58.和気あいあいってやつ
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伝えたいことだけ伝え終わると、アベルは引っ込んだように僕からも気配を消したので、話は終わりなんだろうと思って、手を放そうとした。
「あんたら……なにやってんだ」
タイミングってのはどこまでも悪いもので、木の実やら小さい魔獣やらを抱えたパージが戻ってきて、僕達を見て呆れたように吐き捨てた。
確かに、戻ってきていきなり僕の手を取って跪いて目を輝かせているカインさんを見たら、そうも言いたくなる。
結局、パージのすぐ後にアーノンさんも戻ってきたので、アベルとカインさんの経緯を説明した。
「つまり、カインさんはもう魔力暴走を起こす危険性はないって事か」
パージがホッとため息をついて、カインさんは柔らかい笑顔で頷いた。
「お前は気を失ってたからわかんねえだろうけど、昨日のあれは本当に凄かったんだぞ」
僕もよかったとへらへら笑ってたら、真面目な顔でパージが睨んだ。
「カインさんから魔力で結界に入れって言われて、そしたらいきなりそこかしこで魔力の渦が起きたと思ったら、周囲の魔獣を巻き込んで消えてったんだ。俺、魔力暴走なんて見たの初めてだった」
思い出して息を呑むパージと、黙って頷くアーノンさんの見て、僕はアベルの魔力暴走で帝国全土――この大森林一帯が全て消失したのを思い出した。
「あれは、話に聞く魔力暴走とは違っていたが、様相からして魔力暴走に違いはないだろう。とはいえ、ここ百年間で魔力暴走を起こした者は報告されていないからな」
アーノンさんが言うと、カインさんも頷いた。
「私が7歳の時に魔力暴走を起こしかけたのが最も新しい記録だろう」
そう言って、カインさんはじっと右手を見つめた。
「あの場に妻がいなければ、王国も帝国のようになっていたかもしれない」
その言葉に、その場にいた全員がゾッとしたのは間違いない。
偶然にも、奥さんが魔力吸収の能力を持っていて、偶然にも自分の容量を超えて吸収する術を得て、偶然にも――偶然過ぎませんか?
僕はアベルに話しかけるように思ったけど、アベルからの返事はない。
「でも、呪いが解けたのはよかった。どうやって解いたんだ」
話を変えようと、パージが僕を見た。
「アベル王子が仰ったのは、シゲルの私への愛が呪いを打ち破ったのだと」
「え――」
顔を上げて僕を見たカインさんと目が合って、僕はとても間抜けな顔と声しか出なかった。
いや、待って。僕の愛とは言ったけど、カインさんへの愛とは――
「シゲル――わかってるのか?いくら綺麗な顔しててもカインさんは男だぞ」
何言ってんだよ、パージ。僕がそんな事もわからない奴だと思ってるのか。そりゃカインさんは男だって分かっててもドキドキするくらい綺麗だけども。
アーノンさんも腕組んで納得したように頷かないで。
「シゲル――」
僕の側ににじり寄ってきたカインさんが、僕の肩を掴んだ。
「君の気持は嬉しいと思うし、感謝もしている――だが、私はそっちはちょっと……」
「カインさんまで何言ってるんですか」
それもなんか申し訳なさそうな顔で言わないでよ。なんか僕フラれてるみたいじゃない。
「僕にはみちるという愛する人がいるんです!!――アンジェロの件が終わったら、僕は元の世界に帰るんですから!」
カインさんの手を振りほどいて言うと、みんなが一斉に吹き出し、腹を抱えて大笑いしだした。
揶揄われてたわけね。
くそっ。
「拗ねるなよ、シゲル」
皆に背を向けていじけると、後ろからパージが抱き着いてきた。苦しい――力入れすぎだ。
「あの時は必死だったんだよ。カインさんに死んでほしくなくて」
「分かってるさ」
パージの声が耳元で響いた。
「だって、カインさんには待ってる人がいるじゃないか。帰ったらシルヴィアに剣の稽古を付けてやるって約束したし――カインさんが死んだら、シルヴィアが泣いちゃうじゃないか」
あの時の気持ちを思い出したら、涙がこぼれてきた。
「シゲル――」
気が付くと、パージは僕から離れていて、カインさんが僕を真剣な顔で見つめていた。
「君はとてもいい奴だと思うが、シルヴィアはやらんぞ」
――もうこの人達やだ。
すっかりみんなにおもちゃにされたけど、それは彼らが僕の気を紛らわそうとしてるのはわかっていた。
わかっていたから、晩ご飯も食べたし、みんなの側から離れないようにしていたよ。一晩中口は利かなかったけどね。
「いい加減機嫌治せよ」
パージが僕の後ろを歩きながらうんざりした口調で言っている。
明け方に出発して、二刻ほど経っている。
流石に僕もやりすぎかなとは思うけどさ。許すタイミングを失ってしまったんだよ。
すると、前を歩いていたアーノンさんが足を止め、おもむろに振り返ると、僕の頭に手を置いて、わしゃっとひと撫でした。
「悪ノリした俺も悪かった。そろそろ許してくれ」
灰色の瞳に優しさが滲んでいて、まるで小さな子を宥めるお父さんみたいだ。
――って、僕が小さな子供か。
「もう怒ってません――ただ、ちょっと引っ込みが……」
もごもごと口の中で言うと、アーノンさんの手がまた僕の頭をわしゃわしゃと撫でて離れた。
僕の顔が幼いのもあるけど、パージに比べると子供扱いされているように感じる。僕の方が年上なの。
でも、嫌じゃない。
「本当の親子のようだな」
アーノンさんの隣を歩いていたカインさんも振り返って笑っている。
親子――そう言われて嬉しい。僕はアーノンさんに父親の背中を見ている気がする。
「私もすまなかった」
僕が追いつくのを待って、カインさんは僕に並んで僕の背中に手を当てて体を寄せた。
「確認だが、本当にシルヴィアに懸想などしていないだろうな」
わざわざ耳元に形のいい唇を寄せてこっそり言ってきて――絶対悪かったなんて思ってませんよね。




