53.やっと会えた
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これはアベル王子の記憶だ。
最後まで国の為に、兄の為に生きて死んだ人。
帝国に捕らえられて魔力暴走を起こしたと言うのは聞いていたけど、まさかここまで苛烈な状態だったとは思わなかった。
アベル王子の魔力が暴走したところで、記憶は途切れた。
僕は今、真っ暗な空間で上も下も、起きているのか寝ているのかも分からない状態で存在している。
『ここは君の精神の中。そして私の精神の中でもある』
聞き覚えのある柔らかい声がした。聞こえるというよりは頭に響くという方が正しい。
いつの間にか僕の目の前に立っていたのは、亜麻色の髪にアーバンの瞳をした、彫刻が動き出したのかと思うほどに全てにおいて均整の取れた人だった。
「なんで僕に見せたんだ」
この人がアベル王子だと言うのは知っている。そして、この人が僕にあの記憶を見せた事も。
『見せたというのは正しくもあり、誤りでもある。君が見たのは、君の記憶でもあるんだよ』
どういうこと?何を言ってるのか分からない。
『私は君であり、君は私である』
「何を訳わかんない事言ってんだよ。それより、パージ達は?カインさんは無事なのか?」
帰らなきゃって思った。とても長い間離れていた気がするし、瞬きをする程度の時間だったようにも思える。
魔獣の群れはどうなったんだ。こんなところにいる場合じゃないんだよ。
『彼らは無事だ。大丈夫』
焦る僕に、アベル王子は静かに言った。
何故だろう。この人の大丈夫は不思議と大丈夫なんだって思える。
以前もそうだった。この人が大丈夫って言ったから僕はこの世界にいても落ち着いていられたんだ。
「なんで僕をここに連れてきた」
この世界になのか、この場所になのか尋ねてるにもわからない。でも、全ての原因はアベル王子である事だけは確かなんだ。
『君が私の元に来たんだ。約束通りね』
アベル王子の声は飽くまでも静かだった。
「でも、僕達はまだジュノアさんが示した場所に辿り着いていない」
『辿り着いていたさ。私の魔力を感じただろう。肉体を持たない私が留まれる場所。そして縛り付けられていた場所――私の魔力が及ぶ範囲は全て私の場所なんだよ』
確かに僕達はあの穏やかで優しい魔力を感じていた。だけど――。
「なんで魔獣が襲ってきたんだ。あんなに大人しそうだったのに。なんで僕はここにいるんだよ。そもそもなんで僕はいきなりこの世界につれてこられたんだよ」
アベル王子に掴みかかりたいけど、手を伸ばせば届く距離にいるのに手が届かない。
『落ち着いて。私には君が必要だった。だから君を呼び寄せた』
アベル王子はその場から微動だにしていない。
「必要ってどういうことだよ」
『さっきも言ったように、私は君であり、君は私である』
「どういう――」
言いかけて口をつぐんだ。アベル王子の表情がとても悲しげだったから。
『あの時、魔力を暴走させた私は、兄の呪いによって肉体は失ったが魂はこの場所に留まることとなった』
呪い――トバル王子は魔力を持っていなかったはず。
『呪いと言った方がいい。魔法は介入だけど呪いは願いのようなものだ。しかし、私に魔力があったように、兄上にもまた呪いの才能に恵まれていたらしい』
そうだ。トバル王子は、アベル王子が初めて出征する時に呪いを贈っていた。
なんで僕はそんな事を知っているんだ。
アベル王子は続けた。
兄上は子供の頃からとても博識で好奇心が旺盛な人だった。
私達は仲の良い兄弟で、3つ離れた兄上は弟の面倒を率先してみてくれるような人だった。父母よりも兄上と過ごした時間の方が長いと言えるほどに。
兄上のお気に入りの遊びは箱庭作りだった。
7歳になったばかりの私は、兄上が楽しそうに教えてくれるままに箱庭作りに没頭していった。
5歳で魔力を発現し、ジュノア師に師事する事となった幼い私にとって、兄上との遊びの時間はかけがえのないものだった。
初めは箱の中に小さな玩具を並べるだけだったが、次第に庭園の一角に専用の敷地を用意して、私達はそこで小さな世界を作っていたんだ。
柵で囲まれたその土地を「我々の領土だ」と兄上がおっしゃったので、私はそこに結界を張った。
魔獣ではなく、他者が入ってこれないよう、2人だけの領土を守る結界だ。
私達の領土には人は私達以外の人間はいなかった。
その代わり、庭師からもらった種を植え、庭園で捕まえた虫やトカゲを放った。
私の魔力で溢れたその領土はとても不思議な世界となった。植物は見る間に成長し、虫やトカゲ達は微量だが魔力を持つようになっていた。
箱庭を作り始めて1年が経とうとしたある日、大人しかったトカゲが突然私に噛み付いた。
驚いた私は振り払ったが、3匹のトカゲに代わる代わる襲われて皮膚と肉を齧られたその時、剣の稽古を終えた兄上がやってきてトカゲ達を薙ぎ払って下さった。
血を流して泣いている私を宥めてくださり、その日以来私達は箱庭で遊ぶことは無くなった。
話し終えたアベル王子の表情からは、どんな感情も見て取れなかった。
ただ、作られた人形のように微笑を浮かべているだけだった。
「箱庭――」
僕が呟くと、アベル王子はゆっくりと頷いた。
『兄上は魔力が世界に与える仕組みに気付いていらした』
「それって――」
僕は言葉が出なかった。
トバル王子がアベル王子に与えた呪いは、アベル王子を媒介に世界に魔力を行き渡らせるものだった。
箱庭遊びで、トバル王子は人間よりも先に植物や動物が魔力の影響を受けることを知った。
トバル王子は戦争を何としても回避したかった。帝国の無茶な要求を呑み、交渉を続け、戦争にならないよう奔走していた。
なのに、帝国はそれを踏み躙るように、宣戦布告を行った。
止む無く応戦したものの、トバル王子は一日でも早く戦争を終わらせたかった。その結果が自分を妄信的に信じる弟を犠牲にする事だったとしても。
アベル王子を差し出す時、トバル王子はアベル王子に呪いをかけた。意識はなかったのに覚えている。
アベル王子の体に寄り添い、涙しながら願うトバル王子の姿を。
トバル王子の願いは二度と戦争を起こさない事。
その為には、人間の脅威が人間以外になればいいとトバル王子は考えていた。
箱庭のように、世界に魔力を行き渡らせれば人間より先に動物たちが魔力を持ち、人間の脅威になるのではないか。そうなれば人間同士で争う暇なんかなくなるんじゃないかって、トバル王子は考えたんだ。
『そして、それは兄上の予想通りとなった』
僕は口に出してない。なのにアベル王子は僕の考えを理解していた。
いや、そもそも僕達は会話をしているのか――言葉は本当に言葉として発しているんだろうか。
『私を核として広がった魔力は、まず植物を変えた。そして動物達が魔獣となり、人を襲いだした。人々の脅威は人ではなくなり、人々は戦争どころではなくなった』
結果的に戦争は無くなった。トバル王子の望み通り。
『兄上のかけた呪いは、私の肉体が滅んだ後も、魂をこの地に縛り付けた。私をこの世界の魔力の核としてね』
1月23日に投稿しますと言いながら、遅れてしまいました。
次回は来週までにアップできるように頑張ります。
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