第十四話「護衛心得」
「レゼーレあんた、他の店でもあんな風に金貨ちらつかせてねぇだろうな。ビビられるか、嫌がられるか、カモられるか。どれにせよ良いことないぜ」
「ですが話は早く進みます」
レゼーレが澄ました顔でそんなことを言うので、シラハは「マジかよ」と唸りながら脇にあった椅子に腰掛ける。
今シラハ達は宿の二階、角部屋にいた。宿の主人が言っていた通りに上等な部屋だ。ベッドが妙にふかふかしている。布と藁だけではこうはならない。流石に羽毛入りとまではいかないだろうが、綿ぐらいは入っているだろう。
ここはファスとレゼーレの部屋になる。レゼーレは部屋中を歩き回って検分している。護衛の仕事の一環だろうか。ベッドをはたいてみたり、窓にはまった格子を小突いてみたりに忙しい。ファスはもう一つの椅子に座りながらそんなレゼーレを眺めている。
シラハの部屋は隣だ。ここに比べれば一段格は落ちるようだったが、それでも十分良い部屋のように見えた。
「まぁ話が早いのは良いことだがよ、大盤振る舞いして路銀が持つのか? 今持ってる分しかねぇんだろ」
シラハはいざとなれば自分で立て替えるつもりではあったが、それを最初から口に出すほど世間知らずではない。
「ご心配には及びません。ミュライユまでは十分持つはずです。もし不足したとしても……」
「宝石だのを換金すればいい、か? 伝手がなきゃ換金も面倒だぜ」
盗品や偽物を疑われたり、そうでなくとも買い叩かれる。
シラハがそう言うとレゼーレは一瞬だけ黙した後
「確かにその通りかも知れません。高額なものを換金すれば噂が立つ。金貨は目立つ。本来なら厳に慎むべきです。……しかし」
レゼーレが横目でファスの方を見る。
椅子に座ったファスはうつらうつらと船を漕ぎ始めている。
「ファス様には少しでも早くお休みいただきたいのです。一秒でも早く寝所を手配する必要がありました」
ファスが休息するための時間が買えるのならば金貨を出しても安いものではある。ファスが体調を崩したら元も子もないのだから。しかし一方で派手に金を使えば噂が立ち、敵に気取られる危険性が高まる。
絶対的な正解はない。常に状況を注視し、判断をし続けねばならない。そんな状況にレゼーレはある。そして今やシラハもその立場だ。
「考えることが多くてままならねぇな。鬱憤もたまりそうだ。そりゃ金貨で人を黙らせたくもなるか」
「誤解しないで下さるかしら。あんな品性のない真似、したくてしているのではなくてよ」
「そうか? 成金みてぇでダサいってのは否定しないが、ああいうのちょっと気持ちいいんじゃないか?」
レゼーレは心底驚いたように瞬きをした。
「意外ですね。承認欲求、というとまた違うかも知れませんが。その手の社会的な欲求があなたにもあったのですね」
「どういう意味で言ってる。まぁ、確かにそこまで好きじゃないがやったらやったで多少は楽しいもんだ。機会があったら酒場で金袋ひっくり返して「全部だ」って言ってみるといいぜ。それなりに優越感が……いや、すまん。あれはどっちかって言うと食欲の限界に挑むのが楽しかっただけだな」
社会的というより動物的な欲求である。レゼーレが「前言撤回させていただいてもよろしくて?」とでも言いたげな目線で見てくるのでシラハは、
「んなことより仕事の方はどうだ。罠が仕掛けてないかとか、そういうのを見てたんだろ」
「ええ。それももちろんですが、例えばこの壁」
レゼーレは部屋の壁をノックするように叩く。漆喰が塗られた壁はあまり音を立てなかった。
「反響からして、この壁はレンガか石で作られています。漆喰はただの化粧用です。よって強度や防音性は低くはないといえます。ただ、あまり厚みはないようです。ですので例えば、私達の『格』なら壁越しにでも問題なく会話が出来てしまうでしょう。油断すると会話が筒抜けになると言うことです」
「げ、言われてみればそうか」
「また壁がこのくらいの厚みであれば、部屋の壁を破壊して行き来することが十分可能です。これもある程度の『格』がある前提ですが。シラハ、もし万一があれば壁を破って助けに来て下さい。扉を使うよりもその方が速い」
「んなことしたらぶっ壊した壁の瓦礫であんたらを巻き込んじまうかも……ああでもベッドの配置的には何とかなるのか。なるほど、こういう所を見てたんだな」
護衛ならではの目線である。つくづくレゼーレとシラハとでは生きてきた世界が違うようであった。
「大したもんだ」
「いいえ、このくらいは基本です。ですからあなたもすぐ出来るようになります」
「いや、流石にそれはちょっと」
一介の冒険者相手に無茶を言うものだ。だが仕事である以上最善は尽くさねばならない。
等と話していると、ガタ、と物音がした。
敵襲、ではない。いよいよ眠気が限界に達したファスが椅子から滑り落ちそうになった音だ。
即座に支えに入ったレゼーレに、ファスは若干赤面しながら「すまぬ」と声をかけた。
「もう寝た方が良さそうだな。野郎は退散するから、ゆっくり休め」
そう言ってシラハは自分の部屋に引き上げた。
シラハが気付くと既に夜が明け始めていた。やはりお高いベッドは違うな、と思いながら身を起こす。地面の上でも気にせず眠れるシラハだが、寝心地がいいに越したことはない。
夜明けまで目が覚めなかったということは、単に寝具がよかったというだけでなく、不審な出来事は無かったということだ。修羅場を潜ってきた猛者なら寝ていてさえ周囲の警戒が出来る。
隣の部屋の気配を探るとどうやらレゼーレも目覚めているようだ。が、ファスは未だに眠っている。仕事のある者は起き出す時間ではあるが、疲労困憊のファスはもう少し寝ておくべきだろう。
となると時間が空いてしまう。であれば少しでも役に立つことをやっておこうか。そう思ってシラハはベッドから腰を上げる。
椅子やら荷物やらを壁際に寄せると、一人では広すぎる客室の空間を存分に使えるようになる。
「……シラハ?」
物音を聞いてレゼーレが壁越しに呼び掛けてくるが、
「ちょっと鍛錬する。そこまで騒がしくするつもりはねぇから気にするな」
そう言い置いて、シラハは部屋の中央に立つと呟く。
「『在の形・日輪』」




