57.解けた呪い
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話をしているうちに、すっかり日が高くなっていた。
僕は大丈夫だって言ったんだけど、特にアーノンさんに強く反対されて、今日はここに一泊して、明日の朝帰路に着く事になった。
そうなると、やる事もないのでぼーっとするしかない。
アーノンさんは水を汲みに行ってしまったし、パージは食材を探しに行ってしまった。
カインさんもその辺を見回ってくると言って出て行ったので、僕はしばらくの間一人になった。
いや、僕の中にはアベル王子もいるから二人きり?
『何を考えているんだい』
大の字に寝そべっている僕の中からアベル王子が話しかけてきた。
「一人だなぁって……」
『私がいるじゃないか』
ですよね。
意識は共有してるけど、僕が許可しない限りは考えは読まないと約束してくれたから、アベル王子と会話する時は言葉を声に出す必要がある。したがって僕は今とても独り言を言ってる寂しい男だ。
これを誰かに見られたら恥ずかしい。
「アベル王子はさ、体とか作らないの?」
わざわざ僕の体に入らなくても、体を作れるのは知ってるんだ。
元の体は消滅してしまったけど、魂は存在してるんだから。
体は滅んで魂だけなのに死んでないってのも変な話だよね。
この世界の死の概念なのか、アベル王子だけに適用される事なのかわからないけど。
『アベルでいい。――そうだな、今はまだこの方がいい』
「なんでだよ」
『私にも事情と言うものがあるのだよ』
アベル王子――アベルは飄々と言ってのけた。今まで5000年も引きこもってたのに何の事情があるんだよ。
『引きこもってたからこそさ』
「ちょ――今僕の考え読んだでしょ」
『わざとじゃないさ。漏れ聞こえてきたんだよ。不可抗力だ』
記憶の中のアベルは、真面目で寡黙な人格者キャラに思えたけど、今僕といるアベルはどことなく人を食った性格に思える。
もっとも、僕が見たのなんて戦場にいる時と、拷問を受けている時だけだから当然か。
それ以外の記憶はぼんやりとしか思い出せないのは、アベルが見せまいとしているのか、僕が見たがらないからなのかはわからない。でも、僕だって人の――厳密には僕のでもあるけど――記憶なんて好んで見たくないし。
『君が話したいと思う事は伝わるんだよ。そして、私は人格者なんかじゃないさ』
また聞かれた。――どうもアベルを意識して考えるとアベルにも伝わるらしい。
面倒だけど、人前では独り言にならなくていいからマシ……か?
「それより、ずっと気になってたんだけど」
アーノンさん達も当たり前みたいにしてるから聞きそびれたんだけどさ。
「あの大量にいた魔獣達ってどうなったの?なんで死体がひとつも残ってないわけ?」
後始末で燃やしたにしては、一晩で燃やし切れる量でもない。
『覚えてないのか。無理もないか。蒸発したよ』
「はい?」
当然だとでも言いたげな口調だったけど、言ってる意味が分かりませんよ?
『エスクード公の魔力を引き抜いただろう?』
「言われてみれば」
こんなものがあるからいけないんだって思ったんだ。
『あの呪いは彼の魂に深く絡みついていた。だから奥方だってすべてを吸収する事ができなかったんだ――なのに、君ときたら』
姿が見えないのに肩を揺らしながら笑ってるのがわかる。――なんなんだよ。
『君が引き抜いて爆散させた魔力はね、狙い通り魔獣達へ襲いかかって魔獣達を巻き込んで消えてしまったよ。文字通りきれいさっぱりね』
あれだけの数に対して?
『いや、実際倒したのは半数にも満たない。だが、君が彼の黒い魔力を力業で全部綺麗に引き抜いたおかげで、あの者が使用したエスクード公の黒い魔力は全て消えてしまったからね。魔獣達にかけられていた魔法が解けて魔獣達は自然と散っていったよ』
「え?」
『あの者が奪っていったのが黒い魔力でなければ、エスクード公は死んでいただろうが、黒い魔力だったからこそ、君が力技で呪いを解いた結果、標的になっていた魔力そのものが消えて、あの者の魔法は無意味になったんだ』
「呪い――そうだよね。黒い魔力はもうない。カインさんは自由なんだ!」
どうせ一人だ。僕は嬉しくなって飛び起きながら大きな声で言った。
「シゲル――どう言う事だ」
一人じゃなかったみたいだ。おかえりなさい、カインさん。
昨夜、僕は確かにカインさんの黒い魔力をひっつかんで、根こそぎ吸収してやった。
でも、なんでそんな事ができたのかはわからない。
だって、カインさんの魔力は彼の核にしっかりと絡みついていて、引き剝がす事ができなかったんだ。
『呪いに打ち勝つのは愛だと相場が決まっている』
アベルごめん、ちょっと黙ってて。
「シゲル、もう一度聞く。どういう事だ。呪いが解けたとは」
戻ってきたばかりのカインさんは、僕の手前で立ち尽くしたまま言った。
「その……昨日僕がカインさんの魔力暴走を止めるために引き抜いた黒い魔力――あれ、全部引っこ抜いたんです。カインさんにはもう黒い魔力も呪いもないんです」
黒い魔力はお母さんに触れる事でカインさんの命を削って魔力に変換していた。お母さんはもう亡くなっているから、新たに黒い魔力が生まれる事もない。
カインさんは立ったまま両手をじっと見つめている。
「確かに――今日はあのざわざわと胸がかき乱される感覚がない。――しかし、それはシゲルが魔力を吸収してくれたからだと……」
僕はカインさんの魔力を見ようと目を凝らした。
とても綺麗なカインさんの魔力には、もう揺らぎは見えない。深く核になる部分にも、隠れるように、侵食するようにしっかりと根付いていたあの黒い魔力も、きれいさっぱりいなくなっていた。
『シゲル。エスクード公の手を取ってくれるか』
アベルに言われて、僕は立ち上がってカインさんに近付いてその左手を握った。
『シゲルの愛が呪いを打ち破ったのだ』
「――これは」
僕を通じて、アベルがカインさんに話しかけてたんだ。そんなことできるの?
カインさんも驚いている。
『ジュノア師の子よ。私のせいでそなたには辛い思いを強いた』
「と――とんでもないことです」
僕が握った手に右手を重ねて、カインさんは即座にその場に跪いて頭を下げた。
「此度の事は、殿下の意図した事でない事は理解しております。全ては母に懸想し、父を逆恨みしたバロッティのした事。どうか、謝りなさるな」
『そなたは自由だ。これからの人生を好きに生きる事ができる』
その言葉に驚いたように顔を上げたカインさんの顔は、これまで見た事がないくらい綺麗で青い瞳が輝いていた。




