第十六話「楽しいお買い物」
朝食を終えてシラハ達はプリュノールの市場へ着いていた。
こんなに混んでいるとは思わなかった、というのがシラハの感想だ。
昨日街に到着した時も人の気配や活気は感じたが、人通り自体はまばらだった。おそらく昨日は市場が開かれない日だったのだろう。それに日没も近かった。
だが今日は違う。天幕が連なり、人々がひっきりなしに行き交っている。誰かと肩が触れあう……とまではいかないものの、歩きづらさを感じるくらいには賑わっていた。
レゼーレは先ほどからファスにぴったりと寄り添うように歩いている。
「まずは食料ですね。パンと燻製、ドライフルーツあたりは揃えたいものですが。あら、あの店に一通りありそうですね」
「おい、止めとけよ。ああいういかにも便利な店は無駄に高いもんだぜ」
「この人混みの中で長居したくないのです」
「そりゃそうだが、ファスの気晴らしになる程度には見て回って良いんじゃねぇの。まともに休めるのは久しぶりなんだろ」
「それは……」
レゼーレが言い淀むのも無理はなかった。ファスは市場のあれこれに目を輝かせている。
「おぉ、孔雀だ! 花孔雀がいるではないか!」
今、ファスが指さしたのは檻に入った鳥だ。花孔雀。尾部にある飾り羽は一見地味な緑色だが、広げると色彩豊かでまるで花束のように見えることでその名が付いた。
「あー、ほんとだな。花孔雀か。金持ちが欲しがるもんで、結構な小遣いになるんだぜ。もちろん飾り羽の模様次第だけどな。あいつはどうかな」
奇しくも、そのタイミングで花孔雀がぶるりと身を震わせた。飾り羽が花開く。緑に隠されていた花は青色だった。
「良い色だ。青菊のようではないか。もう少し華やかな色の方が好まれるとはいえ、これはこれで悪くない」
「はい。羽に目立つ傷はありませんし、模様も乱れてはいません。それに何より良く肥えています。きっと脂が乗っていますよ」
「ああそうだな。脂が乗ってて美味そ……、いや、待て、エール。何だよその感想は! まさかあんた花孔雀を食うのか!?」
驚愕の意を込めてレゼーレを見ると、向こうも「何を言ってるんだこいつは」とでも言いたげな半眼で
「……? 逆にお聞きしますが、食べないというのならどうするというのです?」
「そりゃあ、あれだ。観賞用とか、工芸品の素材とかだろ。こんな珍しい羽してるんだし。ミナツールじゃ食うなんてそんな話を聞いたことは」
「ロカマドゥールでは食します」
「それはあんたが悪食な」
「食します」
「……マジ?」
シラハがファスの方を見やると、
「うむ。食べるぞ。ローストの味は悪くない。が、やはり花孔雀と言えば飾り羽だな。ローストに飾り羽を添えて供することで宴会が一気に華やぐ」
「やっぱり観賞用じゃねぇか」
「ですが食用であるのも事実です。ですから二度と悪食などとは口にしないように。よろしくて?」
「……おう」
などとたわいのない会話をしながら、物資を仕入れていく。
シラハとしては気が楽だった。これだけ賑わっている市場であれば話題が尽きると言うことはない。
――けど、そもそも会話を持たせる必要あんのか?
どこか茶番めいているように感じてしまう。向こうは会話があろうとなかろうと気にしないのに、シラハが気を遣って話しかけるから、向こうも無理に応じているかのような。そして逆も然りであるような。
それこそ気にしすぎだろうか。
レゼーレもファスも表情を取り繕うのが非常に上手い、とシラハは思う。シラハの眼力ではその本心まではとてもうかがい知れない。
――世間話はパーティの潤滑油って戦士が言ってたし……いや、でもよく考えたら復讐者や聖職者はそんなに喋る方じゃなかったよな……
細かいことを考えず、寡黙に護衛に徹するべきなのだろうか。しかし護衛という困難な仕事をする上で信頼関係を築いていかなければならないのも事実のはずだ。
――レゼーレと戦ってたときの方がまだ会話になってたような気がするぜ。
新しい人間関係を築くのはこんなにも面倒なことだっただろうか。悩みが尽きない。
だがシラハの思考は唐突に打ち切られた。
――殺気? ってほどでもねぇが……
近くで不穏な気配がする。シラハが素早く周囲を探ると、どうやら近くで言い争いが始まったようだった。武器屋の方からだ。剣だの槍だのが並んでいる露店の前で、若者と壮年の男性がにらみ合っている。
「おい、おっさん。まさかその剣を買うつもりか?」
「そうだけど。だったら何?」
「ケッ、冗談きついぜ。止めとけ止めとけ、五十肩が悪化するぜ、おっさん。代わりにオレが買うから失せろよ」
どうやら売り物の剣を取り合っているらしい。確かに両者の間には木組みの台があり、そこに一本の剣が掛けられている。握りは片手分で、刀身はシラハの腕と同じか少し短いくらいだ。レゼーレが使っているものよりやや幅広だが、同種の武器である。
見れば言い争う若者と壮年男性もそれぞれ片手剣を腰に下げている。ロカマドゥールではごく一般的な武器なのかも知れない。
「エールよ。あれは取り合うほど良い剣なのか?」
「さて、どうでしょうか。剣の良し悪しというのは最終的には手に取ってみなければ分かりませんので。ですがあれは黒檀鋼のようですね」
名前を言われるとシラハにも聞き覚えがある。鉄より「少し重い」以外には特徴のない金属だが、その微妙な重さを好む戦士もいるのだとか。あの二人もそんな剣士なのだろうか。
一見するとガラの悪そうな若者側が因縁を吹っかけているように見えるが、壮年の剣士も血の気が多いようで、
「心配どうも。でもこれはガキが振り回すおもちゃじゃないから。ボクにはまだ早いかな」
「……! へぇ、そうかよ、だったらもう一つ心配してやるぜ。おっさん……その年で怪我でもしたらよ、もう治らねぇんじゃねぇのか?」
「なんだ。遊んで欲しいの? 仕方ないなぁボクちゃん。おままごとでいいかい? まさか君みたいな貧弱な子がチャンバラしたいなんて言わないだろ?」
既に両者は剣に手を掛けている。このままでは人で賑わう市場で刃傷沙汰だ。
――やべぇな、誰か止めねぇと。衛兵は……近くにはいないか。
などとシラハが見渡していると、武器屋の店番がすっ飛んできた。
「ちょっと、困りますよお客さん! いくらおいらの打った剣の出来が良いからって……」
店番は二人の間に割って入ろうとする。
――おいおい! 勇敢なのはいいが……!
店番は鍛冶屋の弟子なのだろうか。腕は太いが、戦士の体つきではない。シラハはいざとなれば助けに入るつもりで見守っていると、店番は予想に反してとんでもないことを言い出した。
「戦るならちゃんと建国王に誓いを立ててからにしてくんないと!」
「……そうだな。ワリ」
「おっと僕としたことが……すまないね」
シラハは思わず「は?」と漏らす。おそらく今、シラハは凄まじい間抜け面をさらしているだろう。
争いを止めるどころか煽った店番もそうだが、あのいかにも好戦的な二人が店番に謝意を漏らしている光景も、余りにシラハの想像の外にあった光景だ。
だが二人の剣士の戦意が失せた訳ではない。二人は通りの真ん中にまで出ると、ある程度の間合いで向かい合う。あくまで「戦る」つもりだ。ただ、
「……まぁ、おっさんの人生最後の決闘だしな? レイギタダシクやってやるよ」
「わぁ、難しい言葉を知っているね」
張り詰める空気を察した周囲の人々はさっとその場を離れるが、本当に立ち去ってしまう者はむしろ少ない。ほとんどの者は少し離れたところから二人を見物するように取り囲む。
本当に訳が分からない光景だった。町中で斬り合おうという異常者を見物するなど、危機感が足りないとしか思えない。
「エール、何なんだこれは」
「『ドゥーラの決闘』が始まるのです。……しかし困りましたね」
レゼーレは少し柳眉をひそめ、
「生真面目に建国王の名を出すなんて、どうにも間の悪い方達です。どうせ戦るのならさっさと斬り合って下されば、こちらも立ち去れたものを」
「え」
シラハにしか聞こえない程度の小声だったが、非常に物騒な台詞が聞こえた気がする。
「シラハ、エール? 何か言ったか?」
「いえ、何も。して、ファス様、いかがいたしましょうか」
「むろん、結果を見守ろう。気苦労を掛けるな、エール」
「仰せのままに」
「いや、待て待て、どう見ても厄介事の気配だろこれは。さっさと離れた方が良いんじゃないか」
「シラハ、それは違うぞ。護衛を全うしようとせんがための進言であるのは分かっているが……『ドゥーラの決闘』の証人となるのはロカマドゥールの民の聖なる義務だ。それに、そなたも気になるのではないか?」
「……ん、まぁ、俺自身は確かにそうだが……」
シラハはちらりとレゼーレを横目に見ると、彼女は小さく「致し方ありません」と言った。
「彼らがきちんと手順に則って決闘するのであれば、可能な限りそれに立ち合うのが望ましいのです……ほら、ご覧になって」
二人の剣士はシラハ達を含む人々、つまり決闘の証人達に見えるように各々の武器を高々と掲げている。
「建国王ドゥーラに誓う! オレの名はロック! あの剣にはこのおっさんよりオレのほうが相応しいと今ここで証明する!」
「偉大なる建国王、ドゥーラに剣の誓いを立てる。我が名はシモン。我が積年の練武を以て、かの剣を勝ち取らんとする者なり」
名乗りを終えた二人の剣士は遂に剣を構え、斬り合い始めた。
「オラァ!」
「シッ!」
両者とも、そこそこ良い動きをしている。
ロックと名乗った若者の剣は荒削りだが、荒削りを開き直るような大胆さがある。『格』にも自信があるのだろう。身体能力を押しつけていくような太刀筋だ。
――まぁまぁやるじゃねぇか。冒険者で言うと二級くらいの腕か?
見たところ二十代前半。それで二級相当の実力なら、一般的にはかなりやる方だと言える。
そのロックに対する壮年の剣士シモンもまた相応の使い手だ。彼の動きは極めて無駄が少ない。真っ直ぐ前方に構えた剣をかすかに動かすだけでロックの猛攻を凌ぎきっている。『格』より『技能』に長けた剣士だ。シラハ個人としてはこちらの方が気になる。
――おっさんの方はあんまり力まねぇな、剣の重さを上手く使ってんのかな。
レゼーレにも似た、対人慣れした動きだ。
ともあれ、面白い見世物ではあった。この『ドゥーラの決闘』とやらは聖なる決闘らしいが、その「証人」たちは野次を飛ばしていたりもする。驚いたことに賭けをしている者もいるようだ。
彼らの様子からして、市場でいきなり決闘が始まるというのはそれ程珍しいことではないようだった。
――全くとんでもねぇ国だな、ロカマドゥールは。どいつもこいつもすぐに武器を抜きやがる。
果たしてこの決闘はどこまでやるのだろうか。流石に寸止めだろうが、事故も十分あり得る。さてどうなるのか。
「くたばれやおっさん!」
ロックが突進しながら下段から切り上げるのを、
「隙だらけだよボクちゃん」
シモンは剣を乗せるようにして出鼻を抑えるも、
「軽いんだよ!」
突進の勢いを剣に乗せ、力尽くで弾き上げようとしたロックの襟首を
「やれやれ、まるで猪だね」
シモンの左手が掴み、後方へと投げ飛ばす。ロックの突進の勢いを利用した投げ技だ。
「チッ!」
ロックの体は宙を舞う。だが、それがまずかった。
――やべぇ、こっちに来るぞ、あれ。
シラハ達のいる人垣の方まで飛んでくる。速度がかなりある。反応の良い野次馬は慌てて避けようとするが、何人かは間に合わない。
そして間に合わない者達の中にはファスもいた。




