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第二十九話「市中の火」

 戦いにおいて、爆薬は決して扱いやすい道具ではない。


 まず第一にまともな品質の爆薬を用意すること自体が困難だ。爆薬を作れる者は数少ない。仮に用意できたとして、強力な物ほど些細な衝撃や熱で暴発するので保管が難しい。

 威力を確保するには量が必要で持ち運びにも手間がかかる。また適切に爆発させたとしても爆風の広がり方は気まぐれで、設置場所やタイミングが甘いと狙った戦果を得ることは出来ない。

 しかもその上、魔物には効きが悪いことが多い。


 だが上手く使えたのなら、凡人が達人を殺せる数少ない道具の一つだ。


 品質にもよるが、爆風や爆発により飛散する破片の速度は音の速さに迫ることも珍しくはなく、これに反応出来る人間はごく一部に限られる。


 が、シラハとレゼーレはその「ごく一部」に該当する。よって彼らの動体視力は本来目にとまるはずもない爆発の過程を余すことなく捉えていた。


――やべぇ!


 シラハの目の前で荷馬車の荷が白く輝く。荷馬車にヒビが入り、砕け、その隙間から赤い爆炎が噴き出そうとするのが見える。


「ファス様!」


 爆発に気付いてすらいないファスをレゼーレが担ぎ上げる。そして全力で爆風から逃げようとするのが見える。


 そう、逃げるしかないのだ。爆風の炎熱と衝撃波、そして今にも飛び散ろうとする荷馬車の無数の破片。拳や剣でこれを防ぎきることは出来ず、ファスを守るなら逃げに徹する他ない。


 だが己の最強の連撃による空圧ならばあるいは――そう考えたシラハは一瞬応戦の構えを取ろうとしたが、


――ダメだ、際どすぎる!


 即座に断念し、レゼーレに続いて飛び退る。

 次の瞬間、大通りのど真ん中に大輪の炎の花が咲く。


 周囲に置かれていた樽やら箱やらは全て吹き飛び、建物の外壁にはひびが入った。

 激しい爆音の後には、悲鳴と怒号が空気を震わせる。


「あぁ、ああ!」

「なんだよこれ!」

「助けてぇええええ!」


 居合わせた通行人は絶叫しながら逃げ惑う。服に火がつき、それを半狂乱で叩き消そうとする者の姿もあった。馬車の破片により血を流す者もいた。

 シラハは思わず、


「何てことしやがる……!」


 と叫んだ。


 幸いにして現時点では怪我人こそおれど死者はいないようだ。爆薬を引いていた馬は体を爆風に焼かれ断末魔にいなないているが、人間が炎に呑まれることはなかった。だが一歩間違えば大通りの通行人が何人も死んだだろう。


 それに死者が出ていないのは「現時点」での話だ。建物の密集する都市でこれだけの火の手が上がれば、火の粉によって建物に引火し大火事になる可能性もある。


 爆薬馬車の狙いはまだ分からない――これが攻撃でなく本当にただの事故である可能性もまだ否定できない――が、シラハはただ眼前の光景に怒りを覚えていた。


 だがその一方で、戦士としてのシラハは冷静に、


――待て、死者がいない? んなはずねぇ!


 爆薬馬車の御者、彼は、彼だけは死んでいるはずだ。だがその死をシラハは見ていない。


 シラハは即座にレゼーレの方へと振り返る。


「な、何が起こったというのだ……?」

「爆薬を積んだ荷馬車が爆発したのです……ご無事ですね、ファス様」

「あぁ……」


 二人の無事に安堵する間もない。彼女たちに駆け寄る男が一人。


 太った男。弛んだ体で、戦いの心得などまるでないように見えるがそれは違う。そうであるのなら、先ほどまで爆薬馬車の御者席に乗っていたこの男が生きているはずがない。


 男は腰に下げた片手剣を引き抜いてレゼーレに斬りかからんとする。新品同然の刀身はいかにも素人の護身具めいているが、その太刀筋は完全に玄人のものだ。


「――!」


 レゼーレは即応する。左手での短剣の抜き打ち、『潜み狩るは黒梟(シュエット)』によって男を迎え撃とうとするがそれより速く、


「『中天槌』!」


 シラハの鉄槌が男の腹を打ち抜いている。


「ぐぁあああああ!」


 打撃の威力に男の脂肪という脂肪が波打ち歪む。『雷拳』の一撃を堪えることは当然出来ず男はゴロゴロと転がっていく。が、それは受け身を取った結果だ。すぐにでも跳ね起きるだろう。


 シラハはそれを許さない。容赦ない踏み込みで転がる男に一歩で追いつき、追い突きを叩き込む。


「ハッ!」

「ぬっぉおおおおお!」


 ごん、と重い音と共に、男はさらに吹っ飛んだ。しかし、


――おかしい……。


 シラハが打ったのは男の背中だ。だが、返ってきた手応えは肉ではなく鋼のもの。

 その理由はすぐに分かった。


「なるほどなぁ……これは効くなぁ……グフッ……!」


 呻く男は宙に浮き上がりながらも、いつの間にか左手に盾を握っている。ゆったりとした服の下、背中の部分に仕込んでいたのだ。

 道理で、とシラハは勘づく。肥満体に見合わない俊敏さに加えて背中に仕込んだ盾。この二つがあれば確かに馬車の爆発から無傷で逃れることも出来るだろう。


――こいつ、まぁまぁやるな。


 強い戦士が皆鍛え上げられた体躯をしているとは限らない。見た目上の体格、筋肉量も無意味ではないが、それよりも『(レベル)』と『技能(スキル)』の方が重要だ。

 レゼーレがいい例である。彼女は女性にしては長身だが、線はかなり細く華奢だ。肉の付きづらい体質なのだろう。が、『(レベル)』が高いので単純な膂力で言っても大の男の十倍以上の力がある。

 この男は逆に太っているが、体を引き締める必要がないほどに『(レベル)』が高いということなのだろう。鍛錬より実戦で腕を上げてきた武人にはままあることだ。


 シラハは男を睨み付けると、


「おい。一応聞いとくぞ……あの笑えねぇ花火はあんたの仕業ってことでいいんだよな」


 男はにへらと笑って、


「違うよぉ。俺は言われたとおりに荷物を運んでただけ……って言ったら信じるかなぁ?」

「その冗談も笑えねぇ。エール(レゼーレ)に斬りかかろうとしたくせに……随分構えが様になってるじゃねぇか。あんた、一体何者だ?」


 まるでダスクベアが威嚇するかのような態勢だ。剣と盾を頭の高さまで持ち上げる奇妙な構え。正中線を一切守らない邪道も邪道の構えだが、どこか説得力のある立ち姿だった。


「何者かぁ、なんて答える義理はないんだよなぁ」

「あぁ、そう、それならそれでいいぜ。力尽くで吐かせてやるから」


 何をしてくるか分からない恐ろしさは確かにある。が、既に大勢が決していることをシラハは見抜いていた。男の膝がかすかに笑っている。シラハに殴られたダメージが響いているのだ。


――あと一発どこかにぶち込めばそれで片がつく。


 事情はその後で尋問すればよい。シラハがそう考える一方、レゼーレは何事かを呟いている。


「無駄が多いのになぜか成立している構え……間違いなく我流の筈。『使用人(サルヴィタール)』の合理的な技とは対極にあります。形振り構わず市中で爆薬すら使う我流の戦士……まさか、……ッ!? 避けなさいシラハ!」

「ッ!?」


 シラハは背後に振り向きざまに『昇陽槌』を放って「砲丸」を打ち砕いた。シラハの腕に痺れのような衝撃が走る。


「クソッ、狙撃か!」


 毒づいたシラハを肯定するかのように、再び「砲丸」が飛来する。人の頭ほどもある丸い岩だ。それがシラハ目がけて一直線に飛んでくる。魔術による狙撃であった。


「フッ!」


 しかし視認さえしていれば対処は容易だ。シラハは砲丸を『昏落槌』で叩き落す。

 しかしそのために腕を一本使ってしまった。そこを狙って肥満体の男が攻めてくる。


「隙ありなんだなぁ!」

「そりゃ気のせいだ!」


 振り下ろされる剣を、上段受けで男の腕を止めて防ぐ。男は間髪を入れず盾殴り(シールドバッシュ)を打ってくるが、その頃にはもう一本の腕での迎撃が間に合う。


「『中天槌』」


 孤王殺しの鉄槌は盾殴り(シールドバッシュ)すら弾き飛ばす。


「ぬぉ……!」


 盾を弾かれ男の胴が空くも、援護射撃に砲丸が飛んできたので追撃を仕掛けることは出来なかった。


――連携が上手いな……どこから撃ってきてやがる?


 シラハが視線を素早く走らせると、このアシェノールを取り囲む市壁の上に一人、魔術杖をこちらに向ける人影があった。


――爆薬は俺達を動かしてこいつの射線を通すためのものでもあったってことかよ。


 爆薬など持ち出してくる時点でもうシラハ達が待ち伏せされていたのは確定しているが、それを踏まえても手際のよい襲撃であった。


 だがもう狙撃手の位置を確認した以上、シラハに負け目は、


「『――以上にて命ず。隔てよ、軍用焼壁(フラム・マウアー)』」


 三人目の敵がどこからか新たな魔術を発動させる。

 あたかも赤いカーテンを閉ざすかのように、大通りを炎の壁が走る。


 そしてその壁はシラハと護衛対象(ファスとレゼーレ)を分断しようとしていた。


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