70.駆け抜ける
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「ちょっと待って――今……」
「何言ってるの?」
僕がパニクってると、シルヴィアが不思議そうに僕の顔を覗き込んだ。
「何って……聞こえてないの?」
「?」
『顔は好みじゃないけどな。魔力はなかなかのもんだ――でもまぁ、サリーの頼みじゃなかったらニンゲンなんかの為に働くなんざお断りなんだがな』
やっぱり喋ってるよね?こいつ……。
「やだシゲルったら、この子に気に入られたみたい」
サリーが嬉しそうに顔の横で手を合わせてる。
「サリーにも聞こえるんですか?」
「何が?」
「何がって、こいつの話してる言葉が――いてっ」
肩のホルク・ニーゲルを指差したら、鋭い嘴でつままれた。
「言葉っていうか、嬉しいとか楽しいとかそういう感情よね。それで十分意思疎通はできるし……いくら賢くても魔獣なんだし、流石に人間の言葉は無理よ」
『こいつには無理だ。もう何年も話かけてるけど、俺の言葉を理解できたことはない。まあ、意思疎通はできるから不便はないけどな』
サリーの言葉に呆れるようにホルク・ニーゲルが呟く。――ちょっと黙っててくれるかな?うるさいから。
つまり、こいつの声は僕にしか聞こえないってことか。アベルみたいな奴がまた増えたってこと?
それでも、意思疎通ができるに越したことはないか。便利と言えば便利だし。うん。
「あの、サリー。こいつに名前ってあります?」
「名前?――つけてないけど?」
「じゃあピッピはどうかしら?ポッチとお揃いみたいで可愛いでしょ?」
『却下だ』
シルヴィアが嬉しそうに言ったのに、ホルク・ニーゲルは心底嫌そうに却下した。シルヴィアに聞こえてなくてよかった。
「気に入らないみたいよ」
サリーがニヤリと意地の悪い笑みを向けると、シルヴィアは悔しそうに頬を膨らませた。
「ホルク・ニーゲルって呼ぶのもなんだかだし、呼び名があった方がいいかなって思うんですよ」
長いんだよ。固有名詞が。
サリーは1人だったから必要なかったかもだけど、僕達の間で話す時にいちいちホルク・ニーゲルって言うのも面倒だし。
「ホーちゃんでいいか……」
『はぁ?なんだその間の抜けた呼び名は』
僕が呟くとホーちゃんは怒って僕の耳を嘴でつついた。甘噛みなんだろうけど、君の嘴は鋭いんだから痛いんだぞ?
それに、なんでこんなに偉そうなんだよ。
「ホーちゃんが嫌ならピッピだ。他はない。どっちか好きな方を選べ」
肩からホーちゃんを引き剥がして両手で掴んで言うと、ホーちゃんは諦めたようにガックリと項垂れた。
「決まったわね」
サリーは1人楽しそうに笑っていた。
「何から何まで本当にありがとう」
話を終えると、泊まっていけと言うサリーの誘いを辞退して、僕達は早速出発する事にした。
ちょうどいい具合に日も暮れたから、目立たずに動けるはずだし、ロワイヤまでは草竜なら2日の距離だ。一晩たりとも休んでられない。
サリーは僕達に2日分の食糧と人数分の寝袋、エイクには銀貨が数枚入った袋を渡してくれた。
そして、僕が乗る草竜も貸してくれた。
エイクと相乗りしてもよかったのだけど、アーノンさん達を解放した後の事を考えると、もう一頭草竜がいる方がいいからね。
「次はゆっくりしていってよね」
寂しそうに微笑みながら、サリーは僕に麻でできた暗い色のフードがついたマントを着せてくれた。
ロワイヤは大きな町だけど、黒髪は目立つから。
もう一度お礼を言って、家の前で見送るサリーに手を振って、僕達はホーちゃんの先導で来た道を駆けた。
「ナディさんには挨拶できなかったね」
街道に出ると、僕は草竜をエイクに並ばせた。シルヴィアは僕達の後ろを走ってる。
「あぁ……気にするな。ナディはもういない」
え?
「死んだんだ。7年前に、アーミットにいた」
エイクの顔はいつも通りだったけど、声は少し潤んでいた。
7年前のアーミットの魔獣溢れ……パージの幼馴染やお母さんを失った悼ましい出来事だけど、エイクのおばさんまでそこにいたのか。
「気にするな。7年も前の事だ。あいつも俺も、もう消化しきってる」
僕の方を向く事なく、エイクは優しく言ってくれた。
「だったらサリーはあそこに……」
「あぁ。1人だ」
エイクの言葉に、サリーの寂しそうな笑顔が思い出された。
7年もの間、サリーは1人であそこにいたんだ。時折町に行ったりエイクが顔を見せると言っていたけど、周りには魔獣だけ――。
「また会いに行こうね」
僕が言うと、エイクは小さく頷いた。
「そうだな」
僕達は最低限の休憩だけを取って、限界ギリギリまで草竜を走らせた。
シルヴィアのためにも、なるべく町で宿に泊まりたかったけど、シルヴィア自身がそれを拒否した。
「時間がもったいないわ。寝るだけならその辺で寝ればいいし、お風呂なんて入らなくても死なないわよ」
さすが騎士を志すだけあると言えばいいのか、男前だよな。
そのおかげで、僕達は翌日の早朝には、ロワイヤの一つ手前の町に到着することができていた。
「ここまで来れば昼過ぎにはロワイヤに着けるわ」
シルヴィアが安心したように言った。かなりの強行軍だったこともあり、シルヴィアはもちろん、僕もエイクもかなり疲れていたから、気持ちはわかる。
日も昇りきらない早朝の町はまだ人が少なく、静かだった。
これまでは町を避けて走り続けたけど、ロワイヤ周辺は樹海ほどではないにしても深い森で覆われていて他に道はなく、ロワイヤに行くためにはこの町を抜けて行くしかないらしい。
「今のうちに抜ましょう。もう少ししたら市がたつの。そうなれば人や物でごった返して思うように動けなくなるわ」
シルヴィアの言うとおり、町の中心部を過ぎた頃には、町中に朝を知らせる鐘が鳴り響き、それを合図にどこからか人や荷車が大通りに現れるようになった。
町を抜け切るまで一刻もかからないほど小さな町だったけど、ロワイヤの門前町ということもあり、市にはロワイヤでは取り扱われないような平民向けの品質の品物が取引されるそうで、周辺の街や村から人が集まるんだそうだ。
その証拠に、町の大通りの両脇には一階が商店になっている多層階の集合住宅が立ち並んでいて、昼に来たならとても楽しいんだろうなと思った。
町を抜けるとロワイヤまでは一本道だとエイクが教えてくれた。
森を切り拓いて作ったらしい街道を進むと、ロワイヤに近づくにつれて街道は人通りが多くなり、草竜が思うように走れなくなった。
すると、ホーちゃんはすぐにそれを察して、僕達を街道を外れた森の中へと誘導した。
そこは道らしい道ではなかったけど、草竜がやっと通れるくらいの獣道があり、街道で人や獣車を避けながら走るより断然速い。抜け道まで知っているなんてなんて有能な鳥なんだ。
森の中は大森林やサリーの森ほどの魔力はなく、時々オヴィーやガーグといった弱い魔獣を見かける程度だったけど、襲ってくる事はなかった。
「オヴィー達より草竜の方が強いからな。だからと言って一般人やこの辺りのハンター程度だと油断してたらやられる」
エイクが教えてくれた。
カインさんの話ではゴブリンはこういう魔力があまり多くない森によくいるってことだったけど、出くわす事はなかった。魔獣の中でも知能が高いゴブリンは、人間を避けて森の奥で生息しているらしい。
よかったと思うべきか、残念と思うべきか複雑だ。
「随分と街道から離れてるけど、大丈夫なのか?」
もうすぐ昼になろうかという頃になって、エイクが不安そうに口を開いた。
『俺が信用できないってのかよ』
エイクの声が届いたのか、前を飛んでたホーちゃんが戻ってきた。
『あいつらがいるところまで行くんだろ?だったらこっちが近道なんだよ』
心なしかドヤ顔で言うホーちゃんの言葉をそのまま伝えると、エイクは納得したように頷いた。
「そうね。収容所の近くにはエスクード家の所縁の者もいるから丁度いいわ」
シルヴィアも声を上げると、ホーちゃんはピィーと得意げに鳴いて元の位置に戻った。
ロワイヤに到着したのは、それから1時間もかからなかった。




