第三十一話「衆は寡に敵するか」
PC不調のため木曜お休みするかも知れません。
その場合次回更新は来週月曜です。
この路地裏で繰り広げられる追跡劇を目撃した人間がいれば絶句したに違いない。
子供を抱えたまま左右の建物の壁を蹴りこみ、宙を走るかのように逃げる女も超人だが、その女を守る男はさらに重力に逆らった縦横無尽の動きで追っ手を捌いている。
彼らを追跡するフランベルジュの女も彼らには見劣りするものの当然の如く壁面を飛び移り後を追う。わざわざ地面を走っているのは短剣の男だけで、その男にしてもやろうと思えば同じ芸当ができるはずであった。
なんなんだこいつらは、とシラハは思う。
———冒険者なら一級でもおかしくねえ強さだ。
シラハや『十騎聖』、カブートほどの領域には到底及ばないにせよ、こんな風に群れを成して現れて良い『格』の敵ではない。
「見下ろしてんじゃないよ!」
フランベルジュの女が斬撃を放ってくる。女はシラハより下方を跳んでいるが、フランベルジュの刀身は長い。担いだ構えからの斬撃はシラハの内腿まで届きうる。血管の集まる急所。
しかしシラハは両手剣の遠心力のこもった切先を指二本で挟み止める。ちなみにこれを妨害するように短剣が飛んできていたが、それは足先で蹴り弾いておいた。
「くそ!」
女は剣の自由を取り戻そうと全身の体重をかけるがびくともしない。シラハは人差し指と中指だけでフランベルジュとそれを握る女を持ち上げる。
女の体はシラハの足元から頭上まで浮き上がった。
「見下ろされたくねぇんだろ。じゃあお望み通りにしてやるよ」
そしてそのままシラハは女を上へと放り投げる。一方シラハは反動で下へ……この攻防全てが空中で行われていたことを忘れてはならない……落ちる。
高所の優位を得たはずの女は、しかし顔を引き攣らせ
「やば……!」
とフランベルジュを建物の壁面に突き立て、投げの勢いを殺そうとする。が、殺しきれず屋根の上まで飛んでいく。
すると、
「ガッ……!」
狙い澄ましたように飛んできた砲丸に打ち据えられ悲鳴を漏らす。そのまま屋根の上に撃墜されたようで姿が見えなくなった。砲丸は敵の魔術師が放ったものである。つまり同士討ちだ。
狙撃手である砲丸の魔術師の射線は路地裏には通らなかったが、もしシラハ達が屋根の上に顔を出せばそこを狙える。その機をずっと窺っていたのだ。が、実際に飛び出してきたのは味方の女だったというわけだ。
これを連携不足というのは誤りである。フランベルジュの女も屋根上に出れば誤射されると分かっていた。砲丸の魔術師も飛び出してくるのは味方かもしれないと分かっていたはずだ。互いの動きと狙いをきちんと把握していた。
が、彼らの神経は磨り減っていた。彼らは多勢で格上を狩るのには慣れているようだったが、なにせ今回の獲物は孤王殺しだ。そのため彼らは能力を極限まで使い切ること、最善手を取り続けることを強いられていた。その消耗が避けがたいミスとなって現れたのだ。
——分かるぜ。「そういうの」、本当にキツいんだよな……
だが彼らが狩ろうとしているのはその無茶を成し遂げた男だ。そもそも勝てるはずはなかった。
女を投げた反動で落下するシラハはその慣性に逆らわない。少しだけ壁を蹴って落下の軌道を修正。眼下には地上を走る男の姿がある。
「ちくしょう、来るなら来いヒモヤロウ!」
男は額に脂汗を浮かべつつ短剣を構えるが、
「ヒモじゃねぇよ、冒険者だ」
シラハが軽く手首を打つと短剣を取り落とす。
シラハは丸腰になった男の首根っこを掴むと路地裏を抜けた先、通りの方へと投げ飛ばす。
するとやはり、先ほどと同じことが起こった。砲丸の代わりに『軍用焼壁』が発動し、炎の壁が通りに燃え上がる。投げられた男は炎の壁の中に突っ込んだ。男は火だるまになっただろうが、意識は奪っていないので焼け死ぬ前になんとかするだろう。
人間相手にこの手の同士討ちをさせるのはシラハの好みではない。攻撃の威力を自分ではコントロールできないからだ。もし敵がそれで死んでしまえば「不殺」とは言えなくなる。
今回そうしたのは相手が手練れでそうそう死なないと分かったからと、
「街中で爆薬やら炎やら使うのが悪いんだぜ」
彼らの暴挙への憤りがあったから、というのも一因ではあった。善悪というよりは純粋に気に入らない。
ともあれ一番厄介だった炎の魔術は使わせた。今発動している炎の壁を避ければファスが焼かれることはない。シラハは通りの方へと出る。レゼーレもすぐ側に着地した。レゼーレの空中散歩に付き合うのは常人にはなかなかハードだったはずだが、抱かれるファスにそれほど参った様子はない。「ふう」と息を吐きつつ鬢の乱れを直している。レゼーレが気配りをしたのもあるだろうが、元々逃避行の際にこうした移動をすることは珍しくなかったのかもしれない。慣れているのだ。
「どうしたもんか」
ひとまず追っ手のうち戦士三人は倒した。本当なら残りの魔術師を倒しに行きたいが、先ほど察知した伏兵の気配からするとまだ奇襲を受ける可能性はありそうだ。シラハ達は駆けながら、
「このまま魔術を避けながら追っ手を撒くしかねぇか」
「……ええ。それが可能なら最善でしょう。ですが……」
レゼーレが歯切れ悪く言い淀む、その瞬間
「ッ!」
空気を裂いて飛んでくる。それは
――矢、だと……!
シラハが掴み取ったそれは確かに矢だ。しかも作りに見覚えがある。氷を丸呑みでもしたかのように、シラハの体の芯が冷えていく。
「これはまさか、カブートの……!」
「……!」
レゼーレも目を見開いている。
彼が魔術で作る矢には独特の風合いとでも言うべきものがあった。普通に膠を接着剤に作った矢とは少し見た目が異なるのだ。
シラハの手の中にある矢は『流星群箭』カブートの矢と瓜二つ、もしくはそのものだった。
「んなわけねぇ……!」
そう口では言ったシラハだったが、決して否定できない可能性であることを理解していた。
確かカブートは弓を失ったはず……だが、あり合わせの弓で戦いに舞い戻った可能性はある。そう考えれば矢の速度が遅いことにも、連射を仕掛けてこないことにも説明がつく。
カブートならこんな襲撃ではなくもっと正々堂々再戦を挑んでくるはず……だが、彼は矜持ある武人であると同時に森番の子、狩人でもある。必要があれば手段を選ばぬ狩人に立ち返ることもあるだろう。
――大丈夫だ。矢は遅い。けど……。
しかしカブートの恐ろしさは音越えの矢と連射速度のみにあるのではない。獲物の思考を想像し、己の望む方向へと追い込んでいく狩人としての思考力だとシラハは考えていた。
ただでさえ敵は手練れを何人も揃えてきているのに、その中に『流星群箭』が混じっているともなればアシェノールからファス達を連れて逃げ出せるかは怪しいものだった。
仮に逃げ出せたとしても、もし本当にカブートだったなら彼の追跡を撒ききることは難しい。
「クソ、あいつがいるなら今度こそ潰さねぇと……!」
シラハは町の中央、教会の石造りの尖塔へと目を向ける。
第二射。
速くはないが、完全に無視出来るほど遅くもない。シラハは走りながら矢を払った。
――どっちだ……!?
射手は果たしてあり合わせの弓を持ったカブートか。あるいは彼以外の戦士なのか。
それを確かめるには尖塔へ向かうしかない。が、ファス達を連れて『流星群箭』との距離を詰めることも出来ない。
彼女たちと離れて射手の正体を確かめに行くか。それとも射手を無視し彼女たちを守りながら街を出るか。
どちらを選んでも大きなリスクがつきまとう。要は射手がどちらなのかに賭けるギャンブルだ。
シラハの直感は、
「レゼーレ、これ、罠だろ!?」
射手がカブートでない方に賭けるべきだと告げている。敵が『流星群箭』に成りすまし、その脅威でシラハとファス達を分断しようとしているのだと。
「九割九分九厘、罠です! ……ですが!」
レゼーレの声色に葛藤が混じっている。
護衛を生業とする彼女にはシラハよりさらに多くの可能性が見えているのだろう。それらを踏まえてレゼーレの出した結論は、
「二十秒。それで戻れますか?」
「……いいんだな?」
「お願いします」
「分かった」
と、返した返事は既に歪んでいる。シラハがレゼーレとの並走を止め急加速したからだ。
石畳をヒビが入るほどに強く蹴り込みトップスピードに到達。音越えの勢いのまま建ち並ぶ建物の屋根上へと跳び上がり、尖塔へと一直線に向かう。
尖塔までは三秒かかるかどうかといったところ。もし敵がカブートだったとしても弓が万全でなければ五秒で倒せる。二十秒もあれば脅威を排除してファス達の所に余裕をもって戻れるはずだった。
――これでいいんだよな。
十五秒の間、ファスをレゼーレ一人に任せる。それが今するべき「信用」なのだとシラハは自分に言い聞かせる。
教会が目前に迫ってきた。シラハは一度教会の屋根に飛び移る。そこを狙って矢が眉間に。タイミングは悪くないが、カブートにしては凡庸にすぎる一矢にも思える。
シラハは矢を握り折る。避けてもよかったが流れ矢が一般人に当たってもいけない。教会の周りには市民達が少なからずいたが、
「あっちの通りで馬車が爆発したらしいぞ! 火も上がってるって……!」
「やばいやばいやばい……!」
その話題で持ちきりで頭上を見上げる者はいなかった。いたとしてもシラハを見とがめられる動体視力を持ってはいないだろうが。
教会の屋根に着地したシラハはそのまま尖塔の壁面を駆け上がる。狙撃手がいるとすれば鐘のある最上階だ。
果たしてそこにいたのは、
「嬉しいねぇ」
その弓使いはニヤリと笑って、
「俺ごときを『流星群箭』と間違えてくれるとは。ボスがあいつの矢を手に入れてくれたおかげだね」
「クソ、偽物か!」
シラハは舌打ちしながら拳を突き出した。弓使いはそこに矢を合わせてくるものの、狙いが甘い。手練れには違いないが、やはりカブートには到底及ばないようだった。
当然シラハの拳を防ぐことも出来ず、
「グフッ……!」
あっさりと弓を叩き折られて床に頽れる。シラハは男が床と接吻するのを見届けるより先に尖塔を飛び降りる。
――マズい、これが罠だったって事は……!
レゼーレ達のいる方角から尋常ではない気配がした。カブートに匹敵するほどの強者の気配。そしてそれはレゼーレの気配ではなかった。
そう。これがシラハとファス達を分断する罠だというのなら、今レゼーレは「本命」と相対している。
「間に合え……!」
シラハは全力疾走しながら聴覚を研ぎ澄ます。レゼーレ達の様子を音で探れないかと耳を澄ませたその瞬間。
「――! ――!?」
脳天を殴りつけられるような衝撃を受けて体をよろめかせた。
打撃を受けた? どこから? 無理だ、ありえない。だがだというならこの吐き気すらするほどの衝撃はなんだというのだ。
――耳が、耳が聞こえねぇ……そうか! 音か!
シラハを襲った攻撃の正体は音だった。
凄まじい轟音を発する爆竹か、それに類いする何か。それが発した強烈な音波がシラハを狂わせたのだ。
全力疾走中のシラハは後方の音は聞くことが出来ないが、前方からの音は聞こえる。それがシラハの鋭敏になった聴覚を破壊したのだ。
「効い……みた……な。『格』……高ぇ……も、この手…………効く」
誰かがシラハに向けて喋っているようだ。が、音として認識することが出来ない。空気の振動からして声が発せられているのだと分かるだけだ。
そして声があればその主がある。気配からして五人。先ほど倒した敵とは別人だが、実力は勝るとも劣らない。
音攻撃により平衡感覚を乱されたシラハに、五人の手練れが襲いかかる。
約束の残り時間は十秒を切った所であった。
◆
遡ること少し前。
ある建物の屋根瓦に紛れるように怪しげな筒を取り付けている男達の姿があった。シラハが食らったあの爆竹……彼らはそれを音響弾と呼んでいた。
「これ本当に効くのかね。いくらコイツがやかましいつっても雑に聞かせただけじゃ効果薄いだろ」
「テメェはブリーフィングの時、耳にコイツを詰めてやがったのか? だから点火のタイミングがシビアなんだろうが。敵が耳を澄ませて味方の様子を探ろうとした瞬間にぶつけなきゃいけねぇ。……が、その分上手くいけば『格』が高い相手ほどダメージは大きい」
「とはいえ効いてても油断は出来ないですよね。あいつをボスと同程度の強さと想定するなら、音響弾食らっててもまだ俺達より強いってことですよ」
「ビビってんじゃねぇよタマ無し。いくら強くても中身が甘ちゃんなんだよアイツは。ノータリンの魔物とばっか戦ってる冒険者だからってのもあるが、そもそも人格として砂糖菓子クラスの激甘なんだ。十分勝負になる」
「そうでなきゃ困る。俺達、「染槍傭兵団」の『色有り』がほぼ全員出撃てるんだぜ。その上四人を捨て駒に使ってる。これでしくったら打つ手がねぇよ」
「あり得ないな。なんせお姫様達をお迎えに上がりまするのは我らが団長だぞ? 十秒か二十秒か、その程度時間を稼げれば十分片がつく」
「でも心配だぜ。ボスって実はそんなナンパ上手くねぇからな。ワンパターンっつうか……結局、乳と尻にしか栄養いってねぇような脳みそ空っぽ女しか引っかけてこねぇじゃねぇか」
「逆に安心できるって考えもある。あのガキと貧乳入れ墨女はボスの守備範囲外だ。ボスも淡々と仕事するだろうさ」
「あっ、『緑』が標的と接敵します!」
「了解、配置につく。総員、気配は出さないように気を付けろ」
そうして男達はそれぞれ散らばって身を潜めた。
彼らは「染槍傭兵団」。その中でも手練れである『色有り』達。敵がどんな大物であれ、彼らは作戦を遂行する。
そしてその染槍傭兵団を率いる団長の名、それは――




