60.魔法って便利
再開しました
僕がアベルと会話している間に、アーノンさん達は慣れた手つきでライオウの皮を鞣していた。
って一言で言うと簡単そうに思えるでしょ?
とんでもない。
まずは川に皮を浸けて綺麗な血や汚れを洗って、皮についた肉片や脂を綺麗に削いで、灰で燻して防腐処理をした。
それだけで日が暮れるまでの時間を要したと言えばわかってもらえるかな。
お忘れだろうけど、この世界の1日は僕の世界の30時間だ。
お昼過ぎから作業を開始して、日が暮れるまで実に優に13時間はしっかり作業していた事になる。もちろん途中から僕も手伝ったけど身体強化…ほんとありがたい。
「鞣しって大変なんですね」
「何を言ってるんだ。これは防腐処理をしただけで、村に帰ったら皮革職人にちゃんと鞣しを頼むんだ」
アーノンさんが言うには、燻しただけの皮はすぐに硬くなるので、明日の朝もう一度川に浸けて柔らかく戻してから丸めて乾かしながら持って帰るそうだ。
毛皮が高い理由が分かった気がする……。
そんな貴重な体験をさせてもらえたのも異世界ならではかなと気持ちを入れ替えるも、目の前に積まれた毛皮たちは大きいにもほどがある。
もちろん、身体強化をしているから持つのには苦労しないけど……今は夏なんだよ。暑いんだよ毛皮。
一人が一巻き持つにしても、夏に毛布みたいな毛皮抱えて移動するとか無理でしょ。僕は嫌だし、暑がりのアーノンさんも嫌がっているのは誰の目にも明らかだ。
「荷車があればいいんだけどね」
カインさんも嫌そうだ。わかるよ。
「簡単な荷台ならすぐに作れても車輪がな……」
パージも嫌なんだろうな。すごく残念そうだ。
「車輪を作れたとしてもこの先は台地もあれば川もある。整備されてない獣道を進める荷車となると難しいだろ」
アーノンさんも忌々しげに言う。
そうなんだ。ここはほぼ人類未踏の地。道というものは存在していない。かろうじて僕たちが進みやすそうな場所を選んで進んできた道とも呼べない足場程度だ。
うまい具合に車輪を作れたとしても、すぐに車輪を取られるか岩場にぶつけてダメになるのは目に見えてる。
「ファンタジーの魔法みたいに宙に浮かして運べればいいんだけど――あ」
ついつい声に出したけど、そうだ。浮かせればいいんだよ。
圧縮空気を使って重いものを運ぶエアキャスター。あれなら風の魔法を使えば作れるんじゃないか?台の下に風の魔法陣を仕込んで空気を圧縮して浮かせるんだ。
『可能だろうね。風の魔法をそんな使い方をした事はないけど』
アベルも同意してくれた。僕の考えを読み取ったんだと思う。なんだかんだで結構僕の考え読み取ってないか?
「何か思いついたのか?」
パージが僕の顔を覗き込んだ。どことなく期待が込められている気がするのは気のせいじゃないはず。
「何とかなると思う」
僕が言うと、パージとアーノンさんはにこっと笑顔になった。カインさんも嬉しそうに見える。
小一時間――僕たちの世界の時間で――もしないうちに僕達の前に石でできた、畳一枚ほどの大きさの板が転がっていた。
石を切り出したわけじゃなく、焼いて溶かしてまた固めたものだ。
台を作るのに木を切るかくり抜くかで悩んでた僕に、
『そんなものでは圧力に耐えられないだろ。鉄が手に入ればいいのだけどこの辺りの石に含まれる鉄では満足な量は抽出できないし――いっそ石そのものを焼成してみてはどうだい』
というアベルのアドバイスでやってみたんだけど、
『なんで君は錬金術を学んだのに使わないんだ』
だの、
『君の世界の常識に捉われすぎてるからだ』
だの、チクチクと嫌味を言われたのはみんなのアベル王子像を壊してしまうから言わないでおくよ。感謝しろよな。
アーノンさん達に小川の近くから手ごろな大きさの石――と言うより岩をいくつか持って来てもらったのだけど、アベルの魔力を使えたからか、鉄よりも融解温度が低かったからか、思ったよりも魔力の消費量は少なく、鎖帷子を作った時のように疲れる事はなかった。
実際、石の焼成の細かな調整なんかはアベルが手伝ってくれたしね。
焼成って言うと簡単だけど、魔力で岩を密閉して圧力をかけながら熱を加えるとドロドロのマグマが出来上がる。それを今度は魔力で板状に変形させて冷やす。
大理石のようにツルツルとしたものにならずに表面に小さな穴が空いてるのは、溶岩石の特徴だから許して欲しい。
60分程度かけて人が触れる程度の温度まで下げると、板の底面に風の魔法陣を刻み込む。
エアキャスターはホバークラフトと同じ原理で、底面に付けられたドーナツ型のバッグから圧縮された空気が外に漏れだしたときに浮力を得るのだけど、手元にゴムもなければ代用品もないので、そこはもう魔法というチート頼み。
魔法で板の下に空気の渦を発生させて浮力を得る。羽のないドローンと同じだ。
なので、エアキャスターみたいに少しだけ浮かせて持ち運べる、なんて事ではなく、腰の高さまで浮いてしまったのは、さすがにやり過ぎたと思ってるんだ。
「まったく……君には驚かされるというか、呆れさせられると言うか、言葉もないよ」
「その割にはえらく流暢ですね」
カインさんが皮肉を言う程に、とんでもない事をしてしまったのではないかという事は理解していたよ。
アーノンさんとパージはもう慣れたのか、楽しそうに荷台に乗って遊んでいるけどね。
「シゲル!すごいなこれ。父さんと俺が乗っても浮いたままだ!」
パージが興奮するのも珍しいけど、そりゃドローンですからね。
魔法の絨毯ならぬ、魔法の石板ってやつだよ――って。
これ、もしかして乗って帰れるんじゃないの?
「魔法ってすごい」
思わず声が漏れ出る。
僕達は『魔法の石板』に座って大森林をスイスイと進んでいる。
何日も歩いて進んだ速度よりも更に早い。何より魔獣に遭遇する事もない。
もちろん、畳1枚程度の大きさに全員が乗るのは危ないので、縁に木枠を組んだら魔法の石板じゃなく空飛ぶ箱になってしまった。なんか、かっこ悪い。
そして、障害物を避けるためにもう少し高度を上げて、更に川の上を飛んでいるから、地面からの反射による揺れもない。おかげで、みんなの初めての空の旅は快適みたいで、初めは落ちないかと恐る恐るだったアーノンさん達も今ではリラックスして居眠りなんかしている。
なんだかんだで大変だったもんね。やっと安心して気が抜けるんだ。ゆっくりしててもらいたい。
『君の世界には魔力は存在しないが、科学という魔法が存在するのだな』
アベルの声もどことなく楽しそうだ。
確かに科学って魔法みたいだ。
暗い中でも明るく照らしてくれる電気、どれだけ遠くにいても話ができる電話、空を飛ぶ飛行機――
それでも、魂を分けたり次元を越えたりなんてことはできないから、やっぱり魔法の方がすごいよ――って、僕がなんでこっちに来たのかはアベルもわからないんだっけ。
『すまない』
申し訳なさそうな声が響く。
僕、本当に帰れるんだろうか。
『来れたという事は帰れる。その解析も進めている』
そうか。そうだよね。
でも、物質を次元が移動するのって大変なんだよね。大丈夫なの?僕生きて帰れる?
『それは保証する――と言いたいのだが、あの者に魔力を奪われたのと、君をこっちに呼んだ時に殆どの魔力を消耗してね。今の魔力では君を安全に帰すことはできそうにない。すまないが少し時間が欲しい――と言っても、大した時間ではないよ』
アベルの声はいつもに比べて真剣みを帯びていた。
おそらく、僕の事もだけど――アンジェロの事を考えているんだろう。
そうだ。
のんびりもしていられないんだ。あいつが、一体何のために僕達を狙っているのか、なぜあんな事をしたのかわからないけど、それでもこれだけはわかる、
あいつとはどんな形であれ、またやり合う事になるって。
ご無沙汰しています。
4月までと言ってたのがまさか1年もかかりました。
またお付き合いいただけると嬉しいです。




