静謐なる凶器
十八歳になったメアリーは、キャラバン商会が誇る「最高級の奉仕者」として、一部の貴族や富裕層の間で知られる存在となっていた。
無駄な口を一切利かず、どんな理不尽な要求にも完璧に応え、流れるような所作で屋敷のすべてを整え尽くす。
それに加えて、あの凍りついたような氷の美貌である。光を反射しない翡翠の瞳に見つめられると、多くの人間が背筋を冷たい指で撫でられたような錯覚に陥ったが、それもまた「高潔な忠誠心」の表れであると解釈されていた。
「……メアリー。あの毒は、どう誤魔化しているんだ?」
久しぶりに商会に帰還したメアリーに、商人が尋ねた。
「お前さんのその『スライムの手袋』と、太ももの粘液は隠しようがないだろう」
メアリーは淡々とお茶を淹れながら答えた。
「『古代エルフの呪い』ということにしています」
「……は?」
「触れても人体に害はなく、ただ持ち主が不治の魔力漏絶病を患っている証拠である、と。見た目は奇抜ですが、同情と……哀れみを引くには十分な設定のようです」
商人は呆れて息を吐いた。
実際には、その緑色の粘液は、触れれば一瞬で皮膚を爛れさせ、骨まで溶かす極悪非道な猛毒である。それを「無害な呪い」と偽り、屋敷の主人たちに信じ込ませているのだ。
もちろん、メアリー自身の神がかったコントロール能力があってこそ成立する嘘だ。彼女は三年間の血を吐くような訓練の末、日常の動作の中で「毒を完全に安全な物質に偽装(不活性化)する」技術を身につけていた。
だが、その裏で、彼女は「静謐なる凶器」としての役割も果たしていた。
「そういえば、先週仕えたグレンソン伯爵の屋敷で、賊が出たそうだな」
商人の言葉に、メアリーはティーカップをことりと置いた。
「はい。深夜、旦那様の寝室に侵入しようとする影がありました。帝国軍の元兵士のようでした」
「憲兵隊の報告だと、その賊は『全身の皮膚がどろどろに溶融した状態』で死んでいたそうだ。毒殺か、未知の魔術かは判明していないらしいが」
「……」
「お前さんがやったのか?」
メアリーの翡翠の瞳が、商人を真っ直ぐに射抜いた。
何も答えない。しかし、それが雄弁な答えだった。
彼女は、メイドとして主人を守るという「職務」を口実に、自らの内に渦巻く破壊衝動——毒——を、ほんの少しだけ解放したのだ。「服を汚さない」という鉄の掟を守りながらの、一撃離脱の毒殺。
「……あまり派手にやるなよ。お前さんの目的は、単なる殺し屋になることじゃないはずだ」
「分かっています」
メアリーは静かに目を伏せた。
「あれは、ほんの『予行演習』です。……私の毒が、人間の皮膚と骨をどれだけの時間で、どれほどの量で溶かし尽くせるのか。そのデータが必要だっただけです」
彼女の声には一切の熱がなかった。
復讐の炎は外側には見えず、ただ深く、暗く、彼女の魂の底で燃え続けている。
完璧な白黒のメイド服。そして、手首と太ももに絡みつく致死の緑色。
メアリーという存在は、もはや一つの完成された「純白の狂気」だった。
(第7話 了)




