第十七話「『ドゥーラの決闘』」
『ドゥーラの決闘』。呆れるほど血気盛んな風習だが、シラハはその手のものが嫌いではなかった。シラハ自身も戦いを楽しむ類いの人間だ。つまるところ極め付けの阿呆の一人である。
だが『決闘』が証人を必要とするのなら、その証人に向かって対手を投げ飛ばすのはいかがなものかと疑問に思うくらいの理性はある。
――あのシモンとか言うやつ、わざとやってんじゃねぇだろうな。
壮年の剣士シモンが放った投げ技によって、相手のロックはぶん投げられ、シラハ達「証人」に向かって飛んでくる。
宙を舞うロックはシラハを含めた「証人」に向かって
「どけ! 蹴飛ばされてぇか!」
とわめくが、「証人」の数は多い。人垣の中で咄嗟に身動きが取れた者は少なく、このままでは何人かがロックの犠牲になってしまう。そこにはファスも含まれる。
「……む!?」
ファスは目を見開いて硬直している。状況は理解しているが体がついてこないと言うところだろう。
――どうすっかな。
むろん、ファスの危機にレゼーレは極めて俊敏に反応している。既にファスを庇うように前へ出ていた。飛んでくるロックや倒れてくるだろう他の証人を受け止めることは十分出来る体勢だ。あるいは、ロックを逆に投げ返すことすら出来るだろう。
だが華奢な女がそんな怪力を披露しては非常に目立つ。エールの正体が露見するかも知れない。
――なら、俺の仕事だな。
怒号と悲鳴が飛び交い始めた人混みの中、シラハは人知れず拳を構える。
狙うは空。空気以外の何も打たない代わりに、ほとんど加減をせずに拳を振るった。
――『中天槌』。
当たり所によっては孤王にすら効く理外の拳。それは空気を巻き取り、押し出し、一陣の突風を巻き起こす。
「うお、何だ!?」
と人々がどよめくも、彼らは強風に煽られてバランスを崩さないよう踏ん張ることしか出来ない。
だが空中のロックにはそれすら出来なかった。
「クソッ!?」
ロックはなすすべなく風に揉まれる。が、姿勢を乱されつつもきちんと足で着地した。人垣から離れた場所に。
「何が起こりやがった!?」
着地の巧さを見ても、ロックがそれなりの実力者の部類ではあるのは明らかだ。だが状況を把握できていないのは他の者と同じである。
『雷拳』シラハが本気で放った拳だ。視認できたのはレゼーレただ一人だろう。
だからこの場の共通認識はこうであった――急に吹いた風が、ロックの着地地点をずらした結果、誰も巻き込まれずに済んだ。幸運の風だと皆が思ったに違いない。
しかし幸運ではなく不運と捉えた者もいた。
「あー、うん。ちょっとしらける結果だね」
シモンはのんびりした口調でそう言いながら、いつの間にか剣をロックの喉元に突きつけている。シモンはロックを投げた後すぐに追撃を仕掛けていたのだ。
とはいえ本来なら間に合うことはなかった。ロックが人垣に突っ込んでしまった場合、シモンも流石に全力では踏み込めないからだ。
「ぶん投げ過ぎちゃったのは九割はそこのウリ坊のせいだけど……まぁ一割くらいは俺も悪い。「証人」の皆さんを巻き込みかけたのは申し訳なかった。だから今のは「場外」で仕切り直しくらいにしか考えてなかったんだけどね」
だがシラハが落下地点をずらしたことにより追撃が間に合ってしまった。それを指して「しらける結果」と言ったのだろう。
「まぁでもこれが建国王の思し召し。トラブルに対応できなかった君の尻の青さが敗因だよ、ボクちゃん」
ロックは顔を真っ赤にして震えている。歯軋りの隙間から
「……クソがッ!」
と怨嗟を漏らしたが、抵抗することはなく剣を収めた。
「勝手にしやがれ!」
それを捨て台詞にロックは立ち去る。
こうしてシラハが初めて目撃した『ドゥーラの決闘』は決着した。
今より数百年前、サンデ大陸にロカマドゥール王国を建てた英雄、ドゥーラ。
彼は王国に尚武の気質を絶やさぬため、国民達に決闘を行うことを許した。いくつかの作法を守ることで、暴力は聖なる決闘……すなわち『ドゥーラの決闘』となる。
この一見野蛮な風習をロカマドゥールの民達は継承し続け、今に至るのだという。
それをファスとレゼーレから聞きシラハは、
「なんつうか、よくそれで国が成り立ってるよな」
「実際を言うとな、苦労も多いのだ――と聞く。が、気性の荒い馬ほど勇敢でよく走るであろう? この『ドゥーラの決闘』により切磋琢磨し合うロカマドゥールの武人は大陸最強との呼び声も高い」
『格』を上げるためには真剣勝負が欠かせない。冒険者は魔物との殺し合いを通して『格』を上げていくが、ロカマドゥールの武人達は『ドゥーラの決闘』という方法を取るらしい。
「建国王と証人の前で誓いを立てることで退路を断つのです。それにより勝者はより高い『格』に立つことが出来る。ですから武人は証人への感謝と共に戦うものです。証人を巻き込んで怪我を負わせるような武人は存在しません。いるとしたらそれは武人ではなく獣ですね。そうね、例えば猪や猿でしょうか。獣が獣なりに懸命に決闘の真似事をしようとしたのなら……周りが見えなくてそんな惨事を起こすこともあるでしょうか」
レゼーレの表情は見るものを釘付けにするほどに美しく穏やかだが、その女神のごときかんばせと丁寧な口調から強烈な毒が繰り出されることは既にシラハも知っている。
「殺気漏れてるぞ」
「あら、殺気だなんて。それで害獣を駆除できるなら一考の余地はありますが、そうではないでしょう? ただはしたないだけの振る舞いです。そんなことは致しません」
レゼーレはそう言いつつ、左手で腰に差した長短二刀の鞘を撫でている。「やるなら自分の手でぶっ殺す」ということだろう。そちらの方が余程はしたないような気もする。
「二人とも、何の話をしておるのだ? それよりも早く次の店に行こうではないか! 頭巾が入り用なのだろう?」
ここまでにも随分と市場を回ったし、決闘の一件もあった。そろそろ帰らないとファスの疲労もぶり返すだろう……というのは無用な心配のようだった。おそらく服屋が気になって仕方がないのだろう。こうしていると本当にただの年頃の娘にしか見えない。
「ああ。頭巾は早めに買っておいた方が良いと思うぜ」
シラハはレゼーレの方へと振り返る。
身長に比して小さな顔、白い肌に長い睫の女。それがシラハを見ている。
「いくら何でも目立ちすぎるツラだ」
もしレゼーレの容姿について十人に評させたのなら、七人が「美女」、二人が「美男子」と答えるだろう。ちなみに残りの一人は嫉妬の余り嘘をつくか、あるいは……
「目立つというのは、この入れ墨のことでしょうか? 別に珍しくはないと思うのですが」
レゼーレは頬に刻まれた赤い花の入れ墨に触れている。
「まぁな。ただ、あんたの程凝ってるのはあんまり見ねぇよ。それをあんたみたいな美人が顔に入れてるってのは、記憶に残りやすい」
「自覚ねぇのかよ」とシラハは続けるつもりであったが、出来なかった。はっきりとした拒絶の気配を感じたからだ。これこそ「殺気」めいている。レゼーレの柔和な笑みは変わらないが、暖かさの全く絶えた笑みだった。
「あー、まぁだから、変装用に必要だ」
シラハは辛うじて、そう返したのだった。
彼女たちとは利害の一致で同道しているだけなのだ。わざわざ見えている逆鱗を撫でる必要はない。
頭巾といくつかの小物を買うだけであったが、随分と時間がかかった。とにかくファスがレゼーレに色々と買いたがるのだ。
顔と頬を隠せて悪目立ちしなければ正直何でも良かったのだが、それを口に出してはいけないというのは知っていた。
冒険者パーティ、『射干玉狩る七曜』は七人中四人が女だった。シラハや戦士が下手を打つとすぐに集中攻撃の憂き目に遭う。『射干玉狩る七曜』において最強の双璧を成す二人も、舌戦においては必ずしもそうではなく、大抵は全面降伏を強いられた。
一度工学者に「君はそれなりに気が利く方ではあるのだから、あと少しだけ女心を知りたまえ。女中君と魔術師君が可哀想だ」といわれたことがある。その真意は不明だ。
ただ、少なくとも女の買い物を止めるのは大罪であるらしいということについては学習済みだ。
だからファスがつば広の帽子やら、ヴェールやらいささか華美な装飾品を買おうとしているのについても特に口出ししなかった。
最終的にはファスも冷静になったのか、
「むぅ、今回は実用が最優先だからな。また落ち着いたらエールに合うものを見立てよう」
と納得し、当初の目的通り地味な旅人用の頭巾を購入した。日焼けや逆に防寒の意味合いでこうした頭巾を被ることは珍しくない。これならレゼーレの輝かしい美貌も少しは隠せることだろう。
その後は宿に戻った。今、ファスとレゼーレは部屋で荷物の整理をしている。
シラハは一人で雑用だ。ファスとレゼーレは何があっても離れてはならないらしいので、女子供連れでは行きにくい場所に用があるときはシラハが単独行動を取るしかない。ファス達がシラハを雇ったのは純粋に「男手」という意味合いもあったのだ。
そしてその帰り道のことだ。
「あぁ、いたよ。そこの背の高い兄ちゃん、ちょっといいかな」
声を掛けられ、シラハが振り返るとそこには先の『ドゥーラの決闘』の勝者、剣士シモンがいたのだった。




