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挿話「賊殺しの弓使い・後編」

2026/5/20 誤字指摘により修正。ありがとうございます。

 視界に入る全ての賊を肉片へと変え終えた『流星群箭』カブートの表情に満足らしいものはない。ただ険しい顔のまま弓を下ろす。噎せ返るような血臭混じりの風がカブートの顔を撫でた。


「無意味だ」


 そう呟く。

 カブートにとってこれは虐殺でも狩りでもなかった。ただの的射だ。


――いや、あの頭目だけは獲物と呼んでもよいか。


 『飛斧』と言っていたか。元は名のある戦士だったのかも知れない。矢を何本か防がれた。

 だが結局はカブートを何一つ脅かすことなく終わった。彼がカブートに一矢報いたとすれば、


「『十騎聖』に成れなかった、か。そうだとも」


 ロカマドゥールには『ドゥーラの決闘』と呼ばれる決闘が存在する。その決闘の中で最も聖なるものは『十騎聖』を格付けし、選抜する決闘……『騎聖戦』である。その決闘にて『十騎聖』達は競い合う。


 また『十騎聖』ではない武人もごく少数選ばれ、挑戦者として『十騎聖』に挑むことが出来る。そこで勝利を収めたなら『十騎聖』の座を奪い取ることが出来るのだった。


 カブートは去年、その決闘に挑戦者として推挙された。これは快挙であった。『十騎聖』の座を賭けて争うだけでも一生の名誉だというのに、カブートは史上初、弓使いとして『騎聖戦』への出場権を獲得したのだ。


――長く、弓は蔑まれてきた。


 カブートは森番の子として生まれた。森番、といっても『晦冥(かいめい)の森』の番人ではない。貴人達が狩猟地として所有する森を守る仕事だ。


 森に魔物が増えれば弓を携えて間引きに行き、密猟者が出れば矢を射かけ半殺しにして捕らえる。騎士や冒険者に勝るとも劣らない、過酷な戦いに生きる狩人。森番の弓術はその戦いの中で鍛えられたものだ。カブートは先祖が代々継いできた弓術に誇りを抱いていた。


 だが世間はそうは見ない。ロカマドゥールは武人の国だが、弓使いはそれ程多い訳ではない。弓は裏芸や弱者の武器とされ軽視されている。

 それには様々な理由があるだろうが……やはり『騎聖戦』の決闘方式において弱いからだろう。


 『騎聖戦』の開始線間の距離は『ドゥーラの歩幅』で五十歩である。

 あまりにも短い。


 『十騎聖』クラスの使い手ならば五十歩の距離など一息で詰められる。肉薄されてしまえば弓はあまりに脆い武器だ。

 だがカブートはそんなことは百も承知だった。それを知りながら、それでもなお代々の弓術の価値を証明したいと望んでいた。


 当然の帰結としてカブートは『十騎聖』の座を欲した。ロカマドゥールで武芸の価値を示すには、それ以上の方法は存在しない。その執念が去年遂に『騎聖戦』出場という結果につながったのだ。


 だが敗れた。


 あの流麗に翻る長短二刀を一体何度夢に見ただろう。それを夢に見た日にはいつも決まって血潮が燃え上がるように巡り、その熱に焼かれるようにして目が覚めるのだ。


――いや、それよりもあの「微笑み」だ。


 対手の『十騎聖』は死合の最中でさえ優雅な微笑を絶やさず、カブートの矢を全て防ぎきり、無傷で勝利した。一見、カブートの惨敗であったが、それは違うとカブートは確信していた。


――二歩だ。


 もし開始線の距離があと一歩分だけ遠ければ勝負は互角だった。

 もし二歩分遠かったのなら、カブートは勝っていた。

 相手の『十騎聖』も理解していたはずだ。この勝負はたった一歩の狂いでひっくり返るのだと。

 にもかかわらず、彼女はどこまでも優雅であった。カブートが放つ流星雨のごとき連射と戯れることを楽しむように微笑んでいた。武人の鑑だ、とカブートは思う。


 年齢も、性別も、身分も関係はない。あれこそは『十騎聖』だ。武人の頂の一人だ。討ち取るべき極上の獲物。去年詰め切られてしまった「二歩」。それを守り抜くための修練をこの一年積んできたのだ。次こそはあの獲物を狩る。


 そう渇望する一方で、こう理解もしている。


――分かっている。千載一遇が二度も巡ってくることはない。


 『十騎聖』に挑むに足る実力と意志を持った武人は何もカブートだけではない。敗北を糧としてさらに力をつけた? 周りは決してそうは見ない。敗者はどこまでも敗者であり、既に敗北した者に二度目の機会が巡ってくることなど滅多にあるものではない。本当の真剣勝負とはそういうものだ。


――それでも、諦められるものか。


 故にカブートは狩り続ける。魔物を、高名な武人を、悪名高き賊を。


――だがこいつらのような屑相手では狩りにもならない。それでは駄目だ。


 ひたすらに大物を狩り、狩り、狩る。森番の子である彼はそれしか知らない。だからその狩猟の成果によって実力を証明する。それ以外に『十騎聖』への挑戦権を再び得る方法などない。


 この瞬間まで、カブートはそう思っていた。 


「それで隠れたつもりか」


 賊の討ち漏らしを仕留めに行こうとしていたカブートだったが、ふと立ち止まって振り返る。

 この野営地に生きている人間はカブートだけだ。にもかかわらずカブートは誰何する。その右手は既に矢を摘んでいた。


「何者だ。問いに答えぬのなら、俺はお前を獣と見なす」

「……僕が気取られるのか。今なお研ぎ澄まされている。やはりマホクとは違うんだね」


 声変わり前の少年のような声が、カブートに答えた。何らかの技術で声の響きを狂わせている。カブートでもおおよその位置しかつかめない。隠密に長けているようだ。


――物陰に隠れているのか。構わん。必要ならば、連射で遮蔽物の悉くを砕くのみだ。


 警戒を緩めないカブートに対し、声は姿を見せぬままに名乗る。


「僕は『使用人(サルヴィタール)』だ。分かるだろう?」

「――! 何用だ。もはや見切りをつけられたものと思っていたが」

「謙遜しなくていい。君は負け犬ではなく、未だに優秀な猟犬だ」

「お前達に飼われているつもりはない」

「近々、『十騎聖』に空席が生じる、と言ってもかい?」

「……」

「狩って欲しい獲物がいるんだ。女と少女の二人連れで……」

「俺が狩るのは武に生きるものだけだ」


 カブートは『使用人(サルヴィタール)』の声を遮った。


「下らない政争の走狗になるつもりはない。お前達に媚びずとも『十騎聖』の座は必ず狩る」

「もちろん旦那様は君の気質もご存じだ。安心したまえ。少女の方は「生死問わず」。傷一つ負わせず生け捕りにしたっていい。女の方は殺してもらうけど、その価値がある獲物だと思うよ。だって――」


 続けて『使用人(サルヴィタール)』が語った内容を聞いて、カブートは舌打ちをした。


「そうか。結局俺はお前達の手の平の上ということか」

「……いいや。それは僕たち次第だ」

「ほう?」

「標的がこの北部辺境を訪れる可能性はとても低い。僕たちはただの保険なんだよ。はっきり言って、旦那様はあまり期待をかけていらっしゃらない」


 『使用人(サルヴィタール)』は姿を現さないままだ。だが彼、あるいは彼女の声が熱を帯びつつあるのをカブートは感じ取った。カブートがあの夢を見た後に感じるものと同種の熱が、その声には宿っている。


「悔しいだろう? 僕たちが生涯をかけて磨いた技がただの保険で終わるなんて。僕たちは手の平の上で踊るんじゃない。旦那様の期待を上回るんだ。……たとえ可能性が低くとも、それが無でないのなら挑むに足りるはずだ」

「いいだろう」


 カブートは矢を矢筒に仕舞う。


「お前達の言葉は信用できないが、お前の野心は信じてやろう。この巻き狩りに一枚噛んでやる」


 そう『使用人(サルヴィタール)』に言い置くとカブートは今度こそ盗賊のねぐらを後にする。


――さっさと賊の生き残り共を片付ける。そしてその次は……


 カブートは弓を握りしめる。引き結ばれた口元が僅かに緩んだ。

 森番の子、カブート。彼の心が躍る時は、いつだって大物を追っている時なのだ。

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