第四十五話「とある村にて」
前回更新出来ずすみません。
シラハ達は道中で助けた青年、シアンに村まで案内して貰うこととなった。
久々に補給や休息が出来そうだ……と思ったのも束の間。村の入り口にいた女、シアンの母はよそ者を歓迎していないようだった。
「すぐに出て行けだって?」
シアンは面食らったようだった。
「な、何てこと言うんだよお袋! ハンゾさんがいなかったら、俺は食われてたかも知れないんだぞ! 息子の恩人に失礼すぎるだろ!」
「元はと言えばあんたが弱い癖に無茶するからだ、ってのは置いとくとして……そうだね。本当に失礼だ。悪いとは思う。……けど、シアン。あんた、この人達がどんな事情であの林にいたのか、少しは考えたのかい」
シアンの母の目が猛禽のように細められる。
「えっ……なんか、ラダちゃんが学者の見習いらしくて、それでよく分からないけど研究? 的なことをしてたらしいよ」
「それを真に受けてんのかい」
「悪いか? たとえこの人達の言ってたことが嘘だったとしても……俺の恩人であることには変わりない! 恩を仇で返すような恥知らずになるなって、そう育てたのはお袋だろ! なのに何で、この人達にすぐに出て行けなんて言うんだ」
「決まってる。あたしの手にも負えない厄介事の気配がプンプンするからさ」
「どういうことだよ」
「まずハンゾさんはあたしより強い」
「え、そんなに!?」
シアンがこちらに振り返ってくる。シラハは肩をすくめた。確かに『格』で言えばシラハの方が上だろうが、相手の『技能』次第で不覚を取る可能性は十分あるはずだ。
戦った時にどちらが強いのか、シラハには分からなかった。が、少なくとも向こうは勝てないと判断したようだった。
「気付かなかったのかい未熟者。あたしじゃ百編やって百編負けるだろうね。……けどまぁ、これはいいさ。この国には武術修行者が多い。とんでもなく強い人が修行のためにあてどなく旅してるなんてのは珍しくもない。けど……」
女はファスとレゼーレの方へと目線をやる。
「その子達がいるとなると話は変わってくる」
「?」
「あたしはそっちの……エールちゃんも怖いよ。右腕吊ってるけど、それでも怖い。……その子が万全だったら、やっぱりあたしは勝てないだろう。そんな人が腕を折ってるんだよ。一体どんなヤツと戦ったんだろうね」
「……」
「そこのお二人さんはあたしが出会った中で最強の武人だよ。そんな人達が子供連れで林の中をお散歩? 何か厄介な事情がある、って邪推するのは当然じゃないか。その意味だと、一番怖いのはラダちゃんかも知れないね……」
「それは……」
言い淀むシアンを一瞥した後、シアンの母はシラハ達に向かって深々と頭を下げた。
「……お三方。本当に悪いとは思う。けど許しとくれ。もうこの村に厄介事が持ち込まれるのは御免なんだ。この村は一度無くなった。その後何とか生きていくために必死で、周りの厄介事を」
風が吹いた。雑草混じりの風だ。シアンの母が刈り払っていたものだろう。
「こうやって刈り取ってきた。村の跡地を覆う雑草も、そこに群がる魔物も、弱みにつけ込む賊共の首も、ひたすらひたすら刈って、刈って、ようやくまともに暮らせるようになったんだ……」
シアンの母の述懐に、レゼーレが何かを思い出したかのように反応する。
「兄からこんな話を聞いたことがあります。ロカマドゥール中部のとある廃村、そこには大鎌を持った女の霊が住みつき、近づいた者は悉く首を刎ねられてしまうのだと。「まだ死ねない」、「死ぬわけにはいかない」。そう呻きながら敵を屠るその怪談の名を『死ねずのフェリシー』と言ったようですが……心当たりはございますか」
「ああ、その下らない噂かい。全く気味の悪い話だよ……あたしと同じ名前の幽霊なんてね。その噂で賊が減ったとかなら良かったんだが、そうでもなかった」
シアンの母……フェリシーがほんの一瞬殺気を漏らすのをシラハは感じ取った。その殺気はこの場の誰かに向けられたものではない。遠い過去の敵に向けての殺気であり、憎悪だ。
――そうか。
シラハは腑に落ちる思いだった。なるほど確かにそんな過去があるのなら、よそ者など受け入れたくはないだろう。フェリシーはただ平穏に暮らしたいだけなのだ。
――さて、どうするか。
こちらとしては最悪物資さえ手に入れば良いのだ。ファスとレゼーレを休ませてやれないのは痛いが、歓迎されていない村でまともな休息がとれるとも思えない。
――ま、仕方ねぇな……
ファスとレゼーレも同意見のようだ。
ファスが口を開く。
「そのような事情であれば致し方ない。私達も、彼らの平穏を乱すのは本意では無い。そうであろう?」
「……そうですね。物資の取引さえさせていただければこちらは……」
その方向で話をまとめようとしていたその時、
「待って下さいよ」
シアンが声を上げた。
「お袋の言うことは分かった。でもやっぱりハンゾさん達を追い返すことは出来ない。もう日暮れも近いんだ」
「口答えするんじゃないよシアン! 仕方ないことなんだ!」
「いいや、これは俺の決定だ。……俺に子供が出来たら村長代理の座を譲る。そういう話だったろ、お袋」
「ぐっ……」
「む? どういうことだ?」
ファスが無邪気を装って疑問を口にすると、シアンは、
「伝えてませんでしたね。この村はお袋が村長代理を務めていましたが……つい先日、俺が役目を引き継ぎました。今は俺がこの村のまとめ役です。その俺が、皆さんを歓迎します。ハンゾさん、エールさん、ラダちゃん、よく村にお越し下さいました。大したお礼も出来ませんが、どうかゆっくりしていってください」
◆
結局、シラハ達はこの村に滞在することとなった。シアンに村を案内される間、シラハとレゼーレは小声で会話する。
「何か妙な流れになっちまったな。断らなくてよかったのか?」
「確かにあのフェリシーという女性は油断なりません。が、もし彼女が本当に私達を排除するつもりなら、あのような言動はしなかったでしょう」
「あぁ……そういうことか」
フェリシーはシラハ達を一目見ただけで実力を察した。「勝てない」というのが本音かはさておき、少なくとも難敵ではあると見抜いたのだ。
であれば露骨に警戒心を見せるのは悪手。もしシラハ達を本当に疎むのであれば、柔和な態度で油断を誘い、いつでも寝首を搔けるようにしておくのが最善手だったはずだ。
「ああやって本音をぶっちゃけた以上、本気で俺達と戦る気はないし、ましてや「敵」でもないはずだと、そういうことだな?」
「というより、あれは降伏でしょうね」
「「参った」、だから酷いことしないでくれってか? まるで俺達悪者だな。……否定はしないが」
シラハ達は追われる身だ。こんな小さな村であれば「敵」の監視も行き届いていないだろう、そう思ってここまで来た。
が、「敵」がこの村を突き止める可能性は十分ある。「敵」との戦いにフェリシーやシアン達村人が巻き込まれる可能性は無視出来なかった。
それを分かった上でシラハ達は滞在を決めたのだった。
「ま、いいじゃねぇか。リスクはあるが、久々に屋根の下でファスを寝かせられる。それであんたも滞在に頷いたんだろ」
「それもありますが」
レゼーレの銀色の双眸がシラハを横目に見ている。
「あなたも少し体を休めておくべきでしょう。クネヒト卿との戦いでは少し無茶をして貰いましたから」
「……そうか、気遣いどうも」
シラハはそう返した。
毒も抜けた。傷もほぼ癒えた。疲労もそこまでではない。『晦冥の森』の冒険者であるシラハは林の中での野宿は慣れている。
だがシラハが休む様子を見せなければ、レゼーレはもっと休めないだろう。だからそう返事をしたのだった。
◆
シラハ達はまずシアンの家に招待された。そこでは若い女が出迎えた。言われなければ気付かないが身重のようだった。シアンの妻だろう。
その妻が振る舞う夕食をシラハ達は馳走になった。
「ほう、皮はそうやって剥くのか」
「塩、香草、なるほど……」
レゼーレとファスが料理の様子を興味深そうに眺めているのが印象的だった。
そうやって作られた料理は畑でとれた穀物や野菜が中心の質素なものだが、ここしばらく保存食……トカゲ肉を除いて……ばかりだったシラハ達にとっては文字通りご馳走だった。
あっという間に食べきってしまったシラハはシアンにこう切り出した。
「さっきも聞いたが、あんた父親になるんだってな。ならあの林を一人でうろつくのはおすすめしない。あんたが独り身だってなら「やっていい無茶」の範疇だが、家庭持ちにはリスクが高いぜ」
「……いえ。だからこそ、なんですよ」
先ほどまで照れくさそうにしていたシアンだったが、急に表情を引き締める。
「ハンゾさんは『狂奔』という現象をご存じでしょうか」




