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第三十三話「名誉のかけらもない方法」

 シラハは改めてクネヒトの得物を見る。


 槍だ。『極彩色』の名前と派手な服装に反し、金属製の無骨な拵え。手槍と言うほど短くはなく、長槍と言うほど長くもない。長身のシラハが手を真上に挙げればちょうどこれくらいの長さになるだろうか。

 近接戦闘を支配できる間合い(リーチ)の広さを有しているが、一方でクネヒトの体格ならば薙ぎ払ったり振り回したりすることも出来る長さだ。


 いずれにせよ、拳で相手取るにはあまりにも厳しい長さ。だが、


――剣よりはやりやすいか。


 剣とは違い、槍の刃は穂先にしかない。シラハにとっては防御がやりやすいと言えた。刃のない柄の部分は掴んだり受け流したり、最悪の場合は腕で受けることさえ可能である。むろん、考えなしにフルスイングを受け止めれば骨が折れるであろうが。


 対手の分析を進めるシラハだったが、それはおそらく向こうも同じことだろう。シラハの構えから情報を油断なく読み取ろうとしているはずであった。そうでなければとっくに仕掛けてきているはずだ。何しろ今のシラハは消耗しているのだから。


 しかし流石に『十騎聖』ともなれば、心の内はおくびにも出さない。いかにも軽薄な笑みを浮かべながらクネヒトは、


「にしても『色有り(ファルプシュトフ)』をああもあっさり瞬殺してくるたぁな。あいつらには色々策を与えてたんだがよぉ……『流星群箭』の矢を借りた成りすましに、格上殺しの音響弾。……あぁでも、人質作戦は流石に無理筋だったかねぇ。まさかたぁ思うがよぉ、無関係な市民を庇って隙を晒したりなんかしてねぇよなぁ?」

「……ああ、それであいつ、最後に市民に向けてナイフ投げやがったのか、くそったれ」

「おっ? まさかまさか、効いたってのか? へへ、本当にお優しいねぇ。しかもその「くそったれ」も殺さずにおいたんだろぉ」

「確かに命は取ってねぇな。けど、傭兵として今後食っていけるかまでは保証しねぇぜ。……あんたのところの傭兵団、治癒師はいるのか? 手足を生やせるくらいの腕利きなら安心なんだがな」

「どうだろうなぁ。いねぇかもしれねぇなぁ。これで食えなくなって飢え死にでもすれば、それはテメェに殺されたってコトになるなぁ。おぉ、可哀想な部下共だぜぇ」


 クネヒトはクックッと笑う。が、非情というよりは単に心配に値しないということだろう。

 『(レベル)』が高い戦士であれば手足を二、三本千切った所でそう簡単に失血死はしない。つまりはそういうことだった。

 普段のシラハなら後遺症が残るような攻撃は控えるのだが、今回はそうしなかった。容赦を一つ捨てていた。それは市民を巻き込む暴挙への怒りゆえか、それとも、そうしなければならないほどに追い詰められていたためか、シラハ自身にも分からなかった。


「可哀想、ね。……じゃあ、あんたもすぐに「可哀想」になる。部下に見捨てられねぇといいな」

「心配要らねぇよぉ、オレはこれでも


 槍の穂先が鼻先にあった。咄嗟に首を傾ける。耳元を槍が、


人望篤い男なんだぜぇ」


 槍が通り過ぎていく。耳の端に熱い感触があったので少し斬られたかもしれない。


「ッ――!」


 無拍子とはこのことか。クネヒトの攻撃に予備動作はほとんど無かった。シラハとの会話を一切、僅かも途切れさせずにこれほど速い一撃を見舞ってきた。凡百の武人が同じことをすれば力みや気合が声に現れてしまうはずだった。しかしシラハの眼前に立つは『十騎聖』。ロカマドゥール王国最強の十人、その一人。


「お、流石に避けるかぁ、『雷拳』」


 第九席クネヒトは刺突が当たらぬと悟った瞬間には槍を引き戻しに入っていた。ただ引き戻すのではなく、槍の刃でシラハの頸動脈を引き斬るような動きだ。が、


「それは見えてる」


 シラハは一歩踏み込みながら右手でがっちりと槍の柄を掴み止めた。


――対人の『技能(スキル)』じゃあんたには勝てねぇんだろう。けど……


 冒険者は他の戦闘職と比べ『(レベル)』が高くなりやすい。人間よりもずっと強靱な生物である魔物と生きるか死ぬかの戦いをしているためだと言われている。

 今クネヒトの槍を握り止めているのは冒険者の極北、孤王殺し『射干玉狩る七曜(カールスヴォグナ)』の拳法家シラハだ。


 その握力の凄まじさたるや、人間の極限といっても過言ではない。槍を引き戻せないクネヒトに向けてシラハは左の拳を振りかぶる。


 その時、天地がひっくり返った。


「……!?」


 投げ技を食らった。掴んでいた槍が急にくるりと翻ったせいでバランスを崩した。

 そのことを瞬時に理解したシラハは咄嗟に槍から手を離し、地面に右手をついて転倒を防ごうとする。が、その右手をクネヒトが切り払おうとしているので左手を地面についた。その左手を支点に側転で距離を取る。しかし槍相手に距離を取るというのは悪手だ。


 クネヒトは待ってましたとばかりに刺突の雨を浴びせてきた。その石すら貫くだろう豪雨の激しさときたら、シラハは回避に徹するしかなかった。


「梃子って知ってるかよぉ、なんてな! へへへ!」

「くそっ!」


 長柄武器なら掴んで止められる、というシラハの考えはあまりにも安易であった。そんなことは当然槍使いなら想定しているのだ。


 槍という長い棒。これを掴む敵の手と、槍を構える自身の右手と左手。これらの手の位置関係を適切にコントロールしたならば、梃子の原理によって槍を掴んだ敵をくるりと投げ飛ばすことが出来るのだ。梃子を活かせば力で勝る相手も制しうる。


 もちろん梃子の原理は常にクネヒトを利するとは限らない。支点、力点、作用点の関係によっては逆にクネヒトが崩されたり、槍を奪われてしまう可能性もある。しかしそれを防ぐ方法をクネヒトはいくつも考えて習得しているのだろう。その積み重ねを『技能(スキル)』という。


 槍で人を殺すという『技能(スキル)』をひたすらに研鑽してきたクネヒトに隙らしい隙など存在しない。

 もちろんシラハも黙って突き回されている訳にはいかないので、


「――そこっ!」


 タイミングを見計らってはクネヒトの槍を掴むが、掴んだ瞬間に体勢を崩されそうになるのですぐに放さざるを得なかった。


――あんまり掴むことにこだわっちゃダメだな……。


 クネヒトの槍を掴んで制そうとするのは組み技(レスリング)の勝負を挑むようなものだった。自身と相手の身体構造を理解し利用することが求められる戦いだ。シラハが最後に組み技を鍛錬したのは師が生きていた頃にまで遡る。ここに勝ち目はなさそうであった。


 となるとやはり、間合いの攻防によって勝つしかない。槍の苦手とする、そして拳が得意とする零距離にいかにして踏み込むかという戦いだ。


 シラハの狙いが変わったのを見抜いたのだろう。クネヒトは刺突を止めて構え直す。シラハの目に対し真っ直ぐに穂先が向けられているせいで間合いが測りづらかった。


「へへっ、来ねぇのかよぉ」


 挑発するクネヒトに気取られぬよう、シラハは小さく息を吐く。『陣の形・内縛』を応用した呼吸法だ。疲労を迅速に回復させる効果がある。シラハはクネヒトと相対してからずっとこの呼吸を続けていた。だが、


――おかしい。


 一向に脈拍が整わない。ここに来る際に全力疾走したとはいえたった十秒程度のこと。本来なら一呼吸で回復できる程度の疲労だ。爆竹のダメージや、クネヒトとの戦闘が始まったことを踏まえてももうとっくに回復しているはずだった。


――爆竹食らってからどれくらい経った?


 鼓膜や頭の痛みはもう無い。だが目眩と脈拍がなぜか落ち着かない。

 じんじんと鎖骨の辺りと耳たぶが痛む。クネヒトの槍に切り裂かれた場所だ。

 だがこうも痛むことがあるだろうか。どちらも浅く裂かれただけだというのに。しかし蝕むような痛みは時間が立てば立つほどに増していくように思えた。


「……なんてこと。本当にそんなものを用意してくるなんて。私としたことが……!」


 呟きはレゼーレのものだ。声に悔恨が滲んでいる。彼女がそれを露わにするというのはただ事ではない。


「レゼーレ?」

「シラハ! 長引かせないで下さい!」


 レゼーレは焦ったような口調で続けた。


「クネヒトの槍には、毒が塗られているかもしれません!」

「……マジかよ」


 シラハがこの場に到着した後、なぜクネヒトはすぐには攻めてこなかったか。時間が立てばシラハの疲労が回復すると分かっていながらなぜ無駄話に乗ってきたのか。

 簡単だ。時間はシラハではなく、クネヒトの味方だったのだ。


「言っただろぉ。「あいつらも最低限の仕事はした」ってな。テメェを疲れさせた。焦らせた。だから……オレの初撃がテメェに掠った。毒を打ち込めた」


 槍兵の口元が三日月のように裂けるのが見えた。


「テメェはもう死んでるんだよぉ」


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