第二十一話「賊」
注
若干のグロ描写あり。本作は戦いがメインの作品なので、状況次第で今回くらいの描写はあります。
ご承知おきを。
この先の街道に傭兵崩れの賊が出る。その噂を聞いたシラハ達は街に二日ほど留まっていた。が、賊が討伐されたという話は聞こえてこなかった。
これからどうするか。シラハ達は宿の部屋で話し合っていた。
「想像以上に厄介な賊なのかも知れませんね」
それがレゼーレの所感であるらしい。
武人の国であるロカマドゥールには、武術修行者が大勢いる。彼らは賊が出たと聞けば喜んで腕試しに行くような人種だ。むしろ誰が賊を倒しに行くかで争いになり『ドゥーラの決闘』が始まることさえあるらしい。
にもかかわらずその盗賊が未だ世にはばかっているということは、やはりそれなりの理由があるのだ。
無論シラハが負けることはないだろう。たとえ敵が百人いたとしても「百対一」ではなく、「百回の一対一」だ。シラハの神速で一撃離脱を繰り返せばそれが可能だ。加えて言うなら、シラハ自身は「百対一」でも全く構わない。
ただ、ファスを庇いながらとなると話は別だ。討ち漏らしが生じる可能性がある。レゼーレが何とかするだろうとはいえ、最後の守りである彼女を戦わせることは避けたい。
「じゃあ安全策でしばらくこの町で待ちぼうけか。別にそれでもいいけどな……」
「言わんとすることは分かるぞシラハ。もう何日か待った所で賊が討たれるという保証はないということだろう。むろん、月単位で待つのであれば話は別だが。そもそも賊が実在するとも限らない。噂だけで待つのは時間の空費だ」
ファスの言うことももっともである。
「つっても、その噂を確かめるのも面倒だろ。夜中に俺がひとっ走り行ってくるか? 街道沿いをしらみつぶしにして、見つけたら全員ぶちのめして、それでこっそり戻ってくる。……なんか行ける気がしてきたな」
一晩あれば十分だろう。『晦冥の森』で幾多もの夜を越えてきたシラハは夜目も利く。問題は一晩の夜遊びが許されるかどうかだ。
「そう言うわけで、ちょっと夜遊びしてきていいか?」
「どうぞ、と淑女に言わせるおつもりですか? 遊びでなく偵察だとしても……許容はできません」
「理由は?」
「そろそろ襲撃があってもおかしくないからです。ここも北部辺境だとはいえ、プリュノールに比べれば南寄り……つまり王都に少しだけ近い。加えて私たちが王都を発ってから日数も経過している。追手がこの辺りに手を伸ばし始めている可能性は十分あります」
「一晩もあんたらをほっぽっとくのはまずいってことか。ならどうする。日数の話をするならここで足踏みするのも悪手だぜ」
「それも確かです……同様の理由で迂回するのも好手とは言えません」
「単に距離が伸びるだけならともかく、街道を離れると魔物が増えて面倒だし、うっかり賊の根城にぶつかりでもしたらそれこそ最悪だよなぁ」
考慮すべき事項は出尽くした。あとは判断するだけだ。だが容易な判断ではなく沈黙が訪れる。
その中で判断を真っ先に下したのはファスであった。彼女は子供ではあるが同時にシラハ達の主人でもある。その主人は「行こう」と言った。
「存在も不確かな賊などより、「あやつら」に時間を与えることのほうが余程恐ろしい。明日には発とうぞ。……徒歩だとしてもな」
その結論に異を唱えられるだけの代案は出されず、シラハ達は出発することとなった。
その日は曇りであった。雨の予感はしないものの、日光が遮られどことなく陰鬱な天気である。
「こんな天気だからってわけじゃないが……あんたたち気をつけて行けよ」
と門番に心配されながら街を出る。
「そう言われてしまうと本当に賊が出てくる気がするから不思議なものだな」
ファスの様子は普段とは変わらないものの、弱気な台詞を呟くところを見ると内心不安なのだろうか。
「流石に俺とエールがいれば不意を打たれるってことはないはずだ。本当にいたら前もって教えてやるよ。心の準備に何秒欲しいんだ?」
「ほう、注文をつけて良いのか? 私は武人ではないゆえな。賊に驚かされる準備など何秒あっても」
「悪い。ちょっと止まれ」
「言った側からか!?」
「いや、これは……」
シラハは声を落とし、レゼーレにだけ聞こえるように
「あんた、血の匂いに詳しいか?」
「その質問がいかに不躾なものであるかはさておくとして。これは……確かに日常で流れることのない類の血ですね」
「見てこようか」
「……いえ。離れることの方が危険です」
「分かった。ファスは頼むぜ」
「言われるまでもありません」
「それは分かってるが、俺が言いてえのは」
シラハは適切な言葉が思い浮かばず言い淀む。そんなシラハを見てレゼーレが意外そうに目を見開いた……否、シラハの錯覚だろうか。
レゼーレはすぐに元の表情に戻ると、
「それも含めて、です」
と微笑んだ。
この言葉を省いた会話については、すぐに答え合わせの機会が訪れた。
◆
「まぁ、ろくな死に方はしてねぇと思ったが」
シラハは地面にかがみ込む。草原に飛び散った血痕。しかしそれは血臭の主たる発生源ではなさそうだった。血痕はとっくに乾き、変色している。
それよりも、付近に飛び散る肉片だ。握り拳大のものもあれば指先程度のものもある。小さい肉片は乾いてしまっているが、大きめの肉片は未だに生乾きで、そちらの方が強く血臭を発している。
「こりゃなかなかにひどい」
人の胴体に火薬でも詰めて爆発させればこうなるだろうか。人、と判断したのは骨片と衣服の切れ端からだ。
――これはファスには見せない方が良いな。
とシラハが思ったときには既にレゼーレはファスの視線を遮っていた。
「誰か亡くなっておるのか……? であれば祈りくらいは捧げねば」
「恐れながら、心の中でお願いいたします。酸鼻、という表現がこれほど適する状態もありませんので」
胴体は粉々に吹き飛んでいるが、頭部や末端は半端に形が残っておりそれがまた凄惨さをあおる。
血臭を嗅いだときから惨殺死体があるような予感はしていた。シラハは庶民で、さらに冒険者のため死体慣れしているが、ファスには刺激が強すぎる。だからシラハはレゼーレに「ファスを頼む」と言ったのだ。いざとなれば目隠ししてやってくれと。
――新しいってほどでもないが、丸一日くらいしか経ってねぇな。時間が経ってるならもっと腐りきってるはずだ。それか、獣か魔物に平らげられてるか。
シラハは淡々と死体を検分する。レゼーレも遠目から観察しているようで、
「まるで爆ぜたかのよう。こんな亡骸は見たことがありません。鈍器か何か……あるいは魔術でしょうか」
「そうか。俺は違うと思うね。けど議論は後にしようぜ」
シラハが街道の方へ振り返ると、
「て、テメェら有り金全て置いてけ!」
殺気立った、みすぼらしい男がシラハ達に向かって手斧を振り上げていた。
「なっ、いつの間に」
ファスは脅し文句を聞いて初めて気付いたようだ。
「一見開けた草原でも、起伏とか岩とかで案外身を隠せるもんだ。街道から見えなきゃ良いなら案外待ち伏せ場所には事欠かねぇんだよ。……なぁ、そうだろ? あんた」
シラハがファス達の前へと出る。
見たところ取るに足らないごろつきだ。だが様子がどうもおかしい。異様なほどに興奮しているように見える。
隠れながら獲物に忍び寄る動きは随分と手慣れた様子だった。人を襲うのが初めてということはあるまい。れっきとした盗賊だ。襲撃にも慣れているはず。
にもかかわらず、目は血走り、呼吸は荒く、振り上げた斧は小刻みに振るえている。
「黙れクソ野郎! とっとと金出しやがれ!」
一人で出てきたのも妙ならば、女子供連れ相手に金品だけを要求するのもおかしい。
――こいつ、錯乱してるのか?
シラハの経験だと孤王に遭遇した人間によく見られた反応だ。気が触れてしまうような恐ろしい何かに出くわして、それでも何とか理性を保とうといつも通りの行動を繰り返そうとする。
「あんた、何に怯えてるんだ?」
「う、うるせぇ! 金出さねぇなら死ね!」
賊が斧を振り下ろしてくる。
それをシラハは指二本で挟み止める。
「がぁああああああああ!」
賊はなぜ斧が止まっているかも理解できない様子で、絶叫と共にただただ力を込めてくる。やはり正気とは言えない。
――じゃあ、ちょっとばかし鎮静剤をくれてやるとするか。
シラハは賊の全身に「鎮静剤」を処方してやった。
「痛ぇ……痛ぇよぉ……」
シラハにたこ殴りにされた賊が地面に転がっている。うめき声の様子を聞くと多少は冷静さを取り戻したらしい。これなら話が出来そうだ。シラハは賊の髪の毛をひっつかみ無理矢理自分の方へと向かせる。
「よう。多少は目が覚めたみたいだな。なんで俺があんたを殺さなかったか分かるか?」
「知るかよぉ……殺したきゃ殺せよぉ……」
「そうはいかねぇ。あんた、最近噂の盗賊団だろ。痛めつけられたくなかったら仲間の人数とか根城とか、全部吐け」
「盗賊団」と聞いて、賊の目の色が変わる。
「知らねぇ! 知らね……ゴフッ!」
また狂気の世界に入られては困るので適度に現実的な苦痛を与えてやる。
「ふぅん。その様子を見ると、お仲間関係で何かあったって感じだな。何があった。何を見た」
「……」
「だんまりか。なら当ててやろうか。あんたらの仲間はもういない。みーんな、そこの死体みたいになっちまったんだろ」
シラハが惨殺死体の方にも指さすと、賊は絶叫した。
「ここにも……ここにも! クソ、クソ、クソ! やっぱりダメなんだ、逃げても無駄なんだ! おしまいだ! 俺もあいつらみたいに……ゲボッ!」
「頼むからちゃんと喋ってくれよ。誰がいつどこでどんな風に、あの死体を作った?」
何度も殴られたせいで騒ぐ体力もなくなってきたのか、賊がぽつぽつと語り始める。
「知らねぇ、ほんとに……昨日たまたま俺はねぐらを離れてて……それで帰ったら、みんなやられてたんだよ。そこのヤツと同じだ……弾け飛んだ見てぇだった。血やら内臓やらが辺り一面に飛び散って。どれが誰のかも分からなかった。……でも、親分の死体だけはまだまともに残ってた」
「親分?」
「『飛斧』のマホク親分だ」
その名を聞いて、レゼーレが反応する。
「『飛斧』マホクですか。聞いたことがあります。名うての傭兵だったと」
「そうだ。俺らみたいなちんけなごろつきとは違う……あの人はもともとガチの傭兵だ。あの人一人で俺達三十人、素手で殺せるくらい強いんだ。ほんとかどうか分からねぇが、あの『極彩色』とやり合ったこともあるって」
「『極彩色』?」
「傭兵上がりの『十騎聖』、クネヒトの二つ名です。衣装のセンスが実に……実に個性的で、前衛的で、目眩がするようなものであることが由来とされています」
レゼーレは「ちなみに」と声を落として、
「賊の頭目、マホクの名はクネヒトから聞きました。戦ったことがあるというのは虚偽ではなさそうです」
「じゃあそのマホクとか言うのも最低限の実力はあったんだな。ほんとの雑魚なら瞬殺されて終わりだ」
シラハとレゼーレが声をひそめて会話する間にも、賊の言葉は続く。
「意味分からねぇよ。何がどうやったらあの親分を、あんなゴミみたいに殺せるんだ……もういやだ、俺はあんな風に死にたくねぇよ……」
「おいおい、そりゃ虫が良すぎねぇか。あんたは盗賊やってんだろ。盗みは確実として、殺しは? 暴行は? どうなんだ」
「……」
「そうか。だったら何にどう殺されたって文句は言えねぇはずだ。死に方を選ぶ権利があるとでも?」
「分かってる、分かってる……俺が馬鹿だった……親分がカタギ殺しを咎めなくなって、みんな少しずつおかしくなって、俺も……それだけはダメだって、踏みとどまらなきゃいけなかったのに」
賊は反省の言葉を口にしているが、所詮は賊で盗み自体を反省する様子はない。
それに言葉に責任を持てるような人間はそうそう盗賊にはならない。見逃した所で再犯するだろう。
レゼーレも同意見のようで、冷めた目で賊を見下ろしている。短剣に手を掛けているのは「殺してしまえ」という意思表示かも知れない。
そうした方が良いとシラハ自身も思っている。しかしシラハは師の呪いを否定してやらなくてはならない。「人殺し」を選んではならないのだ。
「そうかよ。よく分かった。反省してんだな」
「そうだ、そうだ……」
「あんたは運が良いな。本来はあんたは突き出されて縛り首だが、生憎俺達は忙しい。見逃してやる。でもただで見逃す訳にいかねぇのは分かるよな」
だからシラハは落としどころとして、賊の右腕を奪うこととした。
賊の右肩口に拳を打ち込む。ぱぁん、と軽い音を立てて男の肩が爆ぜた。腕が千切れて二の腕以下が地面にぼとりと落ち、腕を失った肩口からは血が流れ出る。
「ぎ、ぎゃあああああああああ!」
「腕を挽肉にされるのは痛ぇよな。俺も経験あるから分かるぜ。……あんたの利き腕を奪った。これでもう賊は続けられねぇだろ。本当に反省してるんならどっかの教会を目指せ。誠心誠意懺悔すりゃ、信仰に生きることが赦されるかも知れねぇな」
◆
シラハ達は賊がほうほうの体で去って行くのを見送る。
「見逃したのだな。結構な悲鳴だったゆえ、てっきり殺したのかと思ったぞ」
レゼーレの目隠しによって声しか聞いていないファスが呟く。
――耳も塞いどくべきだったか?
等と思ったが、ファスの落ち着きぶりを見ると無用な心配だったようだ。もともと異常に肝の据わっている子供であったのを忘れていた。
「殺っといた方が良かったか?」
「いや、もうあの者が誰も脅かさぬのであれば、どうなろうと構わぬ」
一方レゼーレは一言だけ「甘いのですね」と呟いた。
「ですがその不殺ゆえに私達が助かったのも事実ですから、とやかくは言えません」
「そういうことにしておいてくれ。今はそれより誰が盗賊団を殺ったかのほうが重要だ」
「やはり魔物ではなく人と見ますか。得物の目星も付いているのでしょう?」
「ああ、これは矢だと思う。……ああ、多分これだ。矢羽根っぽいだろ」
シラハが落ちていた木片を拾い上げる。羽が付いた木片だ。
「……確かに、そう見えなくもありません。ですが本当に?」
「ああ。似たような現象を見たことがある。普通の矢をめちゃくちゃな威力で放って、弱い敵に打ち込むとちょうどこんなふうになるんだ」
並外れた強弓で並の作りの矢を放った場合、命中時の衝撃に鏃と矢軸が耐えられず、矢が「潰れる」。すると矢が持っていた破壊力が全て対象の肉体に炸裂し、このように体が爆ぜるのだ。鋭く頑丈な鏃、強靱な矢軸を使った矢ならこうはならず、ただ貫通するだけだ。
シラハの仲間の一人、工学者は様々な弓やクロスボウを作っては魔物相手に実験していた。その過程で得られた知見だった。
――けどあいつの弓はよく分からねぇ素材やら機構やらをつかった特別製だ。もし、これを伝統的な作りの弓でやったやつがいるとすれば……
それは一体どれほどの強弓で、それを引ける射手は一体どれほどの強者なのだろうか。
「十中八九冒険者だと思うが……いずれにしても大分強いな。この弓使いが敵じゃないことを祈るぜ。『格』でいえばエールくらいはあるんじゃ――エール? どうした?」
レゼーレが考え込んでいる。まるでその射手に心当たりがあるかのように。




