第11話 初めての魔法
リビングのダイニングテーブルの上は朝食の時と違い、沢山の書物や書類が山のように重ねられ、その隙間を縫うように、二人分のマグカップが置かれている。
僕は席に座りながら、コーヒーの入ったマグカップを手に取るとズズッと一口飲んだ。
そして、視線の先にはほんのり頬と耳を赤くしたまま、咳払いをする聖明が佇んでいた。
「先ほどは……すまなかった」
「みゃ〜ん」
照れ隠しなのだろうか。
聖明はリリーを抱っこし、彼女の頭をこれでもかと言うぐらい撫で回している。
しかし、リリーは嬉しいのか、聖明の中で綺麗な毛並みの尻尾をふりふりと動かしている。
僕は、仮にも男で聖明の女性姿を見るとドギマギしてしまうけど……聖明は何であんなに女性姿を恥ずかしがるのだろうか。
少し疑問ではある。
でも、性別のことって聖明に限らずデリケートなことだと思うから、どれだけ気になっても安易に尋ねるべきではないのだろうな、とも思う。
「さて!話の続きをするね!」
やたら大きな声で言うので、流石に苦言を申し上げる。
「聖明……もう少し落ち着いたらどう?」
「うっ」
聖明は言葉を詰まらせ、また咳払いをして仕切り直す。
今度はいつものような感じで話し始めてくれた。
「……真面目な話だ。
今度は風真の身体について分かったことを詳しく話していく」
「うん、お願いします!」
僕は姿勢を正し、今度はメモ書きできるようにノートを取り出した。
右手には羽根ペンを持ち、近くに準備してあったインクをペン先に付ける。
それに合わせるように聖明はリリーをそっとテーブルの上に降ろした。
彼女も話に耳を傾けるように聖明を見上げる。
「最初に君の知識面についてだ。
昨日、風真には色んな質問や問題を解いてもらった。
それを元に風真の知識量を調べさせてもらった。
結論から言うと──瑠璃の知識を継承している。
それに伴い、良いお知らせと、悪いお知らせがある」
聖明が教鞭を執るように話しながら、昨日僕が回答したと思われる紙の束を手に持ち、捲りながら話を続ける。
「良いお知らせは──言語や日常生活における常識。
人格的思考に関しては概ね問題ないという点だ」
「……悪いお知らせは?」
僕は何となく嫌な予感がした。
悪い内容を知らないと素直に喜びにくい。
「悪いお知らせは──面白いまでに瑠璃の苦手分野の知識だけごっそりない」
「……そんな気がしてた……」
僕は思わず落胆の溜め息を吐く。
会話はできるのに、種族や魔法の知識がない。
日常生活は何となく分かるのに、社会のこととなるとサッパリだ。
聖明が言うように瑠璃が苦手とする分野の知識が全然ないのだとすれば──凄く苦労しそうだ。
「瑠璃は魔力量は多かったけど魔法が苦手だった。
そのせいか魔法について学ぶのもあまり前向きではなかった。
同じように社会や地理、歴史といった教科が苦手だった。
そう言った瑠璃にとっての苦手分野の知識に関しては、風真の学力もないと考えたほうがいい」
「く……っ」
魔法も社会的な話や地理、歴史も自身の問題を解決する上で必ず必要になる分野だ。
助かる手段を探すためには、様々な情報を集めて、可能性を見出すしかない。
それなのに魔法も使えない。土地勘もない。
学問に精通する歴史さえ分からないとなると、とんだ足手まといだ。
「恐らく魂が別れた際に学力的な知識においては支障が出てしまったのだと思う」
聖明の話が入ってこなくなるほど地味にショックだった。
仕方ないことだとは分かっているけど、焦りそうになる。
少しでも聖明の役に立ちたいのに。
瑠璃を助けるって決めたのに。
これでは何もできない……!
「でも──大丈夫!」
「っ!」
聖明の人差し指が、ちょんと僕の鼻を撫でた。
彼は優しく笑うと言葉を続けた。
「分からないのであれば学べばいい。
知らないのであれば調べればいい。
幸いにも闇魔法医療の医師である私がいる。
知識であれば私が知ることであれば何でも教える。
風真が焦ることなんて何一つないんだ。
だから──大丈夫!私に任せろ!」
聖明は自信満々で言うものだから、僕は笑ってしまう。
「──うん!」
僕は彼の言葉に応じるように力強く頷いた。
聖明は凄いな。
本当なら、聖明のほうが焦っててもおかしくない状況だ。
きっと今すぐにでも瑠璃を助ける方法を探しに行きたいはず。
それなのに僕のために時間を裂いて、気を使って、安心させてくれる。
今は無理でも、いつかはこの恩を返したい。
聖明に頼ってもらえるぐらいになりたい。
「それじゃ、魔法の基礎基本から学んでいこう!
私たち天使にとって、魔法は生活の一部だからね。
身を守るためにも一緒に一個ずつ学んでいこう。
知識はきっと風真の生きる糧になる」
彼は少しお茶目にウィンクする。
お陰で少し沈んでいた気持ちは、どこかに消えてしまったようだ。
「色々教えてね!聖明先生!」
「任せなさい!では──今から特別講義を始めよう!」
「はーい!」
僕は元気に手を挙げた。
聖明が教えてくれるんだ!しっかり覚えないとね!
彼は一呼吸置くと、先ほどとは雰囲気が変わり真面目な顔で教鞭を執り始めた。
「魔法は基本的に六つの属性要素によって分類される。
属性は──光・闇・火・風・水・土の六つとなる。
得意属性の話については軽く触れたことがあるが、人それぞれに『適性』というものがある。
それは生まれ持った資質が大きく作用することが多い。
適性と言っても『得意な属性』というだけであって、闇属性以外であれば基本的に扱うことは可能だ。
因みに、闇は私のような堕天使や魔に属する種族しか扱えないため、闇を除いた五つの属性要素をまとめて一般的には『五大要素』と呼ばれている」
今の聖明は不思議と空気がピリッとしていて、少しだけ緊張感が走る。
きっと顔が整っているのもあって、真面目な顔をすると迫力が出るんだと思う。
僕も気を張りながら、背筋をピン!伸ばし、しっかり耳を傾ける。
難しそうなところは要点をまとめてメモを取っていく。
わからなくなったら後で復習できるようにしたいからね。
「では、魔法とは実際にどういうものかを説明しよう。
魔法とは、自然界に存在する『マナ』というエネルギーを体内に取り込み、魔力に変換。
頭の中のイメージを魔力で具現化し、現実へと干渉、発動することで成立する」
聖明は説明しながら左の掌に水玉を出現させた後に、形が変わり、水で出来た蝶が本物みたいに羽ばたく。
聖明や僕の周辺を少し飛び回ると、彼の手の中に戻り、すっと消えた。
「頭の中のイメージと簡単に言ったが、意外と想像の産物を具現化するのは難しい。
そのため、基本的には『詠唱』を用いる。
言葉にすることで具体的なイメージを構築し、より確実に具現化することができる」
「詠唱ってことは……聖明が古代語で魔法を発動してた時みたいな感じ?」
あの時は魔法陣と一緒に聖明が歌うように古代語を紡いで発動していた。
「その通り。
しかし、先ほども述べたように古代語を使用する魔法は古代魔法に分類される。
風真が今から覚えるのは一般的な魔法だ。
現代で使われている魔法は、天使語による詠唱を基本としている。
複雑になると魔法の内容によって様々な言語が入ってくるが、今はそれは置いておこう。
では、今言ったことをイメージしやすいように実演してみよう」
聖明は右手を前に出す。
「──大気に宿る水よ。現われろ」
次の瞬間、先ほどのように聖明の掌に水でできた球体がふわっと浮かび上がる。
「体内の魔力を手元に集中させ、詠唱により脳内のイメージを明確に構築し、現実に具現化する。
今、行った工程がすべての魔法の基本になる。
魔法を学校で教える時は、教えやすさを考慮して、全員同じ詠唱を覚えることから始まる。
が、実際のところ詠唱の内容は何でもいい」
「え?そうなの?
てっきり魔法ごとに決まった詠唱があるのかと思った……」
僕が驚きの声を上げると、聖明はクスッと口角を上げて小さく笑う。
その表情が無駄にかっこよく見えるから何かズルいと思う。
「魔法において鮮明なイメージが一番大事なんだ。
日常生活で使う程度の魔法であれば安易に想像しやすい分、詠唱は不要になる。
逆に大規模な魔法になればなるほど、魔力の消費量も多くなるし、具体的なイメージを固定することが難しくなる。
だからこそ、詠唱が必要になってくるんだ」
僕は今まで聖明が使用してきた魔法を思い返してみる。
聖明は僕に施した古代魔法と、今実演した水魔法以外の詠唱をしている姿を見たことがない。
そして、イメージがしやすい日常魔法は詠唱が不要と言った。
要はイメージが明確にできる魔法であれば、ある程度は詠唱が不要、ということなのかもしれない。
「聖明、質問!」
勢いよく手を挙げると、聖明は手元の水魔法を蒸発させるように消し、僕に向き直る。
「はい、どうぞ」
「聖明は無詠唱で魔法を使っているイメージがあるけど、魔法は慣れてくると詠唱がいらなくなるの?」
僕は確証を得るために質問をした。
「良い着眼点だ。
同じ魔法を使えば使うほどイメージが固まり、慣れてくると詠唱無しでも行使できるようになる。
ただし、複雑で大規模な魔法は詠唱必須だ。
理由は単純で、複雑なほど具現化する際にイメージが崩れやすいからだ。
例えば──何度も読んだ本は、知識として脳に記憶される。
しかし、いざ本の内容を別の用紙に書き出そうとした場合、一文程度なら完璧に書けたとしても、全ページを一言一句間違えずに書き出すのは難しい。
それと同様に複雑な魔法になるほど完璧に行使するのが難しい。
だからこそ詠唱をすることで、内容を確認しながらイメージを固定し、具現化するんだ」
僕は必死に聞きながら、要点を書き留める。
こうやって聞いていることを書いていても、内容が完璧に書けているのか、という点においては不安が残る。
今話してくれた話とも通じるところがあるな、とも思った。
「さて、一度、実践をしてみよう。
今言ったことを順を追ってやってみるんだ。
風真は魔法自体が初めてだと思うから、先ずは魔力を認識してもらうところから始めよう」
「う、うん!」
確かに理屈が分かっても、やるとなると何をどうしていいか、さっぱり分からない。
聖明が僕の背後まで歩いてきて、座っている僕の両肩に手を置く。
「目を閉じて。
今から私の魔力を体内にゆっくり送る」
「……分かった」
僕は指示通り、目を閉じる。
すると徐々に聖明が触れている肩から温かな何かがじんわり広がるのが分かる。
「肩から入る魔力の流れを追うんだ。徐々に体内に巡り始めるはずだ」
言われた通り、その温もりに意識を集中させる。
確かに徐々に仄かな温かさが、ゆっくりと血管を巡るような感覚で、手足まで広がり始める。
心地がいい温かさだ。
僕の中にも似た感覚が巡っているのがなんとなくわかってくる。
これが魔力なんだと思う。
「──うん、指先まで温かい何かが巡ってるのがわかるよ」
「うん、上手いね。その感覚が魔力だ。
次にそのまま魔力を手に集めるように意識をしてみよう。
私も補助するから、気負わずにやってみようね」
「──はい!」
僕は目を瞑ったまま両手を前に出し、魔力の流れをコントロールする。
聖明が魔力が誘導するように僕の魔力を手元に集めてくれているのがわかる。
感覚的なものだけど、魔力を意識して動かす方法も何となく分かり始める。
「いい調子だ。次にイメージだ。
魔力を手元に集めたまま、手元に水を集めるイメージをしよう。
空気中の水分を集めて、丸い球体にするイメージを明確にするんだ」
僕は聖明が見せてくれた魔法を思い出す。
綺麗な水の玉を想像する。
「イメージができたら詠唱しよう。
手元の魔力に命じるように、私の言葉を繰り返すんだ。
──大気に宿る水よ。現われろ」
手元の魔力を外に出して、水のイメージを強く想像する。
そして、聖明の言葉を復唱する。
「大気に宿る水よ。現われろ」
その瞬間、手の先がほんのりと熱くなった。
手からすっと魔力が抜けて、手の上で留まるような感覚が伝わってくる。
「風真、目を開けて」
聖明の手が肩からすっと離れる。
僕は言われるがまま、そっと瞼を開けた。
「──っ!」
両手の間に拳ぐらいの大きさの透き通った水の球体が浮かんでいた。
──僕、魔法が使えた?
そのことを自覚した瞬間、一気に嬉しくなってしまう。
僕は顔を上げ、聖明を見た。
「聖明!聖明!僕、魔法を使うことが──」
言いかけた言葉が止まった。
至近距離で見た彼の瞳があまりに綺麗で、思わず見惚れてしまったからだ。
彼は優しく、愛しそうな目で僕を見つめている。
「よかったね」
「う、うん……っ、あ、ありがと……っ」
急に恥ずかしくなって僕はテーブルの上に視線を移動させてしまう。
聖明の顔を至近距離で見るのはやめよう!
なんでか分からないけど心臓に悪い!
「それにしても良かった……」
聖明が急に気を抜いたような声でそんな事を言い始める。
「風真は魔力操作も問題ないし、センスもありそうだ。
……瑠璃みたいだったらどうしようかと……っ」
「………」
何を思い出しているのか……とても遠い目をしている。
僕が魔法の知識を持っていないことといい、もしかしたら瑠璃は相当、魔法が苦手だったのかもしれない。
「とにかく、風真はこれから色んな魔法を学んで、練習をして、身に付けていこう!
日常生活が便利になるだけじゃない。
風真が生きていく上で大いに役に立つはずだ!」
そう言いながら、聖明は僕が出した水玉に手を触れたと思うと、鳥や花を水で形作り、宙に浮かべて動かし、最後にそれを蒸気のように消した。
一瞬だけど、蒸気のせいか小さな虹ができ、リビングがキラキラと輝いた。
「……魔法って、綺麗なんだね」
「きっと風真が好きな魔法もたくさんあるよ」
聖明はテーブルの上にあった本を一冊浮かせると、空中で掴み、パラパラと中を確認するように開く。
そして、パタンと閉じると僕にその本を差し出した。
「先ずは日常生活で使う初級魔法から始めていこう!」
聖明の手から、僕はその本を受け取る。
何も持っていなかった僕が、名前を貰い、知識まで与えてもらっている。
見るもの感じるものが全て新鮮で──まるで大冒険をしているようでワクワクした。
「聖明!ありがとう!僕、頑張ってみるよ!」
「うん、応援してるよ」
──こうして魔法を始めとする様々な勉強に取り組む日々が始まった。




