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03 あの日の赤信号、届かなかった俺の手

ご覧いただきありがとうございます、文月 律です。

なぜ彼は恋愛が大好きなのに、心を閉ざして「ぼっち」になってしまったのか。

彼の胸の奥に刻まれた、消えない傷跡の物語です。

楽しんでいただければ幸いです。

 本棚の五段を埋め尽くす、恋愛系のライトノベル。


 それが、今の俺の現実逃避の城だ。




 二次元の物語は素晴らしい。


 どれだけすれ違っても、どれだけ試練があっても、最後には必ずハッピーエンドが約束されているから。主人公が流した涙の数だけ、最後には糖度九十九パーセントの甘い救いがある。




 だけど、現実リアルは違う。


 現実はいつだって理不尽で、残酷で、ハッピーエンドなんてどこにも用意されていない。




「手に入れたものは、必ずなくなってしまう」




 高校生になって、俺が周囲に壁を作り、誰とも関わらない「ぼっち」になった理由。


 それは、中学三年生の、あのひどく蒸し暑い夏の日の夕方にあった。






 当時の俺は、今とは真逆の人間だった。


 クラスのムードメーカーで、お喋りが大好きで、毎日が楽しくて仕方がなかった。


 そして何より、俺には好きな人がいた。


 同じクラスの、いつも図書室で静かに本を読んでいた、笑顔の可愛い女の子。


 名前は、桜咲おうしょう 楓果ふうか


 お互いに本が好きという共通点から少しずつ仲良くなり、放課後の図書室で他愛のないお喋りをするのが、当時の俺のすべてだった。


 手を繋いだことも、好きだと伝えたこともない。けれど、間違いなく俺たちは、ラノベのページをめくるような、甘酸っぱい距離感の中にいたのだ。


「翔琉くん、また明日ね」


 あの日の放課後、夕日が入る交差点。


 横断歩道の向こう側へと渡る楓果が、こちらを振り返って嬉しそうに手を振った。


 それが、彼女の最後の笑顔になるとも知らずに。


 キィィィィィィッ!!!


 鼓膜を突き刺すような、激しいブレーキ音が響いたのは、その直後だった。


 交差点に猛スピードで突っ込んできたのは、赤信号を無視した一台の大きな、黒塗りの最高級外車。


 楓果の小さな体が、その不気味な車の影に隠れるのが見えた。


 「――あ」


 声にならなかった。


 走れば、間に合っただろうか。


 叫べば、彼女は気づいただろうか。


 いや、何もできなかった。


 俺の足はアスファルトに張り付いたように一歩も動かず、ただ恐怖に目を見開くことしかできなかった。


 大好きな女の子の危機を目の前にして、俺の身体は、完全にすくんでしまっていたのだ。


 鈍い衝撃音。


 地面に倒れ伏す、白い制服の影。


 夕日の赤よりも、ずっと鮮やかで不吉な赤が、路面に広がっていく。


 「楓果……っ! 楓果!!」


 パニックになって駆け寄ったときには、楓果はもう、ピクリとも動かなかった。


 『誰か! 誰か救急車を!!』


 『君、危ないから離れなさい!』


 周囲の大人たちの怒鳴り声が遠くで聞こえる。


 俺はただ、血に染まっていく彼女の手を握りしめ、泣き叫ぶことしかできなかった。


 もし, 俺の親が医者だったら。


 もし、俺に目の前の命を繋ぎ止めるための、圧倒的な知識や技術があったなら。


 普通の一般家庭の子供で、何一つ力のないただの十四歳の俺は、楓果のために何一つしてあげられなかった。ただ泣いて、医者が来るのを待つだけの、無力な子供だった。


 ――その後、彼女がどうなったのか、俺は詳しく知らない。


 一命は取り留めたものの、二度と歩けない身体になって遠くの専門病院へ转院したとも、あるいは、そのまま目を覚まさなかったとも噂されている。


 怖くて、傷つくのがおそろしくて、俺はそれ以上真実を追いかけることができなかった。



それ以来、俺の中で何かが決定的に壊れた。


幸せを手入れようとすればするほど、それが失われたときの絶望は大きくなる。


誰かを好きになれば、またあの理不尽な赤信号が、すべてを奪い去っていくかもしれない。



「だから、俺はもう誰も好きにならない」



高校に入学した俺は、あえて「親が医者の金持ち」ばかりが集まる、上の医大へエスカレーターで行ける男子校を選んだ。


命を救える特別な切符を持った奴らに囲まれながら、何一つ救えなかった自分を罰するように、ラノベのページに閉じこもるぼっちの道を選んだのだ。




現実の恋愛なんて、もう二度と御免だ。




……あの日、教室の隣の席に、あの冷徹なお嬢様が座るまでは。


そして、彼女の口から、あの親友の名前が出るまでは。


俺の止まっていた時間は、俺の意思とは関係なく、再び最悪の形で動き出そうとしていた。

翔琉の過去編を最後までお読みいただき、ありがとうございました。彼の「ぼっち」の裏に隠された、あまりにも切ない現実のトラウマ。この無力感があるからこそ、彼は周囲の「医者の息子たち」の中で心を閉ざしていました。そして、この過去を踏まえて連載本編(第4話)を読んでいただくと、すべてのパズルが繋がるようになっております……!もし「切ない」「本編の続きが気になる!」と思ってくださったら、ぜひこちらの評価や、連載の【ブックマーク】での応援をよろしくお願い致します!それでは、またお会いしましょう!

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