第四十一話「クッキングシラハ」
日付変わってしまいました。すみません。
料理が出来るか否かと聞かれると、シラハは少し考え込まざるを得ない。
出来ない、とは言えない。かつては師匠の食事を用意させられていたこともあるシラハだ。少なくとも食材が毒物になるようなことはない。
が、師は食べ物の味にはほとんど頓着をしなかった。シラハは多少は気にしたものの、大切なのは味ではなく朝食や昼食なら「鍛錬中に吐かないか」、夕食なら「鍛錬で食欲が失せても食べきれるか」であった。
これを料理が出来ると言ってしまうのはあまりに乱暴である……とシラハは考えていた。
かつて所属していた冒険者パーティー『射干玉狩る七曜』のメンバーがそれなりの料理『技能』を有していたからそう思うのかも知れない。
工学者は研究狂いに見えて案外家庭的な女で、素朴ながら懐かしい味わいの料理を作る。
聖職者の料理は教会流の清貧なもので、味をあまり重視していない。が、限られた資源で最善の物を作る能力は高い。
戦士はいかにも料理など出来なそうな中年男の面をしているが、冒険者経験が長いためか、大味ながら腕は悪くない。
以上の三名は料理が出来る側だ。
――料理であいつらと同じ側には立てねぇよな。
というのがシラハの自己認識だった。
その一方、魔術師は原始的すぎるし、復讐者はシラハより荒んでいた。こちらは出来ない側。
そしてそのどちらにも入れられないのが女中だ。あまりにも次元が違いすぎて、他六人と同列に語ることが出来ないほどに料理の『技能』が優れていた。
彼女は『晦冥の森』の中でさえ、酒場の料理より美味い物を作る。彼女が加入してからというもの、「出来ない側」が料理をすることはほとんど無くなっていた。
――ん? ってことは俺が料理するのって久々なのか?
倒木の表面を削って作った即席の「まな板」の上に、大の男の腕ほどもある尻尾が乗せられている。グローブリザードの尻尾だ。シラハはそれを前に少しだけ考え込んだが、
「まぁ、取りあえず捌くか」
と言ってサバイバル用のナイフを手に取った。銀と言うより灰、それも限りなく黒に近い灰色の刃を見てレゼーレが、
「そのナイフ、黒鋼ですか? ツールナイフにしては随分と良い品を使っているのですね」
「流石の見立てと言いてぇ所だが、これは厳密には黒鋼じゃないらしいぜ。俺の仲間が魔術で黒鋼を作ろうとした時の試作品でな。まぁ、ほぼ性質は一緒だ。鍛冶師もそう言ってた」
そんな会話をしながら、シラハは尻尾を捌いていく。
左手の指で鱗をかき分け、その隙間にナイフを走らせる。そうやって切れ目が入れば、皮ごと鱗が剥げる。鱗や皮、筋膜も綺麗に剥げたのなら、薄いピンク色のぷるぷるとした身が姿を現す。
その手さばきをファスは興味深げに眺めていた。
「おお、そうなっておるのか……いやはや、なかなか奇妙な見た目だ」
「そうか? 鱗を剥いじまえば魚と鶏肉足して二で割った感じの見た目だし、そう珍しくもねぇと思うがな」
「そうなのか? そもそも私は生の肉をあまり見たことがないからな……」
皮を剥いだ後の尻尾はそのまま丸焼きにも出来るが、今回はさらに細かく切る。縦に切れ目を入れて、さらにそこにナイフを差し込みながら尾骨から肉を外す。取った肉を一口大に切る。
「器用に切るものだ。そのナイフは調理用というわけではないのだろう? シラハは包丁は持たぬのか?」
「持たねぇな。荷物になるだろ。俺の仲間の一人は持ち歩いてたが、それは荷物をしまえる『天賦』持ちだったからだ。それに、包丁があった所でどうせ使わねぇ」
「? なぜだ?」
――なぜって、それは。
シラハは自分が失言をしたことに気付いた。作業をしながらだったからか、つい口が滑った。
記憶のフタが緩む感覚。シラハは一呼吸おいて、そのフタを閉め直した。
「使いづらいんだよ。あれで食べ物を作れる気がしねぇ。こういうナイフの方が良い」
「なるほど。こだわりというやつだな」
「そういうこと。……さて、切れたぞ」
「まな板」の上には切り分けられた生肉だけになった。
シラハはこの肉を串焼きとスープにしようと思っていた。串焼きはまだいい。ちゃんと焼き加減さえ見ていれば失敗はしない。
問題はスープの方だった。多少は気を遣わないと不味くなる。
――確か……
シラハは記憶を辿り、女中の言葉を思い出そうとする。
最初に……「酒に漬けて臭みを取っておきます……けど出来ればでオッケー」。
――酒も浸ける暇もねぇからこれは無視だな。
シラハは下ごしらえを省略した。
次に「指先程度の泡が出る程度に水を煮立て、肉を下茹でします。これはサボんなよ?」
――下茹でかぁ。やったほうが苦みはなくなるが……また水を汲んでこなきゃならねぇよな。でも、こいつらの側を離れるわけにも行かねぇし……
シラハは断腸の思いで下茹でをサボった。
――ま、なんとかなるさ。灰汁さえ取っときゃ良いんだよ。
鍋に肉を入れると、すぐに細かい泡が立ち、灰汁が出てくる。シラハはそれを片っ端から掬って捨てた。
一通り灰汁を取ると、シラハは鍋を火から少し遠ざけ弱火にする。シラハはそこに野草や塩などを入れていくが……
「あ」
そうだった。「クヨーシの葉は必須です。ぶっちゃけこれがこのレシピの要だから」
――くそ、クヨーシか。『晦冥の森』だとどこにでも生えてたからな……頭から抜けてたぜ。やっちまったか……?
「いや、大したことじゃねぇよ。うん。なんとかなるさ」
「待ちなさい、本当に何とかなるのでしょうね!?」
シラハの調理をじっと見ていたレゼーレが詰問してくるが、シラハは鷹揚に返す。
「大丈夫だ。きっと食えはするはずだぜ」
「そうでしょうね。きっとあなたが食べる分には問題ないのでしょうね……だって、カブート殿の矢を食べていらしたもの」
「食ってねぇよ。俺を何だと思ってやがる……」
『流星群箭』カブートとの戦いの時、確かに矢を歯で噛み止める場面があったが、流石に食べてはいない。
「そういうあんたの舌には毒が乗ってそうだが、味覚に影響はねぇのかよ」
「失礼な人。舌に毒があるというのは、クネヒト卿のような人物のことを言うのです。ああ、この怪我さえなければ私が調理を取り仕切ったものを……」
「む? レゼーレそなた、料理が出来たのか?」
などと軽口を叩きながら料理を続けることしばらく。
「出来たぞ」
グローブリザードのテールスープの完成である。片手間に用意した串焼きも焼けている。
シラハは湯気の立つ椀をレゼーレに差し出した。
レゼーレはまるでクネヒトでも見るかのような目でその椀を眺めていたが、やがて諦めたように受け取った。
「安心しろよ。味見はしてたろ?」
「それが信用ならないのです……」
しかし『十騎聖』ともあろうものがトカゲ肉ごときに臆するわけにはいかず、レゼーレは椀に口をつけた。
「……これは?」
首を傾げた後、レゼーレは椀を自身の膝の上に置く――負傷しているのでこうしなければ匙が使えないのだ――そして匙でトカゲ肉を掬いとり、口に入れた。
細い顎を動かして咀嚼。こくりと嚥下すると、
「シラハ」
「何だ」
「失礼いたしました。……確かに、悪くはありません」
「だからそう言っただろうがよ」
「シラハ、私の分もついでくれぬか」
「そらよ。けど、あんたは食い過ぎるなよ。保存食の方をメインで食え。魔物の肉はそんなに消化は良くない」
「ふふ、心配はいらぬぞ。私が王都で普段どのような食生活をしておったか、教えてやりたいくらいだ。……ふむ! 確かに悪くないとしか言いようがないな! 旨みは薄いが、不味いというほどではない。串焼きもなかなかだな。普段好んで食すような味ではないが……この頃は保存食が続いていたゆえ、良い気分転換ではないか」
流石は育ち盛りというべきか。ファスは丁寧だが機敏な所作で自身の分を食べ終えた。
「なかなかの馳走であったぞシラハ。正直、まだ物足りぬくらいだが……」
「ファス様」
「分かっておる。慣れぬ物を食べすぎて腹を下すわけにもいかぬ。残りはそなたらで食べよ」
それから程なくして、大量のトカゲ肉料理は跡形もなく消え失せた。
何だかんだといって、レゼーレもよく食べていた。負傷のために食べるペースは遅かったが、量はシラハと同じくらい食べていた。
――とりあえず、上手くいったな。
おおむね狙い通りだ……とシラハは評価した。
今回グローブリザードの尻尾を捌いたのは「食料の温存のため」という理由だったが、正直それは建前だ。シラハは本気で食料の心配をしていたわけではない。
最初、レゼーレは尻尾を食べるのを嫌がっているような様子だった。つまりレゼーレは「そんなことをする必要はない」と判断していたということだ。
普通に計算するのであれば、食料はまだまだ足りていた。もし本当に食料が心許なければ、彼女は尻尾を食むのに微塵の躊躇いも見せなかったはずだ。
ではなぜシラハは尻尾を捌き、食べさせたか。当然、別の狙いがあったからである。
その狙いは奇しくもファスが言い当てていた……「栄養は健康の源」。
シラハは栄養を取らせたかったのだ。ファスではない。レゼーレにである。
――もしレゼーレが万全の状態なら、別に人並みの食事だけでも良かった。
通常時のシラハやレゼーレはそれ程多くの栄養を必要としているわけではない。一人前の食事で十分に動ける。
それはとても奇妙に思えるかも知れない。何しろ、レゼーレの純粋な膂力は常人の十数倍、シラハならば二十倍近くに達する。実際の戦いにおいては『技能』の影響もあるので、もっと強く速く戦えるのだが……とにかく、彼らは常人の十倍以上の身体能力を有しているのだ。
となると、食事も十倍必要のように思えるだろう。常人の十倍動くなら十倍食う。自然な考えだが、実際には違うのだ。もちろん並の人間よりは食うのだが、「健啖」という言葉で言い表せる範疇だ。
これは消化吸収の能力が優れているためだとされている。『格』が上がると食物の消化能力も向上する。食物に含まれる栄養を余すことなく取り入れることが出来るのだ。
そのためよほど過酷で超人的な活動を長時間行わない限りは、シラハ達は常人並みの食事でも足りるのであった。
――けど、それじゃレゼーレの消耗は回復出来ねぇんじゃねぇか?
それがシラハがトカゲ肉を食わせた理由だった。
確か、ファスとレゼーレが王都を出たのは一ヶ月ほど前のことだったはずだ。その間、レゼーレはずっとファスを守り続けてきた。
レゼーレはシラハと出会う前、どんな過酷な戦いをくぐり抜けてきたのだろうか。
同僚の『十騎聖』を奇襲で倒し、その後も多数の刺客と戦ったと聞いている。強敵を相手にたった一人でファスを守る。恐ろしく困難な道のりであったことだけは間違いない。
そしてシラハと出会ってからはまた別の問題が発生した。負傷である。彼女は右腕の骨が粉々になるような大怪我を負っている。本来なら戦いどころか立つこともままならないような傷だ。
だがレゼーレは魔術で無理矢理に応急処置を施して動き続けている。ファスを抱えて高速疾走したり、クネヒトの指を斬り飛ばしたりの大立ち回り。
もちろんレゼーレは『格』が高く、強靱な肉体を持っている。だがそれでも、限度はあるのでは無いか。彼女は心身も、魔力さえも削りながら戦っている。いつ限界が来てもおかしくはないはずだ。
そんな人間の食事がたった一人分のパンと干し肉で足りるだろうか。
そんなはずはない。少しでも精の付く物を多く取らせなければならない。そう思って、シラハはトカゲ肉を捌いた。
シラハはレゼーレの方に目線をやる。
「『調律・開始――」
食事を終えた彼女は魔術を発した左手で、吊った右腕をなぞっている。彼女は時間さえあればこうやって右腕の治療を行っていた。
きっとレゼーレはまだ戦えるのだろうし、そのつもりなのだろう。
だが、彼女は自身の消耗について自覚しているのだろうか。目を背けていたりはしないだろうか。
――あんたが強いのは分かってる。
だが、
――どんなに強いヤツでも無理を続けりゃ潰れるんだぜ……。




