61.一長一短
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二の小屋までは2日もかからなかった。
最短ルートを通ったというのもあるけど、やっぱり魔獣との戦闘がないと行程が驚くほど早い。
二の小屋の辺りまで来ると、アベルの気配のおかげで魔獣たちが全く襲ってこなくなったんだ。アベル便利だよな。
『人を虫除けみたいに言ってくれる』
アベルがなんか言ってるけど気にしない。
村に程近い一の小屋は、村から歩いて往復できる場所にあって宿泊用というよりは休憩場所に近い。だから、実質ここが最初の拠点で、色んな人たちが利用するのだけど、今回は幸い誰も使っていなかった。
秋に近づくにつれて、冬支度を始めた魔獣たちが凶暴化するため、ハンターは忙しくなるんだってアーノンさんは言っていたけど、まだ夏は終わっていないしその時期にはなっていないんだろう。
僕は小屋の軒下に描かれた魔法陣に魔力を入れ終わると、その場に座り込んだ。
夕焼けの陽射しが森を照らしている。綺麗だ。
「明日帰る事を村長に知らせておいた方がいいですよね」
パージの言葉にアーノンさんが頷くと、パージは村長に魔力を飛ばしたようだ。
僕が座り込んでいるのを横目に、「飯ができたら入ってこいよ」と言い残して小屋に入っていった。
今日はここで休んで明日は久しぶりの家だ――って、僕の家じゃないのに帰るのが嬉しいなんておかしいよな。
それでも、ここで過ごした時間は元の世界よりも充実していて、たった2ヶ月程度なのにこっちにいる方が当たり前な気になってしまう。
それでも、僕はあっちに帰らなきゃいけない。みちるが待ってるんだ。
「あっちでもそろそろ秋かな」
『時間の流れが同じなら』
僕の独り言にアベルが答える。
大体2ヶ月が経ったってことは、そろそろみちるのお腹が出てくる頃かな。1人で心細い思いをしてないだろうか。会社は大丈夫かな。無断欠勤がこんだけ続いてるんだ。クビ……かな。
『大丈夫だよ』
「お前はそればっかりだよな。全然大丈夫じゃないじゃないか。それともお前が魔法でなんとかしてくれるのかよ」
僕がいうと、アベルは気配を消してしまった。
何が大丈夫だよ。
「アベル王子と話をしてるのか?」
僕が膨れていると、カインさんが顔を覗き込んできた。
相変わらず綺麗な顔だな――そしてシルヴィアによく似てる。
「もうすぐシルヴィアに会えますね」
「ああ……戻ったら約束通り稽古をつけてやらないと」
僕の言葉にカインさんは気まずそうな笑顔で答えてくれた。ここに来る方便でシルヴィアに稽古をつける約束をしてたからね。
「カインさんもシルヴィアが騎士になるのは反対なんですか?」
「シルヴィアのやりたい事は応援してやりたいがね――しかし、可愛いひ孫が危ない目に遭うのを喜ぶ爺さんはいないだろ」
「その顔で爺さんって言わないでくださいよ……」
カインさんは声をあげて笑うと僕の隣に腰掛けた。
「首都周辺の森はここやシニストロの樹海に比べると魔力が薄い。しかし、だからと言って危険がないわけではないんだ」
カインさんは手に持っていた水筒から水を一口飲むと、僕に差し出した。受け取って飲むと冷たい水が喉を通る。
「魔力が薄い分、オヴィーのように集団で襲ってくる魔獣も多い。その中にはゴブリンのように知恵のある魔獣も――」
「ゴブリンがいるんですか?」
カインさんの言葉を遮ってしまったけど、ごめんね。
でも、ゴブリンなんてファンタジーの世界の生き物じゃないか!
いや、ここもある意味ファンタジーか。
でも、今までなんていうか、そう言ったモンスター的な敵じゃなくて、見た事も聞いたこともない魔獣相手だったからさ。ゴブリンなんて聞いたら一気にファンタジーみがでるじゃない。
「あ……ああ。あいつらは弱いからここやシニストロのように魔力の濃い場所には住めない。しかし、首都の周辺のような魔力の薄い森には当たり前のようにいる」
「やっぱり緑色で小さい人型なんですか?」
興奮気味に詰め寄ると、カインさんは苦笑いをして手を出した。
「魔獣の形状を口で説明するのは難しいから、魔力を吸収してくれないか?」
なるほど。魔力と一緒に記憶を見せてくれるんだな。
僕はカインさんの手を取ってゆっくりと魔力を吸収した。
魔力と共に流れ込んできたのは若い頃のカインさんの姿だった。
どこかの街道で壊れた魔法陣の調査に来ている。
街道には一定の間隔で結界の魔法陣が刻まれていて、連続して結界が張られるようになっている。人がそこを通る度に魔力が少しずつ補充されるようになっている。
その魔法陣の一つが壊れたんだ。
魔法使いが修復して魔力を入れようとした時、弓矢がカインさん達を襲った。
視線の先にいたのは小さな猿に似た生き物で――
「これが……ゴブリン?」
僕ががっかりして呟くと、カインさんは驚いたような顔をした。
「どんなのを想像してたんだい?」
説明するのはとても難しので、僕もカインさんに魔力を流してみる。
想像したのは指輪の物語に出てくるあいつだ。
「君の世界にはこんな魔獣がいるのか」
「想像上の生き物ですよ」
僕が言うと、カインさんは首を横に振った。
「しかし、君の送ってくれた記憶は絵画ではなく生きて動いて話していたじゃないか」
ああ――映画のあのシーンを思い浮かべたものだから。
「作り物です。CGってもわかんないか……えっと、動く絵を作れるんですよ。僕の世界では」
パラパラ漫画の原理を説明して、とても精密な絵を何枚も書いて映写してるんだと説明した。念押しにそのイメージも魔力で見せると、カインさんはすごく驚いていた。
「君の世界にはいろんな魔法があるんだな」
「確かに、魔法みたいですよね。――そっか。僕の世界にも魔法はあったんだよな」
僕が言うとカインさんは目を細めた。
「行ってみたいものだな。君の世界にも」
「やめた方がいいですよ。僕の世界は食べ物も服も資源もそれを使う技術も沢山あるけど、その分人の心がないんです」
「君にはあるじゃないか。君だけがそうなのか?」
「そう言う意味じゃなくて――なんていうか、人の手を介さないでできる事が多くなりすぎて、人との繋がりがとても薄いんです。恋人達は結婚してもすぐに離婚しちゃうし、国同士どころか同じ国の人間同士――いや、同じ会社で働く人達ですら隣の席の人間にも無関心だったりつまらない事で争ったり。毎日朝から夜遅くまで働いて、仕事では自分がしていないことでも叱られて責任をなすりつけられて、死んじゃう人もいる」
前の会社を思い出して止まらなくなってしまった。
会社だけじゃない。実家だってそうだった。姉ちゃんは子供の頃から何かと面倒は見てくれてたけど、父さんは完全に家族には無関心だし、母さんだって口を開けば自分の愚痴ばかりで、僕が家を出てからどんな生活をしてるかなんて気にした事もない。
「そんな辛いところに君は帰りたいのかい?」
僕を見つめるカインさんの青い瞳が夕焼けに染まって赤くなっている。
「みちるが――恋人が待ってるんです」
「矛盾しているな。そんなに希薄な関係なのに、君はその恋人を想って命をかけてるんだろ」
「みちるは違います。いつも僕を励ましてくれて、癒してくれて――僕も何もできないけど彼女を守りたいって」
嘘じゃない。周りはすぐに喧嘩して別れたり恋人の文句ばかり言うけど、みちるとは喧嘩なんかしないし、周りからも僕の悪口を言ってるなんて聞かなかった。
周りが僕なんて存在を気にもしないのに、みちるだけは僕と一緒にいたいって言ってくれたんだ。
彼女は――みちるこそが僕が一生一緒にいたい人なんだ。
「なら、君の世界は心がないわけじゃない。みんな、ただちょっと忙しくて心を通わせる余裕がないだけで、君の恋人のような人は他にもたくさんいるはずだ」
そうかもしれない。
速水先輩だって僕を今の会社に引っ張ってくれたし、江坂課長も僕のことをずっと気にかけてくれていた。僕の周りにも優しい人達は沢山いた。
「ここが特別なんじゃない。ここだって平民の暮らしは豊かとは言えないし、貴族同士の足の引っ張り合いも目を覆うほどさ。それに戦争はなくとも常に魔獣に命を脅かされているんだしね。たまたま君の置かれた状況が素晴らしいだけなのかもしれないよ」
そう言うと、カインさんは立ち上がって僕の頭をそっと撫でて小屋の中に入って行った。
そっか。どっちの世界も住んでる人は住んでる人の事情があふんだよな。僕はまだこの世界を一部しか見てないから、こっちの方が素晴らしいなんて思ってるだけなのかも。
あっちにはあっちの、こっちにはこっちの一長一短があるんだよな。
ゴブリンとカインのお話は「侯爵家の婚約者」14話です
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