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第二十四話「継矢」

 明けぬ夜(ムルケティド)を撃破した冒険者パーティ、『射干玉狩る七曜(カールスヴォグナ)』において、シラハは戦士(ファルケ)と二人で前衛を担当していた。


 前衛。魔物との最前線に立ち、その注意を引きつけて後衛や中衛を守る。つまり倒れることが許されない立ち位置(ポジション)だ。

 復讐者(アヴェルス)聖職者(ナーシュ)も前線に立ってはいたが、彼らは中衛寄りの存在だ。孤王の絶望的圧力を引き受けるのはやはり前衛の仕事であった。


 シラハか戦士(ファルケ)が倒れればそれは即、パーティの崩壊につながる。己一人であれば恐れ知らずのシラハであるが、彼は守るべき後衛がいる時は極めて慎重に戦う。


 このカブートとの戦いもそうであった。万一カブートがファス達を狙っても庇いきれるような位置関係を保ったまま、かつ自身が倒されないよう冷静にカブートとの距離を詰めていく。


 たった五十歩。シラハが守りを捨てて踏み込めば一瞬の距離が、今は千歩の先のようだ。


「ッ!」


 廃村の風景には既に百以上の穴が穿たれている。全てカブートが放った矢によるものだ。そして今、さらに追加された。


 シラハは矢というより向かい風を捌いているようになってきていた。塊になって全身に吹き付ける風だ。しかし両腕に感じるひりつきは矢が実体を持つ凶器であることを証明している。矢を払う際、腕と矢が擦れ、その摩擦が腕を焦がしてくる。


 これだけ矢を見ればもうカブートの射撃を完璧に見切って勝負を決めにいけそうなものだが、そうはなっていなかった。


――こいつ、矢の速度に緩急をつけてやがる。


 カブートはただ矢を連射しているのではない。一本一本、矢の速度をばらけさせている。矢をきちんと見てからでなければ防御のタイミングが分からないように撃っているのだ。


 カブートはそれによってシラハの足を牽制していた。接近すればするほど矢の速度を見極めることは難しくなる。それぞれの矢の速度が一様でないというならなおさらだ。


 牽制の手段はそれだけではない。シラハが踏み出した足を置こうとした場所を射る、山なりの軌道で撃って矢にさらなる時間差を作ることで実質的な同時攻撃をかける、など。


 五十歩。その距離を詰めさせないからこそカブートは『流星群箭』と呼ばれているのだとシラハはようやく理解した。


――どうする? そろそろ攻めるべきか?


 慎重さは必要だが、この『(レベル)』の相手にリスクを取らずに勝てるとも思っていない。シラハは地面を一段強く蹴ろうとし、


――待て、そうか。そうすりゃいいのか。


 シラハは反撃の糸口に気付いた。周囲の地形を脳内で確認する。


 となると、今すべきことは攻めることではなく機を待つことだ。


――とはいえ、全く圧をかけねぇ訳にも行かねぇな。


 シラハは僅かに速度を上げる。シラハにとっては小走り程度の速度だが、周囲の空気が渦巻き、びゅう、と音を立てる。


 百の大台を超えてもカブートの連射は健在だ。それどころか生成される矢はさらに本数を増やし、今度は一詠唱で二十本となっている。


 シラハは冷静に迎撃を続ける。小さく、最小限の動作でいい。ファス達の方へ飛んでいかなければそれでいいのだ。


 焦るなよ、とシラハは自分に言い聞かせる。


――今勝負に出る必要はねぇ。もう少し、もう少しだ……。


 十八本目の矢を鉄槌で撃墜し、残るは眼前の矢一本だけ。これも凌げばカブートは一旦矢切れだ。もう一度詠唱して矢を補充しなければならない。僅かだが隙が出来る。そしておそらくこの隙で状況が好転する。


 シラハは好機に備えつつ、最後の矢を払おうとする。


――これで十九……待て、十九!?


 確か先ほどカブートは矢を二十本生成してはいなかったか。


 一本足りない。


――もう一本はどこだ……!


 シラハは目をこらしつつも、顔面狙いの十九本目の矢を払い飛ばす。


 すると、その、すぐ後ろに。


「ッ!?」


 シラハの体がガクンと仰け反った。頭部から矢を一本生やした状態で。そのまま、後方へと倒れていく。


 二十本目の矢は十九本目の真後ろにあったのだ。二本の矢はほぼ同一の軌道で飛んできていた。これが的射であったのなら、二十本目の矢は十九本目の後部に突き立っていただろう。射手の世界でこれを継矢という。言うまでもなく、絶技である。


 違うのは速度のみ。ちょうどシラハの目の前で、二十本目の矢が十九本目に追いつくように計算されていた。そのためシラハは二十本目を見失い、十九本目を払った瞬間にいきなり二十本目が真後ろから現れ、腕での防御が間に合わなかったのだ。――そう、腕ではだ。


「っ、と、と」


 頭部を射抜かれ倒れると見えたシラハだったが、途中でその五体に力が戻る。後方に倒れる勢いのまま、後方倒立回転(バク転)を経て跳ね起きる。


 その頭部には矢が刺さったまま。否。刺さっているのではない。


 シラハは矢を咥えていた。何と矢を噛み止めていたのだ。これにはカブートも驚愕したのか、


「悪食め」


 と毒づいた。

 矢を咥えたシラハはそのまま、ガリ、と矢を噛み砕き、鏃と破片を吐き捨てる。


「やるじゃねぇか。危うく舌を噛みそうになったぜ」


 ただ矢を躱すだけならこんなことをせずとも、ただ頭を横に振るか、仰け反るかだけで良かった。しかし後方のファス達のことを考えれば何とかして矢を止めなくてはいけなかった。


 だから歯で噛み止めた。言うまでもなく、神業だ。音越えの矢を噛み止める歯と顎の強さもそうだが、力加減の精密さが異常であった。


 噛む力が弱ければ矢は止まらない。かといって強すぎて矢軸を噛みちぎってしまえば、鏃部分が口内で自由になる。勢いの残る鏃はシラハの口内を前進し、脳幹を貫いただろう。


 だからシラハは矢を噛みちぎらない程度の力で噛みながら、仰け反り倒れる動作で矢の威力を逃がし、矢を止めた。


 だがこの神業に驚愕する者は幸いである。それは孤王の恐ろしさを知らないということだ。『明けぬ夜(ムルケティド)』を相手に、たった二人で前衛を張り、残りの五人を守り抜いたという事実の意味する所を知らないからだ。


 『射干玉狩る七曜(カールスヴォグナ)』前衛、拳法家、『雷拳』シラハ。身体能力や反応速度、身体操作精度で右に出る者などいない。


 シラハは改めて構え直す。が、カブートはすぐには射かけては来なかった。

 代わりにぼそりと呟いた。


「忠義立てをする割に、信用していないのだな」

「あぁ?」


 首を傾げたシラハにカブートは淡々と、


「お前が真っ直ぐ突っ込んでくるのは、あんな曲芸までして矢を防いだのは、あの少女とレゼーレ卿を庇うためだろう。お前は見るからに異国の冒険者。そこまでしてあの二人を守る義理などないはずだが。……あの少女からは政争の気配がする。それに気付かぬほど愚鈍にも見えん。俺とてレゼーレ卿が獲物でなければこの狩りに加わろうとは思わなかった」


 カブートの言う通り、確かにファスとレゼーレからは厄介事の気配がする。それはシラハも分かっている。だがシラハはその上で護衛として雇われたのだ。


「そうだよ。俺は冒険者だ。だから依頼はちゃんとこなすんだ。ギルドを通してない依頼でもな。相手が誰であれ、守るって契約が続いてるなら守るんだよ」

「そうか。少女を庇いながら俺を倒そうなどという傲慢はそれ故か。護衛など、レゼーレ卿に任せておけばよいものを」

「なんだ。怪我人に防げるほどあんたの矢はヌルいものなのか?」

「手負いといえど『十騎聖』。この国全ての武人が目指す頂点の一人。確かに短剣一本で俺の矢を防ぎきることは出来まい。が、切り札の一つや二つは隠していよう。逆に疑問だな。あの女と立ち合ったというのなら、どうしてあの女が少女を守り抜くと信用できない」

「滅茶苦茶言いやがるな」


 とシラハは口では言ったが、虚を突かれたような思いがあった。レゼーレは以前確かに言っていた。「私はこの左手一本でもファス様だけは死守する」と。だが今、シラハはその言葉を信じ切ることが出来ずにいる。


 レゼーレ達と出会った日の翌日、シラハは信用についての話をした。手の内を明かしておかねば連携が取れない。そう言ってシラハは『雷勁』を再び見せた。だが一方のレゼーレはシラハにどこまでを明かしているのだろうか。シラハとの戦いで見せたものが全てだったのか。本当にそうか。


 それが分からない。分からない以上、今ある情報で判断するしかない。その結果は「今のレゼーレではカブートの矢は防げない」だ。


 ――そうだ、それが最善……俺は間違っちゃいない。


 パーティは最低限お互いを信用することを前提とする。たとえ初対面の相手であろうともだ。その危険を冒すがゆえの冒険者である。そしてシラハは冒険者だ。


――だから信用するとかしないじゃなくて、ただ正しく現状判断をしただけだ。そのはずだ。


 カブートはシラハが僅かに動揺したのを知ってか知らずか、


「まぁいい。今となっては無意味だ。ようやくお前が本気を出す準備が整ったようだからな」

「……まぁ、あいつは護衛が本職らしいからな」


 シラハは背後の気配を探り、カブートの言葉が正しいことを知る。シラハが待っていた「機」が訪れていた。


 シラハがカブートを追いかけている間、レゼーレはただファスの盾になっているだけではなかった。隙を見てファスと共に少しずつ移動していた。そうして廃村に立ち並ぶ廃屋の一つの影に逃げ込んだのだ。


――あいつならそうするって信用した。


 途中でレゼーレの意図に気付いたシラハは、彼女達がカブートの射線から逃れられるように誘導しながらカブートの矢を捌ききっていた。


「あんたならあんな小屋なんて貫通できるんだろうけど、この矢じゃ無理なんだろ?」


 シラハは爪先で矢の残骸をつついた。地面に刺さると同時に矢軸が折れて、その破片がシラハの足下まで飛んできたのだった。


「魔術で大量生産した即席の矢……強度には限界があるよな。弦を引っかける矢筈ぐらいは頑丈にしてあるんだろうが、他の部分は脆いんだろ。噛み応えがなかったぜ」


 先日の賊の死体の側に転がっていた矢も砕け散っていた。


「人間は殺せる。魔物も柔らかめのは殺せるんだろう。けど石とか木の壁を貫通しようとしたらもう少し時間をかけて矢を生成するか、元々矢筒に差してある矢を使わなきゃいけない」


 カブートは魔術で矢を作れるにもかかわらず、矢筒を腰に付けている。おそらく魔術で生成するのが難しい特殊な矢や上質な矢が入っているのだろう。魔力切れに備えて、という可能性もあったが。


 シラハの言葉にカブートは首肯する。


「その通り。徹甲矢の生成には倍の時間とさらに多くの魔力を要する。徹甲矢の連射であの廃屋を粉砕するのは、お前を前にしては不可能だ」


 ファスとレゼーレが隠れたことで、シラハは二人を庇う必要がなくなった。つまり「回避」という選択肢をとれるようになったのだ。この意味は極めて大きい。


 だが、カブートは


「これでやっと、お前も余所見をせずに済む訳だ」


 それを敢えて見逃したのだと言外に述べている。つまり、カブートの方もまだ力を隠していると言うことだ。

 

 『流星群箭』が新たな矢を番える。


「ここからが決闘だ」


 対する『雷拳』は足に力を溜めた。

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