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第二十六話「真実の勝敗」

 『雷勁』を人に極めるのは難しい。体内のどこを狙うかというコントロール以前に、衝撃波を敵の体内に送り込むこと自体がそもそも困難なのだ。


 『雷勁』を成立させるにはまず拳を介して敵と一体にならねばならない。敵の呼吸を読み、それにぴったりと合わせて拳を触れさせる。この合一、接触を師は『合気』と呼んだ。この『合気』を保ったまま打撃を打ち込むことで、初めて衝撃波が相手の体内に入り込む。


 魔物の呼吸は単純で分かりやすいため初見でも『合気』からの『雷勁』を決めることができる。一方、人間の呼吸は複雑だ。本来なら何度も打ち合って呼吸を読んでからでなくては、戦いの中で『雷勁』は出せない。

 『合気』だけに集中すれば初撃から『雷勁』を打つことが出来るかも知れないが、そんなことをすれば敵の反撃を食う。


 だが今回に限って言えば、カブートは実質素手であった。矢は取れず、弓だけを持っていた状態。あの瞬間のカブートはシラハに有効打を与える手段を持っていなかった。それならばシラハはただ呼吸を合わせ、『合気』を作り出すことだけに専念できる。


 またカブートが白兵戦を専門としていないことも追い風となった。あの土壇場にフェイントで呼吸をずらすような近接戦闘技術をカブートは持っていない。シラハの打撃に反応できただけ大したものとはいえ、あのように防御をした時点で勝負はついている。


「これで勝ったつもりか」


 カブートは口に溜まった鮮血と共に吐き捨てる。それは彼の臓器のいずれかが出血しているという証左だ。しかし出血量はそれほどではない。


「内臓を傷つける打撃は見事。だがこの程度、俺たちの『(レベル)』では致命傷ではない。継戦に支障もない。俺はまだ戦えるぞ」


 カブートはその言葉通り、弓を構え続けている。


 もともと致死の威力は出ないだろうと思ってはいた。だからこそ躊躇わず『雷勁』を打てた。が、それを差し引いても威力が弱すぎる。


――矢の刺突が効いたな。あれを躱したせいで力が逃げたか?


 確かにあの様子ではカブートに十分な傷を負わせることは出来なかったようだ。シラハは頷いて、


「そうだな。「あんたは」まだ戦える。それでも、終わりだよ。あんただって分かってるだろ」

「……まだだ。まだ分からない。これは実戦だ、決闘だ。寸止めや刃引きの試合とは違う。俺たちは最後まで撃ち合って真実の勝敗を確かめるべきだ」


 例えば剣術の練習試合なら、寸止めの小手打ちでも一本になるかも知れない。

 だが、それが本当に実戦で通用するかは分からないのだ。実際には手首を切り落とせるだけの威力と精度がないかもしれない。仮に手首を切り落とせたとしても、それが命がけの実戦において勝ちにつながるとは限らない。

 命懸けの勝負の場に「一本」はない。だからカブートは最後までやれと言っている。


「ハハッ、あんたも大概強情だなカブート」

「強情か。そうだな。父にもそう言われた。獲物に執着すれば引き際を見誤ると。命は一つきりだと。……だが、獲物とて一頭きりだ。この世に全く同じ人間、同じ獣、同じ魔物は存在しない。そんなこの世にたった一頭きりの獲物に、二度も巡り合う保証などあるはずがない。狩りは常に一期一会だ。強情で何が悪い」

「確かにもっともだ。なら――」


 ご希望通り、完膚なきまでにぶちのめしてやる――そう言おうとしたシラハの耳が金属音を拾う。まるで剣と剣が打ち合わされるような。


――違う!


 まるで、ではなく事実そうなのだ。ファス達が隠れているはずの方角から、鋼同士が斬り結ぶ音が聞こえてくる。


――レゼーレが誰かと戦りあってる!?


 シラハは血の気が引くような感覚に襲われた。一方カブートは舌打ちをして、


「キュラめ、待てなかったか。やはりまだ青すぎる」

「あんた、何を言ってやがる!?」

「気にするな。間者が一人、レゼーレ卿を奇襲しただけのこと」


 カブートはこともなげに言うが、シラハは自身の考えの甘さを思い知った。


――馬鹿か俺は。敵がこいつ一人だけだと誰が言った……!


 やはりカブートはただの武人ではなく、狡猾な狩人の一面も持っていた。仲間がいることを隠していたのだ。


「要らぬ勘違いをするなよ。俺は奴を止めた。決闘に水を差されてもつまらぬし、それに、何より無意味だ。キュラもそれなりに使うが、それでもレゼーレ卿なら片手で始末できるだろう。唯一の勝機は奇襲の一撃による必殺だったが、こうして剣戟の音が聞こえると言うことは、仕損じたということだ」


 風に乗ってレゼーレ達の声が聞こえてくる。


「ファス様、お下がり下さい!」

「レゼーレ!」

「くそ、僕の初撃を防ぐのか、片手落ちのくせに!」

「まぁ、この程度でファス様を害せると考えていらしたなんて、頭の中を見せていただきたいものです……実家の花畑を広げる時の参考になるでしょうから!」

「脳をぶちまけるのはそっちだ……!」

「影に潜むのが生業なのに奇襲を仕損じたあなたに出来まして? その隠密技術、デシデリウスの『使用人(サルヴィタール)』ですね」

「だったらなんだ、『椿撫で』!」

「ああ、その名をご存じなのね。なら、その由来もご存じかしら……!」


 ひとまず現時点では二人とも無事のようだ。だが予断を許さない状況だ。敵は少なくとも片手のレゼーレと数秒間切り結べるだけの実力を持っている。

 すぐにでも助けに行かなくてはいけない。他にも敵がまだいるかも知れないのだ。


 注意が二人に向いたシラハだったが、それを決して許せない男が地の底から響くような声で、


「お前、それは、ふざけているのか」

「ふざけてねぇよ。言っただろ、俺は今護衛の仕事中だ。あんたと戦うのがどれだけ楽しかったとしても、こうなっちゃもう付き合えない」

「……違う! お前が真っ先にすべきは、俺を確実に殺すことだ!」


 カブートが吠えるが、シラハはそうは思わなかった。

 勝負はもうついている。だが、それを確定させるにはまだ時間を要する。

 駒遊び(チェス)の問題のようなものだ。正しい手順で王手(チェック)をかけ続ければシラハが勝つことは確定しているが、本当にチェックメイトまで持っていくにはまだ何手か指さなければならない。

 それをしている間、レゼーレが持ちこたえられるという保証はない。


「もしお前が背を向けるというのなら、俺はお前を殺すぞ」


 引き絞られた弓がぎりぎりと音を立てた。


「このような決着は無念だが……そんな甘い判断をするような男が、この先『十騎聖』相手に生き残れるはずもない。であれば俺の手で引導を渡す」

「まぁ、あんたはそう言うだろうな。とはいえ俺にも都合がある。こういうとき通るのは、強い方の都合だとは思わねぇか?」


 シラハがそう言い終えるや否や、カブートの怒りの一矢が飛んできた。一秒前までシラハの頭があった所を通り過ぎる、と見えた時にはシラハはもうファス達の方へ向かって駆け出していた。


 普通、弓矢相手に背を向けて逃げるのは自殺行為だ。

 だがカブートの音を越える矢といえど、同じく音越えで走るシラハに追いつくには時間がかかり、時間がかかる以上、対処のしようはある。

 シラハは駆けながら時折振り返って矢の軌道を確認し回避するだけで良かった。


「逃げるな!」

「聞こえねぇな! 予想はつくけどよ!」


 追ってくるカブートも俊足の部類に入るが、流石にシラハとは比べようもない。みるみるうちに距離が開いていく。


 シラハはあっという間にファス達が隠れている廃屋へとたどり着いた。

 廃屋の裏手に回ると、レゼーレが小柄な人影……カブートはキュラと呼んでいたか……と戦っているのが見える。

 奇しくも、その武器は短剣。レゼーレとキュラの短剣が再び打ち合わされる、それより速く、シラハは掌底をキュラの脇腹に打ち込んだ。


「ガハッ!?」


 キュラはそれこそ矢のようなスピードで吹き飛ばされ、泥を跳ね上げながら転がった。ただ掌に残る手応えが軽い。シラハの打撃に逆らわないことで衝撃を流したのだろう。

 だがその結果、小柄で軽いキュラは随分な距離を吹き飛ばされることになった。すぐには復帰できないだろう。


 キュラを無力化し、目的を達したシラハだったが油断は出来ない。


「シラハ、後ろです!」

「分かってる!」


 レゼーレの警告よりも先に後方へ振り返る。廃屋の壁が弾け飛び、そこから矢が飛んでくる。建物を貫き、壁を崩せるほどの剛矢。カブートの『徹甲矢』だ。シラハはそれを逸らしてファスとレゼーレを守る。だが、


「ぐっ……!」


 その代償は小さくなかった。外受けをしくじり、鏃を腕に受けた。左前腕が深々と抉られ、その抉れた部分が血で溢れる。


「無様だな」


 廃屋に空いた巨大な穴の向こうにはカブートが立っていた。彼は冷めた目でシラハを見ている。

 その気配に威圧されたのか、ファスが息を呑んでいる。彼女はここで初めてカブートの顔を見たのだ。


 ただでさえ険しい顔つきであったカブートは、さらに冷徹な声で、


「お前が正しい判断を下したのなら、そのような傷を負うことはなかったものを」

「無様? 俺を殺すとか言っておいて、この程度の傷しか与えられなかったあんたはどうなんだよ。こんなの俺達の『(レベル)』ならかすり傷だろうが」

「そうか。かすり傷にしては随分と血が流れているが。試してもいいんだぞ。今までと同じように俺の矢を防げるかどうか。が、流石に興が冷めた。……キュラ!」


 キュラはシラハ達から二十歩は離れた所でようやく立ち上がろうとしていた。


「すまないカブート、しくじった。僕は――」

「言い訳は後にしろ。退くぞ」

「……分かった」


 キュラが茂みの中に消える。驚くべきなのは気配もすぐに追えなくなったことだ。そういった隠密を得意とする刺客だったのだ。

 キュラを見送ってからカブートも一歩下がる。


「あまりにも下らぬ結果となった。今日の所は仕切り直しとしよう」

「仕切り直し? 違うな、カブート。あんたのそれは逃げだ。勝負はもうついてる。このままやったら本当に負けるから、逃げ帰るんだろ?」

「……もし再び見えることがあれば」


 カブートは弓を構え、


「もう一度この矢を味わわせてやる。二度と減らず口が利けぬように――『雲貫の射に至らん(フレッチェ・ヴィエニ)』」


 矢を連射しながら後退していく。

 シラハはそれを両手を使って払うが、負傷した左腕の動きが鈍い。それゆえ反撃に転じることは出来ず、


「それまでせいぜい生き延びていろ、シラハ、レゼーレ卿」


 その声を最後に、やがてカブートの姿も見えなくなってしまった。


 そして廃村にシラハ、レゼーレ、ファスの三人だけが残される。


 静かだ。ついさっきまで激闘が繰り広げられていたとは思えない。


 だが地面には矢が作った小さな陥没(クレーター)が無数に穿たれているし、廃屋の壁にも『徹甲矢』の連射による大穴が空いている。


「無事か、二人とも」


 シラハは静寂を破って話しかける。


「あ、ああ。うむ、見ての通り傷はないとも」

「こちらも問題ありません」

「そうか」

「我らより、今はそなただ。シラハ、その傷は……」

「大したことねぇよ。怪我らしい怪我はこの左腕だけだし、それだって薬塗って飯食って寝てりゃすぐ直る」

「そうか。それは何よりだ。……よく戦ってくれたな。強敵であっただろう。このロカマドゥールで『十騎聖』に次ぐ使い手と聞いた」


 ――そうだ。あんなに強いあいつですらまだ『十騎聖』じゃなかった。


 シラハはその言葉を飲み込んだ。


「――見逃されたのでしょうか」


 レゼーレが呟く。

 これについてはシラハははっきり否定した。


「いや、違う。本当にあいつは逃げたんだ。多分しばらくは満足に戦えねぇ筈だ。一応、あいつの負けってことになるのかな」


 だがシラハの勝ち、と言い切ることもできなかった。

 敵はたった二人だった。そのどちらも『十騎聖』ではない。しかもカブートはファスの身柄を大して重視していなかった。


 にもかかわらずファス達を危機にさらし、シラハは負傷し、そして何より、


「けど……悪い。あいつら二人とも、五体満足で帰しちまった」


 敵の肩書きを考えれば、シラハは圧勝しなければならなかった。

 こんな痛み分けじみた勝利は勝ちとは呼べない。



 戦闘から離脱したカブートとキュラは廃村から少し離れた林の中で、獣のように身を休めていた。


「ゴホッ、ゲホッ……!」


 カブートは地面に這いつくばり、血の塊を吐き出すと、水筒の水を飲み込んで喉を洗い流す。それが内臓に沁みて、また咳き込みかける。

 隣にはキュラが同じような状態で荒い息を吐いていた。

 カブートは『使用人(サルヴィタール)』に、


「キュラ、お前、何発受けた」

「……一発だけだよ。掌底だったから……僕を吹っ飛ばすことが目的の打撃だったんだろうね」

「そうか。こちらも一発だ。拳を右腕で受けたはずが、その衝撃が臓腑に響いて潰れでもしたらしい」

「……何だよそれ。そんなことがあり得るのかい」

「どうにもあり得るようだ」


 ――そう、素手の拳を、たった一撃受けただけに過ぎない。


 だというのにそれで二人ともこの体たらくだ。何という威力だろうか。


 人間は弱い生き物だと思っていた。牙も、爪も、毛皮も持たない。道具を使わなければ獣たちから身を守ることさえも出来ない。あまりにも貧弱な生物。


 だが……そんなことはなかったのだ。人間とは己の身体一つであそこまで強くなれる生き物だったのだ。


 ――シラハと言ったな。何と恐ろしく強い獣であったことか……。


 彼は最後まで己の五体のみを武器として戦った。

 カブートには到底真似の出来ない芸当だ。力任せに圧倒的格下を殴殺する事はできても、実力の近い武器持ち相手にあんな事はできない。


 だから、もし弓にヒビ一つでも入ればカブートは戦えなくなってしまう。


 カブートは側に置いた弓を見やる。

 裂けていた。


 極めて密度の高い古木を材料に名工が手工唄と共に作り上げた強弓は、ほとんど折れかかっていた。繊維が裂けてしまっている。


 あの時だ、とカブートは振り返る。

 シラハが放ってきた上下の同時突き。上段突きは腕で受けたが、下段の方は弓を使って受けたのだった。


 その時に弓にヒビが入った。ミシ、と嫌な感触が手に伝わって、おそらくそれを向こうも感じ取った。

 軽率だった。これが他の相手だったならあそこまで乱暴に攻撃を弓で弾いたりはしない。

 だが、たかが拳だと侮ってしまったのだ。人間の拳程度ならどうとでも受けられるはずだと。

 あの拳は戦槌(メイス)だと考えるべきだった。戦槌(メイス)のスイングを弓で受けようと考える人間はいない。


 ――小さな傷ではあった。だが、俺の射撃は弓に大きな負担をかける……。


 カブートの連射は弓に凄まじい振動を強いる。傷が入った状態の弓はそれに耐えることが出来ない。シラハが「勝負はついている」と繰り返したのはこのことだったのだ。


 現にカブートが撤退のために矢を連射している最中に弓の傷は拡大し、最終的にこのように裂けてしまった。


 ――あの時は、こうして弓が壊れる前に奴を仕留めきれると思っていた。だが……


 本当のところはどうだったのだろうか。それを知ることはもう叶わない。


「カブート、すまない」


 キュラが乱れた息のまま謝罪を口にする。


「僕が逸った。目標を仕損じた上に、君の戦いに水を差した」

「もともと、お前を信用などしていない」

「……」

「俺が信じたのはお前の野心だ。何かを成さねばいられぬという野心。それに乗じれば強敵との死闘が叶うと信じ、俺は話に乗った」


 キュラの野心の正体までは知らない。だが、カブートの中にも同種の炎が燃えているのは確かだ。

 こうして瞑目すれば瞼の裏にその炎が見える。陽炎の向こうに『騎聖戦』で喫した敗北の光景が揺らめいている。


「野心の業火に焼かれながら、好機を辛抱強く待ち続けることは苦しい。狩人でさえもだ。お前の若さでそれが出来るなどとは思っていない……「小娘」」

「……っ、なら、なぜ僕を、その「小娘」を助けたんだ。僕を見捨てるか、始末するかすれば、君はあのまま『決闘』を続けることも、一人で逃げることも出来たはずだ」


 キュラの少年のような声が上ずっている。『使用人(サルヴィタール)』にしては随分と感情豊かだ。カブートの見立て通り、まだまだ小娘なようだった。


「利用価値があるからに決まっているだろう。お前はデシデリウスとの連絡手段だ。使うつもりはなかったが」


 もし彼に頼れば「政争」に巻き込まれてしまう。そこからは離れていたかった。しかし今となってはそうも言っていられない。カブートは弓の残骸を握りしめた。


 森番の子である彼は普通の弓ならば自作することが出来る。だがそれで作れるのはたかだか二流止まりの弓だ。『十騎聖』やシラハを狩るつもりなら、新たな弓を優れた弓職人に作らせる必要があった。


 ロカマドゥールには多くの刀鍛冶がいるが、弓職人は少ない。カブートの慮外の連射に耐えられる強弓を作る職人ともなれば、片手で足りるほどだ。

 彼らに代替の弓を注文しても、それが仕上がるのはどんなに早くて一年後だろう。だが、


「デシデリウスの名を出せば無理が利くだろう。代わりの弓が可能な限り早く欲しい。さらに言えば、内臓も治癒師に診せておきたい。手配できるな? 『使用人(サルヴィタール)』」

「……出来る。けれど、いいのかい。君の言う「下らぬ政争」に巻き込まれるというのもそうだけど、それは彼らの居場所を旦那様に教えるということだ。そして『流星群箭』が弓を折られたことが知られるということだ。それはつまり……」


 カブートは頷いた。

 デシデリウスは政治屋以前に天才的な武人でもある。彼ならばカブートが弓を折られたことの意味を正しく理解するはずだ。

 つまり、

 

「デシデリウスも『十騎聖』を追っ手に出さざるを得んだろうな。お前達の企てが何であるか、その企てにどの『十騎聖』が加わっているかは知らんが……そうだな、第九席あたりは動かしやすそうだ。まさかデシデリウス自身が出向くことはなかろうが」

「僕も『極彩色』だと考える。……本当にいいのかい。彼は傭兵だ。目的のために手段は選ばない。新たな弓を用立てている間に、シラハもレゼーレも、きっと彼に食われてしまう」

「いい。それで死ぬのならその程度の武人共であったということ。代わりにいつかクネヒト卿を狩れば良いだけの話だ」


 ちっとも良くはない。

 

 悪名高い『極彩色』のことだ。おそらく名誉のかけらもない方法で護衛の二人を殺し、あの少女の身柄を抑えるのだろう。

 レゼーレは本来用心深い武人だが心身共に消耗しているようだった。一方のシラハは人外じみた強さだが圧倒的強者たるゆえの無自覚な傲慢と甘さがある。

 クネヒトならば上手く狩るだろう。それを思うと憤死してしまいそうだった。

 

 だがこの怒りも、後悔も、噛みしめなくてはいけないものだ。

 カブートは耐えるように唇を引き結んだ。


――俺は、負けたのだ。


 もしあのまま勝負を続けていれば、カブートが勝つ未来も十分あり得た。彼はそう信じている。

 だがそうしなかった以上、これはカブートの負けなのだ。

 カブートの中でまた、炎が強く燃えさかった。


――この雪辱は、いつか必ず。

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