65.潜伏
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アーミットの小屋に潜んで三日が経った。
たった三日なのに、空気はかなり秋めいてきている。
エイク達は僕にここで待つように言って村に戻ってしまった。
一度だけキールが食べ物を持ってきてくれたけど、長く村を空けると疑われるからと、またすぐに村に戻っていった。
秋は魔獣が活発になるから、ハンターの仕事も忙しくなる。特に、アーノンさんとパージが捕まえられたせいで、受け持つエリアが増えてしまったのもあると思う。
「いつまでこうしてろっていうんだよ」
僕は部屋の隅に置かれた寝藁の上で膝を抱えていた。
『彼らを信じるしかないだろ』
この三日、アベルは僕の唯一の話し相手だった。
「でも、アーノンさんにもパージにもカインさんにも魔力を飛ばしたいのに魔力が感じられないんだぞ?エイク達だってそれはわかってるはずだ」
何度も魔力を飛ばそうと試みたけど、魔力が感じられない。
パージの言葉では、魔力はある程度離れても感じることができるって言ってたのに。
『大丈夫だ。彼らは生きてる』
何度聞いたかわからない言葉だけど、いい加減苛立ってきた。
「大丈夫大丈夫って言うけど、それならお前がいるんだから僕一人で彼らを探しに行ってもいいだろ」
確かに僕はこの世界のことは何も知らない。村の外だってシニストロの町までの道しか知らない。ロワイヤなんて都市がどこにあるかもわからない。
だけど、アベルならわかるだろ。ずっとこの世界を見守ってきたんだ。知らないはずがないんだ。
『それはダメだ。たとえ私の力を使えたとしても、君を一人で行動させるわけにはいかない』
「お前がいる。一人じゃない」
『その考えがダメなんだ。君は事態がわかっていない』
「だったらその事態ってのを説明しろよ!」
立ち上がって壁を蹴ると、アベルは気配を消してしまった。
いつもこうだ。この三日、僕が何を言っても肝心なことは教えてくれない。なのに、待てとしか言わない。
アーノンさん達が生きていることに間違いはないんだと思う。けど、だったらなんで魔力が感じられないんだよ。
やっぱり、クシンの町じゃなくてロワイヤってところにいるんだろうか。
ロワイヤがどこにあるかわからないけど、大きい街なら街道沿いに行けば辿り着けるんじゃないか?
これ以上ここで待つだけなんて無理だよ。こうしてる間にも、アーノンさん達が無事でいる保証なんてないんだから。
『ここを出てどうやって行くんだ?』
アベルの冷たい声が響く。
『ここからどう進めば街道に出られるかもわかっていない上に、移動手段だってない。更に今の君は着の身着のままで路銀だってない。ここを出ても数日以内に飢えて死ぬか、憲兵に見つかるかのどちらかだ』
その通りだけど。
「路銀なら、ここで魔獣を狩って素材を持っていけば売れるんじゃないか」
『君は魔獣の解体すらまともにできないのに、どうやって素材だけ持っていくんだ』
う……。
『それに、素材だけを持って行けたとしても、大森林の魔獣だということはすぐにわかる。大森林の魔獣はこの村と周辺のいくつかの村でしか取引されていない。この村でもそうであるように、大森林の魔獣の素材はハンターが村に納めて、村が商団と取引するんだ。君個人がどこに持って行ってどこが買ってくれるって言うんだ』
ゲームとかラノベだったら簡単に売れるのに……。
大森林はハンターでないと入ることはできない。ハンターはその村に登録された人達だけだ。
それは、閉鎖的な利権という意味ではなく、大森林に入れるレベルじゃない人達が無暗に大森林に押し入って命を落とす事を防ぐための措置だってアーノンさんから聞いたことがある。
「だったら、用心棒とかでも――」
『確かに、護衛や用心棒なら需要はあるだろうが、黒髪が忌避されるこの国で君を雇う人間がいると思うかい?いたとしても、真っ当な人間じゃないかもしれないし、路銀を稼ぐためにどれだけの期間拘束されるんだい?そもそも、その仕事にありつく前に野垂れ死ぬだろ』
「いちいち尤もな意見ありがとうよ」
そうだよ。たとえアベルの力を借りても、魔法で食べ物やお金を出すことはできない。
キールが置いて行ってくれた食料を持って出たとしても、残りはせいぜい2日分だ。単独徒歩で2日で大森林を抜けて次の村に行けるとも思えない。
僕は自分の無力さを噛み締めていた。
アベルにやり込められてからさらに二日経った朝。
予想通り食料が尽きようとした頃、小屋の戸が勢いよく開いた。
「シゲル!やっと会えた!」
現れたのはシルヴィアだった。
ろくに休まずに草竜を走らせて来たんだと思う。肩で息をしているし、白い肌は日に焼けて荒れていて疲れているように見える。何日も洗っていないのか、髪も服も脂と埃で汚れていた。
「シルヴィア――どうして?1人でここまで来たの?」
シルヴィアは否定するように小さく首を横に振って体を横に逸らすと、彼女の後ろに肩に大きな鳥を載せたエイクの姿が見えた。
「この人がホルクを送ってくれたの」
シルヴィアはエイクを指差した。
「カインさんがこの村に来た時に村長に預けてたホルクがいたんだ。俺が世話をしてた」
エイクが肩に乗せた、鷹よりも更に大きい鳥型の魔獣を見せてくれた。
伝書鳩みたいなもんかな?
「知らせを受けてすぐにシニストロを出ようとしたのだけど、ちょっとコローニィのおじ様達と揉めちゃって遅くなってしまったの」
上がった息でそう言うと、おぼつかない足取りで部屋の中に進んで、置いてあった椅子に腰を下ろした。
「おじいさまはロワイヤにいるわ。アーノンさんとパージもね。急がないと……」
「早くここを出よう。じゃないとこのお嬢さんは死んじまうぞ」
エイクの言葉にシルヴィアを見ると、真っ青な顔をしていた。
大森林の魔力に圧されてるんだ。
「なんで村で待ってなかったんだよ」
「あなたを迎えに来るためよ。村に連れて帰るわけにはいかないでしょ」
僕が声を荒げると、シルヴィアは負けじと語気を荒げた。
「それでも――」
「いいから行くぞ」
エイクが呆れたように言うと、僕の腕をつかんで引き起こした。そして、シルヴィアを抱えると肩に担いで早足で小屋を出ていった。
――そこはお姫様抱っこじゃないのかよ。




