4.理解するのに精いっぱい
お読みいただきありがとうございます
目が覚めると知らない天井だった――なんてテンプレ通り過ぎるよね。
でも、木で作られた天井や、寝心地の悪い寝床は、僕の部屋の安っぽいビニールクロスの天井や、せめて安眠をとボーナスで買った高級マットレスとは全然違う。つまり意識を失うまでの事は夢ではなく、今も絶賛継続中なんだな。
「目が覚めましたか」
40半ばくらいだろうか、逞しい体つきに厳しい顔をした鮮やかな赤毛が特徴的な男性が僕の顔を覗き込んだ。びっくりするな――もう。
「――村の者達が失礼いたしました。アベル王子の現身よ。私はこのアソンの村の村長、オスカーと申します」
僕が起きた事を確認すると、オスカーさんは丁寧に頭を下げた。
厳めしい顔つきにそぐわない、上品さを感じさせる身のこなしだ。
「あの――僕、確か土壁の中にいたと思うんですが」
寝床から体を起こしながら、僕はオスカーさん――村長さんに尋ねた。
「覚えておられないのですね。――いや、致し方ありません。あなた様はあの中で気を失っておられましたし」
どこか言い澱むような感じだったけど、言葉を選びながら村長さんが教えてくれた事をまとめると、こうだった。
僕が感じたあの爆発は、正しく爆発だったようで、この世界では魔力暴走というらしい。本来の魔力暴走は恐ろしい規模と威力なのだけど、僕の場合はあの土壁を吹き飛ばす程度だったそうだ。
「吹き飛ばすって――怪我人とかは」
「何人かは破片がぶつかったようですが、幸い怪我人はありませんよ」
――よかったぁ……。
僕が眠っていたのは1時間ほどだったようで、家の外はまだ昼間だった。
一度眠ったからか、さっきまでの怒りや悲しみのような感情は無くて、どこかすんなりと今の状況を受け入れている自分がいる。――もちろん、今すぐみちるの元に戻りたいって気持ちだってちゃんとあるんだけど、なんというか、焦りは感じられない。
あの声のせいなのかな。元の世界に戻りたかったら力をつけろって言ってた。その力ってのが何なのかわかんないけど、力さえつければ戻れるってならやるしかないよね。
「ところで、あの……アベル王子の現身とかって一体何なんですか」
安心したところで、僕はさっきから気になっていた呼ばれ方について尋ねてみた。
体が起こせるのならと、村長さんは僕を居間らしい部屋へ案内してくれた。
それにしても、この世界はどうなっているんだろう。服装はかなり古めに見えるけど、建築物とか石造りでしっかりしている上に、道はメインストリートらしき所は石畳で舗装されていた。
そして、紅茶まである。
一見すると僕らの世界のルネサンス期くらいの文明に見えるけど、生活実態はもっと近世に見える。お茶を飲む習慣が庶民にまで広まったのは19世紀になってからだ。
出された茶を一口飲むと、紅茶とはまた違う花のような香りが口いっぱいに広がった。色は紅茶っぽいのに、味は全然違う。異世界すごい。
「アベル王子とは遥か昔、数千年前にアンドレア王国が建国した頃にいた王子の事です。あなたと同じく、魔法陣を展開する事なく、魔法を使えたと言われています」
村長は僕がアベル王子の生まれ変わりではないとわかっているのだろうか。他人事のように話し出した。
「ここはオシュクール公国の一番西の村。アソンの村です。アソンは大森林に隣した防衛拠点の最前線と言えます」
「ちょ――ちょっと待ってください。色々情報量が多すぎて追いつかないんですけど……まず、村長さんは僕がそのアベル王子の生まれ変わりではない事をご存知なんですね?」
僕の質問に村長は黙って頷くと、立ち上がり部屋の隅に置いていた小さな机の引き出しを開けて、色あせて古ぼけているけど緑色の革で装丁された、一冊の本を持って戻ってきた。
「これは、我が家に伝わる太古の預言者が示した預言書です」
村長は表紙を僕に見えるように差し出した。――受け取ったらいいのか?
僕が手を出すと、村長はその本を自分に引き寄せ、膝の上に置いた。見せてくれるわけじゃないのか。
「この預言書によりますと、アベル王子は亡くなっていません」
村長は意味ありげな視線を僕に寄越して、小さな、しかしはっきりとした声でそう言った。
――いや、だからまずアベル王子って誰よ。
1時間くらいかけて、村長から聞き出した話を整理すると、僕がいるここはオシュクール公国のアソンの村。ここは理解できた。
オシュクール公国は約130年前に東隣のアンドレア王国に攻め入ったものの、結果的に王国に敗れた。現在は自治権こそは確保されているものの、大公はアンドレア王国の家系であり実質属国として支配されているという。
ってか、アンドレア王国はオシュクール公国の5倍の国土を持つ国だそうで、よくそんな国に攻め入ったもんだと僕は感心したのだが、それには理由があった。
オシュクール公国の西側に広がる大森林は、かつてアスラン帝国という巨大な国があった場所らしい。
この世界には魔法があるのだけど、同時に魔力を持った魔獣と呼ばれる生き物がいるそうだ。
オシュクール公国は昔から、その魔獣を狩って素材を使って武器や工業に転用して発展を遂げてきた工業国家らしい。
反面、国土の西側を大森林に、南北を海に面しているため国土は狭く、常に魔獣や外国の脅威に晒されていて、農業などの産業は発展させることができなかった。結果、食料自給率は限りなく低く、その多くを王国や周辺国からの輸入で賄っていたのだけど、130年前の戦争の前年。世界は記録的な凶作に見舞われたのだそうだ。
公国だけじゃなく、周辺国も王国も備蓄食料を吐き出すほどに苦しく、食料を輸入に頼るしかない公国は食料を確保する事が出来ず、真っ先に飢えに襲われたのだと。
生存をかけて公国は王国に侵攻するしかなかったんだろうな。
結果的に負けたけど、王国の庇護下に入った公国は、王国からの支援で何とか生き永らえる事が出来たそうだ。
と、ここまでが僕が今いる公国と言うところのあらまし。
アベル王子というのは、そのもっと昔――それこそ数千年も前に実在したアンドレア王国の王子らしい。
数千年前は魔法だとか魔力だとかってのは一部の人だけのモノだったそうだけど、今では魔力ってのはほぼ全ての人間が持っていて、生活に欠かせないらしい。すごいな異世界。
で、アベル王子ってのはその中でもずば抜けた魔力の持ち主で、魔法の才能にも長けた天才で、今ある魔法の殆どは数千年前にアベル王子が残したものだそうだ。
でも、そんな天才でもアスラン帝国との戦いで大怪我を負って、帝国に捕らえられた後、魔力暴走を起こして帝国全土を焦土にして死んだんだそうだ。
焦土と化した帝国の領土が、今の大森林なんだって。
村長が持っていた預言書は、アベル王子の死後100年ほど経った頃に書かれたもので、大森林に入り込んだ預言者が、アベル王子の魂に触れた時に、預言の力を戴いたのだと言うところまで理解するのに1時間かかった。
いや、本当に疲れたからね?
「預言者はこう書いています。アベル王子の肉体は滅んだが、魂は大森林に囚われており、いつかアベル王子の現身となる者が現れた時、アベル王子は復活するだろうと」
大森林がオシュクール公国の東側になっていました。
アソンの村が一番西にあって大森林に隣しているのに…
西側に修正しました。




