68.様子がおかしい
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「おじいさまはロワイヤにいる――そのことしかわからないの」
シルヴィアは膝の上に置いた手に視線を落とした。
そうだ。アーミットの小屋に来た時にシルヴィアは確かにそう言っていた。
「コローニィのおじさま達に聞いても、おじいさまはロワイヤにいるって繰り返すだけで、なぜロワイヤにいるのか、どういった状況かは教えてもらえなかったの」
「そう言えば出てくる前に揉めたって」
僕が尋ねると、シルヴィアは首を横に振った。
「ええ。ひいおじいさまが出発されてから一旦領地に帰っていたのだけど、そろそろ戻られる頃と思ってシニストロに戻ったの。だけど、おじさま達の様子がおかしくて……何を聞いてもひいおじいさまはロワイヤにいるとしか言わないし、ロワイヤに行こうとしても止められて。そうしているうちにホルクが来たのよ」
「ちょっと待って――ホルクが来る前にカインさんがロワイヤにいるって知ってたってことなの?いつ知ったの?」
僕達が戻ったのは5日前だし、アーノンさん達を乗せた獣車がロワイヤに着いたのは4日前だ。
「私がシニストロに着いたのは7日前よ」
「俺がホルクを飛ばしたのは5日前だ」
シルヴィアの言葉に、エイクも弾かれたように言った。
「ホルクを受け取ったのは4日前よ。受け取る前におじさま達がホルクを殺そうとしたから少し揉めてしまって――あんなおじさま達初めてだった」
「つまり、お嬢さんは俺がカインさんが連れ去られたと知らせを送る前にロワイヤに連れていかれたことを知っていたということか」
エイクが言うと、シルヴィアは顔を曇らせた。
「ええ」
「だから俺はお嬢さんに会った途端殴られたってわけか」
殴った?どういうこと。シルヴィアを見るとバツが悪そうな顔をしている。
「――その……ちょっとした誤解よ」
ホルクの先導で村に着いたシルヴィアは、まっすぐにエイクの家に向かった。
魔力の圧力で息苦しくてイライラしていたのもあり、エイクの顔を見るなり平手でその頬をたたきつけた。
「あなたね?ホルクを飛ばしたのは」
突然殴られて唖然とするエイクに、シルヴィアは畳みかけた。
「この子はひいおじいさまのホルクよ?どうやって手に入れたのか言いなさい!何が狙いなの」
怒鳴るシルヴィアの顔を見て、エイクはすぐにカインさんのひ孫のシルヴィアだと察したけど、言ってることは理解できなかった。
「何言ってんだあんた」
「答えなさい」
シルヴィアの勢いに気圧されそうになったけど、すぐに何かの行き違いが生じてることに気がついたエイクは、手短にいきさつを説明した。
話を聞いたシルヴィアは、顔から血の気が引いてはいたけど、どこか予想していたのか取り乱すことはなかったらしい。
「ひいおじいさまの他に連れていかれたのはアーノンとパージだけなの?シゲルは?」
「あいつなら無事だ。俺が匿ってる」
「どこにいるの。会わせて」
「ここにはいない」
「匿ってるって言いながら監禁してるんじゃないでしょうね。どこに隠したのか言いなさい」
「何を言ってるんだ、あんたは。まだ憲兵がウロウロしてるんだ。村に置いておけるわけがないだろ。――それより俺は辺境伯に手紙を書いたんだが」
「連れて行きなさい」
シルヴィアはずっと握り締めていた手紙をエイクの鼻先に突き付けた。
「事情は後で話すわ。まずはシゲルに会わせて」
鼻先に突き付けられた手紙は、間違いなくエイクが急いで書いたものだった。
憲兵がアーノンさん達を連れ去ったこと。その際カインさんの様子がおかしかったため、エスクード侯爵家の協力を得たいと用件だけを書いたものだった。
後で聞いた話だけど、コローニィ辺境伯の様子がおかしいと察したシルヴィアがその手紙をぶんどり、ホルクを殺そうとした辺境伯と町長を――その……殴り倒して屋敷の一室に閉じ込めてきたらしい。
辺境伯はそこそこ中年とはいえ、カインさんの血筋だけあって魔力量はかなり多い。若い頃は辺境伯家の騎士隊長を務めて魔獣討伐にも出ていたほどの実力はあるって言ってた。
しかし、シルヴィアと領地から連れてきた従者によって、二人とも拘束されたそうだ。
「あんたを信用できる理由は?」
シルヴィアの事はパージや僕達から聞いていたけど、用心深いエイクはすぐに頷かなかった。
「シゲルに会わせれば信用できるかどうかわかるわよ。信用できないと判断したらその時は殺しなさい」
シルヴィアは自分よりもずっと背が高くて体も大きいエイクの胸倉を掴むと、自分の方に引き寄せて睨みつけた。
シルヴィアの魔力量はかなりのものだけど、パージはもちろんエイクには劣る。それ以前にハンターとして常時戦っているエイクが相手にシルヴィアが勝てる見込みはない。
エイクが本気になればシルヴィアを殺す事なんて造作もないと、彼女もわかってた。
「わかったよ。話には聞いてたが、本当にあんたご令嬢か?――シゲルを連れてくるから、あんたは村を出た西の街道で待ってろ」
村の魔力の圧力によって、息が上がりながらもエイクに睨みを利かせるシルヴィアに、エイクは諦め半分に納得して言ったけど、シルヴィアはついて来ると聞かなかった。
「無理よ。憲兵達に顔を見られたわ。シニストロから追手が来るかもしれない。私も一人になるわけにはいかないの」
「無理だ。シゲルは大森林に匿ってる。ここですら圧されるような奴が大森林になんか入ったら死ぬぞ」
エイクは自分の胸倉を掴むシルヴィアの手を離そうとしたけど、シルヴィアの手は震えていた。
「ここで言い争っている暇はないわ。もし私が敵ならあなたが殺すんだから大森林で死んでも問題はないでしょ?」
「敵じゃなかったらどうすんだ」
「うるさい!」
シルヴィアの拳がエイクの頬を打った。
「四の五の言わずに連れていきなさい!」
「死んだら捨てていくからな」
エイクは殴られた頬をさすりながら、シルヴィアに背を向けて自分の草竜に鞍を着けた。
「私が死んだらこれをホルクに持たせて王都のエスクード侯爵家に送りなさい。私の代わりにエスクード侯爵家から助けが来るはずよ」
そう言ってシルヴィアは右手の中指にはめられた指輪をエイクに見せた。
「2回も殴ったの?」
ひと通り話を聞いた後、僕がシルヴィアを見ると、彼女は背中を丸めて小さくなっていた。
「悪かったとは思ってるわよ」
「お嬢さんに殴られたところで痛くも痒くもないさ」
エイクが笑うと、サリーも頷いた。
「この筋肉バカは頑丈なだけが取り柄なのよ。気に入らないならいくらでも殴っていいわよ」
「エイクが脳筋なのは僕も否定はしないけど、よく知らない人に手を上げるのはよくないよ。シルヴィア」
「わかってるってば。――ごめんなさい」
シルヴィアが謝ると、エイクは手を上げて首を横に振った。
「それより、話の続きだ。なんで辺境伯はカインさん達が戻る前だったってのに、カインさんがロワイヤにいるって言ってたんだ」
「あんた本当にバカなのね。そんなの、その辺境伯が指示したか、カイン様を連れて行った奴らと結託してるからに決まってるじゃない」
サリーが呆れたようにエイクを睨むと、エイクはバツが悪そうにすっかり湯気が消えたお茶を口に運んだ。
「公国の憲兵まで動かしているってことは辺境伯単独の仕業とは思えないわ。――でも、公国の貴族と王国の辺境伯が結託してカインさんやアーノンさん達を攫う理由なんてあるの?」
サリーの質問にシルヴィアはすぐに首を横に振った。
「得られる利益より失うものの方が多いわ。エスクード家に害を与えると言うことはアンドレア王国に害を与えると同義よ?公国の貴族はもちろんコローニィのおじさまと言えど、無事では済まないわ――それに、コローニィのおじさまにだけ絞って言えばそんなことをする理由が見当たらないわ」
旅行中のため、更新が遅くなりました




