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第十一話「ワクワクしてきた」

シラハはロカマドゥールについてそれ程詳しい訳ではない。


 冒険者の上位資格を取得する際、『晦冥(かいめい)の森』に隣接する三国、ロカマドゥール、トゥオーノ、ミナツールについて最低限学んではいる。しかし座学では分からないことなど山ほどある。


 だからシラハは大真面目に、こんな疑問を口にする。


「ロカマドゥールではこう言う挨拶が流行ってんのか?」


 シラハの前には若い男が立っている。それは良い。ここは街道だ。他の通行人とすれ違うこともあるだろう。だが問題はシラハに突きつけられている鋭い剣である。


「何度でも言おう」


 若い男は依然として剣をシラハに向けたまま、


「それがしと立ち合って貰いたい」



 事態が起こったのはシラハ達が『晦冥(かいめい)の森』を出て、ロカマドゥール王国に足を踏み入れたあとのことである。


「おぉ! 見よ! 道だ。道があるぞ!」


 ファスの声色には喜びと安堵がにじみ出ていた。彼女の指さす先には確かに道らしいものがある。


 周囲は既に平原と呼んで差し支えなかった。まだ木がまばらに生えているものの、視界を遮るほどではない。青々とした、しかしくるぶしにも届かないような短い草が延々と大地を覆っている。


 そんな中、草がほとんど生えておらず地面が剥き出しになっている箇所があった。よく見れば(わだち)らしき跡も見て取れる。間違いなく街道である。


 シラハの顔を穏やかな風が撫でた。乾き、爽やかな風だ。じめじめとした森の空気とは大違いである。


「とりあえず、方角は合ってたって事だな。よかったじゃねぇか。ファス、レゼ……じゃなかった。エール(レゼーレ)

「ええ。色々ありましたが、まさかこんなに早く森を抜けられるとは」


 エールというのはレゼーレの偽名である。人目のない森の中では本名を使っていたが、ここからは偽名を使うらしい。女とも男とも取れる名前である。


 レゼーレは玲瓏たる容姿の美しい女だ。が、外見だけで言うのなら中性的な印象を与える。やりようによっては美男子と言って通せるよう、この名前を選んだのかも知れなかった。


 ちなみにファスとシラハの呼び名はそのままである。シラハはともかく、身柄を狙われているというファスがそのままなのは、「ファス」という名前が元々偽名だったのか、それかよほどありふれている名前なのだろう。


「で、どっちに行くんだったか。西か?」

「方角としては南西ですが。このまま街道を下って、ミュライユ伯爵領へと向かいます」

「ミュライユ……ミュライユね」


 シラハは何度かその名を呟いて記憶する。


「そこにあんたらの「信用できる味方」がいるわけか」

「はい。ひとまずはそこに辿り着くことが当面の目的となります」

「どれくらいかかるんだ?」

「馬車を使って、順調ならば二週間と言ったところでしょうか。もし何かあった場合は一月以上かかっても不思議ではありません。もっと急ぎたいところですが……」

「目立っちゃいけないってのが面倒だな」


 いっそ全速力で目的地に向かっても良いのではないかと昨晩提案してみたのだが、それはまずいらしい。

 確かにシラハとレゼーレが自身の足で走ったり早馬を使ったりすればファスの「敵」もそう簡単には追いつけないだろう。


 だが「敵」はロカマドゥール王国中にいるらしい。もし見つかればその情報が伝書鳩なり魔道共振器なりで広まるのだそうだ。ある追っ手から全速力で逃げ切っても、別の追っ手に待ち伏せされるのだという。

 シラハはファスをチラリと横目に見る。


――コイツの敵、ロカマドゥール王国そのものだったりしねぇよな?


 それは荒唐無稽にしても、話を聞く限りどこかの大貴族を敵に回している可能性は十分にありそうだ。


 ファスとレゼーレが事情を明かさないので想像することしか出来ないが、警戒はしておかねばならない。相手を信用することと警戒することは両立する、というのがシラハの持論だ。


「まぁとにかくだ。とりあえずは街に行かないと始まらない。馬車があるようなそこそこの街にな……アテはあるんだろ」

「うむ。ここから少し行けばプリュノールの街がある。何としても今日中に着きたいところだな」

「はい。柔らかいベッドまでもう少しの辛抱です」

「そ、そういう意味ではない」

 

 そうしてシラハ達はプリュノールに向かって街道を歩き始めた。時折立て看板があり、それを信じるのであれば確かに街まではそうかからないようだった。だが、ファスの様子に疲労が目立つ。


――無理もねぇ。こんな貧弱なお子様が、『晦冥(かいめい)の森』を歩いて抜けたんだからな。


 むしろよく持っている方だ。街まであと少しと気を張っているのだろう。

 とはいえそろそろ休憩の頃合いである。シラハ達は道の脇で休むこととした。

 軽く食事を済ませる。そろそろ出発するか、それとももう少しファスを休ませるか。そんなことを考えているとき、その男はやってきた。


 最初に気付いたのはシラハだ。風に乗って誰かの足音が聞こえてくる。


「歩きだ。一人。『(レベル)』は大したことなさそうだが……」

「当然分かっていらっしゃるとは思いますが、油断は出来ません。手練れであれば実力を隠すことも出来ますから」

「ああ」


 レゼーレがファスを庇うように寄り添う。シラハは立ち上がって前方を注視する。


 若い男だった。帯剣し、革の胸当てをつけている。一方で籠手は金属製のようでちぐはぐだ。ただ武装は武装である。

 旅人が武装していることは珍しいことではない。街道には盗賊も出る。魔物も出る。もっとも封鎖領域に生息する魔物よりは格段に弱いだろうが。


 だからシラハはその男にひとまず軽く会釈をする。


「どうも。あんたも旅人か?」


 男は胸を張って「然り!」と答えた。声に濁りがないところを見ると、想像以上に若いのかもしれない。下手をすればシラハよりも年下か。だとすれば二十歳にもなっていない。


「それがしはガエルと申す者! 王国を遍歴している!」

「そうか、俺はシラハだ。冒険者をやってる。今は学者の卵のお守り中だ」


 学者の卵とはファスのことだ。ファスは『晦冥(かいめい)の森』を見学しに来た学者の家の子で、エール(レゼーレ)はそのお目付役という「設定」である。


「そうか! シラハ殿はやはり冒険者であったか! 道理でただ者ではないと思ったのだ!」

「止してくれ。ちょっと魔物をぶちのめすのが上手いだけさ。それじゃ、俺達はもう行くよ。お互い、旅が上手くいくと良いな――」


 この場を去ろうとしたシラハ達だったが、ガエルと名乗った青年は


「待たれい!」


 と制止する。ああ、面倒ごとになりそうだぞとシラハが再びガエルの方に向き直ると彼は、


「シラハ殿! 貴殿を強者と見込んで頼みがある! どうかそれがしと立ち合って貰いたい!」


 などとのたまった。

 普段のシラハなら快諾しただろうが、今は護衛の仕事中だ。こんな怪しい輩といちいち関わってはいられない。


「悪いな。急いでるんだ。仲間が……エール(レゼーレ)が腕を折っちまったもんでね。とっとと街に戻らねぇといけねぇんだ」

「一戦だけだ! それくらいならいいだろう! それがしは騎士を目指している! 強くなるため、強者との戦いを逃す訳にはいかんのだ!」

「だったら盗賊とでもやり合えば良いじゃねぇか」

「あんなクズ共とやり合っても強くは成れん! まぁ、たまによい武具が手には入ったりはするが……」


 ガエルの鎧にいまいち統一感がないのはそのせいらしい。盗賊を倒して得た戦利品なのだろう。あるいはその逆で、ガエルが賊ということも考えられる。


――それならそれでいい。問題はこいつがファスの「敵」だった場合だ。


 ガエルの武装は様になっている。鎧を着ながら体幹にブレがない。戦える側の人間なのだ。だが、それ以上は分からない。


「悪いが本当に急いでるんだ。見ろ。ファスが泣きそうだ」

「うぅ……エール(レゼーレ)ぅ……私のせいで怪我を……」


 いきなり話を合わせてくるファスは大したものだ。芝居を振ったシラハでも罪悪感を覚えるほどの名演技を見せてくれた。


「む、むむむ……」


 青年ガエルはファスの嘘泣きに狼狽えている。本心か、演技か。後者ならファスにも劣らない名優だ。


 しかしガエルは逡巡の末、強硬手段を選んだ。剣を抜いたのだ。

 場に緊張が走る。シラハは目を細め、ガエルと対峙する。


「別れの挨拶にしちゃ物騒だな。俺はこの国に慣れてないから教えてくれよ。――ロカマドゥールではこう言う挨拶が流行ってんのか?」

「何度でも言おう! それがしと立ち合って貰いたい! 何としてでも!」


 シラハは「エール(レゼーレ)」と名前を呼ぶ。


――こいつは、「敵」か?


 そんな問いを込めた呼びかけだった。それに対しレゼーレは、


「おそらく、いいえ。十中八九、ただの武術修行者かと。残りの一、二割への警戒は必要ですが。こんなもの、特に珍しくもないでしょう?」

「そうか。ならこの国では俺の感覚がおかしいんだな。人に会うなり斬りかかってくるヤツ、去り際に剣を突きつけてくるヤツ。そういうのがいっぱいいるって事だろ。何というか、ワクワクしてくるな」


 皮肉ったシラハだったが、レゼーレが「珍しくない」というなら本当にそうなのだろう。

 彼女はファスのためならば「疑わしきは斬る」が出来る人間だ。そのレゼーレが大人しくしているということは、きっと特別に警戒する必要はないのだ。

「そういうことならファスとエール(レゼーレ)はもう少し休んでろ」


 シラハは半身になり、腰を落とす。


「ガエルとか言ったか。なんでここまでする」

「何度でも繰り返そう! 騎士になるためだ!」

「騎士ってのはなろうとしてなれるものなのか?」


 シラハの知る限り、騎士の家系や貴族に生まれなければ騎士にはなれない。

 だがガエルは朗々と、


「なれる! この国では誰であれ、強ければ身を立てることが出来る! その何と素晴らしいことか! その一歩としてそれがしは貴殿に勝とう! いざ、武器を抜かれよシラハ殿!」


 シラハは微かに笑って、


「悪いが、俺は武器を持ってない」

「ははっ! つまらぬ冗談だぞシラハ殿! 冒険者が丸腰など、そんな、そんなわけ」


 シラハが体のどこにも武器を帯びていないのを見てガエルが絶句する。


「……シラハ殿は魔術師なのか? いや、だとしても杖くらいは持つはず……まさか落とした?」

「言い換えようか。俺の武器はこれだ」


 シラハは拳を軽く振ってみせた。するとガエルの顔がみるみるうちに紅潮していく。


「そっ、それがしを愚弄しているのか!」


――あっ、やべ。そういうつもりじゃなかったんだが。


 シラハの台詞は「お前など素手で十分」という最悪の侮辱にとられたようだ。

 ガエルは剣を高々と振り上げ、シラハに向かって飛び込んできた。


「後悔させてくれるぞ、シラハ殿!」


 ガエルの得物はバスタードソード。片手でも両手でも振れる剣。半端な長さ(バスタード)と揶揄されることも多いが、使い手によっては化ける武器だ。

 片手持ちならもう片方の手が空き、盾やら小道具を併用できる。

 一方、両手で握れば重く速い斬撃が繰り出せる。今ガエルがそうしているように。


「ハァッ!!」


 両手だと梃子(てこ)が使える。手をほんの僅かに動かすだけでも梃子によって大きな斬撃となるのだ。

 よって予備動作も小さく、反応がしづらい。

 ガエルの剣は真っ直ぐシラハの肩に向かって奔る。刃筋がきちんと立っている。鍛練を積まねばこうはならない。

 総じて、ガエルは決して低くない『技能(スキル)』を持った剣士であると言えた。

 しかし問題は、


――止まって見えるな。


 シラハとはあまりにも『(レベル)』が違いすぎるということだった。

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