6.無理ですって
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翌朝、僕は村長に連れられて、村の外れにある石造りの家に来た。
壁も屋根も家を取り囲む塀すら全部石でできた家は、小屋と呼ぶには大きく、家と言うには小さい、そんな感じだった。
「この男はアーノンと言って、この村で一番腕利きのハンターだ」
村長の家とは違ってソファなんてなく、入り口を入ってすぐに台所と食堂が兼用になっている石畳が敷かれた土間に置かれたテーブルに座らされて、村長は僕にこの家の主らしき男性を紹介した。30代半ばくらいの白い髪を後ろにひとまとめにして、左の額から目じりにかけて大きな傷を持つ、村長よりも更に厳めしい顔をしたイケメンだ。
「アーノン。聞いただろう。こいつが昨日広場に現れたアベル王子の現身かもしれないお方だ」
こいつとかお方とか色々混じってるけど、真夜中過ぎまで質問攻めにして、最後はブチギレられて部屋に放り込まれたしな。怒ってるよね。ごめん。
「随分と子供じゃないか」
アーノンと呼ばれた男は、僕を見て眉根を寄せた。
「いや、僕一応26歳なんですけど」
「なんだと」
村長とアーノンさんが同時に声をあげた。言っておくけど僕は童顔じゃないぞ。年相応――より少しくらい若く見られるけど、子供だなんて言われたことないからな。
「うちのパージと同じくらいとは……見えんな」
バリトンボイスが魅力的なアーノンさんは僕を見て呆れるような顔をしているし、村長は村長で「26にもなって何も知らないのか」と、心の声が駄々洩れしている。
「僕の国では年相応な見た目ですし、昨日来たばかりのこの世界の事を何も知らないのは当然でしょうが」
思わずムッとして言うと、アーノンさんは僕の体を値踏みするような目で見て、「それで、オスカー。こいつを俺にどうしろと?」と、村長に尋ねた。
「大森林に行く為にお前の元で鍛えて欲しい」
村長は事も無げに言うと、僕に向き直った。
「もしお前がアベル王子の現身でなくとも、アベル王子ならお前の世界に帰る方法を知っているかもしれん。そして、そのアベル王子は大森林の中心にあらせられる。大森林は奥に行けば行くほど、魔獣の強さもまた強大になる。――元の世界に帰りたくば、アベル王子に会うしかない。その為には魔獣と戦う術も身に付けなければいけないという事だ」
その為にはハンターとしてのスキルを身に着けるよりないと村長は言うと、唖然とする僕を放置してアーノンさんと何やら話し合い、僕を放置したまま帰って行った。――あ、今日は泊めてくれないのね。
アベル王子の下に行けと村長は言ったけど、あの声は自分の所に来いって言っていた。多分これは同じ意味なんだろう。確信に近い感覚がある――でも。
村長が出て行くと、アーノンさんは僕についてこいと言うと、小屋を出て行った。
いや、僕元の世界には帰りたいけどハンターになるとか言ってませんけど――力をつけるってそういう事?噓でしょ?
「ハンターとは、魔獣を狩って生計を立てる以外にも、魔獣を間引いてこの村や国を守る役割をしているんだ」
小屋の裏手にある裏庭らしいところで、アーノンさんは手に持った大剣を僕に見せながら言った。
僕の身長程もある長さで、刃の幅は20㎝近くある。174㎝の僕より頭一つ大きいアーノンさんは軽々持ってるけど何キロあるんだ?僕には絶対持てないし、鍛えていたとしてもこんなの振り回すのは無理だろう?――でも……。
めっちゃ似合う。顔に大きな傷はあるけど、アーノンさんはなんて言うか男らしくてかっこいい。この世界の人たちは西洋風の容貌なので、彫りが深いのは当たり前なんだけど、その中でも更にくっきりした顔というか、僕に語彙力がないのが悔やまれる。しかし、奥まったグレーの瞳は眼光鋭く、高く通った鼻筋の下にある凛々しい唇は男でも惚れるレベルの美形。そして何よりスタイルがいい。めちゃくちゃ筋肉質で腕なんて僕の太ももより太いんじゃないかってくらいなのに、均整の取れた体はアメコミのヒーローみたいだ。
「えっと――お前の名は」
どうもこの世界では平民に家名はないらしい。いや、日本だって江戸時代までなかったんだ。って言うか、村長にも僕の名前って言ってないよね。色々話し込んで――と言うか、質問攻めにしちゃってそれどころじゃなかったような気がするし、村長から聞かれた記憶もない。
なので、僕は「シゲルです」とだけ伝えた。
「シゲルは身体強化はやった事あるか」
アーノンさんに聞かれたけど、僕昨日この世界に落ちてきたところだからね?できるわけないじゃん。
「魔力を体に纏わせるんだ。そうする事で、普段の身体能力の数倍の強さを発揮する事ができる」
アーノンさんの説明によると、身体強化は元の身体能力に依存するのではなく、纏わせる魔力の量と密度に依存するらしい。
つまり、どれだけガチムチマッチョでも、魔力量が少ないと僕みたいなひょろモヤシの方が強い、なんて逆転現象も起きたりするらしい。なにそれ、超チートじゃない?
「とは言え、強化するならその強化に耐えられるだけの肉体も必要だからな。魔力量の多い者はそれなりに体も鍛えているさ」
アーノンさんは、自身の体を叩いて見せた。魔力を使って強化しても、元の体が弱すぎると強化にも限界があるらしい。アーノンさんの体を見ると、なんかもうね、ヒーロー映画に出てきそうな体つきをしている。ガチムチとか通り越して、もう筋肉だるま。でもバランスがいいからかっこいい。
だけど僕、筋トレとかした事ないんですけど。無理ですけど。
「心配しなくても、身体強化をしながら鍛えると、普段よりも数倍早く体を作る事ができる」
わあ、魔力って万能。――ってそうじゃない。
「あの、僕無理ですよ。戦うなんて」
「大森林に行くんだろう?」
「それも今日初めて聞いたんですよ。――いや、昨日はこの世界の事とか質問攻めにしちゃっててそれどころじゃなかったかもしれませんけど」
そもそも、ザ・現代っ子代表みたいな、超絶インドアで喧嘩どころか格闘技経験もない僕がいきなり野生の――それも魔獣となんて戦えるわけないじゃないか。何考えてんだ。絶対死ぬ。すぐ死ぬ。
「元の世界とやらに帰るにはアベル王子の所に行かないといけないんだろう?大森林の奥は俺でも辿り着くのは難しいところだぞ。そんなヒョロヒョロの体でどうやって行くつもりなんだ」
村一番のハンターでも難しい……。
「そんなに大変なんですか?」
「大森林の奥近くまでなら行った事はある。もっと若い頃にな」
そう言うと、アーノンさんは自分の目尻の大きな傷を指さした。その時にやられた傷だって言うのか。
尚更僕には無理だよ――。




