69.エイクの約束
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コローニィ辺境伯領は、130年前の戦争でオシュクール公国によって一度奪われている。
当時はアクタラ辺境伯領という名で、隣国との衝突やシトロエンの魔獣からの侵攻を防いでいた一族だった。けど、隣国が魔獣を率いて襲ってきたことで、守備に回った辺境伯一族は壊滅状態にさせられ、唯一無事だったのが戦況を王家に報告するために首都に来ていたアクタラ辺境伯の次男だった。
一夜にして領地と家族を奪われた次男は、エスクード侯爵家と共に従軍して首都を守り領地を奪還し、遂には戦争を勝利へと導いたそうだ。
そして、80年前のミケロ・バロッティの事件で取り潰しとなったオルフィアス領の一部を下賜されて、名をコローニィと改めた。
「つまり、コローニィ家にとってオシュクール公国は今でも先祖の敵だという認識だし、再興に助力してくれたエスクード侯爵家は恩人であるの。もちろんおじさま達も血縁である以上にエスクード家には恩義を感じていらっしゃるわ」
シルヴィアの説明は尤もだと思われた。
確かに、シニストロで会った辺境伯や町長はカインさんやシルヴィアを大事にしていたし、敵対するような人達じゃなかった。
「それ以上の利益を約束されたら?」
「公国の貴族ごときに?」
サリーの言葉に、シルヴィアは鼻で嗤ってみせた。
公国と王国の通行の要だ。物も人も必ずあそこを通るため通行税や関税の収入は莫大で、コローニィ辺境伯領は王国の中でもかなりの金持ちなのだそうだ。
公国は魔獣の素材を利用して生産する武器や防具をはじめとした工業製品で潤ってはいるけど、常に大森林の浸食や魔獣の被害に備える必要があるため農業はそこまで発展していない。
そのため、魔獣の肉以外の食糧はほぼ外国からの輸入に頼るしかなく、工業製品の売り上げの多くを食糧の費用に充てなくてはならない。
更に、自治権は認められているとは言え、王国の属国である以上は王国への納税義務もあるため、貴族であっても免税権は与えられていないのだそうだ。
「公国の貴族風情がコローニィのおじさま達を利用するなんて考えられない。公国全土を差し出したところで見返りにもならないわ」
確かにそうだ。サリーも頷いて、ふと手を口元にあてた。
「公国の貴族からは与えられなくても――コローニィから公国の貴族にはいくらでも利益は与えられるわ」
そっちの方は考えてなかった――。
サリーの言うことには一理ある。
でも――。
「おじさま達はひいおじいさま――いえ、エスクード侯爵家に忠誠を誓っていたわ。何の目的があって公国の貴族と手を組むっていうの」
シルヴィアが怒りを隠さずにテーブルを叩いた。
確かにそうだ。でもなんだ?何かが引っかかる。
僕が知っているコーウェンさんとルーカスさんは、カインさんをとても尊敬していたし、カインさんも二人をとてもかわいがっていた。
そんな人たちがカインさんを害するだろうか。
「シルヴィア、あなたさっき辺境伯達の様子がおかしかったって言ってたわよね」
「ええ。いつものおじさま達じゃなかったわ。さっきも言ったけど、まるで何かに命じられているような――」
サリーとシルヴィアの話で、僕はやっと気が付いた。
「精神を操る魔法――」
なんで忘れてたんだ。
ついこの間だって、あいつは大森林であれだけの魔獣たちをいとも簡単に操って見せたじゃないか。それに比べれば多少魔力量が多いとはいえ、2人程度なんて造作もないことなんじゃないのか。
「コローニィ辺境伯と町長はアンジェロに操られている可能性があるんじゃないか」
僕の言葉にシルヴィアが息を呑んだ。思い当たるところがあるようだ。
「確かにそれならすべての辻褄が合うわ。でも待って――あいつはひいおじいさまには興味がないって」
シルヴィアが噛みつくように言ったけど、考えられるのはそれしかない。
「何がどうなってるのかは僕にもわからないよ。――でも、状況から考えてもあいつが絡んでいる以外あり得ない」
僕の言葉に全員が黙り込むのがわかった。
サリーもあらかたの事はエイクから聞いているようで、神妙な顔をしている。
「とにかく、アーノンさんとパージが心配だ。一刻も早くロワイヤに行かなきゃ」
「私も行くわよ。ひいおじいさまの事も心配だし、誰が糸を引いていようが私が直接ワグナー様にアーノン達は無実だと言えば解放されるはずよ」
シルヴィアは拳を握り締めた。
この時ほどシルヴィアの存在が頼もしいと思えたことはない。シニストロでは高飛車なお腐れ様くらいにしか思っていなかったけど、大公に直接物申せるほど位の高い貴族のお嬢様なんだ。
僕が感動していると、エイクもまっすぐ僕を見て口を開いた。
「俺も行く」
「え?」
とても間抜けな声が僕の口から漏れたけど、仕方ない。
「ちょっと待って――大森林はこれからの季節が一番魔獣の動きが活発になるってアーノンさんが言ってたよ。アーノンさんもパージもいないのに、エイクまで抜けたら村が危ないんじゃないのかよ」
僕が言うと、エイクは不敵な笑みを浮かべた。
「この5日、俺達が何もしていないと思ってるのか?」
どういうこと?
「ジェイン達と二の小屋までの魔獣を狩りまくってやったんだ」
「は?」
僕が状況を飲み込めないでいると、サリーが頭を抱えて言った。
「このバカがあたしをあそこに連れて行ったのよ」
「こいつがいれば俺だけの時よりバンバン魔獣が寄ってくるからな。いつもの5倍以上は狩れたわ。助かったぜ。あれだけ狩れば、あとはキールとジェインだけでも十分だ」
サリーの背中をバンバンと叩きながらエイクは嬉しそうに笑っている。
いや、それってサリーにとってはかなり地獄なんじゃないの?
「そりゃね。でも、子供の頃とは違って、訓練もしたから魔獣の感情を無作為に感じることはなくなったわよ。それにこの子が帰ってくるまでの2日だけだったしね。だからって――」
僕の心配を察して、サリーがホルク・ニーゲルを撫でながら教えてくれたけど、さすがに堪えたようだ。
「でもどうして?」
「ホルクを飛ばしただろ。数日以内に何かしらの動きがあると思ったんだ。お前ひとりをエスクード侯爵家の人間と村の外まで出すわけにはいかないし、連絡係として誰かが動けるようにしておく必要があったし、このホルクはカインさんと俺以外の言うことは聞かないしな」
僕が困惑するのがよくわからないというふうに、エイクは首を傾げた。
「だからって――」
「他に誰が信用できるかわからん状況でお前を預けるわけにはいかないだろ。それに――」
そう言ってエイクは言いにくそうに言葉を切って息を呑んだ。そして何かを決めたように小さく頷いて僕を見た。
「言ったろ?お前が困ったときは命を懸けて助けるって」
エイクの金色の瞳が僕をまっすぐ見つめてる。とても真剣で、優しい目だ。
「あの時の事は――」
「俺は約束を守る。キールも、ジェインも同じ考えだ」
「だけど、どんな危険があるかわからないんだぞ」
「大森林以上の危険なんてあるわけないだろ。それに、お前ひとりで何ができるんだよ。バカか」
エイクの中では最初から僕と一緒にアーノンさん達を助けに行くことになっていたんだ。
だからアベルは待てと言ったんだろうか。僕の中でアベルはずっと黙っている。
それでも、なんとなくアベルが頷いたような気がしたんだ。
「あたしは残念ながらこの森を離れることはできないの」
サリーは申し訳なさそうに言った。そして、手元にいたホルク・ニーゲルに何かを耳打ちすると、僕の目の前に差し出した。
「この森の管理があるって理由もだけど、あたしがよその町に行って魔獣が襲ってきちゃたまんないでしょ?――それにこの筋肉バカと違って戦いになっても大して役に立たないしね。だから、この子を預けるわ」
ホルク・ニーゲルは僕の顔をじっと見ると、鳥がよくするように首を傾げた。そして、僕の手に頭を擦り付けると、羽を広げて僕の肩に飛び乗った。
「さっきも言ったけど、ホルク・ニーゲルは普通のホルクと違って人には懐かないと言われているわ。だから偵察に飛ばしても警戒されないの。役に立つわよ」
そう言うと、サリーは得意げにウインクした。
「ありがとう――よろしく」
サリーにお礼を言ってから、肩のホルク・ニーゲルに話しかける。
『まぁ――しゃーなしだからな』
耳元で人ではない声が響いた。
はい?
急遽転勤が決まってしまいバタバタしてます
更新が不定期になってしまいますが、なるべく頑張ってアップしますのでよろしくお願いします




