7.馬にだって乗ったことがないのに
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「そもそも僕の世界じゃ狩りなんてやらないんです。僕なんか動物にだって触れた事もないのに――」
「お前がいた世界には人間以外の生き物はいないのか」
僕が言うと、アーノンさんは不思議そうな顔で僕を見た。
「い――いえ、いるのはいます。でも動物はペットで家族みたいなもんなんです。殺すなんてとんでもない」
「なら、肉は食わないのか」
「い――いえ、食べますよ。専用の業者さんが食べる用に育てて食べ頃になったら肉にして売ってくれます」
「家族なのに食うのか」
「愛玩動物と家畜は違いますよ……。でも、そもそも野生の動物を食べるって習慣がないんです。少なくとも僕の国では」
――牡丹鍋とか鹿肉とかはこの際考えないようにしよう。
僕が言うと、アーノンさんは少し考えるように顎に手を当てた。
「不思議な国だな。お前の国は――だが、ここはお前の国じゃない。戦いたくないのなら好きにしてもいいが、元の世界に帰るのは諦めるのか?」
グレーの瞳が真っ直ぐに僕を見てる。――そうだ。僕は元の世界に帰らなきゃ。ここでこんなことをしている時間すら惜しいのに。だからって、あの声が言った力をつけるって事が物理的な意味とも考えられないんだけど。
「アベル王子以外にも魔法に長けた人はいないんですか?」
もしかしたらその人が助けてくれるかもしれない。
「いない」
返ってきたのは無慈悲な返事だった。
「今ある魔法は全てアベル王子が遺した魔法陣を使ったものだ。新しく作られた魔法も、全てアベル王子の魔法陣を組み合わせて作ったものだと聞く。つまり、アベル王子以外にお前の助けになりそうな人物はいない」
アーノンさんがそう言った時、僕の後ろにあった門が開く音がして、「戻りました」と若い男の声が聞こえてきた。
「戻ったか、パージ」
アーノンさんは僕の肩越しに声をかけたので、僕も振り返った。
そこには恐竜がいて、その背中にはアーノンさんによく似た、でももう少し雰囲気を柔らかくしたグレーの瞳の男の人が、灰色がかった茶色い髪を日に透かしてキラキラさせながら乗っていた。
「お――弟さんですか?」
僕が尋ねると、アーノンさんは一瞬真顔になってから弾けるように笑った。
「俺の息子だ」
え?――いくつの時の子だよ。
聞けばアーノンさんは47歳で、パージさんは24歳なんだそうだ。若く見えるにもほどがあるだろ。
そう言えば昨日村長さんが言ってたな。魂と魔力は対になるって。だから、人の寿命は魔力の量で決まるんだって。
この世界の寿命は大体60歳前後なのだそうだ。だけど、魔力が少ない人は寿命が短く、大体40歳まで生きられない人が多い。反対に、魔力の多い人は100歳を超える事も珍しくないんだそうだ。
これまでの最長寿はアベル王子の師匠だったジュノア師で、370歳まで生きたそうだ。現存のご長寿はお隣のアンドレア王国の先々代侯爵でそろそろ100歳だけど、後100年は生きるんじゃないかって言っていた。それほどまでの魔力量なんだって。
――とはいえ、魔力が多いと老けないって言うのは聞いていないよ……。いや、でも寿命が長いと活動年齢も若いままの方がいいってのはわかる。僕の世界でもなんだかんだで寿命が延びて、お年寄りもみんななんか若いもんね。――そんなもんなのかな。
アーノンさんから簡単な事情の説明と紹介を終えると、恐竜から降りて僕の前に立っていたパージさん――僕より年下だけど、なんか怖いから呼び捨てなんてできない――は、僕をじろりと睨んだ。
「父さんが弟子を取るなんて」
明らかに邪険な物言いなんだけど、イケメンが冷たいと怖いんだよ……。
「村長から頼まれたんだから仕方ないだろ――だが、シゲルは乗り気じゃないようだ」
「父さんから教えてもらえるなんて光栄なことはないのに断るだと――?」
アーノンさんの言葉にパージさんは気色ばんで僕を更に睨んだ。
弟子になってもならなくても怒られるって、なんの理不尽だよ。
「いや、僕は殺生なんかと無縁の生活をしてたんです。そりゃ欧米では狩りは娯楽の一つだったけど、日本は違うんです――それをいきなり、生きるためとはいえ、生き物の命を奪えって言われても」
「娯楽だって?」
僕の言葉を遮るように、パージさんは手に持っていた麻袋のような袋を地面に叩きつけた。
「お前は俺達が生き物の命を奪って楽しんでるとでも言いたいのか?」
「そ――そうじゃなくて」
「父さん――こいつ、ちょっと借りますね」
そう言うと、パージさんはアーノンさんの返事も待たずに僕の手を掴んで、恐竜の背に乗せるとどこかへ向かって恐竜を走らせた。
恐竜は草竜と呼ばれる竜種だそうで、群れで行動して魔力が多い個体をリーダーにする習性がある為、パージさんのように騎竜したり、車を牽かせる用途で人に飼われているんだそうだ。
と言っても、草竜自身普通の人間並みに魔力がある為、そこそこの魔力がないと飼育できないのがネックなんだそうで、草竜を飼える家は魔力が大きいか、それなりの魔力のある人間を雇えるだけの金持ちなんだそうだ。もちろんアーノンさんの家は前者だ。
道すがらパージさんはそんな事を教えてくれたけど、正直馬にだって乗った事ないのに、恐竜――もとい、草竜に乗っている僕は怖くて生きた心地がしなかった。更に、僕が前でパージさんが後ろにいて、なんというか僕を……その、抱きかかえるように乗ってるもんだから、余計にドキドキしちゃう。――いや、僕はそっちじゃないぞ?でもほら、シチュエーション的にわかるでしょ?
そして、驚くことに草竜はめちゃくちゃ早い。バイクに乗っているような感じだ。多分40~50km/hくらい出てるんじゃないか?
そして馬なら30分に1度は休憩しないといけないけど、この草竜ってのはもう30分以上は脚を緩める事無く走っている。更に驚くのが、風圧を全然感じない。
うっすらと草竜の周りに魔力の膜が張られているのが見えるから、きっと草竜が自分が走りやすいように、何らかの魔法を使っているんだろうと思うけど、つくづく異世界ってすごい。
そうして、感心している間に到着したのは倒壊した建物が並び、草木が生い茂った、まさに森に飲み込まれようとしている村の跡地だった。




