、そうだね。
そして、ここからが重要なことに繋がってくる。
間違いなく闇魔法医療という職業で私は医者だ。
でも──同時に軍人でもある」
「はい!?」
想像もしてなかった単語に僕は耳を疑った。
今、軍人って言った!?聖明が医者で、軍人!?
世間的に言う軍事医みたいなもの!?
「闇魔法は、今の魔法都市を守るうえで非常に有用でね。
カゴノトリが置かれている魔法都市は、大天使が統治する国家の中心地だ。
天使を中心に、多種多様な種族が暮らしている。
それだけ大きな都市ということもあって、日頃から悪魔たちに狙われているんだ。
そこで民を守るために組織されたのが──エクソシスト。
エクソシストは魔法国家に仕える公務員の総称で、政務から軍事に至るまで、幅広い分野で活動している。
国家公務員の総称──と言っても、軍事色が強いせいで「エクソシスト」と言えば軍部を指していることが一般的だ。
そして、カゴノトリもエクソシストに分類される医療機関の一つだ。
ここまでは何となく話が分かったかな?」
僕は頭の中を整頓しながら、確認するように返事をする。
「要は聖明は魔法都市出身で、闇魔法医療科カゴノトリ所属のお医者さん。
それで、カゴノトリは国家の医療機関で、そこに所属する人たちもエクソシストに含まれるってことだよね?」
「うん、それであっているよ。
悪魔たちからの襲撃があれば、軍務に就くエクソシストたちが前線に赴き、民を守るために命を懸けて戦う。
ただし──悪魔との戦いは厳しく、手練れであっても命を落とすことは珍しくない。
高濃度の闇による攻撃を受ければ、強制的に身体を侵食され、抗うこともできずに死に至るからだ。
しかも、死ぬだけでは済まないこともある。
最悪の場合、その場で転化し、悪魔や魔人、魔物となって仲間に牙を剥く」
想像以上に苛烈な戦いに僕は息を呑む。
悪魔といっても僕は瑠璃にしか会ったことがない。
だから、どれだけ恐ろしい存在なのか、僕にはまだ分かっていない。
だけど、話を聞いただけでも、恐ろしい相手なのだろうと思う。
「そこで──私たちカゴノトリの出番だ。
闇魔法医療科に所属する堕天使は、闇を操り、侵食されたエクソシストを治療して助けるんだ。
エクソシストだけでは戦いが困難と判断された場合のみ、私たちに出動命令が下される」
「あ……だから、軍人なんだ」
「そういうこと。
とは言っても、基本的には医療が中心で、エクソシストの軍部に所属しているわけでもないから、階級のような面倒なものとは無縁だ。
敢えて言うなら、エクソシスト軍部との兼ね合いもあって、カゴノトリのトップは『総指揮官』と呼ばれている。
その方が分かりやすいからね」
聖明は溜め息を吐き、少し呼吸を整えてから再び話を始める。
「少し話が逸れた。
大天使が統治するこの国の領土は広大でね。
魔法都市を中心に、東西南北へ広がる土地を管理している。
そのため、民を守るために各地にエクソシストの支部を設置している。
ただ……魔法都市と違って地方では解決できない問題がある」
聖明の表情が曇った
恐らくここからが本題だ。
「それは闇に対する防衛や、医療についてだ。
現存している堕天使は私を含めて十三名しかいない」
「そんなに少なかったの!?」
僕は再び驚いて大きな声を出してしまう。
「うん、堕天使がどのような原理で生まれるのかは、まだ分かっていない。
ごく稀に、この赤い目と闇の力を持つ子供が生まれるんだ。
しかも、親の種族は関係ない。
まあ、出生についてはまた後日に話そう。
今、重要なのは堕天使の数の少なさだ。
広大な土地に対して、闇に対処できる人数が少ない。
カゴノトリからも定期的に各地へ人員を派遣しているけど、現状ではまったく足りていないんだ。
そして、私は三年間も職務を放棄していた。
その埋め合わせも兼ねて……」
聖明が声を落とし、額に手を添える。
何となく嫌な予感がする。
「カゴノトリに復帰する条件として、地方を巡って仕事をしてこいと、大天使の勅命が下されたんだ……っ!」
一瞬、言葉を失った。
けれど、事情を整理するうちに、別の疑問が湧き上がってくる。
「そんな気はしたよ!?
そもそも三年間も無断欠勤で失踪してた人間を復帰させようと考えたね!?
大天使様、寛大過ぎるでしょ!
きっと堕天使じゃなかったら普通にクビ案件だよ!?」
「ぐっ!」
僕は思わず本音を口にする。
事情が事情だとは思うけど、世間からしたら堕天使が一人、急に消えたことになる。
話を聞いている限り、堕天使は畏怖の象徴と同時に必要な人材だ。
だからこそ、カゴノトリという組織に所属させ、守る代わりに力を使わせている。
利害の一致とはいえ、僕にはそれが対等な関係には思えなかった。
「……聖明……僕が言うのも余計なお世話だと思うけどさ。
何でそんな組織に復帰しようって思ったんだよ。
守ってくれる面があるのは分かったよ。
でも、所属しなければ封印するなんて、どう考えても対等じゃないだろ……っ」
そっと、僕の唇に聖明の指が触れた。
少し困ったような顔で微笑む聖明。
「風真を──瑠璃を助けるためだ」
一瞬にして言葉が出なくなった。
「魔法都市に行けば、様々な情報が入ってくる。
カゴノトリに戻れば、嫌でも悪魔との接触も増える。
今のままでは風真や瑠璃を助ける手立てがない。
少しでも可能性があるなら、私は古巣にだって戻る。
私は──風真を失いたくないんだ」
あまりに真っ直ぐで、それでいて不器用な聖明の心が僕の胸に刺さった。
僕や瑠璃のために、利用されてでも前を向くと──そう言っているように聞こえた。
何て不器用な人なんだろうか。
「……分かった。聖明、僕にできることは何かある?」
聖明が覚悟を決めているのであれば、今の僕にできることは同じく覚悟を決めて、横に立つことだ。
「ありがとう、風真。
君にお願いしたいことがあるんだ。
……正直、気が進まないのだけど……現状では風真に頼るしかないことなんだ」
「言ってみてよ!僕ができることなら頑張るから!」
僕は自身の胸を叩き、少しでも安心できるように聖明に声を掛ける。
彼は申し訳なさそうな表情で、渋々といった雰囲気で続けた。
「各地で仕事をするにあたり、風真には私のパートナーを務めてほしいんだ」
「パートナー……?」
「エクソシスト軍部では、パートナー制が法律で義務付けられている。
互いを守り合い、生存率を上げるための制度だ。
カゴノトリにも同じくパートナー制度があるけれど、その役割は軍部とは少し違う。
風真も知っての通り、堕天使であろうとも過度な闇は毒で、時として発作を起こす。
あまり酷い発作だと──最悪、自我を失い暴走してしまう。
そうなると悪魔同様、周辺に甚大な被害を及ぼす恐ろしい存在になってしまうんだ。
そこで必要になるのがパートナーなんだ。
堕天使が暴走した際に、封印する役目を担っている」
『封印』という言葉を聞き、僕は勢いよく立ってしまう。
だって、聖明が言っていることはつまり──。
「風真。私が暴走したら止めてくれ。
私を──封印するんだ」
できることなら何でもすると決めていたが、これは別だ!
だって、それは聖明を傷付ける行為だ……っ!
それに、どこの誰だか分からない僕という存在が、簡単にパートナーとして認められるなんて有り得ない!
堕天使を管理しようとしている場所なんだよ!?
反対されることがあっても、許されるなんて到底思えない!
「待ってよ!そんな酷いこと、僕はしたくない!
それに、僕はまだ生まれて二ヶ月の人工天使で、実力もなければ何の資格だって持ち合わせてない!
そんな僕がパートナーになるなんて、組織として許されるわけないだろ!?」
次の瞬間、聖明の鋭い眼光が僕を捉えた。
「既に私の推薦で、臨時のパートナーとして認めてもらうための許可は得ている。
もちろん、普通であればこんな方法では許可は下りない。
だが、私であればそれが可能なんだ」
どこか冷たく、今までの聖明とは明らかに雰囲気が違う。
「私は闇魔法医療科カゴノトリ所属──総指揮官だからね」
「なっ!?」
意外過ぎる肩書に、僕は声を詰まらせてしまった。
総指揮官ってカゴノトリトップでしょ!?
そんな人物が三年間も失踪していたなんて、世間では大騒ぎになってもおかしくないだろ!
僕が声も出せずに戸惑っていると、聖明は構わず話を続ける。
「……失踪していても、私の地位だけは揺るがない。
それだけの理由が私自身にある。
しかし、堕天使のパートナー制度だけは、エクソシストや法律が定めたものではなく、大天使が直々に定めた絶対的な規則だ。
厳守しなければいけない。
だから──私は私を封印することができる魔導書を制作した」
聖明の手元に一冊の書物が出現する。
表紙の中央に赤い宝石が埋め込まれており、細かい装飾が目を引く。
本はすぐに開けないよう、鍵で閉じられている。
「この封印の書も既に大天使からの認可を得ている。
ただし、強力過ぎるから使用条件を言い渡された。
私のパートナーとなる人物のみが使用できるようにすること。
封印の書は、私にのみ使用すること。
他者の手に渡らず、悪用されないようにすること。
──これが条件だ。
そして──私が全責任を負う形で、この本の所有者を仮のパートナーとして認めてもらえるよう、便宜を図ってもらった。
この本は、風真の魔力でのみ反応し、起動するように作られている」
何で自身を封印するような恐ろしい物を平然と作るんだよ。
しかも、それを僕に持てと?
何で僕なんだ?
「勝手に話を進めないでよ!
そんな怖い本、僕に渡してどうするんだよ!
総指揮官って言うなら、本来のパートナーがいるはずだ!
その人に頼めばいいじゃないか!」
言い切った瞬間、僕は後悔した。
だって、聖明が泣きそうな顔をするから。
情緒も酷く揺れたのか、身体も徐々に女性になってしまった。
「……私のパートナー……今は頼れない。
私は何も言わず消えたんだ。
そのせいで”彼”に相当な負担を強いている。
私の代理を務め、カゴノトリを守ってくれているんだ。
そんな彼を私の事情でこれ以上振り回すことはできない……。
だからと言ってパートナーは必要だ。
でも、適当な人物に任せることもできない……。
立場の問題もあって、私はエクソシストから嫌われているし、何をされるか分かったものじゃない。
まったく……嫌気が差す……。
風真、これは我儘だ。
私の不甲斐なさの皺寄せだ。
風真に酷いことをお願いしているのは分かってるんだ!
でも……頼む……お願いだ。
今の私が頼れるのは風真だけなんだ」
いつも大きく見えていた背中が、今では小さく怯えている子供のように見えた。
聖明の縋るような願い。
手が震えて、怯えているのがよくわかる。
きっと本来のパートナーのことも大切なんだ。
口振りから言ってカゴノトリという組織も大切なんだろう。
だけど、聖明はそんな大切な人たちから逃げるように失踪してしまった。
頼ることもせず、ただ死にたい一心で姿を消した。
きっと聖明を想ってくれてる人達は悲しんだだろう。
それを知っているからこそ、聖明も戻るのは怖いんだと思う。
それでも──聖明は過去に向き合おうとしている。
僕と瑠璃のために。
こんなに怯えて、怖くて、こんなに震えているのに前に進もうとしているんだ。
やり方は少し強引だとは思うけど……それだけ必死だったのかもしれない。
この二ヶ月、書類仕事と格闘していたのも、こういった根回しや準備が大変だったからなのかもしれない。
そう思った瞬間、僕の中の怒りとか戸惑いが、どうでもよくなってしまった。
……こんな泣きそうな顔でお願いされたら、僕には断れないよ。
僕は感情を外に吐き出すように息をついた。
そして、聖明の目を見て返事をする。
「……聖明、分かったよ。
僕ではまだ実力不足だし、やれることも少ない。
それでも良いなら、僕が聖明のパートナーとしてやれることをやる」
聖明が顔を上げて僕を見る。
潤んだ赤い瞳が、朝日に照らされ輝いて見えた。
──やっぱり綺麗な瞳だな。
「まあ、勝手に話を進めたのは怒ってるけど!」
「あ!ご、ごめんなさいっ!」
聖明が情けなく、今にも泣きそうな顔をするから、クスッと笑ってしまう。
「僕も聖明と約束したんだ。
みんなが笑顔でいられる方法を探して、瑠璃も僕自身も助けて──聖明を助けるって。
だから──聖明を守るために封印の書は、僕が持つよ」
これは僕なりの覚悟だ。
聖明が望むのであれば、彼を僕の手で封印する。
それが聖明を守る手段だと信じて。
「……ありがとう」
僕は聖明から封印の書を受け取ると、本に付いていた赤色の宝石が輝き、透き通った瑠璃色に変化する。
同時に、本の使用方法が自然と脳内に浮かび、理解することができた。
この本は僕を所有者と認めたようだ。
どうやら意識一つで僕の中に本をしまえるらしい。
僕が一瞬目を閉じて念じると、手元から本が消え、光となって身体の中へ入っていった。
正直、便利だなぁと呑気に思ってしまった。
ふと聖明を見ると、潤んだ瞳で見上げ続けているのでドキッとしてしまう。
何だかいけないものを見ている気持ちになり、慌てて話題を変えた。
「聖明、お腹空いちゃったよ!
朝食にしよう!もちろん、聖明も食べてよね!」
すると聖明は潤んだ目を細ませて微笑んだ。
だから、女性姿でその表情はやめてよ……!
心臓に悪過ぎるんだって……っ!
「分かった。風真が言うなら、私も少しは食べないとね」
僕が聖明にドギマギしていると、彼女の影が揺らぎ、その中から黒猫姿のリリーが現れる。
「主……しっかり、ご飯を食べるのでしゅ……」
どうやら寝ぼけたまま影から出てきたようで、口元をむにゃむにゃと動かしながら、床に寝転んでお腹を見せている。
その様子に、僕たちは顔を見合わせて笑ってしまった。
「ふふ、もう、リリーったら」
「僕は見なかったことにするよ!言ったら怒られそうだもん!」
聖明はリリーを抱き上げ、首元を指で撫でる。
リリーは心地が良いのか眠ったまま、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
そんな二人の姿を横目に、僕は掃き出し窓の向こうへ目を向けた。
──今日も、何気ない一日が始まる。
でも、そんな日々の一歩一歩が、確実に未来へと繋がっていくのだろう。
「風真、朝はパン?それとも東洋料理にする?」
聖明が僕を呼ぶ。
「あ!東洋料理が良い!お米っていうのが好きになっちゃった!」
僕は聖明の背を追って、パタパタと足音を立てながらキッチンに向かった。
きっと今日も素敵な一日になると信じて。




