第10話 自動人形(オートドール)
リビングから掃き出し窓を通り、外に出ると、木々のない少し開けた場所が広がっていた。
家の傍には雪で少し濡れてしまった椅子やテーブルもあるところを見ると、家の庭という認識なんだろう。
まだ雪が溶け切っておらず、庭は一面の雪で歩くとサクサクと足元が鳴る。
「今から何をするの?」
僕は聖明と向き合う形で庭の中央に立っていた。
彼はニコっと笑うと穏やかな声で話し始めた。
「風真の身体を安定させる。
風真も知っての通り君の魂は半分しかない状態だ。
何が切っ掛けで、突然消えてもおかしくない」
その言葉に僕は一気に緊張感が走り、息を呑む。
僕は瑠璃の魂情報から作り出された人工天使という存在らしい。
難しくて全ては理解していないけれど、魂が半分ではいつかは僕も瑠璃も消えてしまうらしい。
「だから、少しでも風真が消えないように私が考えうる全ての手段で君の安定化を図る。
実際に何をするかというと、私の魔力を分け与えて生命活動を補助するための術式を風真に埋め込む」
聖明が右手を翳すと僕と彼の足元に赤黒く輝く魔法陣が展開される。
「風真を調べたところ、魂が半分ない状態のせいか……本来体内を巡回する『マナ』の総量が少ないことが分かった。
マナとは肉体を維持するために必要なエネルギーであり、魔力の源でもある。
このままでは魂が消滅する前に肉体が壊れてしまう」
「僕はどうすればいい?」
緊張しながら聖明に訪ねた。
聖明は安心させるように穏やかに微笑む。
「今から送る魔力に抗わず、受け止めてほしい」
「う、うん!よく分からないけど……分かった!」
要は何かエネルギーが入ってきても驚くなってことだよね!?
僕の返答を確認すると聖明は両手を翳し、目を閉じる。
彼は聞いたことのない言語で呪文を唱え始める。
それの声はどこか歌のようにも聞こえ、心地よささえ感じる。
足元の魔法陣は一層輝き、温かな粒子が僕の身体を包むように舞う。
僕は心地よさに身を委ね、そっと目を閉じた。
そして──胸の奥で温かな感覚を感じ始める。
じんわりと胸から全身に広がる感覚。
同時に聖明の想いが、感情が身体に流れ込んでくるのが分かった。
聖明の必死な気持ち。
生きていてほしい。救いたい。大切にしたい。
強くて、温かくて──恥ずかしくなるぐらいの熱を帯びた感情が、真っ直ぐに僕の中に入ってくる。
「は……っ!」
聖明の苦しそうな声に、僕は慌てて目を開く。
魔法陣は消え、彼は肩で荒く息をしながら、その場に膝をついていた。
僕はビックリして彼に駆け寄る。
「聖明!?」
「大丈夫……魔力が尽きただけだよ……」
そういう彼の額には大粒の汗が浮かんでいた。
僕のためにこんなに必死で頑張ってくれたんだ……。
僕がそっと支えると、聖明はふらつきつつも立ち上がる。
そして、僕をじっと見たかと思うと、安心したような表情を浮かべた。
「……うん、魔力もマナも安定したね。これでしばらくは大丈夫なはずだ」
その言葉に僕もほっと胸を撫で下ろす。
それなりに覚悟しているとは言え、やはり前触れもなく僕が消滅するかもしれないと考えるだけで怖い。
少しでも長く、生きてみたい。
「聖明、ありがとう!
ところで、不思議な言葉だったね。
魔法を使う時ってあんなふうに詠唱?みたいなのが必要なの?」
折角なので僕は聖明に尋ねてみることにする。
こうやって生活しているだけであれば、今のところそこまで困ることはないように感じているけど、これから先を考えると色んなことを学んだほうがいいと思うんだ。
「……そうだね……」
聖明は腕を組み、何かを考えるように軽く唸る。
「先ずは風真自身のことについて、説明をしていこうと思う」
「うん」
聖明が空中に先ほど展開していた魔法陣を出現させる。
先程よりも輝いておらず、魔法陣の輪郭がよく見える。
「先ほど使用した魔法は現代ではあまり使われていない古の魔法で、一般的には『古代魔法』と分類される魔法だ」
「古代魔法……?」
名前だけでも随分難しそうな魔法な気がする。
「古代魔法は戦争があった時代の”魔法の総称”でもあり、今の魔法よりも複雑で威力も高いことが多い。
古代魔法の最大の特徴は『古代語』を標準としていることだ。
因みに私たちが話しているこの言語は『天使語』と呼ばれていて、現在における世界共通語として浸透している。
古代語というのは現代で言う精霊の言葉に近しく、殆どは失われた言葉だ。
そのため、古代魔法の理解が難しく、それ故に行使ができない」
聖明が古代魔法と古代語の話をしているけど、この時点で軽くパンクしそうな気がしてきた。
そんな僕の様子に気付いていないのか、話を続ける。
「先ほども述べたように、古代魔法は複雑だからこそ威力が高いため、基本的に禁術とされていることを留意してほしい」
「へ!?今、聖明使ってたよね!?」
僕は驚いて声を上げる。
また危険なことをサラリとやってのけたのではないかと、焦ってしまう。
「あ〜……まあ、一般的には禁止だけど、私のように古代魔法に精通していれば問題ない。
一応、国家資格もあるけど……あれは正直なところ入門過ぎて古代魔法を使用するレベルには到達できないんだよね」
「何、その微妙な国家資格……」
僕は呆れて率直な感想を述べてしまう。
「古代魔法については詳しく話すと長くなるからやめておこう。
今は風真に施した魔法についてだけ話を続けるね」
「はーい」
聖明は自身の影から人が腰掛けられるほど太く、赤黒い薔薇の茨をのようなものを出現させると、その上に足を組んで座った。
僕の背後にも同じようなものが出てきたので、真似るように座ってみる。
「風真に施したのは「『自動人形』と呼ばれる古代魔法の一種だ。
名前の通り、人形に術者の魔力や想いを注ぎ、自立して動く擬似生命を生み出すというものだ。
風真の場合は、本物の肉体だし、そもそも人格が既に形成されている。
そのため今回は、風真の生命維持をする目的で応用して魔法を行使した。
わかりやすく言うと、私と風真の魔力を繋げて、常に私の魔力を送り続けるシステムを構築したんだ。
本来の人形であれば主の命令は絶対で、使い魔のような役割を持っているのが特徴なんだけど、私はそれを省いている。
つまり私の意思で風真を操るようなことはないから安心してほしい。
魔力についても私が意識的に止めるか、死ぬようなことがない限り、風真に半自動的に供給される。
ま、私が死ぬことはないからそこも安心して!」
とか陽気に笑っているけど全然笑えない堕天使ジョーク過ぎる。
「聖明、その堕天使ジョークはブラック過ぎるよ……」
僕は少し呆れて溜め息を吐く。
そんな洒落にならないジョークよりも僕は一点、気になっていることがあった。
「聖明、その……魔力だけじゃなくて、想いも注ぐって……」
「うん?」
思い出してどんどん恥ずかしくなってくる。
あんな熱烈な告白のような感情の嵐。
あまりに真っ直ぐ過ぎて恥ずかしかった……!
「聖明の気持ち……熱烈過ぎるんだよ……っ」
僕は聖明の目を見ておれず、さっと視線を反らしてしまう。
聖明はキョトンとした顔をすると、吹き出し笑い出し始めてしまう。
「わ、笑うなよ!」
「あはは、ごめんごめん!そうじゃないんだ。
てっきり……怒られるかと思ってたんだ」
「え?なんで?」
今の流れで僕がなんで起こると思ったんだろう?
確かに笑ったことには怒れたけどさ!
「だって……風真を生かすためとは言え、君を『人形』にしてしまったんだ。
古代魔法が禁術とされているのは、こういう道理に反した魔法が多いからなんだ」
聖明の口振りは『嫌われるんではないか』と怯えているように感じられた。
「大丈夫だよ!
僕のためにしてくれてることなんだから怒るなんて有り得ないよ!」
僕が素直な気持ちで話すと、聖明はホッとしたような表情を見せた。
やっぱり怖かったんだ。
「ありがとう、風真。
今の私にできるのはこれぐらいだけど、いつか、きっと助けるから。
それまで私と一緒にいてほしい」
聖明が真っ直ぐ僕の目を見て言ってくれる。
でも──違うよ、聖明。そうじゃない。
「違うよ!”お互いに”助け合うんだ!
僕だって聖明の助けになりたいって思ってるんだからね!」
僕にできることは少ないかもしれない。
でも、僕だって聖明のためにできることがあるなら頑張りたいって思っているんだ。
「風真……」
「……っ」
聖明が本当に嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
でも──その時には聖明の身体が変化をしていて……女性の体になっていた。
「せ、聖明!?身体が!」
不意過ぎて、つい魅入ってしまいそうになった。
僕は慌てて聖明を見ないように両手を前に出して物理的に視界を遮る。
「あ!み、見ないで……っ!」
「わかったから!早く戻ってよっ」
僕はぎゅっと目を瞑り、できるだけ見ないように努める。
「あ、えっと……っ、続きの話は家の中で!
す、少しだけ、リビングで待ってて!」
聖明が凄い慌てた声で話すと、パタパタと走るような音が聞こえ、バン!と扉が閉まる音が聞こえた。
恐らく掃き出し窓の扉から家に入ったんだろう。
僕はそっと目を開け、聖明が入ったと思われる掃き出し窓を見つめる。
「なんだか、変に疲れた……」
男性の聖明は平気なんだけど、女性の聖明は僕もなれない。
だって……あんな可愛い顔で笑うなんて反則だろ……。
僕は変に溜め息を吐きながらリビングに戻ることにした。
今のうちにメモできるものを準備しよう。
難しい話は全部覚えられるか少し不安だ。




