5.反省している
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「それが僕だって言うんですか?」
僕の質問に村長は首を横に振った。
「わかりません。――しかし、あなたは言い伝えのアベル王子と同じように、魔法陣を展開する事なく魔法を使われた。そう思うのも無理はないでしょう」
って、言われても僕は魔法を使った自覚はないんですけどね。ってか、魔法陣って何?
普通のファンタジーな漫画とか小説とかだったら魔法って言ったら呪文じゃないの?
素直に尋ねると、村長はこの世界の魔法の仕組みについて詳しく教えてくれた。
まず、ここの人達は基本的に魔力と言うものがある。
魔力は魂と対になっていて、魔力が無くなると死ぬらしい。けど、普通は無くなる事はそうそうないし、多少使ってもしばらく休めば回復するそうだ。
魔力の量は個人差があって、魔力が大きい人はいい仕事に就きやすいらしい。と、言うのも魔力はこの世界のエネルギーみたいなもんで、機械や道具を動かしたりするのに魔力を使う必要があるんだと。
あと、魔力を全身に纏わせる事で身体強化が使えるらしい。魔力量によるそうだけど、どれだけ弱い人でも数十キロ程度の荷物なら軽々持てるんだとか。
対して魔法ってのは、魔法陣を構築して行使するものらしい。または、魔法陣が書かれたスクロールに魔力を通す事で使えるそうだ。魔力があるからって使えるわけではないらしく、魔法を使えるのは魔導士か錬金術師と呼ばれる人達だけなんだそうだ。
と、言うのも魔法を使う時に魔方陣を魔力で描くんだけど、複雑な紋様を全て正確に描かないといけない。
勿論、普通の人でも魔法陣を完璧に覚えれば使う事ができる。兵士や騎士なんかは防御の魔法が必須らしくて、皆それだけは完璧に覚えさせられるんだそうだ。
それ以外は基本的にはスクロールを使う。スクロールを見せてもらったら、紋様で縁取られた円の中に色々な事が書かれているんだけど、簡単に言えばこれ――プログラムだ。
アベル王子が作り出した魔法陣と言うのは、プログラムというか回路というか、魔力によってどんな物質にどのような影響を与えるかが書かれている。魔力はエネルギーであり、媒介なんだ。
村長から借りた着火用のスクロールだと、魔力を注入すると魔法陣が発動し、空気中の酸素と水素を高速で振動させて発火させる術式が書かれてあった。
いや、それマグネトロン着火じゃないか。
「これも、アベル王子が考えた魔法陣なんですか?」
村長に尋ねると、村長は首を縦に振って見せた。
その他にも、スクロールや、剣や防具、家庭用の色々なインフラなんかにも魔法陣は編み込まれていて、その殆どがアベル王子が考案したもの、またはそれを元に研究し発展させたものなのだそうだ。
そして魔法は荒唐無稽な事はできない。
何も無いところから家を作り出すだとか、瞬間移動だとか、亜空間に物をしまうだとか、そういう事だ。
つまり、この世界では魔力というエネルギーを使って、物理的に干渉できる事にしか魔法は使えないという事らしい。
なるほど。アベル王子は優れた技術者であり、科学者だったんだ。
とは言え、僕がさっき無意識でやったみたいに、土壁を作り出すとか明らかに“魔法”って使い方もあるみたいなので、僕の世界の論理を完全に当てはめるのは難しそうかもしれないけども。
アベル王子が魔法陣を展開させずに魔法を使えたのは、理を解していたからじゃないだろうか。それを説明するよりも、魔法陣に書き表して使わせる方が楽だもんな。アベル王子は発明家でもあったんだ。
とは言え、僕がさっき使ったような魔法は、どうだっていうんだろう。よくわからないけど、できちゃったんだしいいかな。
っていうか、何千年も前にここまでの事を発見してやってのけたアベル王子って何者なんだ。
村長の話を聞いている間に、辺りは暗くなっていた。
僕がここに来たのは昼頃だったらしいけど、夏とはいえ日が長すぎると思ったら、この世界の1日はなんと30時間もあるみたいだった。部屋にあった飾り時計と腕時計を見比べてみると1秒の概念は同じだったけど、1時間の概念が違う。100秒で1分?的なので、100分?が1時間――一刻と言うらしい。それが18回繰り返される。つまり1800分。30時間だ。
この世界では時間は大雑把なようで、明けの刻とか宵の刻とか数時間起きに名前がついてるだけで、何時何分とは言わない。待ち合わせとかどうするんだろう?
さらに面白いのは、ひと月が元の世界での3ヶ月間だと言うこと。90日でひと月なのだそう。だから一年は4ヶ月、360日しかない。春の月、夏の月と季節で分けてる。――今は初夏だから夏の月の前半というところだ。
1週間という概念もない。時間という概念かすごい曖昧だ。
そういう違いを色々聞いていると、本当に違う世界に来たんだなって思う。
そういう事で、村長の厚意で一泊させてもらう事になったのだけど、泊まらせてもらわなかったら行くところないからね?
お金もない、身寄りもない、住むところもないなんて異世界初日から詰んだわ。いや、住みたくないけどね。でも、さっきの声が言ったように力とやらをつけてみちるの待つ世界に帰るにはきっと一朝一夕にはいかないんだって事はわかる。だから僕は多分しばらくこの世界にいなきゃいけない。
問題は、ちゃんと帰れるかという事と、元の世界に戻った時に浦島太郎になってないかという事だけど、さっきの声の「大丈夫」って言葉が、何故だか今は信じられる。――多分。
村長の家は、一階は石造りだけど、二階は木造。外にある建物も石造りがメインだった。
服装や街並みは中世風と言うか、ルネサンス風なのに、驚くことに家の中には水道や風呂はもちろん、トイレまである。
いや、僕の世界では当たり前だよ?でも歴史的に考えると中世から近世ヨーロッパはお風呂やトイレなんてなかったからね?――あるにはあったけど入浴の習慣なんてなかったし、トイレなんかオマルで、排泄物は窓から捨ててたくらい、衛生観念ゴミだから。
「風呂が家にあるのがそんなに珍しいか?――まあ平民は公衆浴場を使うのが基本だからな」
僕がお風呂に驚いていると、村長は自慢げに笑って言った。
「村長の特権だな。面倒な事も多いが、家でゆっくり風呂に浸かれるのはこの辺じゃ俺か領主様くらいだ」
公国の事やアベル王子の話を聞いているうちに、すっかり敬語は鳴りを潜め、ざっくばらんな話し方になった村長は、厳めしい顔を緩めて笑っていた。
「水道――があるんですね」
僕が尋ねると、村長は「何を当たり前のことを言ってるんだ」と眉根を寄せた。いや、僕には当たり前じゃないからね。当たり前なんだけども。
「公国の北東にあるシュトレーン湖が水源なのだが、そこから公国中に水道が張り巡らされている。途中の渓谷にかかる水道橋は一度は戦争で崩れ落ちたが、再び建て直されて以前より素晴らしいものになったそうだ。一度見に行くといい」
水道から各戸に設置された貯水槽へと配水され、家庭内に張り巡らされた水道管を使って生活用水などに使用されているそうだ。めっちゃ近代的じゃないか。
「その水道もアベル王子の発明なんですか?」
「いや、水道が普及したのはアベル王子の死後だな」
もしかしてアベル王子も異世界人だったのかと思ったけど、違うみたいだ。
実際に設備を見せてもらうと、なるほど。水道の蛇口は現代と似たような仕組みではあるけど、それぞれ魔法陣が組み込まれてあり、魔力を通すことで水道を使う事ができるようになっていた。
確かに古代ローマでも各家庭に水道はあったし、驚くべきことに下水だってあったんだ。そこに魔力という動力を追加すれば、このくらいの発展はするのかもしれない。
なんとなく歴史のifに触れたような気がして、僕は現実世界の事など忘れて、この世界の文化や技術について、一晩中村長を質問攻めにしたのは正直反省している。




