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第十二話「実力主義の国」

 騎士を目指す若者、ガエル。確かに彼はそのために必要な努力をしてきたのだろう。幾千幾万と素振りを繰り返し、剣の扱いを研ぎ澄ませてきたのだろう。その『技能(スキル)』は決して軽んじて良い物ではない。


 だがシラハとの間に厳然として存在する圧倒的な生物としての強さの差、『(レベル)』の違いを覆すほどの『技能(スキル)』ではなかった。


 シラハは己に向かって振り落ちる刃を見上げ、かつての記憶を思い出していた。


――もしかすると、冒険者になる前の俺もこんな感じだったのかもな。


 『(レベル)』とは何か。どうすれば上がるのか。学者達の間でもまだ議論がまとまらないのだと工学者(セレイン)は言っていた。


 しかしそれは戦士であれば誰もが経験則でなんとなく理解していることだ。『(レベル)』とは生物としての格。それを上げるには「戦って勝つ」こと。


 戦う相手は格下ではダメだ。ほとんど意味が無い。自分と互角か、それ以上の強敵でなければならない。それに勝つ。それで初めて『(レベル)』は上がる。「強者を打倒した者」として相応しい格が備わるのだ。


 要するに一人稽古では『技能(スキル)』は磨かれても『(レベル)』は手には入らない。『技能(スキル)』が一人前でも『(レベル)』が全く釣り合っていないと言うことが往々にして起こりうるのだ。


 目の前のガエルなどまさにその典型だろう。「上手い」のに「弱い」。だから『(レベル)』を鍛えるのに相応しい敵を必死に探していたのだろう。


 そしてガエルほどではないにせよ、かつてのシラハもそうだった。

 シラハが戦士(ファルケ)に初めて出会ったとき、紆余曲折あって彼に『雷勁』を打ち込むことになった。『雷勁』はあの当時でもそれなりの完成度だったはずだが、戦士(ファルケ)は膝を突きさえしなかった。


――純粋に『(レベル)』が違いすぎたんだ。腕力が足りなかった。


 などと長々と感傷に浸ってもなお、ガエルの剣はシラハに届いていない。ゆっくり、ゆっくり、近づいてきてはいる。だがシラハの目にはナメクジが這うのと同じくらいの速度に見える。

 この相手ならばシラハは目をつぶってでも勝てる。ガエルの剣がシラハの肌を傷つけ、その痛みを感じてから動くのでも間に合ってしまうくらいである。


 だから気を付けるべきは手加減だ。


――一般人相手くらいまで力を抜いて……気を付けねぇとこいつ血の霧になっちまうぞ。


 考えた末、シラハはガエルの剣に手を伸ばした。刀身の腹の部分を無造作につまみ、剣をガエルの手から引っこ抜く。そしてそのままその辺りに放り投げる。


「――は?」


 ガエルは自身の身に起こったことを理解できずにいる。突如空っぽになった己の手を見て口をあんぐりと開けた。


――よし、これで安心してぶっ飛ばせるな。


 シラハはガエルのために剣を奪ったのだ。もし「ぶっ飛ば」されたガエルが受け身を取り損ねたら、自分の剣で大怪我をしてしまうかもしれない。だが丸腰ならその心配は無用だ。


「じゃあな」


 シラハは拳をガエルの腹に向けてちょこんと突き出した。軽く触れる程度の接触。だが、それでガエルは文字通りに「ぶっ飛んだ」。


「ぬ、ぬわああああああ!?」


 ガエルの体が浮き、緩やかな弧を描いて数十歩先まで飛んでいく。しかしそれも僅かな間のことだ。すぐにガエルは墜落し、それでも勢い止まらずゴロゴロと芝の上を転がってやっと止まる。


「ぬ、ぬぅぅん」


 それでも騎士を目指す誇り高きガエルは何とか立ち上がろうと四つん這いになったが、目を回してしまったのか再び倒れ、そのまま気絶した。


 シラハは何とか自身の不殺が守られているのを確認すると、万感の思いを込めて


「何だったんだあいつ」


と言った。




 日は高く、空は青い。たとえ妙な相手に戦いを挑まれようとも、変わらず雲は流れ続ける。

 ガエルに対処したシラハ達は再び街へ歩き出していた。


「つまり何だ? ロカマドゥールじゃ本当に誰でも騎士になれるってのか」

「うむ。むろん横紙破りではあるが、我が国は実力ある武人を無為に埋もれさせたりはせぬ。横紙破りを通せるだけの実力と、王国への忠誠、それがあればそうそう文句も出ないのだ」


 と、ファスがなぜか誇らしげに語る。


「それにな? 騎士どころか、貴族にさえなれるのだぞ。実力を示し続ければ『十騎聖』に推挙される。試験となる試合に勝ち抜き、晴れて『十騎聖』となった暁には誰であれ伯爵位相当として扱われるのだ」

「そりゃ確かに夢のある話だな。ああいうのが出てくるのも分かるぜ。……待てよ、ってことは」


 もしファスの言うことが事実なら、今隣を歩いているのは伯爵様ということになる。


――昇格試験の時に勉強した、よな? えーっと。騎士より偉いのが男爵で、それよりさらに偉いのが子爵だろ。え? 子爵様より偉いのか? ……不味くねぇか?


 権力におもねるつもりはないが、厄介事は御免である。

 シラハは内心青い顔をしてレゼーレの方を振り返ると、彼女は口元に指を立てていた。


「口は災いの元、でしてよ。どこで誰が聞いているかも分かりませんし。ああ、でも、あなたがかしこまっているところは見てみたくもあります」

「勘弁しろよ……じゃなくて、「お慈悲を」? それとも「お戯れを」? あー、クソッ! 「田舎者にて無作法をお許し願います閣下」! お貴族様相手の口の利き方なんて知らねぇよ」


 例えばファスはシラハの雇い主である。さらに加えてファスは貴族の娘である可能性が高い。レゼーレの方も態度や話し方が平民のものではない。『十騎聖』であることを差し引いても、騎士か何かなのだろう。

 にもかかわらず、シラハは彼女たちに特別畏まった態度をとっていない。出来ないのだ。シラハは礼儀というものをまともに教わったことがない。


 冒険者資格関係で多少は練習したものの、ご覧の通りの体たらくである。学んだばかりの頃はもうちょっと「お上品」だったはずだが、それを見た仲間達は必死に笑いを堪えていた。否、生暖かい眼差しを向けてきた者もいたか。


「シラハよ。恥じることはない。何事も最初は不慣れなものだぞ」


 丁度、今のファスのように。正直そちらの方がシラハにとってはキツい。

 なので許される限り敬語は使いたくない。いざとなれば斬りかかられたときの貸しを持ち出してでも何とかしよう。とは思いつつも、ふと気になったシラハは、


「ちなみに今までの無礼で斬首とかあったりすんのか」

「その時は私手ずから執行しますので。痛みはないと思います」

「本当に勘弁してくれ。そうなったら俺はもう一度あんたの腕を折って逃げるぞ」

「冗談です。むしろ私の素性が知れるのは護衛に都合が悪いので、あなたは今まで通り、減らず口を叩いていただいて構いません」

「減らず口はあんたの方だろ。ってのはともかくとして。平民が貴族に、か」


 それがどれだけ途方もないことか。確かにシラハは礼儀を知らないが、これでも平民基準では相当まともな方である、はずだ。粗野で無骨な平民。それが伯爵などという上級貴族になる事を考えてみる。


「どうにも想像出来ねぇな」

「ですが、それがロカマドゥールです。名前もないような村の農夫が『十騎聖』の主席に上り詰めることさえ出来る。なのでガエルのような修行者は珍しくないのです」

「そういうもんなのか……ところでエール(レゼーレ)


 再びガエルの名を聞いてシラハはある疑問を口にした。


「俺があのガエルとかいうのを小突いてやったとき、あいつは――」

「ええ。彼はあなたの拳を防ごうとしました」

「やっぱりか」


 シラハは軽く舌打ちをする。

 確かに相当に手加減した。全力の百分の一にも満たない力しか込めてはいなかった。だがそれでも反応させない程度には速く打ち込んだつもりだったのだ。

 しかしガエルはシラハに殴られる直前、腕をかすかに動かした。あれは自身の腹部を守ろうとする防御の動きだ。

 もちろん防御が間に合うことはなかった訳だが、想定外の結果だ。あれだけ実力差があってなぜ想定外など起こったのか。

 シラハは首をひねる。


「あいつの『(レベル)』を見誤ったか?」

「見えてはいなかったと思いますよ。きっと勘でしょう。ただ――」


 レゼーレがそこで躊躇いがちに言葉を切った。自身の頬、花の入れ墨がある辺りを指でなぞっている。続きを言うべきか言わざるべきか葛藤しているようだ。


「遠慮してるんじゃねぇだろうな」

「……まさか。あなたに遠慮したのではなく、私自身の問題です。が、それでも言っておくべきでしょう。シラハ、あなたの技は素朴に過ぎる」

「素朴?」

「速く、強く、無駄なく突く。自分の体を余すことなく、精密に動かす。そう言った意味での『技能(スキル)』において、あなたは他の追随を許さない。『十騎聖』の中にすらあなたに勝る者は少ないでしょう。しかし、フェイント、ブラフ、読み、戦いのコントロール……いわゆる駆け引きがあなたの『技能(スキル)』にはあまり盛り込まれていない」


 確かにそれはシラハも感じていたことだ。


――修行中は師匠(クソじじい)に組手って名目でボコられたりもしたがけどよ。


 師が亡くなって後、シラハは対人戦らしい対人戦をしていない。強いて言うなら戦士(ファルケ)と殴り合いをしたくらいだろうか。鍛錬で他の仲間達と戦ったこともあるが、あれは互いを魔物と見立てた訓練だ。対人戦ではない。


エール(レゼーレ)の言う通りかもな。魔物相手に駆け引きもクソもねぇから、そういう能力は磨いてこなかった」

「それで私に勝ったのですから大したものです。ええ。私に勝ったのですから。……だって、あなた速すぎるんですよ」


 シラハは動きの速度も反応速度も人類最速の域に近い。そのため相手がどんなに狡猾な駆け引きを仕掛けてこようとも「大抵の場合は」意味が無い。見てから対処が出来るからだ。


 レゼーレと戦ったときもそうだ。シラハは彼女の抜刀術や外套を使った戦法等に何度も意表を突かれた。が、それでも辛うじて逃げが間に合った。

 そう、辛うじて。


「ですが、他の『十騎聖』を相手には――」

「通じねぇってか」

「相性次第ではありますが。これはあなたの弱点です。あなたは駆け引きにおいては弱い。あのガエルに狙う場所を読まれてしまうくらいに」


 ガエルはシラハの打撃に反応したのではなく、読んだのだ。ほとんど山勘だっただろうが、それでも的中させたのだから読みと言ってよいだろう。シラハは今更ながら理解した。


「そうか。何とかするしかねぇな」

「随分あっさり受け入れるのですね」

「そりゃどういう……、あー」


 負かした相手からの説教など聞かないだろうと思われたのか。


 だがレゼーレの方も自分に勝った相手の弱点を指摘したくは無かったはずだ。回り回って自身(敗者)を貶めることになりかねないからだ。

 彼女は気位が高い。レゼーレがそのプライドを差し置いてでも忠告を述べたのなら、ひとまずは聞いておくのがシラハという人間だった。


「そんなに頭固くねぇよ。人の話聞かねぇ冒険者は長生きしねぇもんだ。聞き過ぎるのも問題だが」

「では、長生きのためにも手を考えておいて下さい。もっとも、今から駆け引きを伸ばすのでは全く時間が足りませんが」

「さっきも言ったが何とかしてみるさ。この仕事をきちんとやり終えるためにな」



 それ以降はさして意味のある会話はなかった。ファスが疲労により口数を減らし、シラハも会って間もない相手に話を振り続けることが出来ず、遂にはレゼーレでも対応できない沈黙が流れ始めた頃、ようやく街が見えてきた。


 街を取り囲む市壁は若干低めではあるものの石造りである。このプリュノールという街は確かにそれなりの規模ではあるらしい。

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